【2回目】①


 *


【2回目】


「トライ、お前はこの勇者パーティーから抜けてもらう」


 ここは……?辺りを見回すと、宿屋の一室だ。昨日と同じ光景が眼前に広がっている。そして、僕と対峙するように勇者レオン、魔法使いマミ、戦士ナイツ、そして、僧侶キュアが整列している。足元を確認したが、しっかりと両足で木造の床の上に立っている。幽霊のたぐいではないことは確かだ。


 パーティー全員の身体を隅々まで見返すが、全員五体満足で生存している。勇者の身体に穴は貫通していないし、魔法使いの身体に頭部は付いているし、戦士の身体に両腕はしっかりとえている。もちろん、キュアも右手首だけなんて状態ではない。いつも通りのキュアがそこにいた。


「よ、良かった無事で……。本当に……」


 視界が歪み、大粒の涙が頬を伝う。涙が床の木目に落ちて、ポツポツと斑模様まだらもようになった。唐突の男泣きに魔法使いのマミが困惑する。


「ちょ、ちょっと!! どうしたのよ!! そんなにショックだったの?」


「違う、違うんだ。みんなが無事で本当によかった」


 レオンもマミもナイツも戸惑いを隠しきれない様子だ。キュアが心配そうな表情で優しく僕に話しかけた。


「トライ、悪夢でも見たの? 大丈夫??」


「うん、そうかもしれない……。あれは悪夢だ。みんな無事で本当に良かった」


 とりあえず、全員が無事だったのだ。あれはきっと悪い夢。ウェアウルフに敗北したときは、激しい痛みを感じた気がするけど、リアリティがある悪夢だったのだろう。違和感を抱きながらも、自分にそう言い聞かせる。


「そ、それで、追放……だっけ?」


「あ……ああ、そうだった。すまん、こっちが動揺してしまった。そうだ、この勇者パーティーから追放しようと思う」


「そっか、わかったよ」


「やけに物分かりがいいな?」


「自分の実力不足は自分が一番分かっているからね。また、レベルを上げて、みんなを見返すよ」


「そうか」


 一度、直接レオンから追放の烙印を押されているため、すんなりと受け入れることが出来た。悪夢で見た絶望よりも何千倍もマシ。全員が無事で旅を続けてもらうならそれがいい。マミがそんな僕に疑いの目を向ける。


「いきなり泣き始めたと思ったら、素直すぎて、気持ち悪いくらいね。でも、本人がそこまで認めるのなら、合意の上……って、レオン!! あんたまで俯き加減で何しているのよ!! しゃんとしなさいよ!!」


「マミの言う通りだな、つい、情が移ってしまった。改めて、発言させてもらう。トライ、君は“お払い箱”だ」


 改めて僕のことを見つめながら、レオンは断言する。今の発言があの悪夢と重なる。


「ナイツ、お前もいいよな?」


「ああ、特に俺からはコメントはない。さっさとダンジョンに潜るぞ」


「……ちょ、ちょっとまって、ダンジョンにまた潜るの? あんな目にあったのに?」


「あんな目……?」


 レオンは首を傾げる。あれは僕だけが見た絶望の夢――、今の言葉では伝わらない。でも、このまま何もしないと、あの悪夢が正夢になってしまうかもしれない。まずは、事実確認からする必要があるだろう。ダンジョンというのが、この前マップ調査したダンジョンとは別物のダンジョンの可能性もある。僕は僅かばかり思考したうえで、発言を訂正した。


「えっと、今からレオン達が潜ろうとしているダンジョンって、どのダンジョン?」


「トライ、お前が一番わかっているだろう? マップ記録をしたのはお前なんだから」


「!?」


 僕は唖然として黙り込む。僕がマップ記録をして、勇者パーティーが未踏破のダンジョン、それは一つしかない。悪夢のなかで、勇者パーティー全員が死亡した、あのダンジョンだ。自分で自分の顔色を確認することは出来ないが、いま、僕の顔面は青ざめているだろう。


「本当に大丈夫っ?? さっきから顔色も悪いし……」


「キュア!! 今日って王国歴何年!? 何月何日!?」


「トライ? 急に何を……」


「いいから答えて!!」


 僕のあまりの剣幕に押され、キュアは答える。


「お、王国歴645年5月2日だけど……」


「は!?」


 王国歴645年5月2日。今日という日は、悪夢を見た次の日であると錯覚をしていた。よって、今日は5月3日だと思い込んでいたのだ。だが、実際には、5月2日。自分の認識と1日の誤差がある。勿論、キュアが嘘を言っているとも考えづらい。……つまり、僕は同じ日を繰り返しているということなのか。


