ドッペルゲンガー?

勝田一

俺とあの男

 これは俺とあの男の物語である。


 俺は今日、渋谷へ買い物に来ていた。LOFTへ行ったり、服を見て回ったり、宮下公園で休憩して休日を満喫していた。宮下公園を出て青山方面にあるパン屋を目指して車通りの少ない路地を歩いていた。結構遠くにある前方の十字路を俺に容姿がとても似ている男が走っているのが見えた。何故か妙な胸騒ぎが起きたので、その男を追いかけてみようとした。だがその十字路を曲がってみるとその男の姿はなかった。少し周辺を探してみたがやっぱりいなかったので諦めることにした。いつの間にか胸騒ぎは消えていた。

 自宅へ帰り珍しいこともあるもんだと物思いにふけりつつ日課にしている日記へ今日のことを書き込んだ。


 翌週の土曜日がやってきた。今日は新宿で夜から友達と飲み会を予定していた。早めに行ってぶらぶらしようと思っていてので仕事がある日よりも早く目覚めた。本屋で最新刊をチェックしたりバッティングセンターや1人カラオケでストレスの発散をした。そろそろ飲み会の店へ向かおうと考えて歩いているとこの前の俺と似た男が交差点の斜め向かいを丁度曲がろうとしているのが見えた。前回よりも大きな胸騒ぎがするので、追いかけようと思ったが信号がなかなか青に変わらない。やっと変わったので小走りで追いかけたがまた見つけることができなかった。見つからないことに苛立ちを覚えつつ、飲み会の時間に遅刻しそうになっていたので、今日も諦めて飲み会へ向かった。飲み会は向かう頃には胸騒ぎは消えていた。

 友達に先週と今日あったことを話したが見間違えじゃないか?消えるなんてあり得ないでしょ。とか色々言われたので、俺もなんだか見間違えだったんじゃないかとさえ思えてきた。

 自宅へ帰り、今日のことを忘れないように詳細に日記へ書き込んだ。


 それから2週間後、久しぶりに親戚と会うために吉祥寺行きのバスで向かっている。窓の外をぼんやりと眺めていると俺に似たあの男とすれ違った。目が合ったような気がしたと思いつつ、衝動的にバスの降車ボタンを押していた。早く追いかけて確認したいと思っているが、なかなかバスは止まらない。やっと停まったので急いであの男が進んで行った方角を目指して走った。前回よりも胸騒ぎが酷く、とても嫌な感じがする。見つける範囲が広すぎるためなかなか見つからない。見かけたのは救急車に群がる野次馬だけだった。約束の時間が迫ってきていたのでもう一度バスに乗り吉祥寺へ向かった。バスに乗り吉祥寺へ着く頃には胸騒ぎはなっていた。

 親戚にこれまであった最近の出来事を話すと胸騒ぎは起きたことはないけど、似た人なら偶に見かけると言っていた。話しかけられたこともあるらしく2人で撮った写真を見せてもらった。言っちゃ悪いので心の中でとどめたが俺とあの男ほど似ているとは思わなかった。確かに容姿はそこそこ似ているのかもしれないが、雰囲気とかその人特有のオーラが全く違うと思った。

 その後も親戚と歓談して気づいたら夕方になっていたのでお開きとなった。


 その日の夜、寝ていると変な夢を見た。夢の中で俺はあの男を追いかけている。追いかけていくと門がありその中は墓地のようになっていた。その奥には線路があり線路を越えるともう一つ門があった。1つ目の門の前には門番がいる。あの男は門を通されて線路の前に立っていた。俺も追いかけて行こうとしたが門番に通ることを邪魔された。


「あなたはここから先へは進めません」


「どうしてですか?あの男は通されましたよね?」


「理由は言えません。お引き取りください」


 そうは言われてもとても気になってしまったので門の前で待つことにした。

 門番が「帰ってきたか」と呟いた。

 あの男が戻ってきたのである。そして目が合ったと思ったら急に胸が苦しくなり目覚めた。夢なのに妙にリアル過ぎたため鮮明に海馬へ記憶されてしまった。現実で起こった出来事のように感じるほどこの夢は強烈であった。

 

 あの夢を見てからの数日間はなんとも言えない不安な気持ちで日々を送っていたが、考えていても仕方ないと思い考えないようにすることにした。そして日々が経つに連れてあの男のことは全く気にしなくなっていた。


 それから半年が過ぎた。お盆休み期間で休みの予定が合ったので、飲み会をした友達と名古屋へ旅行するため東京駅で集合した。3人で行動する予定だったのだが、1人と全く合流できない。電話でもそこにいると一点張りなのだ。指定席を予約していたので刻一刻と時間が迫ってきている。ビデオ通話に切り替えて周りの景色をお互い見せあっているのだが彼も俺たちも新幹線乗り場の前にいるみたいなのだ。それでも見つけられなかったので集合場所を新幹線乗り場の前から八重洲北口へ変更した。残り10分で発車するという時に彼はやってきた。彼は駅の外側をずっと探していたらしい。なんとも人騒がせな男である。発車時刻に間に合って駅弁まで買えたので、ハプニングで焦っていた気持ちから一転してハッピーな気持ちで出発することができた。

