続 高層ビルの白い残像

shinmi-kanna

Ⅰ 新旧第三事業部

「はい、寺田でございます………はい……はい…分かりました…すぐに参ります」と、やや緊張した寺田の声で、原島には内線電話の相手が専務取締役の後藤であることはすぐに分かった。


 寺田が席を離れると事務員の美紀子が里実に目くばせをして、顎の下に手の平を置いて横に動かした。

 その表情と仕草は「寺田課長はきっと首になるのね」と言っていた。


 30分ほどすると原島のデスクの電話が鳴って「原島君、君も来てくれ」と、寺田の声がした。原島は役員室がある25階のエレべーターのボタンを押して、後藤専務の部屋に向かった。


 原島が出ていくのを見た後、美紀子は里実に「寺田課長は首になっても仕方ないと思うわ。でも原島さんは入社してまだ三か月よ。それにようやくこの会社に入れたんでしょ、それなのに首だなんて可哀そうね」


「首にはならないと思うわ。どこかの遠い出張所に飛ばされるんじゃない」


「そうね、原島さんはここに居てほしいわ。でも寺田課長と村上部長はどこかに行って欲しいわね」

「ほんと、私もそう思うわ」

 といった具合で、女子社員の上司に対する勤務評定は、誠に手厳しかった。


 「コンコン」と原島がドアーをノックすると、本来は社長の秘書の中川という女性がドアーを開け、原島に何やら訴えるような目で中に招き入れると、入れ替わるように出て行った。後藤の前には寺田の他に部長の村上が座っていた。


 村上部長のデスクは他の部員と同じ20階の第三営業部の事務室にある。

 だが今日は朝から不在であった。

 きっと朝から後藤と村上の二人はこの部屋で、寺田と自分の処遇について相談していたのだろう。


 原島が専務の後藤と顔を合わすのは、三か月前入社の際、面接を受けた時以来である。

 原島が入社する前は第三事業部の事務室にやってきて「お前たちはいつまで赤字を続ける気だ。このままだったら、俺もお前たちも首になるんだぞ。もっとしっかりやれ‼」と発破を掛けに来たらしい。


 寺田が手招きして、原島を自分の横に座らせると「専務、原島には私が三か月間しっかり教え込みました。私の指示通リに働かせ、必ず成功させます」と、まるで自分が原島に仕事を教え、指示を出しているかのような言い方だ。だが実際に寺田から仕事の指導も指示も受けたことは一度もない。


 後藤は「原島君、私は君の過去は問いません。何でもいいから思う存分にやって下さい。責任は私が取ります」と聞いていた後藤とは違い、穏やかな口調であった。


 だが原島は後藤はともかく、寺田も村上は自分の保身しか頭にないことを見抜いていた。

 部長の村上は上の立場の者が言うことなら何でも聞く男で、もし後藤が「俺の尻を舐めろ」と言ったら「はい分かりました」と言って、後藤の尻を舐めるような男であった。

 この会社は 東京大手町に本社がある「株式会社 保科研究社」といい、正社員が300名ほどと、非正規社員が500名ほどいて、アパレル製品の製造と、200店舗ほどの直営店を全国に展開していた。

 店舗の名は「hoshina」といい、OEMでオリジナルブランドの化粧品も販売していた。

 他にも海外ブランドの国内販売権を持っていて、女性には知名度の高い会社である。


 多角化を計っていた保科研究社は「港南中央物産」という総合商社が倒産した後、機械類と化学薬品を扱っていた事業部の一部を買い取って、保科研究社第三事業部が発足した。

 倒産した港南中央物産の第三事業部を買い取ることを役員会に提案したのは筆頭専務の後藤で、他の役員の反対を押し切って強引に実行した。

 しかし第三事業部は低迷を続け、取締役会で追及された後藤は次期社長レースから一歩後退した。


 課長の寺田は港南中央物産の第三事業部取締役営業部長であったが、倒産の責任者の一人として追放された。その後、後藤に拾われて営業課々長として採用された。


 港南中央物産が健在だったころ、寺田の下に部長代理の松野茂という男がいた。

 だが松野は会社を倒産に至らしめた事件の首謀者の一人であった。松野は追放されて保科研究社に再雇用されることはなかった。


 松野の下にいた主任の原島も松野と共に追放され、方々の会社に履歴書を送ったが、密輸事件の共犯とされた前歴があったせいで敬遠され、工事現場の作業員などをして、なんとか生きていた。


 原島に転機が訪れたのは、保科研究社が寺田を入社させたものの、業績が上がる気配がなく、怒り狂った後藤が寺田に「お前を採用してやったのに一向によくならない。どんな手を使ってもいいから業績を上げろ!。もし来期もこの調子ならお前は上野の桜の枝にロープをぶら下げて、死ぬことになるんだぞるぞ。分かったか‼」と一括した。


 恐れをなした寺田は「はい、分かりました。私にいい考えがありますので、もうちょっと待って下さい」と言って、原島を探すことにした。


 原島は港南中央物産時代、松野の下にいて、金になることなら殺人以外は何でもやる松野のやり方を、知り尽くした男であった。

 そこで寺田は四方八方探し回り、原島を見つけ出すと保科研究社に入社させた。


 計らずも保科研究社第三事業部の業績が思わしくないことで、原島の再就職が決まり、誰から命令されることもなく、自分の考えで何でもできる立場を手に入れた上、

 後藤と村上と寺田の三人の首は、入社後わずか三か月の原島省三が握ることとなった。



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