 も、もしかしたら、あの夢が正夢に……。


「ごめん、やっぱり僕もダンジョンに行かせてほしい。絶対にみんなの足手まといになんてならないから!!」


「ダメだ。何のための追放か考えろ。お前が足手まといと判断しての追放なんだからな」


「で、でも!!」


「ダメだ!! これは決定事項だ」


 レオンが冷徹に僕に言い放つ。クソッ!!レオンは聞く耳を持ってくれない。他に誰か僕の話を聞いてくれる人を。他の仲間に視線を向けるが、誰もが目を合わそうともしてくれない。頼みのキュアも視線を下に逸らすだけだった。


 僕がパーティーに参加したところで、全力にならないのは事実だ。であれば、他の手法を考えることにする。パーティー全員が無事に帰る方法を模索するんだ。


 そういえば……。ギルドマスターの発言を思い出す。もしかしたら、この行動で変えられるかもしれない。


「わかった……、僕は諦める。その代わり条件がある」


 僕の真剣な眼差しに、レオンは「条件?」といぶかしげに尋ねた。


「うん。回復アイテムをアイテムインベントリいっぱいに持っていくこと。これが条件だ」


「……わかっているだろう? アイテムインベントリには所持できるアイテム数に制限がある。可能な限り、レアアイテムを冒険者ギルドに納品できるようにした方が、儲けに繋がる。それに、レアな武器や防具といった武具を多く確保すれば、一層の戦力アップに繋がる」


「うん、わかったうえでの条件だ。今回のボスは想像を絶する強さの可能性がある。いつも僕が回復アイテムを管理して、ボス戦に持ち込んでいるけれど、今回はその役は不在になるでしょ? だから、一人一人が回復アイテムの準備は徹底してほしい」


「忠告には感謝するが、あまり交渉としては成り立っていないな。トライを追い出しつつ、回復アイテムを最低限にするということも俺らは出来る。もちろん、口約束で済ませることも、な。……そんな状況で、もし、俺らが守らないと言ったら、トライ、お前はどうするつもりだ?」


「そうだね、そのときはこの扉を絶対に通さない。仮に、強引にここを通り抜けるのであれば、僕は一人でもダンジョンに潜って、みんなの後を追ってやる」


「なっ!? 何言っているのよ!! あんたはこのパーティーで一番弱いんだから、一人で潜ったら、絶対に死んじゃうよ!!」


「うん、それでも潜る。僕の諦めの悪さは、みんな知っていると思うけど?」


 勇者パーティーの四人は黙りこんでしまう。一度だけ深く、戦士ナイツが嘆息した。


「ふう、レオン。オレらの負けだ。回復アイテムは万全にすべきだろう」


「……ああ、そうだな。無駄死にするのは勝手だが、勇者が弱者を見殺しにしたと思われる訳にもいかないからな。回復アイテムを含めて準備万端でダンジョンに臨む。トライ、これでいいか?」


「うん、ありがとう。口約束だとわかったら、その時点で僕も後を追うからね」


「ああ、わかった、この約束は守ろう。勇者の名にかけて、な。……なにが、可笑しい、キュア?」 


 話を振られたキュアは「ふふ、いえ。べつに何でもありませんよ」と、笑顔で答えた。レオンは「調子が狂うな」と小声で呟くと、後頭部をぼりぼりと掻いた。


「ふぅ、とりあえず、約束したからな。俺らが回復アイテムを最大限持ち込み、準備万端の状態でダンジョンに潜る。その代わり、トライ、お前も約束を守ってもらうぞ。そこを通してもらおうか?」


「うん、わかった」


 皆が通れるよう、僕は扉の横に移動する。レオンは剣を携えて、宿屋の一室を後にした。マミ、ナイツの両名は、僕に疑惑の視線を向けながら、この部屋を立ち去る。


 最後にキュアが僕に近寄り、肩に触れようと、白く透き通った右手を近づける。小さい頃に僕があげた手作りの指輪が輝いている。その指輪が、僕の肩に触れる直前、キュアは思い直したのか、手を引っ込めた。


 そして、きびすを返して、扉へと向かう。キュアはこちらを振り向くことなく、背中越しで話した。


「トライ、私たちが無事にこのダンジョンから帰ってくることが出来たら、どうしても伝えたいことがあるの。だから、お願い。私たちの帰りを待っててね」


「……うん、わかった。キュア、僕からも一ついい?」


「ん? なに、かな?」


「絶対に無事に帰ってきて」


「ふふ、心配してくれてありがとう。必ずボスを倒して、トライの元に帰ってくるから、待っててね」


「うん……」


 何故だろう。勇者パーティーのアイテム準備は万端になったはず。それなのに、僕の不安は一切消えない。むしろ、どんどん不安が増していく。僕は彼らの無事を祈りながら、同行出来ない自分の無力さをただ呪うことしかできなかった。

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