第8話
アラペトラ国では、この季節には珍しく数日前から大雨が降り続いていました。
『白の大宮殿』の天井の高い広い廊下も薄暗く冷え込んでいます。エミリオ司教は、執務室を出て急ぎ足で歩いていました。
その時、廊下の隅に固まって何人かの枢機卿が、何やら頭を寄せて立ち話をしているのが目に入りました。その集団の中央に太って貫禄のあるアウレリウス枢機卿の姿を認めて、エミリオ司教は内心で舌打ちをしました。
ホノリウス5世は『白の大宮殿』付属の治療棟に既に10日以上も入院していました。
礼拝堂から皆の前に姿を見せた直後に原因不明の高熱で倒れ、一時は意識不明の状態だったのですが、今日になってようやく面会の許しが出たのです。
あの日、ホノリウス5世からの予定よりも早い礼拝堂からの帰還の合図に、エミリオ司教と侍従長(彼は教皇が脱走に成功したのを確認したエミリオ司教から事情を聞いて、しばらく激怒していました)は驚きつつも喜びました。しかし、礼拝堂の『教皇の封印』を解除すると、従者のマリヌスに支えられて何とか歩くホノリウス5世が扉から現れ、エミリオ司教にかすれた声で「……マリヌスに話を聞け……」とだけ言うと意識を失い、そこからは大騒ぎでした。
ホノリウス5世を治療棟に運び、病室で医師と看護人達に任せてから「神へ真剣な祈りを捧げたので、教皇の精魂が尽き果て倒れた」と発表しましたが、青ざめた表情のマリヌスからコマースウィック村での誘拐事件とセレニテ女子修道院の件を聞いて、エミリオ司教も倒れそうになったのでした。
マリヌスは、病室の隣にある控室の椅子に元気の無い様子で座っていました。
コマースウィック村を出発し、途中までは何事もなく教皇も元気だったのが、アラペトラ国の国境に近づいて急に具合が悪くなったのです。至急の連絡を受けて駆け付けてくれた料理長の手助けで、何とか『白の大宮殿』に入り服装を戻し、抜け道から礼拝堂に入りましたがそこが限界でした。
何かの怪しげな毒か……やはりあの悪辣な修道女をもっと警戒すべきだった……とマリヌスしては珍しく堂々巡りの思考で落ち込んでいると、エミリオ司教の来訪を看護人が伝えてきました。
治療棟の教皇専用の病室は、清潔な白い壁に聖具が飾られているだけの簡素さです。
寝台に横たわったホノリウス5世は重い頭でうつらうつらと眠り、夢を見ていました……。
倒れてから何度も繰り返し見ている、同じ光景が広がります。
漆黒の闇空の下、美しい大聖堂が凄まじい炎に包まれ、あたりは悲鳴と剣が振り回される音、逃げ回る足音、兵士の怒鳴り声……空気は戦の気配に満ち、地面には血塗れの修道士や子供が何人も倒れていますが、ホノリウス5世は体が動かずただ見ているだけしか出来ません。そんなホノリウス5世の前に、顔が黒く霞む修道女が立ち呟きます。
「……みな殺された……殺された……入り込み踏みにじって……」
目が覚めて額の汗を拭い、看護人から手渡された冷たい水を飲んでいると、エミリオ司教が病室に入ってきました。内密の話なので、ホノリウス5世は看護人を退出させます。
寝台横の椅子に腰かけて見舞いの言葉を述べつつ、エミリオ司教は大きな枕にもたれて半身を起こした教皇のやつれた顔に胸が痛みました。医師の話ではまだ熱は完全には下がっていないようです。
「個人資産の担当者から、私に貸していた金はきちんと返済されたか?」
「はい、全額間違いなく。お気遣いありがとうございます」
エミリオ司教は丁寧に礼を言いました。教皇は金に関しては本当に律義です。
「私の不在で宮殿内で何か動きはあるか?」
「皆、心配はしておりますが特に目立った事はありません。ただアウレリウス枢機卿が、事前の連絡も無く予定より早く帰国してきています」
ホノリウス5世は皮肉な笑みを浮かべました。
