フォグウォール

▷akua◁

プロローグ

早く、早く隠さなくては。

手が震える。

体が動かなくなる。


自分達は仲間であった。

共に寄り添ってきた絆があった。


だが──。


砕けたそれは、もう元に戻らず。

しかし、何よりも大切にしていたものを守るため。


隠せ。

隠し通せ。


誰にも、決して気付かれずに──。




────




「こんな記念すべき日に、みんな遅刻か……?」


青年、ロド・リーゲルナは空を見ながら嘆いた。

待ち合わせた幼馴染二人が、待てど暮らせど姿を見せないのだ。もう約束から一時間は過ぎているが、まさか自分が日付を間違ったか。そう思い、一度家に戻ろうかと考えていた。


だが、歩み始めた足を止めた。少し遠くで、ブロンドヘアの女性が見えたからだ。


「おはよー、待った?」

「馬鹿野郎、一時間も遅れてる」


現れたのはミラノア・サリーア。ロドが待ち合わせている一人だ。遅刻に全く反省する様子はなく髪の乱れを整えている姿に、相変わらずだ、そうロドは呆れたようにため息を吐いた。

ミラノアはロドを確認して、そして周りを見渡した。その原因が分かって、ロドは肩を竦めて首を横に振る。


「ジュティーもまだだ、意外だろ?」

「あのド真面目が遅刻なんて、珍しいわね」


噂をすれば、と言ったところだろうか。二人の元へ誰かが向かってくるのが見えた。

しかし、それは黒いヘルムを付けた騎士風の男性で、紫色のマントを身に纏っている。この周辺では見ない出で立ちに、ロドとミラノアは僅かに警戒した。

まさか自分達の旅の理由を知って阻止しに来た者か。そう考え、身構える。


だが、相手は呑気に二人に手を振っていた。

驚きに顔を見合せたロドとミラノアは、その人物が近寄って馴染んだように自分たちの隣に立って、更に訳が分からなくなる。


「えっと……」

「ああ、私ですよ。ジュティエルです」

「……は?」


ロドの知っている限り、ジュティエル・ガリアスはただの物腰優しい青年である。こんなごつい鎧を着るような人では無いが、発せられた声は確かにジュティエルのものだった。


意味が分からない、そういった様子の二人に、ジュティエルは鎧を擦りながら楽しそうに笑ったあと説明を始めた。


「いやぁ、カミナが『他の国なんて危険よ! これを着けないと旅は認められないわ!』と、言うものですから」

「お前、フィアンセの言うことなんなんでも聞くのか? そんなクソ重そうな鎧まで着て……」

「はい、勿論です。心配させているので」


当たり前だと胸を張ったジュティエルに、ロドもミラノアも苦笑いを浮かべた。見た目は騎士だが、彼が得意とするのは魔法だ。役割が違って見えそうだとロドは自身の腰に下がる剣を摩ると、隣に立つミラノアを見つめた。


「何?」

「お前、弓はどした?」


ミラノアの弓を扱うが、それらしいものを持っていない。それを聞いた彼女は得意げに背負っていた鞄を前に持ってくると、その中から棒状の何かを取りだした。

それはミラノアが強く握れば、カシャカシャと音を立てて大きく展開する。最終的には、ミラノアの手には大きな弓が握られていた。


「じゃーん、折りたたみ式になりました」

「こんなんでちゃんと撃てるのか?」

「もっちのろーん! 実演しようか?」


弓をロドに向けたミラノアは、慌てる彼を見て冗談だと笑った。弓を畳んで鞄に戻すと、背負い直している。随分と重そうな鞄だ、色々詰めてきたのだろう。


そんなこんなで、ロドの一時間の苦労が報われメンバーが集まった。家が隣同士だったロド、ミラノア、ジュティエルの三人はとても仲が良く、だが今回集まったのは遊びに行くのが理由では無い。


「じゃあ──超えるか、''フォグウォール''を」

「ひー! まだ心の準備が……」

「肩の力抜いていきましょう、私達なら大丈夫ですよ」


この世界には、七つの国を隔てる霧が常に発生している。

他国に向かおうと霧の中を通ると、元の場所にいつの間にか戻ってしまう。そんな現象が、もう五百年も続いていた。その原因は七つの国をそれぞれ守護する七柱の不仲。お互いを嫌う神達は、まるで喧嘩中の子供のように自分の領域を他と隔てた。


霧の壁は『フォグウォール』と呼ばれ、閉鎖された世界で暮らす国民にとって憎むべき存在となった。自由になりたい、外の世界をみたい。そんなことを願っても、フォグウォールは決して越えられないのだ。


だが、三人はとある理由によってその壁を越えられる。ロド達の住む国を守護する神、パムジュリエ。今は行方が分からない絆の神と呼ばれる彼女に、三人の先祖は力を貰っていた。


「これを越えられるのは多分世界に俺たちだけだ。勇気出せ!」


ミラノアの背を軽く叩いたロドは、霧の方へ向かった。そして、ジュティエルもそれに続く。置いていかれそうになったミラノアも慌てて後を着いていくと、三人は国を隔てる霧の中へ入った。

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