物書き自主訓練:二人一組キャラのパートナーとの出会いを三十個

ショコチャ

第1話:鈴の音

「ちりん」とひと鳴らし。窓辺に頬杖をついて、彼はその日を思いだす――


彼女と出会った、あの光景を。


「まずい、寝過ごした!時間に間に合うか!」

自転車をこぐ足に重みを感じ始めていた。息を切らし、肺を酷使し、顔の筋肉が引きつりそうになる。「あぁこれは明日大変なことになるなぁ」ともう一人の自分が物憂げに思うくらいに、彼は必死さゆえに、どこか意識と無意識の狭間に揺れていた。


「くそっ!昨日の僕を殴れるものなら殴って…いや、ビンタぐらいはしてやりたい…!」

 昨晩遅くまでつい読み耽ってしまった。僕はたまたま手に取った本が想像よりも面白く、寝る間を惜しんだ罰を、こうして体で受けている。


大学まではもう少し。あとちょっとといったところで、異常を確認した。


「お、おいおい…!信号赤だぞ…!」

首に鈴をつけた女性が、辺りを見渡さずに横断歩道を渡る姿があった。


「っ!あぁもう!まだ車は遠い…僕しかいないっ!」

乗ってた自転車を邪魔にならないように急いで乗り捨て彼女を抱いて、歩道へ渡り切った。

 その瞬間、彼女がいた場所を車が抜けるのを見て、ますます言いたいことが増えてしまった。


「はぁ、はぁ…君!信号赤だったぞ!」

 しかし男は体力の限界で、それ以上言葉を吐き出せなかった。


「…?あの、助けてくれたんですか?」

 のほほんとした顔で彼女が覗き込んできて、呆れてもはや何も言うまいと決め、一旦落ち着こうと深呼吸をする。彼女がその様子を、興味深そうに眺めているのが横目で見えて、もしかしたら普通の子じゃないような気がして、少し冷静さが戻ってきた。


「もう少しで…車に轢かれるところだった……、僕がいなかったら君は、轢かれていたんだぞ…わかってるか…」

 切れた息で途切れ途切れに。少しきつく言うことにはなるが、それでも『彼女のためになるのなら』と言葉を選びながら伝えた。


「ごめんなさい、私、人のルールがよくわからなくて…」

俯いた女性は肩ほどの髪を顔の前に少し垂らし、反省の色を見せた。


「人のルールがわからないって?」

 唐突に告げられた言葉に虚を突かれた。しかし、よく見ると人にあるはずの位置に耳が無く、犬猫のような耳が頭にあったことに気が付いた。自転車をこぐのに必死過ぎてまるで見えていなかったが、やはりそうだった。

 だが、僕には詳しく聞く時間がなかった。そのうえ自転車は横断歩道を渡る前の場所、反対の場所に置いてきてしまった。


「あぁくそ…時間がないって言うのに…」

思わず口を突いて出てしまった言葉に、彼女は申し訳なさそうにしながら、僕の手に両手を被せていた。


「あの、時間がないようでしたら、お礼を後でしますので、また次も会えるように、これを…」

そういって、僕の手には先ほど彼女が着けていた鈴が握られていて。視線を彼女に移そうとしたとき、すでに彼女はどこにもいなかった。

 あたりを見回してみても、隠れられるような場所もなく、結局僕はその後何のために遅刻したのかわからずじまいとなってしまった。

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