「ふん、私が倒れて浮かれているな。まあ後で顔を見せたら締め上げてやる。それより、問い合わせていた件の返事がきたか」
「はい。教皇直々の質問だと念を押したせいか、非常に早かったです」
ホノリウス5世が高熱に苦しみつつ、マリヌス経由でエミリオ司教に出した指示は「セレニテ女子修道院の初代修道院長の名前を調べろ」でした。
神父の所で見た教皇勅書の写しには「セレニテ女子修道院長」とあるだけで、名前は明記されていなかったのです。
修道女は同じ聖職者ですが、女子修道院の組織は別になります。そこでエミリオ司教は、幾つもの女子修道院を統括している一番規模の大きなエルドリス女子修道院に至急で問い合わせの書状を出していたのでした。
「勅書の写しを見た時にすぐに名前を確認しなかったのは不覚だった。神父も知らなかった可能性が高いが……それで?」
エミリオ司教は手元の書類を見ました。
「はい、セラフィーナという名の修道女です。貴族の出身のようですが詳細は不明との事で……」
ホノリウス5世は難しい顔で黙り込みました。
「教皇、この名前に何か?」
「……セラフィーナ修道女の亡霊か。トビアス2世と同じ教皇として恨まれた訳だな」
「いやその、修道女の亡霊とはまた……」
エミリオ司教は困惑しました。聖職者はあまり口にしてはいけない言葉です。
「セラフィーナ修道女はトビアス2世の愛人だった女だ」
「修道女が?トビアス2世の?確かに色恋沙汰の多い方だったようですが……」
「【北の教皇領】に小規模だが贅沢なセラフィーナ宮殿があるだろう。あれはトビアス2世が愛人のセラフィーナ嬢のために建てた宮殿だ」
「ああ、そういえばそんな建物がありました」
完全に忘れていたエミリオ司教は驚きました。
教皇領はアラペトラ国が各所に所有する領地で、生産手段の無いアラペトラ国にとって最も重要な資産です。面積は国ほどの規模から村ぐらいまで様々ですが、幾つかの教皇領の中でも特に重要で広い領地は【南の教皇領】【北の教皇領】【西の教皇領】【東の教皇領】の4か所で、教皇が直接任命した領主が治めています。
そしてアラペトラ国から最も遠く、かつ最も厳重に管理されているのが【北の教皇領】でした。なぜならこの領地には、銀を始めとする貴重な鉱石の出る鉱山が幾つもあるからなのです。
ずっと昔に【北の教皇領】の鉱山で豊富な銀の鉱脈が発見され莫大な富がアラペトラ国に流れ込み、この時代に巨大な『白の大宮殿』の建造が始まったという歴史があります。
今では銀の産出量は減りましたが、貴重な領地には変わりありませんし、また最も揉め事の多い領地でもありました……。
「トビアス2世が建てた派手な宮殿なぞ破壊したいところだが、それも面倒なので今は【北の教皇領】の領主一族に貸与しているが……ともあれセラフィーナ嬢は、トビアス2世と何かの理由で別れてから修道女になり、その後教皇勅書を偽造して教皇領の管理人となって、セレニテ女子修道院の初代院長に収まった訳か。勅書に名前を明記しなかったのは、自分の身上を隠す意味もあったのだろう」
「マリヌスから聞きましたが、とんでもない修道女です。それにしても教皇領の管理人……今ではもう全くと言っていいほど使われていない名称ですね」
「そうだな。だがまず偽造の証拠をきっちりと揃えないと、あのイソルデ修道女は納得すまい」
ホノリウス5世はしばらく考えを巡らせると、エミリオ司教に命じました。
「本日夜に、セラフィーナ修道女の鎮魂の祭儀を大聖堂で執り行う。準備をしろ」
「鎮魂の祭儀!?教皇、まさかセラフィーナ修道女が……」
エミリオ司教は慌てて口をつぐみました。原因不明の高熱の原因は、もしや教皇に修道女の亡霊が取り憑ついているせい……など、恐ろしくて考えたくもありません。
