【1回目】②


 *


 勇者パーティーが全滅した。その情報は瞬く間に冒険者の間を駆け巡った。もちろん、元勇者パーティーである僕の耳にも飛び込んできた。


 僕は駆ける。


 暗雲が空を覆い、雨音が僕の耳をつんざく。全速力で暴雨のなかを駆け抜ける。鼓動が早いのは凶報を聞いたからだろうか。信じたくないし、信じられない。自分の目で見るまでは絶対に信じてはいけないたぐいの知らせだった。


 冒険者ギルドへと辿り着き、僕は勢いよく両扉を開けた。床に無造作に横になっている物に目が入る。それは、朝方まで僕が語りかけていた相手だった。


 いずれも、もはや物体だった。ただの肉塊。


 勇者レオン──、顔は綺麗なままで、いまにも起き上がりそうだ。腹部から胸部にかけて大きな穴が貫通していなければ、生きていると見間違うほどだ。

 魔法使いマミ──、首から上が存在しない、服装と背丈でしか本人と特定できない。

 戦士ナイツ──、腕がもげている、鋭利な獲物で切られたわけではない、無理やり引きちぎられたような姿で横たわっていた。


 僕が追放されて、喧嘩別れをしてしまった、かつての仲間たち。確かに、見返してやりたいとは願ったが、ここまでの悲劇は望んでいない。この街の冒険者ギルドを取りまとめている管理者、ギルドマスターのおっさんが、僕の姿を見るや否や、悲壮な表情で話しかけてくる。


「トライ、お前さんは無事だったのか。こいつらはダメだ。すでに息を引き取っている。……チッ、あれだけ回復アイテムは準備した方がいいって伝えてやったのに、準備せずにダンジョンに潜りやがって」


 確かに、ステータス画面から三人のインベントリを確認すると、最低限のアイテムしか入っていない。盗賊職が抜けたことによって、アイテムを格納するインベントリの格納数が制限されたのだろう。報酬のレアアイテムを極力持って帰れるように、必要最小限にしたのだと容易に想像ができた。四人分のアイテムインベントリを空けておけば、かなりのアイテムを持ち帰ることが出来る計算になる。


 四人、そう四人だ。レオン、マミ、ナイツ、そしてキュアの四人で勇者パーティーだ。横に並べられた死体の数は三体。あと一人、足りない。幼馴染であるキュアの姿が見当たらないのだ。


「キュア……、キュアを知りませんか!?」


「あぁ、すまない。他の冒険者も救助に行かせたのだが、これしか取り戻せなかった」


 ギルドマスターはそう言うと、石畳の床に無造作に置かれた藍色の布を持ってきた。その布には何かが包まれている。ギルドマスターは、宝物を扱うように、大事に、優しく、布をめくっていく。


 それが姿を現したとき、芸術品か何かかと思った。だって、そこから姿を現したのは、右手だったのだから。手首から指先まで綺麗な形で残っている。そして、薬指には僕が幼い頃に渡した手作りの指輪がきらめいていた。


「あ……ああ、ああああああああああ!!」


 言葉にならない叫びがギルド内に響き渡る。殺してやる。絶対にダンジョンのボスを。僕の命を捧げようとも、必ず仕留めてやる。


 僕はギルドを飛び出す。「待て!! 早まるな!!」という声が聞こえたが、気にしない。怒りが身体を支配する、向かう先はダンジョンの入り口だ。


 僕はダンジョンに到着すると、【隠密】スキルを使用する。【隠密】スキルが発動している状態であれば、モンスターからは見つかりづらくなる。目指すはこのダンジョンのボス、ミノタウロスがいる最下層、B100F。勇者パーティーで探索をしたため、全階層のマップはすべて頭に入っている。最短経路で向かうことが出来るはずだ。


 B3Fへと続く階段を、足音が立たないように降りていく。すると、開けた場所にでた。


 そこで遭遇したのは、ウェアウルフの群れだった。ウェアウルフは半人半狼のモンスターで、敏感な嗅覚で獲物を探す。敵と遭遇しにくくなる【隠密】スキルでも、対処しきれないモンスターだ。僕は咄嗟にナイフを構える。


 ウェアウルフは、獲物である僕に気づくと、遠吠えを上げて、周囲のウェアウルフに知らせる。そして、一体が跳躍して、一気に僕との距離を詰める。鉤爪かぎづめを渾身の力で振り下ろした。手に取ったナイフで何とか受け止め、思いっきりウェアウルフを蹴飛ばす。


 だが、他のウェアウルフが次々と襲い掛かってくる。太股ふとももや肩の肉がえぐれて、僕の動きが見るからに鈍くなる。


「クソッ!! こんなところで!!」


 一斉にウェアウルフがぼくに飛び掛かる。喉仏を咬みちぎられ、僕は絶命した。

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