異世界・王の間


「…ということで、東の王国の祭りでは、花火なるものが夜空に絵画を描き続けるです。それはそれはめでたく、この世のものとは思えぬほど幻想に満ちておりました」


 王の間においてポポンガ貴族が、東の国へ派遣された時に行われていた大祭の様子を興奮して語っている。


「やぁー、驚きましたぞ。私は様々な国でいろいろな催しを見て来ましたが、まことの祭りとはこのようなものだと理解しました。夜空に一つ花が舞うごとに沸き立つ人々の歓声。日常では考えられぬ得難き高揚感。小刻みに空に響く音はなぜか心地よく、それはもうまるで夢のような一時でしたぞ!」


 貴族は天を仰ぎ、今まさにそこに東の夜空を見ているかのように話すのだった。

 王の間に感嘆とどよめきが起こる。


「いいのう。いいのう」


 玉座に座るポポンガ王は子供のように足をバタつかせ貴族の話を羨ましがるのだった。 

 すると、


「さてさて、貴族殿は東の夜を楽しまれたようで。それでは私の方からも報告があります」


 今度は特産物の商いのため西の王国に赴いていたポポンガ商人が話を切り出す。


「私が訪れた西の王国では異世界人の勇者様によりマヨネーズなる珍味が開発されました。このマヨネーズなるもの。ポテトにかけて絶品。卵にかけても絶品。驚くことなかれ不思議なことにどのような食材に添えても合うのです」


「ほほう」


 王はパタつかせていた足を止め、興味深げに身を乗り出した。

 王の間に静寂が訪れる。貴族一同も興味津々といった感じで彼の話に聞き耳を立てていた。

 先ほど聞いた花火なるものが火薬というものを丸めて空に放り投げ、爆発させ、夜空に神秘を描くものだということは説明受けた。

 しかし彼らにとって花火は今まで見たことも聞いたこともないものだったので話し手の一語一語を注意深く聞き取りイメージをするしかない。

 果たして彼らの頭の中で描いた花火のイメージが、実際のものと同じものであるかは定かではないが、花火に対して夢を膨大にふくらませるものになったことは間違いない。

 そうして今度は彼らの頭の中でマヨネーズなるものの想像が豊かに始まったのである。


「肉が生まれ変わるのです。パンが魂を得るのです。まことに素晴らしい。あの柔らかな酸味は万物の食材を調和しうるものであり、まさにあのソースは異世界からもたらされた神の福音です」


 貴族は噛み締めるように力強くマヨネーズを語る。

 白く光沢を放つソースはとても美しく、舌で転がせば濃厚なコクがあり病みつきになるのだという。

 聞けば聞くほどマヨネーズなるものの賛辞は止まらず、とにかく旨い、旨すぎるのであると。


「そ、それではこの場で我々にもご馳走いただけるのですな」


 ポポンガ貴族の1人が口に出した言葉は、ここにいるポポンガ臣民すべてが期待していた言葉だった。

 しかし、商人は無念そうに首を振る。


「いえ再三交渉を要求し、かの国に輸入の許可を願いましたがダメでした。ならばせめて皆さまに少しでも土産にと願いましがそれもダメでした。申し訳ございません」


 そう残念がる。

 どうやら西の王はマヨネーズを輸出して利益を得たいのではなく、まずは独り占めして思う存分楽しみたいそうなのだ。

 つまり、『是非とも自慢したいので貴国で大いに羨ましがってほしい』と。


 ‥‥

 

 ‥‥


 しばしの静寂の後、


「ケチー! 西の王はとんでもないケンチボじゃ!」


 と怒り出す王に商人は、


「おお、ポポンガ王よ。西の王はまさにその反応が欲しいと申しておりましたぞ」

 

 などと火に油を注ぐ。

 王は玉座の上で手足をバタつかせ、ますます憤慨するのだった。


 それから王の間に集う臣民もみな一緒になって大いに騒いだ。

 この世界では基本的に仕事は暇であるので、このようなドンチャン騒ぎは丸一日は続くのだろう。



           ⚪︎



 さて、大騒ぎをしていたが、実は彼らは期待もしていたのだった。

 なぜならもうじき彼らにもその順番が回って来るのだから。


 東も西も素晴らしい賜物を受けたという。

 隣の畑が実れば実るほどに羨ましいが、その実りが自分たちにも、必ず次にもたらされると知っていれば、先の者が後の者に喜びを伝えてるということになるだろう。


 ポポンガの民はみな思った。

 騒げや、騒げ。それを恥ずかしく思うことはない。我々のこの妬みの大きさは、そのまま後の実りの大きさになるのだ。

 だから今は大いに羨ましがり騒ぐとしよう。

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