「心配するな。礼拝堂に出現した清らかな修道女に鎮魂を懇願されたと皆に言っておけ。そしてこれが大事だが、祭儀の費用は『教皇資産』から出せと担当者に指示をしろ」
教皇の体調などを心配して色々と抵抗したエミリオ司教でしたが、結局折れて、女子修道会から届いた資料を置くと、急いで病室を出ていきました。普段『教皇資産』の用途には非常に厳しい教皇が、鎮魂の祭儀に出費しろというのも驚きでした。
静かになった病室で、ホノリウス5世は壁の方を見ました。
そこには、夢に出てきた顔面が黒い霞に取り囲まれた修道女の亡霊が姿を現していました。
「……セラフィーナ修道女」
顔の見えない修道女は、脅すように指を突きつけましたが、ホノリウス5世は動じません。
「今夜あなたが執着していた『教皇資産』から金を出して、あなたの為の祭儀を行う。教皇である私も高熱で苦しめたし、このへんで満足しろ。鎮魂の祈りの言葉と共に元いた所に去れ。亡者は生者に決して勝てぬ。これ以上の恨みごとはトビアス2世に直接訴えろ。この大宮殿の中を今もさ迷っているぞ」
亡霊はしばらく首を傾げて何事かを考えていましたが、やがて再度指を突きつけてから背中を向け、壁の中に姿を消しました。
やれやれ、トビアス2世は亡霊にも嫌われているなとホノリウス5世は息をつきました。
数日後。アラペトラ国の大雨もようやく上がり爽やかな青空が広がりました。
鎮魂の祭儀を無事に終え、完全に復調して政務に復帰したホノリウス5世は、書類仕事を片付けた後『白の大宮殿』の執務室の机の上で書類や資料を広げていました。
図書室や教皇資料室の何人かの担当者に指示して調べさせましたが、やはりルーメン大聖堂とセレニテ修道院の記録は見つからず、大司教の名前も分かりませんでした。当時は大宮殿内の組織も混乱続きで記録がきちんと保管されず、またトビアス2世が抹消させた可能性もあり、それ以上の追跡調査は無理でした。
しかし、わずかではありましたが教皇裁判の記録は見つかり、生首のヴォルフ博士の胴体の埋葬場所が判明しました。
何とコマースウィック村の教会墓地だったのです(生前のヴォルフ博士の住居はコマースウィック村から少し離れた所にありました)。
教皇裁判の判決記録では処刑前の最後の願いを聞き届けて妻の墓の隣に葬る事になっていました。けれど当時ルーメン大聖堂は襲撃された後で埋葬が出来る状態では無く、後日移す予定で一番近いコマースウィック村に一旦埋葬されたのです。しかし何者かが首だけをあの墓地に埋め、博士の存在は忘れられ……ヴォルフ博士の首を持ち去ったのはセラフィーナ修道女だろうな、と独り言を言ってから、ホノリウス5世はヴォルフ博士の教皇裁判の判決記録の罪状の項目を見ながら考え込みました。
そこには「贋金作りの罪」とだけありました。
ヴォルフ博士の、トビアス2世が教皇軍を動かしたのを強烈に批判して大広場で処刑されたという話と食い違います。
贋金作りは、当時も今も極刑のみが科される最大の重罪ですが、アラペトラ国は国の規模が小さいので貨幣は発行していません。【北の教皇領】で採掘された銀は幾つかの国で銀貨に使用されていますので、この銀を使って贋金を造ったのなら、異例ではありますが教皇が処刑を命じる事もありえるでしょう。
けれどヴォルフ博士はそもそも学者で聖職者ではありません。厳重に管理されている銀を入手できたとも思えませんし、贋金を作る技術があったとも思えません。
やはり教皇裁判で教皇が処刑を命じるのは、無理があり過ぎます。
ホノリウス5世は頬杖をついてヴォルフ博士の言葉を思い出しました。
……昔、私を捕らえて首を刎ねさせた教皇も実に失礼な人間であった。
……トビアス2世という痩せ細った嫌な目つきの教皇が私を指差して首を刎ねろと命じたのである。
