星は見えなかった

寅次郎

初めて書いた作品

岡村美幸、現在32歳の本厄真っ只中。


これが今のあたし。ちょー簡単に説明してしまえば。そしてその夜わたしはリカが住む関内の改札で待ち合わせをしていた。時計を見ると9時20分。約束の時間より10分早く到着していた。関内の駅周辺の喫煙エリアを探すとサラリーマンや、学生たちが半透明にすけたボックスの中でタバコに火を点す姿が見えた。やけに混んでる。そうだ今日は土曜日だった。昔から失恋したら仕事のシフトを倍に増やして『忘れる』という技を使ったもんだ。まさに今のあたしは空気の抜けた風船のような自分にこの『忘れる』を実行中なのだ。喫煙エリアに入りそっとハンドバッグからピアニッシモを一本取り出し、火を点ける。12月の冷たい夜風に、吐き出したタバコの煙が夜空に流れては消えて行く。また流れては消えて行く。そうこうしてるうちに携帯にリカから着信があった。約束の9時30だ。あたしたちは、いつも行きつけのbarに向かった。重い鉄で出来たドアを開けて中に入る。薄暗い照明がなんとも言えない。あたしたちは強めのお酒を頼んだ。この歳の女がする話はだいたい、男の話しか、仕事の話し。小一時間ほどbarでリカと話し、そして飲んだ。barを後にし、今度は屋台に座り屋台の親父の客になった。いつだってどこにだって寂しい女はいるもんだ。屋台の親父はあたしの話を聞いて『そうか、そうか、』と言う表情だ。リカはもうだいぶ酔っている。


あたしも酔っている。時間を見ると0時55分。もうこの時間になるとあたしが住む町への最終は終わっている。もうこうなったら諦めが大事である。あたしはもう一杯日本酒を頼んだ。リカはやさしい子だ。あたしの分まで酔っぱらってくれてるのだから。リカが『美幸さん、タクシー拾いますよ』あたしはひとりで帰れるからと、屋台の店じまいと同時にリカと別れた。ひとりになったあたしは国道沿いに出て、手を挙げると一台のタクシーが止まった。あたしは目的地を告げると、タクシーの窓ガラスに額を押し当ててみた。酔った頭に冷たいガラスが気持ちよかった。もうどれくらいだろう。あいつと別れて。イヤ付き合って4年。色んな想いが脳をつく。なんで別れたんだろう…。あいつとの4年に想いをふけたら、自然と涙が出てきた。バックミラー越しにドライバーと目が合った、自分の父親くらいの世代のドライバーだ。そんな父とも全然会ってない。なんだか合わす顔がない。


携帯のメールにリカから入ったメッセージ。


『がんばれ』の文字に女で良かったと何故だか思った。


『忘れる』とは何か掴んだ証とも言える。しっかり掴んおこうと思った。この夜初雪が観測された。私はベランダに出て、ぱらばらと降る雪を手のひらで受け止める。掴むないものほど美しい。皮肉なもんだ。




この日夜空には星が見えなかった。わたしは部屋に戻り、もう一杯日本酒を傾けた。

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星は見えなかった 寅次郎 @jkrowling

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