世界で一番格好良い(2)

 六年生が五年生のクラスに行くのは、なかなかにハードルが高い。


 田沼くんたちと直接話をしたいんだけど、どうしたものか。

 ウダウダ悩んでいるうちに昼休憩時間になった。


 元気な子は昼食を終えた後、体育館や校庭に行って身体を動かす。

 でも、私はそんな活発な子じゃないので、教室でダラダラと時間を潰すのが日常だ。


 大抵、私の話し相手は菜摘ちゃん。

 菜摘ちゃんとは去年から同じクラスになったんだけど、不思議なくらいに気が合う。

 くだらない話をしていても楽しいし、彼女と一緒にいると沈黙も気にならない。


 でも、予知夢のことは言えなかった。

 菜摘ちゃんなら信じてくれるかもしれないけど……信じてもらえなかったときのことを考えると悲しいもん。

 だから、私は予知夢のことは言わず、「優夜くんが同級生にいじめられるんじゃないかと心配」とだけ話した。


「じゃあ様子を見に行ってみようよ」

 菜摘ちゃんは当たり前のようにそう言った。


「えっ。行くの?」

「うん。六年生が五年生の教室に行っちゃダメなんてルールはないでしょ?」

 私が戸惑っているうちに、菜摘ちゃんはさっさと教室を出ていった。

「待って!」

 私は慌てて後を追った。


 菜摘ちゃんは階段を下りて、五年生の教室の前の廊下をずんずん進んでいく。


 廊下では何人かの生徒たちがグループを作って会話している。

 この光景は、どこも同じだった。


『5年3組』のプレートがついた教室を通り過ぎて、優夜くんが所属する4組に着いた。

 教室の後方で優夜くんが三人の生徒たちと会話している。

 ちなみに相手は全員女子。

 今日も優夜くんはモテモテらしい。


「いじめっ子っていうのはどれ?」

「……ううん。教室の中にはいないみたい」

 田沼くんたちは廊下にもいなかった。

 ということは、外出中。体育館や校庭にいるのかな。

 ガッカリしながらも、優夜くんに見つかる前に私は退散することにした。


「せっかく来たのに、いじめっ子がいなくて残念だね。話しそびれちゃった。でも、優夜くんは楽しそうで良かった」

 廊下を引き返しながら、菜摘ちゃんは微笑んだ。

「うん。このままずっと、優夜くんが笑って過ごせればいいんだけど……あ」

 階段に差し掛かったとき、私は目を丸くした。

 ちょうど階段を上ってきたのは、田沼くんたちだった。


「あ。いつも成海と一緒に登校してる女子だ」

 田沼くんが私を見上げてそう言った。

 私は六年生で、私のほうが年上なのに、敬う気は一切ないらしい。

 彼らは想像通りの性格をしているようだ。

 まあ、世の中のいじめっ子なんて大抵がそんなものだろう。

 むしろ、ここで愛想よく「こんにちは」と微笑まれたらびっくりしてしまう。


「こんにちは。ちょっと話をしたいんだけど、いい?」

 私はにこやかに微笑んで、彼らに近づいた。

 菜摘ちゃんは階段の上に立ったままだ。


 立ち去ろうとはせず、廊下の端っこに立っている。

 何かあったら助けてくれるか、先生を呼びにいってくれるつもりなのだろう。

 私を見守ってくれている菜摘ちゃんの存在は心強かった。

 いじめっ子たちに立ち向かう勇気が湧いてくる。


「なんだよ。何の用?」

 不機嫌そうに田沼くんたちは私を睨んできた。

「単刀直入に言うけど。優夜くんに絡むのを止めてくれないかな」

「は? 成海にそう言えって言われたのか?」

「女に頼るとか、ダセー奴」

「ううん、優夜くんは何も言ってないよ。これは私が勝手にしてること。私は優夜くんが好きなの。困ったり、泣いたりしてる顔を見たくないの。だから、優夜くんにつっかかったりしないで」

 田沼くんたちは呆れたような、馬鹿にしたような顔で私を見ている。

 私のことなんて全然怖くないみたいだ。

 私よりも田沼くんたちのほうが体格が良いから、もし喧嘩になったとしても勝てると思っているのだろう。

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