教皇裁判の記録には、誰がいつ、ヴォルフ博士を教皇トビアス2世に訴え出たか、どんな証拠を元に審議が行われたかなどの詳細が一切記されていません。教皇裁判は普通は何日もかかるものですが、ヴォルフ博士は、ある日突然裁判にかけられ教皇が命じて即処刑された事になります。
不愉快な符合だな、とホノリウス5世は椅子に背を預けました。
ホノリウス5世はたまに目撃する、トビアス2世の亡霊を思い浮かべました。
遠い昔に見習いとして初めて『白の大宮殿』に足を踏み入れた日から現在まで、いつも苦しそうに喉の渇きを訴え、飲み水を求めてさまよい歩いている、痩せて老いた、両手を血塗れにした、毒を飲んだトビアス2世の姿……。
トビアス2世は公式の記録では病での急死という事になっていますが、実は毒殺されたというのは公然の秘密でした。この毒殺事件は謎が多く犯人も不明のまま有耶無耶になり、結局次の教皇が決まるまでに5年間も教皇空位の時期があったのです。
偽の教皇勅書、セラフィーナ修道女の憎悪と望んだ教皇領、結界、生首博士の胴体、そして贋金。
思い切り派手にイソルデ修道女に教皇勅書が偽造である事の証拠を突き付けてやろうと考えながら、ホノリウス5世は目を閉じました。
息抜きも兼ねて好物の蜂蜜を探しにお忍びで出かけた時は、こんな重大事に直面するとは考えてもいなかったのです。しかしこれは教皇である自分が解決しなければならない問題です。
そしてどうしても、生首のヴォルフ博士と会って話をせねばなりません。
目を開くと右手の『教皇の指輪』の重みを感じつつ、ホノリウス5世は従者にアウレリウス枢機卿とエミリオ司教を呼べと命じました。
数日後の早朝、アラペトラ国から何台もの立派な馬車の行列が出発し、やがてコマースウィック村に到着しました。先頭の馬車からは、豪華な正装姿のアウレリウス枢機卿が従者と共に降り立ち、他にもエミリオ司教や司祭など何人もの聖職者が続きました。
煌びやかな聖職者の一行は、度肝を抜かれている村の住民達の前を通り過ぎ、村の教会前の広場に到着しました。慌てて教会から飛び出してきた老神父に、アウレリウス枢機卿は厳かに申し渡しました。
「突然の訪問を失礼する。私は、アラペトラ国の教皇ホノリウス5世に任命された教皇特使のアウレリウス枢機卿である。教皇がこの村の教会墓地に聖人が人知れず埋葬されているという啓示を受けたので、私が調査にあたる事になった。協力を願いたい」
聖職者の行列の一番後ろで司祭の黒い外套に身を包んだホノリウス5世は、頭巾の陰で苦笑しました。アウレリウス枢機卿は尊大な性格で、教皇が復調した事にも露骨に落胆していましたが、こういう任務を与えると弁舌滑らかで大いに役に立つのです。おまけに教皇本人が司祭に変装した姿で背後にいるので、己の有能さを見せつけようと張り切っていました。
ホノリウス5世はしばらく他の聖職者と共に教会墓地を調べ、ヴォルフ博士が埋葬されているらしい場所を確認しました。後はアウレリウス枢機卿とエミリオ司教に任せ、教会を出ると昨日一足先に到着していたマリヌスと落ち合い、コマースウィック村に姿を消しました。
生首のヴォルフ博士は、どこともわからない暗闇の中で漂いまどろんでいましたが、誰かに名を呼ばれて目を覚ましました。ゆっくりと浮上し、辺りを見回すと時刻は深夜のようですが、妻の墓の前に小さな灯りを持った人間が立っています。ヴォルフ博士はそれがホノリウス5世だと気づき、喜んで近づきました。
「おお若い教皇。また来てくれたのか。胴体が見つかったのであるか?」
黒い外套姿のホノリウス5世は、うなずきました。
「約束した通りそなたの胴体は見つけた。全ての事が終われば、私が改葬の儀式を行う」
ヴォルフ博士は喜んで空中で回転しました。しかし。