 1泊2日と短い旅行の中でもたくさんのことをした。野球観戦や観光をしたり、みそかつ、手羽先、ひつまぶしと名古屋名物を食べて回った。

 友達との楽しいひと時を過ごして満足のいく旅行をすることができた。

 幸せな時間はあっという間に過ぎていき、段々と帰りの新幹線の時間が近づいている。

 これでまた仕事の日々に戻るのかと少し憂鬱に思いながら名古屋の商店街を歩いていると商店街を抜けた交差点にあの男がいた。


「あそこにいる男が前に言ってた俺に似てる男だ。後で連絡するから追いかけてくるわ」

 指差しをしながら同意を求めた。


「遠くてよく見えないけど、確かに似てるかも?」


「俺たちは駅に向かってるよ。時間に遅れないようにね」


 急いであの男が曲がった路地に向かう。曲がった瞬間頭から変な音がした。頭の上が温かい。手で頭を触ってみると液体のような白いものが付いていた。少しの間フリーズしてから鳥に糞を落とされたことを理解した。ひとまずあの男を追いかけることを断念して頭と手を綺麗にするため近くのコンビニへ向かうことにした。

 世界では鳥の糞が落ちてきたら幸運が近づいているとスピリチュアル的に信じられている。しかし俺はスピリチュアルを全く信じていないし、目の前に落ちて自分に糞が付着しないならまだいいが、自分に当たったら不幸過ぎるし、なによりもどんな菌を持っているのか分からないので衛生的に良くない。

 そんなことを思いながら体に付着した糞を対処した。

 その後、友達と合流するため名古屋駅へ向かった。


「あの男に出会えたかい?」


「追いかけてたら頭に鳥の糞が落ちてそれどころじゃなかったわ」


「そうだったのか。それは災難だったね」


 楽しかった旅行は最後に鳥の糞が落とされるという不幸に見舞われたことで人生でも忘れることがない出来事になりそうだ。気分が落ち込んでいたため、帰りは何を話したのか全く覚えていなかった。


 旅行から少し日は経ち、紅葉こうようが見頃になっている。立川の昭和記念公園へ紅葉を見に来ていた。桜や花火、紅葉などをみて儚いという感情をいだくのは日本人特有らしいのだが、俺は全くそういった感情を持ち合わせていない。ではなぜ俺がここを訪れたのかというと写真をsnsに投稿するだけのためにきているのである。良い感じに写真を撮ることができたのですぐに帰路へつく。立川駅に着き、すぐに電車が来ることがわかったので急いで階段を降りようとした。視界をかなり前方へ向けるとあの男が電車に乗り込もうとしていた。一瞬こっちを見た気がして、あっちの表情は驚いたような、恐れたような顔をしていた。短い時間で色々なことがあったので発車のベルが鳴り終えていることに気付かず乗り込もうとした。そして顔面が挟まれて凄い痛みが襲ってきた。一応電車に乗ることには成功した。痛みと周囲の軽蔑した視線に耐えながら周囲を見回したのだがあの男いない。電車が発車して窓の外を見るとあの男がニヤッと笑っていた。あの男にしてやられたようで悔しくなった。戻ってもどうせ見つけることはできないだろうし、痛みもそこそこあったので家へ帰って療養することにした。

 自宅へ着き、あの男について考えた。あの男を見かけても、胸騒ぎがなくなったのは良いことなのだが、些細な不幸が訪れているようだと思った。

 しかし結局は自分の不注意であり、偶々そうなったのだと思い直した。


 俺の中で電車事件と呼んでいるのだが、あの日から特段何か変わったことは起こっていない。そして日々を淡々と過ごしていた。

 今年の冬は大寒波に見舞われており、今日は雪が降っている。そんな中でも前々から新年会を行うことになっていたため出掛ける準備をしている。雪の影響で遅れないようにするためにいつもより3本早いバスへ乗り込んだ。三鷹駅へ向かうバスは思ったよりも順調に進んでいる。窓の外を眺めるとあの男が歩いていたと思った。傘をさしていたので見間違いかもしれない。それでも追いかけずにはいられない。衝動的にバスの停車ボタンを押した。半年前も似たようなことがあったと思い出した。だが今回はすぐにバスは停まった。

 すぐに降りてあの男が曲がった路地へ急いで向かった。2つ目の十字路の手前をあの男は歩いていた。もうすぐ会って話すことができると安堵なのか好奇心なのかよく分からない思いをいだきながら足元がとても悪い中を走って向かう。

 1つ目の信号のない十字路に入った時、横から大きな物体がかなりの速度で走ってくるのが視界の端で捉えていた。車とわかった時にはすでに身体へ物凄い衝撃が襲ってきた。後悔をすることもできないまま、ここで意識は途絶えた。


 俺はあの夢の中にいる。前にみた門があって線路があって、その奥に大きな門がある。1つ目の門の前には門番が立っている。そして1つ目の門を通されたというよりも勝手に身体が門の先へ吸い寄せられている感覚で進んでいた。線路の前に立つと身体が勝手に止まった。

 この状況はなんなのかと必死に思考を巡らす。車に轢かれたことを思い出し、今は夢を見ているだけなのだと思い至る。目覚めろと念じても目覚めないので昏睡状態かそれに近いのかもしれない。どれほどの時間が経ったのかは分からないが突然大きな門が開いた。その先は真っ暗になっていた。そして身体が勝手に前へと進み出した。忘れかけていた、忘れることのできない、忘れようとしていた、あの男が夢の中で引き返して戻ってきたことを海馬にある記憶を蘇らせた。進んでは駄目だと直感した。だが歩みを止めることは不可能で門の中へと進んでいってしまった。そして門は閉じた。


 真っ暗になった空間で俺は身体を失い自分の意識だけになっていた。ここが死後の世界なのかと気づいた時には自分が何者であるのかも忘れていた。

 そこには1つの魂だけが残っていた。

 

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