電話でお願いします

quo

電話でお願いします。

「リモートでお願いします。」


メーカーからのメールに書かれていた。


随分前から普通に使われるようになった言葉。URLを開くとスケジュール画面が出てくる。開いている時間をクリックして予約をとる。予約された時間に小さな会議室に行って、持ち込んだ自分のパソコンの前に座る。そして、ご招待して頂きまして、パソコンのカメラを意識しながら、画面に映し出された担当者を見ながら打ち合わせが始まる。


最近、会社にはリモート会議用の小さな部屋が三つほど作られた。大会議室を潰してパーティションで仕切った簡素な部屋。無理やり仕切ったので、照明は届きにくいし、空調も行き届かない。上は開いているので、声が漏れる。最近のパソコンのマイクは高性能なのか、先方の資料をめくる音が聞こえてくる。きっと、こちらの事務員の笑い声も聞こえているだろう。


先方からの商品提案を上司が受けて、それを引き継いだ。理由は、それを使う現場の担当者と仲がいいからだそうだ。現場の担当者は電話しか使わない。現場で使うアイテムだから、リモートに同席して欲しいと言ったが、忙しいと拒否された。彼らの打ち合わせと言えば、現場で紙の資料を見ながら立ちながらする事だ。


先方の二人は画面の向こうにいる。関東が本社らしいが、そこに居るとは限らない。ほどほどの挨拶から商品の説明が始まった。男性が画面の向こうで商品提案をしているが、相方の女性が商品説明のフォローを入れてくる。画面の向こうにいる男の反応が鈍いのが気になるのだろうか。


彼女がサンプルをいじくりまわしているが、事前に受け取っていたサンプルは手元には無い。自分のデスクに置いたままだった。


それ貸してもらえる?


そう言ってその女性が持つサンプルを手に取りたかったが、画面の向こう側だからどうしようもない。仕方ないので離籍すると言って小さな会議室を出た。自分の机からサンプルを取り上げると、また小部屋に戻った。画面の向こうの二人は行儀よく座っていた。画面に映る範囲でお茶などない。どうやって時間を潰していたのだろうか。気になってしょうがない。


席に戻ると、また説明が始まった。時間が気になるのか、画面の端に目線が行くのが分かる。説明は早足になり、終わると質問を求めらたが、無いと答えてると、ありがとうございましたの一言で退出ボタンが押されリモートは終了になった。


次の予約の時間が詰まっている。時間をとらせてしまうのは気が引ける。


パソコンの画面を閉じると自分のデスクに戻る。メールに添付された提案書を開いて見返した。画面で開いて見ながらリモートで説明を聞くことが出来るが、彼らが占有する画面の領域が小さくなるので、申し訳なくて開かなかった。あれは、資料を全画面にすると二人の姿は見えなくなってしまう。音声だけならリモートの意味がない。


あまりにも画面を見る事に集中したために、メモを取るのを忘れた。これだったら画面の向こうの彼のように、提案書を印刷して手元に置いておけばよかった。気になるところにアンダーラインも引けるしメモも出来る。遅くはあるが、提案書を見ながら手帳にメモを取った。後で整理して先方にメールしよう。彼らは何を聞いていたんだろうかと憤るだろうか。


現場と上司に所感だけでも送ろうとしたが、上司からは、長くないならメッセージで遅れと常々言われているので、疑問点などメールすると送っておいた。現場には担当者に電話した。


現場の担当者は長い呼び出し音の後に電話に出た。重機が動き回る音を拾っている。時間はあるかと聞くと、忙しいが大丈夫との答えが返ってきた。大丈夫そうじゃないと感じたが、先方の提案書の内容を説明した。彼は内容を一通り聞くと、夕方電話すると言って電話を切った。彼らの夕方とは、日没後の事だ。スマホを見ると上司からのメッセージが届いている。先方に、早めに回答するように催促せよとの事だ。メッセージを送って既読が付いて一分後に送られている。


メールした後に担当者に携帯に電話をする。長い呼び出し音の果てに聞いたのは、今は電話に出ることが出来ないという無機質な女性の声だった。この提案書に関するやり取りが止まってしまった。


とりあえずは、先方からの折り返しを待つことにして、外に出てコンビニでコーヒーを買う。コンビニを出たところでスマホがなった。先方の担当者だ。出るとリモートのお礼と提案に関する感想を聞かれた。聞いていませんでしたとは言えなない。大変良かったですとだけ答えると、メールで送った件を急いで回答して欲しいとお願いした。担当者は確認しますと言うと、パソコンが手元にあるのか、その場で内容を大雑把に読み上げた。そして、返答はメールでいいか聞いてきたので言ってしまった。


「電話でお願いします。」

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