クィンとクゥズオ ~令嬢と騎士に芽生えし恋?~

佐倉那都

クィン家令嬢の前に現れた騎士は変態でした


 ――皆様、ごきげんよう。

 わたくし、レイナ・クィンと申します。

 わたくしの生まれたクィン家は、聖王国カテドラルに存在する貴族の由緒正しき家になります。その家柄に恥じぬよう、わたくしは礼儀作法の習得や他の貴族の方々との情報収集おちゃかいに日々励む、素敵な毎日を送っております。本日は、わたくしの素晴らしい一日を皆様にお話させていただけると、とても嬉しく思います。


「っか~~~! やっぱ昼から飲む酒はうめぇ!!!」


 ――な~んちゃって!

 そんな日々が素晴らしいと感じる心を持ちたかったけれど、あたしにはなかったみたい! 残念! ティーカップの音にも気を遣わないといけないようなお茶会よりも、勢い良くグラスをテーブルに置いて思い切り袖で口を拭うことができる、酒場での一人飲みの方があたしにはずっと楽しかった。

 でも、それは仕方のないことだと思う。あたしは、元々クィン家の娘として生まれたわけじゃない。聖王国カテドラルから遠い遠いイィナカ村で生まれ、育ってきた。でも、ある日両親が事故で亡くなっちゃって一人ぼっちになってしまったの。そんなあたしを引き取ってくれたのが、クィン家ってこと。

 ちょっとだけ話がずれるけど、実は世界には魔物とそれを率いる王様がいたんだって。そして、それを打ち倒した勇者ってものね。勇者には仲間がいて、その中にあたしやクィン家のご先祖様がいたんだって。あたしからしたら、物語の中の話だから全く信じられないことなんだけど、百年くらい前までは本当にいたらしい。

 それで、そのご先祖様の縁のおかげで、あたしの両親とクィン家は親交があったみたい。だから、両親が事故で亡くなって一人になったあたしをクィン家が引き取ってくれたんだって。


「……すいません! もういっぱい!」


 空になったグラスを店員さんに渡して、追加の酒を頼む。受け取った店員さんが「こいつ、まだ飲むのか……!?」なんて顔をしていたけれど、まだたったの五杯しか飲んでいないのに、酷い話だと思う。昼間から飲んでることが良くないって? いやいや、お嬢様として生活している以上、こんな飲み方昼にしかできないんだよ!

 何故かサービスとして出された、とっても赤々とした魚の塩漬けをつまめば、酒がより美味く感じる。塩辛いものと酒の相性って最高。なんなら、塩だけでも酒が飲める。酒と塩をこの世に生み出してくれた女神様には最大限の敬意を払わなくてはいけない。


「あ~~~うめぇ~~~!!!」


 変装していることもあって、誰も昼間から酒を飲んでいる女がクィン家の令嬢とは思わないだろう。そのこともまた、あたしにとって解放感をもたらしてくれる。

 一応言い訳をしておくと、クィン家が嫌いなわけじゃない。むしろ、大好きだ。突然養子として迎え入れられた礼儀のなっていない小汚い村娘を、二人の姉は快く受け入れてくれた。物語のように意地悪をされることもなく、大切にされてきた自覚がある。もちろん礼儀作法の勉強に関してはとっても厳しく躾けられたよ? でも、その後おじ様おば様に内緒でお菓子を買ってくれたり町に連れ出してくれたりと、しっかりフォローしてくれていたし、なにより一人の人間として大きく成長できたから有難いとすら思ってる。

 でも、それはそれとして、ストレスは溜まるものだった。なぜか。酒がないからに決まっている。正しい情報を伝えるならば、クィン家でも酒は飲める。だが、あんなものは飲んだうちには入らない。酒の量とアルコールの量は多ければ多いほどいい。あたしの実家に伝わっていた言葉だ。しかし、貴族の家で出てくる酒はアルコール量はともかく、酒そのものの量がそう多くなかった。グラスの半分にしか注がれない酒を始めてみた時には量の少なさに絶望し、その美味さに歓喜し、そうして一度に飲み切ってしまえたことにまた絶望したものだ。ちなみに、周りの人間は誰も一口で飲み切っていないことも、あたしを絶望させた。なんで、あんな美味しいお酒をちびちび飲めるんだろうね。今でも不思議だ。


「すいませーん! もういっぱいくださー……ん? んん?」


 あっという間に空になってしまったグラスを掲げて、店員さんに声を掛ける。しかし、店員さんは入店してきた騎士に捕まっていた。

 複数人で現れた騎士の中でも一際目を惹くような美形な青年は、しつこく店員さんに声を掛けている。金髪碧眼、更には高身長という恵まれた外見を持った青年は店員さんの見た目がタイプだったのか、彼女を口説き始めた。仕事中であることもあってはっきりと断る店員さんに、しつこく声を掛ける美形な騎士。一緒にいた騎士たちも止める気はないようで、適当な席に座ると騎士と店員さんのやり取りにちょっかいを掛け始めた。


「あ~、あれってユール・クゥズオじゃねぇか」

「女癖の悪いって噂の~?」

「そうそう、しかもしつこく口説いたくせに手ぇ出したらすぐ捨てるんだとよ」

「最低~。でも、あれだけイケメンなら割り切っても……」


 下卑た噂話まで聞こえてきて、溜息を吐く。

 これに関してはどこの店でも変わらないらしい。


「失礼しまーす」


 別の店員さんが、あたしが宙に浮かせたグラスの存在に気付いて回収してくれる。そのついでに、次の一杯を頼んでおく。しかし、今日はこれで最後になるかもしれないと思うと、騎士たちに対する怒りが湧いてくる。


(ああいうの見ながら飲む酒はまずいんだよな~~~)


 酒場、それもお昼にも酒を提供するようなお店だけあって、まぁまぁ酔っ払いは多い店ではある。しかし、それ故に商品の金額はやや高めなため、断られてもしつこく食い下がって店員さんに迷惑を掛けるような輩は月に一度いれば多いほうだ。でも、嫌がる女の子に粘着する男が、あたしは大嫌いだった。どんなに美味い酒でもまずいと感じさせる、あたしの敵だからだ。

 とはいえ、下手に介入して、ここで飲めなくなってしまうのは困る。誰か助けてあげて~と思いながら、指についた塩を舐めながら様子をちらちらと伺う。


「しつこいです! やめてください! ……っあ……」

(あ~、やっちゃった……)


 店員さんの声につられて視線を動かせば、彼女と目が合ってしまう。目が合ってしまえば、もう放っておくことは出来なかった。勢い良く酒を喉に流し込むと、わざとらしく大きな音を立てて、テーブルにグラスを叩きつけた。


「ちょっと! 彼女、嫌がってんでしょ! やめなさいよ!」

 

 強引に店員さんと騎士の間に割って入る。


「なんなんだ、君は……って、酒くさっ!?」

「はぁ? ここは酒を飲む場所よ、そこにいる女が酒臭いのは当たり前でしょうが!!!」


 あたしの言葉に、周囲がざわつく。「そうか……?」「いや、どうだろう……」なんて言葉が微かに聞こえてきて、地味に傷付いてしまう。え、これ、あたしが変なの?


「酒臭いお嬢ちゃんには興味がなくてね、そこをどいてもらえないかな」


 にっこりと微笑む騎士の姿は素面であれば従ってしまったかもしれない、不思議な魅力があった。けれど、今のあたしには酒が入っている。酒の前ではイケメンなど力を持たない、ただの物体である。酒こそ正義、酒こそ人生!


「あなたが店員さんを口説くのをやめたらね」

「それは出来ない相談だな。可愛いお嬢さんを口説くのは、僕の使命でね」

「……はぁ? きっしょ!!!」


 ウインクをしてふざけたことを宣う美形に、あたしの右手は勝手に動き出す。みんな打ち合わせをしたかのように突然静かになったものだから、バシンという音は綺麗に、それはもう綺麗に、店内に響きわたった。


「ここは酒を飲むところであって出会いを求める場所じゃねぇんだよ! せっかくの美味い酒がてめぇのせいでまずくなりつつあんだろうが! どうしてくれんだ!」


 しかし、そんなことにかまけている余裕はなかった。

 そう、あたしにとっては酒をいかに美味く飲むか、それが人生で一番大切なことだからだ。口説くだけならまだしも、ウインクして気色の悪い台詞を吐かれてしまえば、今日これ以降に飲む酒はどうやったって美味くはならない。少なくともあたしの中では。そのことに対する怒りが、あたしの体を突き動かす。


「ちょっ……くびを、しめない……で……」

「うるせぇ!!! 楽しい酒飲みの時間を返せ!!!」


 衝動的に騎士の首を絞め始めたあたしに、流石に殺人はまずいと感じたのか、周囲の人間が慌てて止めに入る。結果的に他の人に迷惑を掛けてしまって、騎士には見えない場所で頭を抱える。


「あ、あの……助けてくださってありがとうございました……」

「いや、あたしこそ逆に迷惑かけてごめんなさい」

「そんな……あの、マスターが今日のことは気にせずまた来てくださいね、と……」

「そんな……ありがとう!」


 やはりここは素敵な場所だ。

 問題を起こしたあたしにも優しくしてくれる。いや、そもそも原因はあたしじゃなくてあのナンパ騎士のせいではあるけど……それはそれ。迷惑を掛けたのには変わりがない。

 店員さんの手を握り、感謝を告げる。そして、また来ることを約束して、今日のところは大人しくクィン家の屋敷へと帰るのだった。


「あーあ、あと十杯は飲みたかったのにな~~~」


 ***


 僕は自他共に認める美形だ。

 幼い頃から皆に顔のことを褒められて育ってきた。男からも女からも様々な意味で狙われることも多かった。それは大人になった今でも変わらない。黙っていれば、みな顔目当ててで寄ってくる。勝手な幻想を抱いて。

 いつか、心の底から好きだと思える相手に出会えると信じていた幼き頃のきらきらとして感情はとうに無く。勝手な幻想を抱かれ、勝手に失望されることに疲れたのもあって、数年以上好き勝手遊んで生きてきた。それでも、寄ってくる男も女も減ることはなかったというのに。


「……この僕に、ビンタだと……」

「ユール? ユール・クゥズオくん~?」

「ダメだ、こりゃ。放心してやがる」


 近くで聞こえるはずの同僚の声が、どこか遠くに聞こえる。

 だが、それだけの衝撃の出逢いがあったのだ。仕方のないことかもしれない。


(彼女は何者だろうか……)


 僕の誘いを断るような女性だけなら今までにも少ないとはいえ、いたことはいた。しかし、思い切りビンタをかましてきた上に首まで絞めてくるような女性など初めてだ。

 赤茶色の髪に薄い緑の瞳をした彼女の、あの殺意のこもった瞳を思い出すと、何故か体の奥底が疼く。もう一度、あの瞳で見つめられてみたい。


「……こんな感情は初めてだ」

 

 僕の頭の中は、彼女のことでいっぱいになっていた。僅かに丸みをおびた柔らかそうな瞳からは到底想像も出来ない、内に秘められた苛烈さに、僕はもう虜になってしまった。


「どうすれば、もう一度彼女に会えるのかな」

「とりあえず、謝罪に行けばいいんじゃねぇの?」

「なんか常連っぽかったもんな、あの女の子」

「なるほど……よし、謝罪の品を買いに行く。付き合え!」

「「えぇ……」」


 同僚たちの素晴らしいアドバイスに、早速謝罪の気持ちを伝えることの出来る品を買いに行くことに決める。これまでの僕では考えられないことだが、彼女に会える可能性があるならば謝罪など容易いものだ。まずは口説いた女性に許しをもらい、ついで酒場のマスターに入店許可をもらわなければならない。それを乗り越えた先に、再び彼女と出会えるのだと思うと、口角が自然と上がってしまうのは仕方のないことだろう。


「ふ、ふふ……この試練乗り越えて見せよう……!」

「てめぇの日頃の行いなんだよな」

「ユールくん、とんでもない指向に目覚めたんでない? これ」


 ***


「っか~~~! うめぇうめぇ! やっぱりここで飲む酒が一番うめぇ!!!」


 迷惑を掛けた手前、すぐに来店するだけの度胸はなかったあたしは、十日ぶりに馴染みの店を訪れていた。他のお店はここより安くて美味しい酒は飲めたけれど、どうしても客の質はこことは比べ物にならなかった。一人で飲みたいっていうのに、気色の悪いジジイたちに絡まれることが増えて、これならお茶会に参加した方がマシだったのでは? とすら、思ってしまったほどだ。あたしにとって命の水である酒を、より美味しく飲む場所を探してはみたけれど、やっぱりここしかなかった。


「これ、良かったらどうぞ」


 あの時の女性店員さんがサービスでつまみを出してくれる。ちょっと申し訳ない気持ちもあったけれど、感謝の気持ちだと言われてしまえば素直に受け取ったほうがお互い気持ちがいい。なにより、ここのつまみはめっちゃ美味い。酒がどんどん進む。


「あの」


 追加の注文分を持ってきた店員さんが控えめに声をかけてくる。なんだろうと思って首を傾げると、彼女は近くに寄ってきて小声で話掛けてきた。


「この前の騎士様があなたを探してます」

「……えっ!? なんで!?」

「そこまでは分からないんですけど……」


 気をつけてくださいね。

 本気で心配してくれている店員さんに感謝を告げて、グラス片手に思案する。


(まさか、ひっぱたいたこと、根に持たれた……?)

 

 いや、首を絞めたことかもしれない。

 どちらにしても、そもそもは自身のナンパが原因であるというにの、なんて器の小さい男なのだろう。騎士として恥ずかしく――いや、むしろ騎士なのに、一見ただの小娘にしか見えないあたしに首まで絞められてしまったからこそだろうか? プライドを傷つけてしまったのかもしれない。

 ナンパな騎士様のプライドなんか、あたしには関係のないことだけど、もしかしたらクィン家に迷惑が掛かってしまうかもしれない。そう思うと、少しだけ恐怖感はある。今のところ、やることをちゃんとやっていれば日中の時間は自由に過ごしてもいいと言われているけれど、このことがどこかからバレてしまえば外出も容易ではなくなってしまうかもしれない。そうなれば、あたしが酒を飲めるのは夜の食事の時に、ほんのちょっとの量だけになってしまう。


(そ、それだけは嫌だ……!)


 あたしにとって、酒は人生そのもの。

 酒のない人生なんて、あたしには耐えられない。


(……いっそとどめを刺してしまえばいいのでは?)


 酒が入って気が大きくなっているあたしの脳内には一つの良くない考えが浮かんできた。良くない。そう思う心に対して、酒の力が偉大なためかナイスアイディアなような気もしてくるから不思議だ。


「やぁ、あの時の彼女はいるかな?」


 噂をすればなんとやら。

 タイミングが良いのか悪いのか、ナンパな騎士様のご来店だ。


「……なんの用? 酒がまずくなるから手短に頼める?」


 無視をするより、ささっと片付けてしまった方が楽だ。

 そう判断したあたしは、飲みかけのグラスを片手に騎士様に近付いた。自分で近付いておいてなんだけど、改めて見ると顔立ちが整いすぎていて驚いてしまう。出会い方さえ違えば、本当に恋に落ちていてもおかしくはなかったかもしれない。

 もっとも、あたしの酒の時間を邪魔した以上、敵でしかない。今後あたしの中でその評価が変わることはない。断言できる気がする。


「ああ……その蔑むような瞳……最高だよ。お嬢さん、お名前をいいかな」

「きっしょ!!!」


 前言撤回。

 とんでもない変態騎士だったみたいだ。

 あたしの目にどんな感情が表れていたのかは分からないけれど、彼の言葉を信じるなら相当悪感情が透けて見えていたはずだ。にも関わらず、騎士様は体を無駄にくねらせて恍惚とした表情をする。そんな表情だっていうのに、彼はスマートに膝を付き手の甲にキスを一つ落とすと、あたしに名前を聞いてきた。

 その一連の動作は、あたしの酒の時間を邪魔する敵という評価を一変させるには十分すぎるほど気持ち悪すぎた。


「僕はユール・クゥズオ。王国騎士の副団長をしているものだ」


 あまりの気持ち悪さに硬直するあたしをよそに、勝手に自己紹介を始めた騎士様はまさかの騎士団で副団長をしているという。


「えっ、それで?」


 思わず、本音がぽろりと漏れる。

 それすら、ユールという変態騎士の中では誉め言葉になるのか、彼は潤んだ瞳でこちらを見つめてくる。なんて気持ち悪い人なんだろう。


「ああ、お嬢さん……君はなんて素敵なんだ……」

「うわぁ、気持ち悪い……。そもそも、この間は酒臭いお嬢さんに興味はないっていってなかったっけ? その酒臭いお嬢さんなんですけど、こっちは」

「それについては謝罪させてほしい。僕の見る目がなかったんだ」


 あたしの手を持つ力が僅かに強くなって、別の意味で体が固まる。そんなあたしの手に再度キスを落とし、更に唇が指の一つ一つに触れ、手首の辺りまで来たあたりで、あたしの限界はピークに達した。


「きっしょいのよ!!!」


 ――ごめんね、酒。ちゃんとこいつに飲ますから。

 心の中で酒に対しての謝罪を終えると、持ったままだったグラスを勢いよく振り下ろす。頭を伏せるような態勢を取っていた変態にクリティカルヒットしたそれは、芸術かと思わせるほど綺麗な音を立てて、床へと落ちていく。


「きゃーっ!?」

「待て待て待て、レイナ! それはまずい!」


 一瞬の静寂の後、店にいた人々によってあたしの体は変態から引き離された。しかし、あたしの感情はそう簡単に収まらない。近くにある空のグラスに伸びる手を、誰かに抑えられたかと思うと振り解いて、もう一度グラスへと手を伸ばす。そんなことを何度か繰り返していると、変態が立ち上がる。


「ああ、やはり……あなたは僕の理想の女性かもしれない」


 頭から血を流している様子すら絵になる美形だというのに、恍惚とした表情が全てを台無しにしている。なんだ、こいつ。あたしは、この変態のことが本当に理解できなかった。


「僕の妻になっていただけませんか、お嬢さん――いえ、レイナ・クィン嬢?」

「えっ……なんで……」


 膝を付いて、手を伸ばし、突然求婚してきた変態に名を呼ばれ、あたしの思考はフリーズしてしまう。いったい、なんで変態騎士があたしの名前を知っているのか。


「酒場通りの者は皆知っていたよ。クィン家のお嬢さんが毎日のように酒場通いをしているってね」

「あ、あぁ……」


 衝撃の事実に頭が真っ白になる。

 そんなあたしに変態は追い打ちを掛けてくる。


「でも、いい子だからお家には内緒にしてあげているんだそうだ。……ふふ、ここまで言えば君の返事は一つしかないんじゃないかな」


 にっこりと微笑む姿に、腹を括る。

 あたしは、ここでこいつにとどめを刺してそのままあたしも――。


「死ねぇ!!!」

「ふふ、これでも騎士でね。同じ手はご遠慮いただこう」


 グラスを掴んだ手は変態に引っ張られ、そのまま体を受け止められる。腰に回された手の力が思っているより強くて、驚きを隠せない。


「さて、レイナ・クィン嬢? 僕の求婚を受け入れてくれるだろう?」


 裏にある意図を読めないほど、あたしはバカではなかった。それが今はこんなに悔しいだなんて。


「……一つだけ聞くわ。なんで、あたしなの」

「結婚してからのお楽しみにしていてくれ。……困惑しつつも、理解不能と蔑む君の瞳をもっと楽しみたいからね」


 その発言に、やはりあたしの手はなんとかして持っているグラスを直撃させようと足掻いた。しかし、周囲の人間に止められ、変態にも阻止され、失敗に終わる。何より。


「レイナの飲みっぷりは気持ちがいい。お前さんが来ない店は寂しいよ」


 なんて。

 色々な人から言われてしまったら、これ以上ここで暴れる気にはなれなかった。みんな知っていて、それでもクィン家に黙っていてくれたのだ。


「当然酒は飲ましてもらえるんでしょうね?」

「もちろん。……ふふ、婚約成立ってことで良いのかな?」


 ニコニコと微笑む姿に、副団長を任されるだけのものを感じ取る。顔だけのナンパ男ではなかったらしい。


「……酒と命はあたしにとっては等しいものだからね」


 結婚という条件を呑めば、一先ずはクィン家に知られることもなく酒を飲み続けられるだろう。変態と婚約しなければならないことは腹立たしいが、家に迷惑を掛けるよりはよっぽどマシだった。それに。


「そうそう、騎士様。婚約前に一つだけ」

「なんだ?」

「あたし、とっても寝相が悪いの。事故死には気を付けてくださいね」


 同じ家に住むようになれば、かえってどうにでもなる。

 

「ふ、ふふ。なんて面白いお嬢さんだ。望むところさ」


 嬉しそうに笑う変態は、店のみんなに自分たちの婚約成立を祝ってくれと厚かましくもお願いし始めた。急展開に戸惑う雰囲気を感じつつも、みんな酒が入っているので誰かが盛り上がり始めればあっという間に祝福ムードになっていく。


「あ、あの本当に良かったんですか?」


 店員さんが、あたしのことを心配して声を掛けてくれる。


「うん、もちろん。あたしにとっては結婚相手より酒が飲めるかの方が大事だもん」

「……ぶれないですね」


 困惑している店員さんに「まぁね」と返事をして、変態騎士に視線を向けた。何を考えて自分を殺そうとした相手と結婚しようなどと考えたのだろう。


(……変態のことなんて理解出来るわけないか)


 あたしは、ただクィン家に迷惑を掛けずに浴びるように酒を飲めれば、それだけで良い。その点においては、この変態には受け入れてもらえそうである。今はそれでいい。


「レイナ嬢、もう一度首を絞めてもらえないかな?」


 どのような流れで、そのような話になったのか。 

 こちらへと寄ってきた変態騎士はとんでもないことを頼んできた。その表情からは興奮しているのが伝わってきて、あたしは「誰がお前の頼みなんて聞くかバーカ!」という気持ちとは裏腹に、彼の望むがままに手を伸ばしていた。


「酒の力を舐めるなー! この変態が! 今度こそ息の根を止めてやるー!!」










 ――この時はユールと長い付き合いになるだなんて思いもしなかったけれど、それはまた機会があれば話をさせてね!



 

 

 

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クィンとクゥズオ ~令嬢と騎士に芽生えし恋?~ 佐倉那都 @natsu2sakura

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