「ヴォルフ博士、今から私が尋ねることに嘘偽りなく答えて欲しい」
ひどく真面目な口調にヴォルフ博士は止まりました。
「これから先の会話の内容は、絶対に誰にも聞かれてはならない。私の従者も森の中に待たせている」
「一体、何事であるか?もちろん知っている事ならば喜んで答えよう」
ホノリウス5世は静かに言いました。
「ヴォルフ博士、そなたはトビアス2世の贋金作りの計画に加わっていたのではないか?」
ヴォルフ博士はホノリウス5世を凝視しました。
「教皇裁判の記録を調べると、博士の罪状は贋金作りとなっていて私が聞いた話と違う。私に嘘は言わなかったが、何かを隠しているだろう。それを責めはせぬ。トビアス2世が教皇でありながら贋金を作ろうと計画し動いていたのは、代々教皇のみに伝わる最重要の極秘事項だ。計画の詳細は当時の組織の手で完全に消され今は伝わってないが、私は詳しく知る必要がある。その為に女子修道院の敷地にも無断で踏み込んでいる」
ヴォルフ博士はホノリウス5世から視線を逸らしました。
「博士。牢屋で私に、教皇のトビアス2世が実に失礼な人間だったと言ったな。自分を処刑した人間への恨みごとにしては妙だ。もしや、彼を個人的に知っていたのではないか?頼む、博士が覚えている事を今ここで話してくれ」
「私は……私が汝に頼んだのは、胴体を見つけ妻の隣に葬ってもらう事だけである……罪状など今さらどうでも良かろう。私は罪を犯し処刑されて償った。全て遠い昔に終わった事である」
ホノリウス5世は首を横に振りました。
「いいや、終わってはいない。恐らくだが、トビアス2世の贋金作りの計画に何かの形で巻き込まれた一人の修道女が、復讐としてこの地を偽の勅書で奪い強固な結界を張った。そのせいで、様々な者がこの地に縛り付けられ閉じ込められ、行くべき所に行けぬ。現に博士も生首で漂っているではないか。そして長い年月が経ち結界も歪になっているようだ。私は今日、昼間のうちにこの地を森から入念に観察した。
気づいておらぬだろうが、この地に季節の花々はまだ辛うじて咲くが、鳥も虫も訪れぬし、空からの風もほとんどこの地を避けて、空気が妙に澱んでいる。たとえ博士が妻の横に改葬されても、いずれ風は完全に止まり、植物も枯れた暗く濁った地になるだろう。そんな場所で夫婦で眠りたいか?
そうなる前に私は結界を完全に消滅させ、教皇領の呼称を取り消し、教皇直轄地にしてから聖なる場所に戻すつもりだ」
「……昔を知らねば元には戻せぬか」
「そうだ。あの愚かな教皇の悪だくみが全ての原因だ。彼の公式の記録は少なく役に立たぬ。私は当時の出来事の詳細を知り、方法を模索し解決せねばならぬ。偶然ではあったがこの事態を知った私の責務だ。セレニテ女子修道院の修道女たちも守らねばならぬ。まあ院長には後日罪を償わせるが」
ヴォルフ博士はしばらく黙ってから、言いました。
「教皇よ、一つだけ約束してほしい。私はもうどうなっても構わぬが、妻の墓は……妻だけは何が起こっても必ず安らかなまま守って欲しいのである」
「わかった。約束しよう」
「もしや私がこんな亡霊よりも奇妙な存在になったのも、結界のせいであるか?」
「多分な。というか、辛い話だが博士の首はこの地に葬られたのではない。墓地から盗まれ埋められたのだ」
「そうか……そうであるな、花が咲かなくなればアデライードが悲しむであろうな」
墓地や大聖堂の廃墟のあちこちから無数の青い鬼火が音も無く飛んできてヴォルフ博士を包み、辺りがぼんやりと青く光りました。
ホノリウス5世は目を見張りました。それはとても神秘的で不思議な光景でした。
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