第19話 あるバイト門番の断罪
暫くすると、ステージの明かりが消え、会場が静まり返る。
「レディース、アンド、ジェントルメーン!! お待たせしました。これより本日のメインイベントを開催します! 司会は勿論この私、【マスク・ド・ケイビ】が勤めさせて頂きます!!」
「「「「「うおおおおおおおおおおーーー!!!」」」」」
暗闇の中、ステージ中央に一筋の光と共に、覆面を被った大男が現れる。
覆面男の登場に待ってました、と言わんばかりの大歓声が会場を包む。
田舎育ちの俺は、未だにこういった派手な演出は慣れないが、覆面姿の大男については、明らかに知っている人間という事もあり、気楽にステージを楽しむ事が出来そうだ。
「それでは選手の呼び込みを行います! まずはこいつだー!」
マスク・ド・ケイビの呼び込みと同時に選手の入口から火柱が上がる。
火の魔石を無駄遣いしやがってと思っていると、火柱の間から俺達の期待と今後を背負っている男が姿を現す。
「運搬実績は王都一、彗星の如くこのロムガルドに現れた期待の引っ越し業者! ガバガバ通運の若頭! ガバガ・バナンス!!!」
「うおおおおおおおおおおーーー!!」
アナウンスと共に右手に持った大剣を大きく天に突き上げた男は、隣に並んでいるマスク・ド・ケイビに負けない程の屈強な体格を持った、見るからに強そうな男だった。
入場時に盛り上がっていたのが、フェイさんだけなのが気掛かりだが、これは、勝ったんじゃないか。
対戦相手のカッタル選手とやらが、どんな選手か分からないが、正面からあのガタイの男と戦える人はそうはいないだろう。
「続きまして、このガバガ選手と相まみえる、選手を呼び込みたいと思います! 対戦相手はこいつだー!!」
再度、火柱が上がる中、会場の九割以上を味方に付けたカッタル選手が颯爽とステージに姿を現す。
「コロシアムに現れ、早五年。積み上げた勝利は129、未だに負けを知らない最強の闇商人!! 親知らず通りの生きる伝説! カッタル・イシス!!!」
「「「「「うおおおおおおおおおおーーー!!!」」」」」
ガバガ選手とは対照的にアナウンスには反応せず、無表情を貫いているが、観客は会場が揺れる程の歓声を上げている。
「カッタル様ー! 今日も一段と美しい! あ、今、絶対俺と目が合った!」
「カッタル様ー! こっち向いてくれー! でもって、結婚してくれー!」
「カッタル様ー! その綺麗な足で蹴っ飛ばしてくださいませー!」
中には、この試合に関係の無い声援を送っている者もいる様だが、カッタルは、下馬評通り圧倒的な人気ぶりだった。
そして、何より驚いたのが、カッタルが遠目でも目を引かれる程のスタイルを誇る女性だったという事だ。
ターバンを巻いていて顔までは見えないが、身体付きからも間違いないだろう。
体の厚みも、対戦するガバガの半分も無いだろう。
「へえー、カッタルって女だったんだな」
「そうだ。だが、今まで勝ち続けてきた実力は本物だ」
「そうなんすね。なんか、女でそんな強いって、アーチみたいですね」
「そんな訳ねえだろ、アーチには胸は無かっただろ」
「確かにあの胸元は危険すぎる……」
アーチと聞いただけで、おっぱいトークを繰り広げる二人を横目に、そういう事を言いたかった訳じゃないんだけどなと思いつつ、言葉を飲み込む。
「そして、この対戦でのオッズを発表します。カッタル、1,2倍。ガバガは34,3倍となります。かなりカッタルに人気が集中していますが、二人から対戦前に一言伺いたいと思います! まずはガバガ選手、どうぞ!」
「えー、確かに人気は負けているかもしれませんが、この状況をひっくり返してこそ、引っ越し業社だと思いますので、頑張ります!」
「いけぇーガバガー! 負けんじゃねーぞ!!」
隣に居るフェイさんが、聞いた事も無いような大きな声を張り上げる。
「ありがとうございますガバガ選手、続いてー……」
「早く始めて下さい」
カッタルはマスク・ド・ケイビの司会を遮って、試合を始める様に促す。
「分かりました! さあ、いよいよ本日のメインマッチ、カッタル選手対ガバガ選手! 六十分一本勝負! レディー……ファイト!」
観衆のボルテージも最高潮に迫る中、マスク・ド・ケイビの合図で試合は始まる。
「憑依っ!!」
試合開始早々に、体格で勝るガバガ選手が猛攻を仕掛ける。
何度も距離を詰めながら、炎を纏った拳や蹴り技を仕掛けるも、全て当たる寸前で躱されていく。
その間、カッタルは魔法を使う訳でも無く、淡々とガバガの拳を躱し続ける。
「何やってるガバガ! いけー! そこだ! 顔だ! 顔狙ってやれー!」
フェイさんの応援もヒートアップする中、ついにカッタルが動く。
