吹き荒れる嵐(2)

「そうかー、やっと自分の気持ちを認められたんだ、良かったねえ。あとは無事二人がくっつくだけだねえ。まあこれは時間の問題だね、うん、とにかく良かった良かった」

 教室に戻って着替えた後、渡り廊下で起きた出来事を話すと、菜摘ちゃんは満足そうに何度も頷いた。

 でも、春川さんと明確に対立してしまった私は呑気に菜摘ちゃんと談笑できるような心境ではなかった。


 ――あんたちょっと付き合いなさいよ。


 春川さんたちのグループから、いつそんな風に呼び出されるか。

 人目のない空き教室とか、体育館裏に連れていかれて、文句を言われるか。


 警戒しながら放課後になった。

 でも、放課後になっても春川さんは何の行動も起こさなかった。

 反抗した生意気な私に声をかけてこないのはなんでだろう。


 明日、改めて呼び出されるんだろうか?

 どうにも気になる。

 このままずっとモヤモヤした気持ちを抱えるのは嫌だ!

 私は勇気を出して、春川さんに近づいた。


「あの……春川さん」

「何?」

 多少、恨みには思っているらしく、春川さんは睨むような強い目で私を見た。


「その、さっきはごめんね」

「べっつに。いーよ。こっちこそごめんね」

「え」

 謝られるとは思わず、びっくりした。

「お邪魔虫だったのは私のほうだったんでしょ。成海くんにも、『もし愛理に何かしたら許さねー。たとえ女子だろうとぶっ飛ばすからな』って言われたし」

「えっ」

 予想外のことを言われて、心臓が大きく跳ねた。

 千聖くん、そんなこと言ってたんだ……。


「本気のトーンで言われたから、ミキもカオリもすっかり怯えちゃってさ。何よ。『ただの幼馴染』とか言っといて、来見さんにベタ惚れじゃないの、成海くん」

 春川さんは形の良い唇を軽くとがらせた。

「だから、もういいの。私になびかない男なんて要らないわ」

 春川さんは長く艶やかな髪を右手で払い、つんと澄ました顔で言い放った。

 私になびかない男なんて要らない。

 す、凄い台詞だ……!!

 私は雷に打たれたような衝撃を受けた。

 小学六年生でこんな格好良い台詞を言える女子がいるだろうか。


「もう成海くんにちょっかい出すのは止めたわ。後はお好きにどーぞ。成海くんにこだわらなくても、格好良い男子は他にもいるし、私のこと好きな男子なんていくらでもいるもの」

「……そ、そうなんだ、うん。じゃあ……」

 私はそそくさと退散して、自分の席に戻った。 

 春川さんって、色んな意味で凄い子だなあ。

 そんなことを思いながらランドセルに教科書を詰めていく。


「愛理ちゃん、クラブいこ」

 オレンジ色のランドセルを背負った菜摘ちゃんが声をかけてきた。


「うん」

 私はランドセルをぱちんと閉じて、立ち上がった。

 今日はクラブ活動がある日だ。

 私と菜摘ちゃんは同じ家庭科クラブに入っている。

 家庭科室で菜摘ちゃんと隣同士に座り、班のみんなでお好み焼きを作っていると。


「失礼します!!」

 開いたままの扉から、何故か春川さんが飛び込んできた。

 春川さんはバドミントン部だ。

 家庭科クラブには全く関係ない。

 いまはバスケ部の千聖くんと同じように、体育館にいるべきなのに……どうしたんだろう?


「どうしたの?」

 先生が、他の生徒たちが、突然入ってきた春川さんに困惑している。

「すみません、ちょっと、そこにいる来見さんに話があるんです」

 息を切らした春川さんは家庭科室に入ってきて、私の近くに立った。


「大変よ。私もついさっき聞いたんだけど、成海くんが階段から落ちたんだって」

「……えっ?」

 さあっと、顔から血の気が引くのがわかった。

 嘘だ。

 だって、そんな夢、私、見てないのに!!

 私は慌てて先生の許可を取り、ランドセルを背負って家庭科室を飛び出した。

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