第59話 あるバイト門番の初体験

 会議は勿論、発案者のトーマスが取り仕切る。


「まず、ここから外壁の外周に沿って一周、ゲホゲホに慣れて貰う為の助走を行う。そして、正門の前を過ぎてからが本番だ。俺とカーマで、混合出力を馬車の荷台から、進行方向の逆に放つ」


「この間みたいな感じの炎で良いのか?」


「今回は、もう少し広範囲に炎をまき散らす感じで出力してくれ」


「任せろ!」


「そこまで行けば、後は、簡単だ。運転席で手綱を握っているセルドには、立ち上がって右手を窓から外に掲げるだけで、最高の体験が訪れる筈だ」


「了解した! 何も考えなくて良いんだな?」


「ああ、掲げる時に、右手にこれも装着すれば準備は完璧だ」


 説明は終えたトーマスは、馬車に常備してある、ちり紙を四枚手に取ると、重ねてセルドに手渡した。


「これは?」


「カーマがいつも夜な夜な愛用しているちり紙だ。これを四枚、重ねておけば完璧だ」


「止めろ! 何で知ってんだよ!」


「それは俺でも知ってるぞ!」


「何でお前も知ってんだ!」


「そりゃあ、お前の部屋から出るゴミだけが、あんだけ臭いと、嫌でも分かるだろ」


「すいませんでした。忘れて下さい」


 こうして、作戦会議を終えた俺達は、各自、配置に付いた。

 俺は、トーマスと共に、混合出力を見据えて、荷台に乗っている。


「トーマス、ゲホゲホにも足に憑依を掛けた方が良いか?」


「きゅう?」


 突然、名前を呼ばれたゲホゲホは、俺を探して首を後ろに向けるが、そこからだと、運転席に乗った、セルドの顔しか見れないだろう。


「そうだな、馬力は多い方が良い。一週目の助走中に掛けてくれ」


「了解!」


「じゃあ行くぞ! ゲホゲホ発進!」


 セルドは、掛け声と共に、手綱を引いて、合図を送ると、ゲホゲホが反時計回りで、外周を走り始めた。


 前回同様に、順調に加速を続け、裏門に到達した所で、俺は、魔力をゲホゲホに送る。


「【憑依】! ゲホゲホ!」


 俺が憑依を掛けると、ゲホゲホの全ての足が、燃え盛る様な炎を纏い、真っ赤に色を変えた。


「きゅうううー!!」


 すると、憑依はゲホゲホの走る速度にも影響を与えた様で、さらにその速度を上げていた。

 そして、順調に正門前を通り過ぎた所で、トーマスが動き出した。


「カーマ、合わせろよ! 具現出力、【暴風エアサイクロン】!」


 トーマスは荷台から両手を突き出し、後方に暴風を発生させた。


「きゅうううー!!」


 トーマスの発生させた暴風で、ゲホゲホはさらに速度を上げていき、馬車の中は、強烈な向かい風と振動に見舞われ、何かに捕まらないと立てない程の力が、俺達に襲い掛かっていた。


 だが、仲間の思いと、ゲホゲホの走りを無駄にする訳には行かない。

 俺もトーマスの隣で、両手を突き出し、魔力を絞り出す。

 頭で思い描くのは、女子寮の火災現場だ。


「行くぞお前ら! 具現出力、【火炎噴射フレイムジェット】!!」


 俺の両手から勢い良く噴射した炎は、トーマスの暴風に混ざり合い、大きな爆発を引き起こしながら、火力を増大させていった。

 爆発と同時に、馬車に掛かる重力が、一段と強くなり、出力前とは比べ物にならない程に速度が跳ね上がる。


「「ヒャッハー!!」」


「ゆーけー!! 疾風かぜの如くー! 馬界まかいの剣士―よ! つき満夜みつるよるにー! 金色こんじきになれーーー!!」


 気付けば、感じた事の無い、爽快感に俺とセルドは叫び声を上げていたが、隣の男は、感動の余り、歌い出してしまった様だ。


 トーマスが歌った様に、まるで、風を切り裂いて走っている様な、不思議な感覚に見舞われながら、あっという間に三周目に突入する。


「トーマス! これで大丈夫か?」


「十分だ! セルド! 今だ! 右手を差し出せ!!」


「任せろ!!」


 セルドは身動きを取る事も苦しい馬車の中で、ちり紙を掌に翳し、懸命に右手を外に伸ばした。


「こ、これはっ!?」


 強烈な空気の壁に阻まれて、既に支えるだけで精一杯のセルドの右手は、窓の外で懸命に藻掻もがいていた。


「セルド! 諦めるな! 右手を全力で掴め! 何回も!!」


 トーマスの叫び声を聞いた、セルドは、力を振り絞り、右手を握り締める。


「こっ、これはっ!? ……エフ? ジー? いや、それどころの話じゃない! これは、空気の爆乳だぁー!!」


 何かに気付いたセルドは、何度も手を開いては閉じてを繰り返していて、その手の動きは、まるで、空気の膨らみを揉みしだいている様な、手捌きを見せていた。


「はぁ!? 何言ってんだよ?」


 俺は、セルドの言っている意味が分からないが、もしや、これが、トーマスの言っていた観光体験って事なのか?


