ごちゃまぜ短編ズ
うりぼー
セルフケア01
会社の最寄り駅の改札付近はいつも混雑する。混雑するのは朝も夜も同じだがその顔は異なる。今の時間、つまり夜は皆一様にくたびれており、一分一秒を惜しむように動く朝とは異なる。社会人3年目となる
――しかし、
「痛ッ!」
突然身体に強い衝撃。反射的に声をあげる。小豆の小柄な身体はよろめく。
一体何なのかと顔を上げるとそこには着ているシャツのボタンが弾けそうなまさしくビール腹の中年男がいた。小豆の声もしくは視線に気が付いたのか、じろりと睨み付けてくる。
「ボーッと歩いてんじゃねえよ」
それだけ強く言うと、その男はツカツカと歩き去って行く。
「……え」
明確にルールとして定められているわけではないが、改札はその出入口ごとに何となく列ができていて、自分はそこに並んでこの駅に入ろうとした。確かに疲れて足取りが重かったのは事実だけど、横入りしたのはそっちではないのか。
それとも自分が間違っていたのだろうか。不安に思い、周囲を見渡すが誰もその男を咎めようとしないし、何なら立ち尽くす小豆を邪魔そうに見ているような気もする。
やるせなくなった小豆はそのまま再度改札に入る為の列に並び直した。
♢
最近ツイていない気がしてならない。
流石に自分がこの世で1番不幸とか思うつもりはないが、プチ不幸が続いている。チーズバーガーを頼んだら中に肉が入ってなかったことを皮切りに、推しのミュージシャンがゲス不倫で活動を自粛するハメになったし、マッチングアプリで良い感じだと思ってた男に実はキープ扱いされていた。しまいには職場では常にセ・パ(セクハラ・パワハラ)両リーグ制覇の上司からは休憩時間にスマホを弄っていると「彼氏とLINE? どこでデートするの?」などと聞かれる始末。彼氏なんかおらんわダボが。
「あーあ……やってらんな……」
誰に言うでもなく微かに漏らす。だがそんな声を漏らそうとも皆周りに関心がないのか、それとも自分のことに必死なのかこちらに見向きもしない。完全な独り言なので有難い反面、少し寂しさを感じる。
「あ」
すると目の前のやたら早足で歩いている男のポケットから何やら財布のようなものが落ちた。
さっき自分が漏らした呟きが誰にも反応されなかったかのようにそれも同様にスルーされる。
「……」
何だか居た堪れなくなった小豆はそれを拾い、足早にその男に近づく。
「あのお……」
「ん? ……!?」
小豆が声を掛けるとその男は反応。すると何故かいきなり警戒体制をとる。
「な、何だ!? いくら僕がお金を持っていそうだからって美人局とは……! そ、そ、そそそ、そんな手に僕は引っかからないぞ!」
「……」
小豆は早くもこの男の落とし物を拾ったことを後悔した。しかも気のせいでなかったらこの男「金額次第だが……」と最後小声で付け足していなかったか? そんな台詞は金持ちのセリフではない。
「美人局……?」「こんな駅で声掛けとはやるな……」「あんな子供っぽい子が……? それはそれで……ゴクリ」
さっきまで無関心だったくせにいかがわしいオーラを嗅ぎつけるやいなや神経を全集中し始める衆愚。この目の前の阿呆のせいで自分は好奇の視線を浴びる羽目になってしまった。――こんなスーツきっちり着てそんな声掛けする奴がいるか!
「違います。貴方のポケットからこれが落ちたから拾っただけです」
あくまで事務的に、そして端的に要件だけ伝えることにする。小豆がサッと名刺入れのようなものを差し出すとその男は目を丸くする。
「おお! これは、これは……ありがとう! 僕が長年集めたポケモンのデコキャラシール入れ兼名刺入れじゃないか!」
「え? ポケモン?」
それってポケットなモンスターの? しかも名刺入れはついでなの?
「うむ」
今度は小豆が目を丸くすると男は鷹揚に頷く。
「ピ、ピカチュウ〜」
何だ、高級そうな革だったから慌てて持ってきたのにまさかのコレクションだったとは。1000種類以上はいるのに151匹説を推してやまない某博士のような声をあげながら思わず目を回す小豆。
「いや〜、よかったよかった! いやー、僕のお気に入りはこのタケシのシールでね」
聞いてもいないのにマイペースに語り続ける男。しかもお気に入りはポケモンじゃなくって人間。オタクの悪いところを注ぎ込んだようなムーブだ。
とはいえ、こんなことでここまで喜んでもらえるのは悪い気はしない。小豆にとっては大したものでないが、この男にとってはこのコレクションが心の拠り所なのかもしれない。今日は嫌なこともあったし、最後の最後にこんなことではあるが気が紛れて良かったのかもしれない。
「じゃあ私はこれで……」
「待ちたまえ」
立ち去ろうとする小豆の肩に手を置く男。
「な、何でしょう……?」
まさか呼び止められるとは思わなかったのと、その置かれた手の力強さにどもる小豆。
「僕としてはこんな何処の馬の骨とも分からない会社の社長やら取締役代表とやらの名刺はどうでも良いが、このシールをなくしていたら夜しか眠れないところだ」
「それってそのシールそんな重要じゃなくないですか?」
普通の睡眠ができれば何よりだ。
「それはさておき僕としては是非お礼をさせてもらいたい」
「え」
ちょっと面倒なことになってきた。……いや、もしかしてこの妙に馴れ馴れしい態度、もしかしたらナンパ……?
ナンパに遭った経験がないこともあって判断がつかない。
小豆が戸惑っていると男は更にずいっと身体を近づけてくる。近くで見ると意外と良い顔をしているように見えなくもない。
「さあ、行こう。一緒に気持ち良くなりに行こう!」
「き、気持ち良く……は、はあっ!?」
往来で何言ってんだコイツ。
顔を真っ赤にさせてアワアワする小豆に対して、男は曇りなき眼である。しかもいやらしさを感じさせないくらい自然に、そして力強く小豆の手を引いて、ズイズイと歩みを進めていく。
「ちょ……本当に……!」
――わ、私、どうなっちゃうのお〜ッ!?
戸惑い半分、こんなにも情熱的に迫られたことがなかったこと、そしてしばらく恋愛はご無沙汰だったことも相まって、小豆の抵抗はそんなには強くなかった。
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