【短編】クラーケンの倒し方

市川タケハル

クラーケンの倒し方

 クラーケンが出没した。

 その噂はあっと言う間に世界中に広まった。


 一般人にとってクラーケンはただの脅威でしかないが、功成り名を遂げたい腕に自身のある冒険者にとって、海の支配者クラーケンを倒すことはドラゴンスレイヤーよりも遥かに名誉なことだった。

 世界中から「我こそはクラーケンを倒さん!」と意気込む腕自慢の冒険者たちが海に出で、そして散っていった。


 そんな中、ある新米冒険者がクラーケン退治に名乗りをあげた。

 当然、周りの冒険者たちは彼をあざ笑う。


「いや、待て待て。どんな凄腕冒険者でも倒せないクラーケンを新米冒険者であるお前が倒すって!? バカなんじゃねえの!?」


 しかし、新米冒険者は怯むことなく言い返す。

「クラーケンを倒す方法は知っている」


「ハハハハハ! なら倒してみろよ! 本当にクラーケンを倒す方法を知っているっていうならさ!」


 新米冒険者は、周りの嘲笑を背に海へと漕ぎ出す。


 小舟一艘、海に漕ぎ出した新米冒険者。そのかじ取りは素人のそれではない。

 それもそのはず、新米冒険者の出自は、東の外れの漁村で生まれ育った漁師だったからだ。


 沖へ出て何時間経っただろうか。

 濃い霧の中から巨大な、という言葉では足りないくらい巨大な蛸が現れた。


 頭と八本脚を海上に出し、海を不気味に漂う姿は海の支配者そのものの風格。


 それに比べれば新米冒険者など、プランクトンほどの大きさもない存在に見える。


 新米冒険者は、クラーケンの蠢きにあわせて揺れる海面を滑らかに進む。


「おーーーい! クラーケンのバーーーーーーーーーカ!! クソ雑魚オクトパス! デカいだけが取り柄の無能タコ!!!」

 新米冒険者は力の限り叫び声をあげてクラーケンを罵る。


 クラーケンは新米冒険者の声が聞こえたかのように、一旦動きを止めて、身体をワナワナと震わす。

 ワナワナと震えるクラーケンの動きに合わせて周囲の海面が波打つが、新米冒険者は波打つ海面でも舟を上手くコントロールして平然としている。


「ハハハハハッ! どうした、無能デカダコ!? 人間が怖いかぁ!? 身体だけデカくても、所詮お前は下等生物なんだよ!! ざまあねえなぁ!」

 新米冒険者は、罵りの追い打ちをかける。


 波打ちが激しくなる。それでも、新米冒険者は平然と小舟をコントロールする。


 しばらく激しい波打ちが周囲の海面で起きていたが、それがピタッと止まった。

 そして、海面に出ていた八本脚の内の一つが海中に消えた。


 海中に消えた脚はどこに行ったのか?

 なんと、クラーケンはその脚を自ら食べはじめた。


 新米冒険者は「狙い通り」とほくそ笑む。


 漁師であった新米冒険者は、蛸の習性をよく知っていた。



 蛸は、非常に知能が高い。それは巨大な蛸であるクラーケンも同じだ。

 クラーケンがただ巨大なだけで知能が低かったなら、凄腕冒険者が束になってかかれば何とか倒せていただろう。しかし、知能が高いクラーケンは頭と巨体を上手く使い冒険者たちを撃退していた。


 しかし、頭が良いことの弱点もある。それが、頭が良いとストレスを感じやすくなり、その結果ストレス耐性に乏しくなる、ということだ。

 蛸もご多分に漏れず、ストレスを感じやすい。そして、過度なストレスを感じた蛸は、自分の脚を食べてしまう、という習性がある。

 もちろん、クラーケンもそれは同じなのだ。



 かくして、元漁師の新米冒険者は小舟を上手くコントロールしつつ、クラーケンを罵りまくりストレスを与えまくる、という作戦で、一本、また一本とクラーケンに自分の脚を食べさせていった。


 脚がないクラーケンは、いくら巨大でも、それはもう木偶の坊というヤツで何も怖くない。文字通り手足を失ったクラーケンは、時間をかけてされるだけ。




 ――それから少し経って、討伐の証としてクラーケンの巨大な脚を一本曳いた小舟が一艘戻ってきた。


 それに乗っている新米冒険者が、その後、クラーケン殺しの英雄として人々の称賛と畏怖と尊敬の的になったことは言うまでもない。

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