婚約破棄された転生悪役令嬢は配信業にて逆転させる

綴音リコ

第1章 第1話 所謂、異世界転移

ぱっと目を覚まして、少女は違和感に眉を顰めた。

身体のあちこちが痛くて、なんだか目元が熱を持っている。寝起きだから、などという理由ではなく、明確に身体が不調を訴えていた。


「うぅん、なんなの?」


ゆっくりと身を起こせば、長い髪がさらりと手首や腰を擽った。


「ん?」


またそこで違和感。はて、自分はセミロングのはずなのだが。

一房手に取って、まじまじと見詰めてみる。

月光のような銀色に、深い青が混じったような冷たく綺麗な色だ。細くてふわふわしていて、絡まりやすそうな髪。

そこまで考えて、少女はギョッと目を見開いた。


「なんっ、え、何これ!?」


ハーフでも何でもないから、当然自分は生まれつき黒髪だ。そのはずなのに、この髪は一体どういうことなのか。

しかもよくよく辺りを見回せば、自分の部屋とは全く異なる豪華な部屋に少女はいる。

レースの天蓋付きのベッド、猫足のチェストや丸テーブル、揃いの椅子。高い本棚には分厚い革表紙の本がぎっしりと。


「どっ、どこなの、ここ……」


混乱した頭のまま少女はベッドから足を下ろした。踝までのネグリジェの裾が、歩く度にゆらゆらと揺らめく。

そしてドレッサーの目の前で足を止めると、今度こそフリーズした。


癖のある銀青の髪と気の強そうな金の瞳、まろみを帯びた白い輪郭、どう見ても性格のキツそうな美少女が、泣き腫らした目元のまま、唖然とした様子でこちらを見返していた。


「な、な、な……なんっだこれぇぇえ!?」


ガシリと鏡を引っ掴み、まじまじとそれを覗き込む。顔を横に捻ってみる。手を振ってみる。頬を抓ってみた。どれも同じ動きをしてくる。

どう考えても、どれだけ試しても、目の前の彼女は少女でしかなかった。


「私、なんでこんな……」


へたりと床に座り込む。ネグリジェと髪がふわりとそれに合わせて広がった。

少女がゔぅ、と唸っていると、異常事態に着いていけずぐるぐると回る視界の端に、丸っぽい何かを見付けた。

じっと目を凝らしてみると、それは段々とピントが合うように形を成した。それは今までの人生で何度も目にしたことのあるもので。


「なんこれ。アイコン?」


確かにそれは、アプリなどのアイコンとよく似ていた。

なんとなく、本当になんとなく、少女はそのアイコンをタップし、そのままスライドさせた。


「うわ、触れる……」


すぐさまジジっとノイズが走り、少女の前に横長の長方形が現れた。左側に幾つもメニュータブが並び、一番上には『Amia』の文字と王冠のアイコン。

それはまるで、ゲームやパソコンでよく見るウィンドウのようだ。


「このタブ、光ってる……」


メニュータブの一つ、〈Live〉と記されているそれは、存在を主張するようにぼんやりと光を放っていた。


「〈Live 〉……? 住む? それとも生きる?」


首を捻りながら、少女はそれを押した。

途端別のヴィジョンが前のものに重なるように現れる。それと同時に、少女の周りをふよふよと白い物体が浮遊し始めた。

丸っこいフォルムのそれはレンズをこちらに向け、赤いランプが点灯している。カメラのようだ。

画面に目を落とすと、そこには見覚えのある光景があった。

有名な動画投稿サイトの画面だ。左には動画が放送されていて、右側にはそれに対する反応のコメントが流れている。

動画に映っているのは、先程鏡で確認した自分の顔と同じものだ。

チャット欄にはそれなりのスピードでコメントが流れている。


「なんっ……」

〈お、ようやくこっち認識した感じ?〉〈凄い設定凝ってるなぁ〉〈アミアちゃんマジかわいい!〉


次々流れるコメントに目を通した少女は、堪らず叫んだ。


「これ配信中ってこと!? 流れてんの!?」

〈無事出来てるぜー〉〈初見です、初配信ですか?〉〈頑張れー〉


配信視聴者数を示す数字が19から20へと更新された。また一人視聴者増えたのだ。


(どこから見られてたの? どこから見てるの? どうやって? そもそも、ここはどこ?)


ぐらりと視界が揺れた。思わず額に手を当てて目を瞑る。

すると、頭の中に知らない記憶が流れてきた。

この家にアミア=タンザナイトとして生を受けたこと。クソみたいな婚約者がいて、昨日の晩、パーティにて婚約破棄を言い渡されたこと。泣き疲れて帰ってきた少女に対して、父が何も言葉をかけてくれなかったこと。


〈どうした?〉〈大丈夫?〉〈放送事故か? 一旦配信閉じた方が……〉


流れてくる、少女を心配するコメントたち。


「これって所謂……」

どうやら少女は、異世界転移というものを体験しているらしい。





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