ショッピングモールに行こう(1)

 引っ越しの翌日、私たちはみんなで郊外のショッピングモールに行った。


「これから子どもたちも大きくなるわけだし、もっと大きい車に買い替えようかな」

 助手席に麻弥さんを、三人の子どもを後部座席に乗せたお父さんは、車を運転しながら呟いていた。


「みんな見たいものが違うだろうし、一時間後に集合しましょう。気になるものや、買いたいものがあれば後で教えてちょうだい」

 賑やかなショッピングモールに着いてすぐ、麻弥さんがそう言った。

「はーい」

 私たちはそれぞれバラバラの方向に散った。


 私は三階にある雑貨屋を見て回った。

 サマーセールという派手なポップが目につく店に入り、ガラス細工や小物を眺める。

 それから、百均の店をぶらぶらと歩き、本屋で新刊の漫画をチェックする。


 一通り見て回り、本屋を出ようとしたところで、入口近くの本棚の前にいる千聖くんに気づいた。

 どうやら彼はゲーム雑誌を見ているらしい。


「千聖くん」

 声をかけると、千聖くんはこちらを見た。

 ゲーム雑誌を畳んで本棚に戻す。


「愛理も本屋にいたんだ」

「うん。でも、もういいかなって、出ようとしてたところ」

「行きたい店があるのか?」

「ううん。別に。暇だからぶらぶらしてただけ」

「おれも。一緒に回る? おれも特に行きたい店とかないけど、なんか、適当に」

「うん」

「じゃあ行こう」

 千聖くんが歩き出した。

 私も彼の後に続いて歩き出す。

 靴屋の前を通り過ぎ、しばらく歩いたところで千聖くんが私を見た。

 ショッピングモールのキラキラした派手な電飾が、彼の茶色い髪を複雑な色に染めている。


「行きたい店があったら言って」

「うん……いや、あのね。話したいことがあるんだ。ちょっとだけ付き合ってくれない?」


「? いいけど。何だよ、改まって」

 千聖くんは不思議そうな顔をして、私についてきた。

 コーヒーチェーン店のカップを持った若いカップルとすれ違う。

 エスカレーターの前を通り過ぎ、花の形のソファが置かれたスペースで止まる。

 ソファには誰も座っていないし、周りには誰もいない。

 二人で話すには都合が良かった。


「座ろう」

「? うん」

 相変わらず不思議そうな顔で、千聖くんがソファの花びらの一つに座る。

 私も彼の隣に座った。


「話したいことって言うのはね。お礼を言いたかったんだ」

「なんの? おれ、何かしたっけ? あ、昨日のドライヤー?」

「じゃなくて。いや、髪を乾かしてもらったのは嬉しかったんだけど」

 付け加えてから、私は迷いを振り切って、千聖くんと目を合わせた。


「昨日の夜、リビングでお父さんと話してたでしょ。ごめん。聞いちゃった」

 昨日の夜、私は荷解きで疲れていた。

 でも、新生活による興奮のためか、なかなか寝付けなかった。


 キッチンでお茶でも飲もうかな。

 そう思って、皆を起こさないようにそっと扉を開けて、部屋を出た。


 廊下を歩いていたら、聞こえてきたのだ。

 リビングで千聖くんとお父さんが話している声が。


 ――あのさ、誠二さん。頼みがあるんだけど。

 ――なんだい、千聖くん。改まって。

 ――母さんと優夜を泣かせるようなことはしないでください。


 千聖くんはお父さんに頭を下げた。


 ――おれは泣いてる母さんを見たくないし、怯えてる優夜も見たくないんです。


 あんなに真剣な千聖くんは初めて見た。

 見てはいけないものを見たような気がして、私は慌てて自分の部屋に引き返した。

 それから眠りにつくまでずっと、私は千聖くんのことばかり考えていた。

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