「どうだセルド!! これは観光の目玉になるだろ?」


「トーマス最高だ!! 俺にもう女は必要無い!! これは即採用だ!!」


「どういう意味だよ! 説明しろよ!」


 俺は強風の中、発案者のトーマスに説明を求めた。


「俺の考えた最強の観光。それは、向かい風で生み出した、人工おっぱい揉みほぐしの疑似体験ツアーだ!!」


「こんな観光、許される訳無いだろ!!」


 まさか、トーマスが一週間ずっと、頭を悩ましていた原因が、こんな事を考えていた何て……。


「何だよ不満か? もしかして、二時間揉み放題ツアーの方が良かったか?」


「そういう問題じゃねーよ!」


「そんなに文句言うなら、カーマもやってみろ!」


「……い、良いのか?」


「勿論だ。お前のおかげで、この状況を作り出せたんだからな」


 ゲホゲホは疲れて来たのか、速度はだんだんと落ちてきたが、まだ、間に合う筈だ。

 俺は、トーマスの許可を貰い、何とか運転席まで向かい、窓の外にちり紙を重ねて手を伸ばす。


「こ、これはっ!?」


 俺は、右手に伝わる、空気の壁を恐る恐る握りしめる。

 すると、右手にはまだ俺の感じた事の無い、柔らかな感触が、押し寄せた。

(こ、これが、女の胸なのか? 程よく柔らかくて、沈み込むこの感触、癖になりそうだ!)


 俺は、全ての神経を右手に集中させ、確かめる様に、何度も、揉みしだいた。


「どうだった? 最高だろ?」


「ああ、セルドの言う通りだった! 俺にも女は必要ない! それどころか、これはロムガルドの覇権を握る事だって夢じゃないぞ!」


「カーマ、お前も、賛同してくれるのか?」


「当たり前だ!」


「良し! お前ら、明日一番で、役所に開業届を出しに行こうぜ!」


「「おうっ!!」」


 俺達は、馬車の中で、共通の目標を確かめ合い、手を取り合った。

 俺は、一旦、寮に戻ろうとセルドと変わって、操縦席に戻った所で、忘れていた事を思い出す。


「なぁ、お前ら、一応聞いておくが、金って持ってる?」


 二人に聞いておいて、なんだが、俺は、一銭も持っていない。

 仕方ない。トーマスの大事な話がこんな事になると思って無かったのだ。


「ねぇな」


「俺も!」


 案の上、二人も無一文だったか。


「お前、もしかして、また、通行料取られるって考えてるのか?」


 いつになく、察しの良いセルドは、俺の言いたい事を理解した様だ。


「ああ、あの名無しの先輩がいる以上、避けられんだろ」


「避けれないなら、全力でぶつかるだけだ!」


「だよな!! 良し、ゲホゲホ。一旦、膨らんで、正門に突撃するぞ!」


「きゅうううー!!」


 いつもは、乗り気にならないセルドの提案も、今は心地よく聞こえた。

 何故だろう。

 あの爆乳を揉んだ今なら、何だって出来る気がする。


 理由は分からないが、謎のおっぱいパワーに背中を押された俺達は、正門に強行突破を仕掛ける事にした。


「おい、お前達、止まれ! 止まるんだ!!」


 正門の前で名無し先輩が、声を張り上げるが、爆走したゲホゲホは、速度を緩める事無く、走り抜けた。


 正門を抜け、時計下通りに入り、速度を徐々に緩めると、またも、違う人から似た様な言葉を掛けられる。


「お前達! 止まりなさい!!」


 そう言って、時計下通りで両手を広げて立ち塞がったのは、警務隊のマワリ―さんだった。


「あっ! オー・ワマリーさんだ!」


「くっ、トーマスか!! 尚更、許さんぞ!! 直ちに止まりなさい!!」


 公務に私情を挟む事を忘れないマワリ―さんは、馬車を停める様に何度も呼びかけるが、止まりたいのは、俺もゲホゲホも同じだ。

 ただ、走り出した馬車という物は、そんなに簡単には止まれない。


「マワリ―さん! 分かったから、ちょっと退いて下さい!!」


「退けだと!? そんな言葉に、この私が惑わされると思っているのか?」


「違う! そういう意味じゃなくて、止まれないんです!!」


「うるさい!! 直ちに止まりなさい!」


 マワリ―さんは、再三の忠告も、聞く耳を持ってはくれなかった。


「えー、二十三時十九分、速度超過、並びに危険運転――」


 ゲホゲホの必死のブレーキも空しく、正面から衝突したマワリ―さんは、大空に投げ出された。

「ビッグフラーイ! オーマワリさーん!!」


 トーマスは、飛んで行ったマワリ―さんを見上げ、その様子を実況していたが、すぐに飽きたのか、落下する前に視線を下に落としていた。

 遠くの方から鈍い音が聞こえて来たが、あの人なら大事には至らないだろう。


 俺達は振り返る事無く、寮への帰路に着いた。


 次の日になり、セルドの付き添いで、開業届を提出しに行ったが、事業名を聞いた、役所のお姉さんは、何度説明しても、首を縦に振る事は無かった。


 その日はゲホゲホも、昨日の疲れで外に行きたがらなかったので、共に寮でダラダラと過ごしていると。


「ただいまー!」


 声から察するに、役所に行った後に、用事があると言って、別れたセルドが帰宅した様だ。


「お疲れー。何か飲む……」


 俺は、セルドの不自然に腫れ上がった左頬を見て、途中で言葉を飲んだ。


「ああ、これ? さっきニーナに今月の試作品を報告しにいったら、こうなった。今月も喜んでくれると思ったんだけどな……」


「あんな事、ニーナさんに二度と報告するなよ!!」


「けどよ、今までで一番手応えがあったのも、確かなんだよなぁ……」


 セルドは、そう呟いて、腫れた左頬を確かめる様に触ると、何故か嬉しそうに微笑んでいた。


 詳しくは知らないが、たぶん、彼はそういう性癖なんだろう。

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