第15話
15.
歌が終わると、書道パフォーマンスが始まった。
ステージに大きな白い布が敷かれ、大きな筆と、黒と赤の墨の入ったバケツのような容器が置かれている。
優はコノミちゃんのことを思い出し、辺りを見渡した。
コノミちゃんはガチ勢の激しい動きに押し出されたのか、始めより後ろの方にいて、見づらそうにしていた。
(あれじゃ、よく見えないんじゃないかなぁ)
優はそう思ったが、優の辺りも人が密集していて、声をかけに行く訳にもいかなかった。
メンバー五人が並び、赤いコの腕には大きな筆が抱えられている。
「では、大地震からの日本の復興と、館森市の地域活性化のため、応援したいと思います!」
赤いコが言った。
「応援します!」
他のメンバー四人が続いた。
赤いコが観客の方を向き大きな筆を動かし、達筆で『頑張ろう 日本』と書いた。
それが終わると、次はメグミの番だった。
膝立ちになって真剣な表情で筆を走らせるメグミを、優も真剣な目で追った。
(真剣な顔のメグちゃんも、いい!)
ちなみに、膝立ちになる事で『見えてしまうかも』と優が密かに危惧した胸元は、ワンピース下の白いキャミソールなようなものに守られ、見えることはなかった。
同様にスカートの下も、頭が観客の方を向いているので見えることはなかった。
優は一瞬がっかりしたような気がしないでもなかったが、最終的には『これでいいんだ』と気持ちを落ち着かせた。
書き終え立ち上がると、メグミ軽く髪を整え観客の方を向いてにっこりと笑った。
『野菜を食べて、地域を応援♡』
垂れ幕にはそう付け加えられていた。ハートは赤い墨で書いてある。
(なんて上手な字なんだ! 柔らかいのに力強さもある!)
優は前から恵の字が上手いと思っていたが、毛筆もここまで上手いとは知らなかった。
メグミが終わると、他の三人も書かれた字を踏まないよう、何となく素敵なそれっぽいことを書いた。
いや、一人、黄色のコ、
『我が館森小麦に勝るものなし‼』
(いや、どんな立場で書いてんの⁉)
優は心の中でツッコミを入れた。
書道パフォーマンスが終わると、グッズ販売が始まった。
優はコノミちゃんのことが気になって探すと、更に後ろの方にいた。
ガチ勢の動きに驚いて避けているうちに、後ろの方に行ってしまったのだ。
グッズやチェキは、一度テントに置いてある長机の所で受付をしてグッズを買ったりお金を払ったりした後、それぞれのメンバーから伸びている列に加わりチェキを撮る仕組みだ。
優はグッズを買おうとすでにできている長机へと続く列に並びかけたが、あることに気が付き、止まった。
(最後にチェキと握手できれば、長くメグちゃんと話せるんじゃね?)
優はたまたまこの前のイベント時に最後だったことを思い出していた。
そうして少し列から離れて待っていると、この前のイベントにもいた頭に赤いバンダナを巻いた男が、一度赤いコとチェキを撮ったのに、また長机の列に並んだ。
っと思ったら、優に気が付くと一瞬考え込み、また列から離れた。
(もしかして、俺の作戦ばれた⁉)
列が短くなるにつれじりじりと長机に近づいていた優と赤バンダナ男は、それでもしばらくにらみ合っていた。
とうとう長机の前は、二人だけになった。
それでも二人はにらみ合う。
「あのー、買わないんですか?」
受付スタッフが困惑したように言った。
「「買います!!」」
優と赤バンダナ男はバッと受付スタッフの方を振り返ると、同時に叫んだ。
「あ、では、どうぞ」
受付スタッフが勢いに圧倒され、小さな声で言った。
「お先にどうぞ」
優は赤バンダナ男に、できるだけにこやかに愛想よく言ってみた。
「いやはや、小生はすでに一度買った故、お先にどうぞ」
赤バンダナ男は買った手提げ袋いっぱいのグッズを見せながら、表面上はにこやかに言った。
「いえいえ、まだちょっと何買うか迷ってるんで、お先にどうぞ」
「あぁ」
そこで、赤バンダナ男は優の事を思い出したようだ。
「確か貴殿、この前花束を持ってた、学ランの
ちなみに、今日の優は、緑と白のグラデーションがかったチェックの長袖上着と青いジーパンをはいていた。
長袖は暑いのに袖をまくってまでその服を選んだ理由は、緑の服――メグミの担当色の服――がそれしかなかったからだ。
「そうですけど」
優は少しむすっとして答えた。
赤バンダナ男に「ださっ」と言われたことを思い出したのだ。
「今日はお小遣いたくさん持ってきたかい?」
にやにや小ばかにして赤バンダナ男が言った。
(なんだこいつ⁉ ほっんと感じわるっ‼)
「あのー」
受付スタッフが言った。
「あ、すいません」
優は受付スタッフの人を待たせるのも悪いと思い、受付に進んだ。
「メグちゃんのチェキ&握手と、メンメンガールズTシャツ、メグちゃん缶バッチ一つ下さい」
優はあと他の人達が持っていた光る棒も買えそうなら買いたいと思った。
「あ、あと、光る棒? って売ってますか?」
「ぷっ、これだから、にわかは」
独り言にしては大きな声で、赤バンダナ男が言った。
「ペンラ、ペンライトのことも知らないとは!」
(光る棒、ペンライトって言うのか!
ってか、ほっんと感じ悪いな! そういう奴は放っとくに限る‼)
優は、赤バンダナ男を関わっちゃいけない人認定した。
「あー、こちらでは取り扱ってませんね。ファンの方は、ホームセンターとかネット通販で買ってるみたいですよ」
申し訳なさそうに受付スタッフが言った。
「そうなんですか」
優は後でホームセンターをのぞいてみようと意気込んだ。
「はいでは、チェキとTシャツと缶バッチで、合わせて六千三百円です」
優は先週汗水たらして稼いだばかりの金額のほとんどを差し出した。
財布の中には、札はもう千円札一枚しか残っていなかった。
(あぁ、なくなるのは一瞬だなぁ。稼ぐの大変だったのに)
優は心の中で一瞬泣いた。
しかし、おつりの後にグッズが入った袋を渡され確認すると、一気に気持ちが上向いた。
(メグちゃん缶バッチ、可愛い表情がよく撮れてる! Tシャツも、これで正式なファンになれたみたいで嬉しい!)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます