心の一片は、君だから。
ゆきづきせいな
第1話
ピピピ。
スマートフォンのアラームの音と共に目覚める。
今日は休日。とても喜ばしいと思うのが普通だと思うけど、私は憂鬱な気持ちになる。何もやることがないのだ。他の人たちは友達や恋人と楽しく外出しているだろう。でも、私にはそこまでの友人がいない。もちろん、学校で話す友達はいるが休日に会話したり出かけるほどの関係ではない。
「はぁ。」
どこかに出かけたいけど出かける場所がない。私の唯一の楽しみと言ったら
――
二階の自室からリビングへ降りる。
「お母さんおはよう。」
「おはよう
母はいつも休日の予定を聞いてくる。
「何も予定もないし、部屋でグダグダする。」
「あんたね、もう高校生なんだから、そろそろ社会勉強も兼ねてお友達で出かけたりしなさいよ。」
「そんな友達いないもん。」
テーブルに座り、差し出されたコーヒーを受け取る。
「もう。青春は今しかないのよ?いつも休みは部屋に
「うるさいな。そんな人いないって。それにさ、普通娘に恋人ができないか心配するもんじゃないの?」
「あらそうなの?年頃なんだから、恋愛もしてもいいと思うけど?」
「……そう。」
「やだやだ暗い、なんか、あんたの空間だけ湿ってるわ。」
「もう!やめてよね、傷つくから!」
「あら?あんたも気にしてたんだ?」
「……もう、知らない。」
「とりあえず、お小遣いあげるからどこか気晴らししてきなさい。」
「は~い。」
休日は朝食を食べない主義だ。私はコーヒーを飲み、軽くテレビニュースを見たあと自室へと戻り出かける支度を整える。
目的地は決まっていない。とりあえず家を出る。
私の住んでいる地域は比較的都会だ。公共交通機関も充実していて、常に移動手段に待ち時間がない。そのくらい発展している都市だ。もちろん、日常生活で必要なショップはどこにでもある。私自身はこの生活環境は気に入っている。
とりあえず目的地を決める必要がある。
「そういえば、パソコンのマウスをそろそろ新調したいな。」
最近パソコンのマウスが不調で、クリック操作ができない時があることを思い出した。
「よし!」
普段行くパソコンショップは隣の区にある。まずは駅へと向かう。
ピロン。
スマートフォンの通知音が鳴る。私の場合、推しの新着記事がSNSで発信された時に見逃しが無いように設定している。
「珍しいな。」
澪は休日にほとんどSNSを更新しない。これまでは、きっと彼女も休日なのだろう、そう思っていた。
『今日は一人で珍しくお出かけするよ!』
『みんなおはよう!今日はお天気も良いし、何も予定が無いからひとりでウィンドウショッピングするよ!楽しみ!』
「陽キャっぽいもんなぁ澪。私とは大違いだ。」
配信者として人気で、しかも個人勢。企業に所属している配信者を一般的には企業勢と呼ばれるが、企業に属さず個人で配信活動をしている人は個人勢と呼ばれる。
すっかりスマートフォンで記事を読むことに夢中になり、私は全然前を見ていなかった。
ドンッ!
「きゃっ!!」
突然目の前に衝撃を感じ、私は尻餅を付くように倒れる。どうやら曲がり角から来た人とぶつかったらしい。相手も同じように尻餅を付き歩道に倒れた。
「あの、ごめんなさい!」
慌てて起き上がった瞬間、右足に激痛が走る。
「痛っ!」
そのまましゃがみこむ。立てない。
「だ、大丈夫?」
相手は既に立ち上がり私の前へ歩み寄り手を差し出す。
「ごめんなさい。前を見ていなくて。」
私はしゃがみこんだまま頭を下げる。
「こっちこそごめんね、私も前見てなくて。立てる?」
相手は大人っぽいお姉さんという感じで、ひとつひとつの動作が清楚感を
「あの……ちょっと足を捻っちゃったみたいで。」
「大丈夫!?とりあえず私に掴まって。そこのベンチに座りましょう?」
「すみません。」
お姉さんに手を貸してもらい、どうにかベンチまで歩く。
「本当にごめんね。ちょっと足見せて?」
お姉さんは私の足首を軽く触る。
「ちょっと腫れてるわね。ここで待ってて、そこに薬局があるから湿布と冷やす物を買ってくるから。」
「いえ!大丈夫です!私の不注意ですから、気にしないでお姉さんは行ってください。」
「そうはいかないわよ。私も前を見ていなかったのが悪いんですもの。いいから、待ってて。」
そう言うとお姉さんは薬局のほうへ行ってしまった。
しばらくするとお姉さんは戻ってきた。
「おまたせ。もう一度足、見せて。」
お姉さんはブランケットを私のスカートにかけてくれた。これもわざわざ買ってきてくれたらしい。
「あ、ありがとうございます。」
氷と氷袋まで準備してくれて、しばらく患部に当て冷やしてくれた。
しかし、ひとつ気になるものもあった。
「お姉さん。」
「なに?」
「あの、その靴はなんですか?」
湿布と一緒に靴も入っている。
「これ?靴底にローラーがついてるのよ。歩けないと思ったからこれを履いて私が引けば歩かなくて済むかなって思って。」
「……振動で痛みますよね?」
私は冷静にツッコミを入れる。
「あ……。」
「……。」
お姉さんは天然なのだろうか?
「ローラー、ゴムだから。」
「お姉さんが押すっていうのはもう決まっているんですね。」
「……だめ?」
「あまり現実的じゃないですね。」
そんなやり取りをしつつ、お姉さんは湿布を貼り包帯を巻いてくれた。
「ごめんなさいね、せっかくの休日なのに。」
お姉さんは改めて頭を下げる。
「いえ、私も前を見ていなかったので。本当にすみませんでした。」
「何かあったら大変だから、連絡先教えて?」
「え!?いえ、本当に大丈夫ですから!」
「
LIMEとはメッセージや通話ができるアプリだ。もちろん、私も普段から使っている。
「分かりました。」
断ったら泣きそうなくらいの上目遣いで頼まれ、連絡先を交換することにした。同じ女性だし、危険はないだろう。
ピロン。
交換完了の電子音が鳴る。
『西条澪』
推しと同じ名前だった。
「私、
「
「陽菜乃ちゃんか、可愛い名前だね!」
「あ、ありがとうございます。」
澪さんは私の前から隣に移動してベンチに腰掛ける。
「歩けそう?」
「大丈夫だと思います。」
さっきより大分良い。これならもう少し休んだら歩けそうだ。
「歩けるようになるまで一緒に居てあげる。」
「悪いですよ!今日は何か予定があるんじゃないですか!?」
「平気。今日はね、予定がなくて目的もなくただ歩いてただけだから。陽菜乃ちゃんこそ、予定大丈夫?」
「私も、ただ出かけただけで目的がないので大丈夫です。」
ここでマウスを新調すると言ったら、きっと澪さんが代わりに買いに行ってしまうだろう。
「へえ~、私と一緒なんだね。」
澪さんは嬉しそうだった。なんだろう、この既視感。
ぐぅぅぅぅぅ。
「!?」
不意にお腹が鳴ってしまった。恥ずかしい。
「大きな音だったね?」
笑顔でメンタルブレイクしてこないでほしい。
「ご、ごめんなさい。」
「朝食、まだなの?」
「……はい。」
本当は食べないけど、ここは合わせておく。
「歩けるようになったら一緒にモーニングでもどう?美味しいパン屋さんを知ってるの。お詫びにごちそうしてあげる。」
「いえ!悪いです!」
すると澪さんは人差し指を私の唇に当てる。
「!?」
「お姉さんに恥をかかせないの。いい?」
「……はい。」
急に恥ずかしくなって私は俯く。きっと耳まで赤くなっていると思う。
「耳、赤いよ?大丈夫?」
「だ、誰のせいですか!」
「ふふっ、可愛いね、君は。」
急に貴族風な言い方で頬を人差し指でツンツンする澪さん。
――
澪さんに案内され、おしゃれなカフェに入る。
「あれ?パン屋さんじゃなかったんですか?」
「そう思うでしょ?私も最初そうだったもの。」
お店で注文して食べることも、テイクアウトもできるパン屋さんのようで、私たちは店員に案内されテーブル席へ向かう。
「さあさあ、好きなものを頼みたまえ~。」
澪さんはもう既にご機嫌だ。
「私はパンケーキでお願いします。」
「お目が高いわね。それが看板メニューなのよ。私も同じものにするわ。」
しばらくしてパンケーキが目の前に差し出される。
「うわ~。美味しそう!」
ホットケーキの上に生クリームがのっていて、キウイが添えてある。
「キウイ?」
私は疑問を口にする。
「あら?キウイは定番よ?」
「これは知りませんでした。」
一口食べると、パンケーキの甘さにキウイの風味が上手く引き立てられていて、とても美味しかった。
「おいしいでしょ?」
澪さんはまるで自分が調理したかのようなテンションだ。
「おいしいです!」
「よかった。ところで、陽菜乃ちゃんは今学生さん?」
「はい、高校生です。」
「若いっていいわね。」
「澪さんも私とあまり変わらなそうに見えますが?」
「私はね、こう見えて24歳なのだよ。」
再び貴族風にお茶らけながら答える。
「何をされてるんですか?」
「……夢を与える仕事。」
「夢?」
「そう。私は、誰かに夢を与えたいんだ。私が居たから、今の自分が居るんですって将来言われるような、そんな夢の仕事をしているんだよ。」
「よく分からないけど素敵ですね。」
「でしょ?」
誇らしげにウィンクする澪さん。
「ごちそうさまでした。」
パンケーキを堪能して、会計へと向かい私はバックから財布を取り出す。
「こらこら。」
「え?」
「ここはお姉さんがごちそうすると言ったでしょ?」
「悪いですよ!結構なお値段ですよ!」
私が注文したパンケーキは1280円。学生の私にとっては大金だ。
「陽菜乃ちゃん。」
澪さんは真面目な顔になる。
「人生はね、一期一会なんだよ。今日、この出会いもきっと何か意味がある。だから私はこの出会いを大事にしたいんだよ。」
すごく良い事を言っているけど、会計と何の関係があるのだろう?
「でも!」
会計で言い合っている内に、他のお客も会計へと向かってくる。
「それなら、次の機会に陽菜乃ちゃんが私にごちそうするってことで今回は私にごちそうさせて?ほら?次のお客さんも待ってるし。」
「分かりました。」
澪さんは手際よく会計を済ませ、一緒に店を後にする。
「澪さん、ごちそうさまでした。」
「うむ。美味であっただろう?」
たまにでるこの貴族風な言い方は癖なのだろうか?
「はい、また来たいです。」
「お友達と来るといいよ。」
「……。」
友達。私には休日に出かけるほど仲のいい人はいない。
「あれ?地雷踏んじゃった?」
「もう!傷つくじゃないですか!」
「あはは!ごめんね。」
「学校ではそれなりにお話する友達はいるんですよ。ただ、休日に遊ぶほどの仲の良い子は居ないという意味で……。」
ぼっちと誤解されないようにつまらないプライドを出してしまった。
「もういるじゃない。」
「え?」
澪さんが嬉し気に指を差していた。
「お姉さんはいつでも君と休日遊んであげるよ。」
「お気遣いありがとうございます。」
「あ~!社交辞令だと思ってるでしょ今!」
「はい。」
「もう!そんなんじゃダメだなぁ。私は本気なのだよ。」
「でも今日出会ったばかりですから……。」
「陽菜乃ちゃんはまだ私の事、友達だと思えない?」
「いや、そう言われてもさっき知り合ったばかりですから。」
「だったらさ、これからお互いを知っていこう?私は陽菜乃ちゃんと今後も仲良くなりたいな。」
「……ありがとうございます。」
「よし!それじゃ、何かあったら連絡して。」
「はい。ありがとうございます。」
「それじゃ、またね!」
子供のように手を振りながら澪さんは駆け出す。
「また!」
そんな澪さんの背中に声をかける。
嵐のような人だったけど、話しやすくて楽しい人だった。それが第一印象だった。
足は多少痛む時はあるけど、普通に歩けるくらいには良くなっていた。
私はそのまま目的だったマウスを新調しに行き、帰路についた。
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