ガバガの攻撃が大振りになった隙を狙い、素早く右足で何度もガバガの左足に蹴りを入れていく。
ガバガは一瞬、顔を顰めるも、その蹴りをもろともせずに再度攻めに転ずる。
「効いてない! さすがは引っ越し業者!」
「いーや、あの蹴りはもう貰わない方がいい」
「どうしてだよ、別にガバガはピンピンしてるだろ」
「今の所はな」
その後もガバガは前に出続けるが、拳は空を切るばかりで、代わりに左足に蹴りを貰い続けている。
試合開始から十分が過ぎた頃、善戦を続けていたガバガに異変が生じる。
ガバガの動きが鈍り始め、次第には左足を引き摺り始めたのだ。
「くそ、さすがにガバガでも疲れが出て来たのか」
「違う、あれはカッタルのカーフを喰らい過ぎたからだ」
「カーフ……って何だ?」
「ありゃあ、カーフキックって言って、相手のふくらはぎを集中的に狙う厭らしい技だ」
「厭らしいってどういう事だ? たかだかふくらはぎだろ!」
「そのふくらはぎが問題なんだ。あそこは人が簡単に鍛えられる場所じゃないからな。何度も喰らっちまえば、ガバガみたいに動けなくなり、最後には立ってられなくなる」
「そんなっ……それじゃあガバガはもう……」
そんな、異変を観客達も察知する中、ガバガはまだ諦めていなかった。
引きずる左足に炎を纏い、強引に足を動かし、カッタルを目掛けて一心に突進をする。
カッタルも、ガバガの足が限界だと思っていたのか、反応が遅れるも、ギリギリの所で上空に飛び上がり難を逃れる。
ガバガはそのまま、全力の突進も叶わず、その場に倒れ込んでしまう。
ステージにダウンした事を確認したマスク・ド・ケイビが、地面を叩きカウントを始める。
「ワ―ン! ツー! スリー! フォー! ファーイブ!」
「ガバガ負けるな! まだ行けるぞ!」
「ガバガ立てー! まだ試合は終わってねえぞ! お前にいくら賭けたと思ってんだクソ野郎!」
「ガバガーここで負けたら引っ越し王になれねぇぞ! お前はそれでいいのかー!」
そんなガバガの様子の見て、俺達は金を掛けているからなのか熱くなり、自然と応援を始めていた。
「クソ、このままじゃあ、俺達の生活が……」
「任せろカーマ、この俺が魔法であの女を凍らせてガバガを勝たせてやる」
「それは流石に駄目ですって!」
神聖な試合をぶち壊そうとするフェイさんを、トーマスと何とか抑えながら試合の行方を見守る事にする。
「セブーン!エーイト!」
カウントが進む中、ガバガがゆっくりと立ち上がる。
「「「うおおおおおおおおおーー!!!」」」
だが、立ち上がる事が精いっぱいの対戦相手を、絶対王者が見逃す事は無かった。
離れていた位置から、走り出したカッタルの強烈なドロップキックが無常にもガバガの顔面を襲う。
バチンと骨がぶつかりあう音と共に、吹き飛ばされたガバガは、ステージ脇の壁に突き刺さり、再度倒れ込む。
マスク・ド・ケイビによる、カウントが再開される中、このままガバガが立ち上がる事は無かった。
「ナーイン! テーン!!」
カンカンカーンと試合の終了を知らせる銅鑼が鳴り響く。
「勝者、カッタル・イシス!」
「「「「「うおおおおおおおおおおーーー!!!!」」」」」
俺達が落胆し静まり替える中、他の観客達は拳を突き上げて騒いでいる。
そりゃあ、自分が応援した選手が勝って、金も増えれば嬉しいに決まっている。
だが、負けた人間もいるんだって事を、少しは理解して貰いたいものだ。
「ざまぁみろ! フェーイ! また負けてんじゃねーか! ワッハッハッハ!」
先程、フェイと言い合いを繰り広げえていたおじさんの豪快な笑い声は他の観客達と呼応し、止まるどころかさらに騒がしさを増している。
「つっまんねえ、帰るぞお前ら」
「つまんねえ、じゃないですよ! 俺達のお金はどうするんですか?」
「その通りだ、帰ったらきっちり返してくれよ」
「そんなもん、来週またコロシアムに取り返しに来ればいいだろ?」
「取り返すったって、もう賭けれる金がないんですよ!」
「じゃあ、初任給が入ったら全部突っ込んでやれ! コツなら俺が教えてやるぞ」
「結構です!」
俺達は勝者達が騒ぐ居心地の悪い会場を出て、寮への帰路に付く事にした。
すっかり、暗くなった町を歩きながら、俺は、フェイさんに気になる事を聞いて見た。
「フェイさんは、いつ、コロシアムにハマったんですか? 何かきっかけってあったんですか?」
「確かに、あの
「……うーん、きっかけって言う程でもないが、昔、俺が色々と悩んでた時にな、警備長がコロシアムに連れて来てくれた事があったんだ。一緒に金を賭ける訳でもなく、ただ試合を見て応援していただけだったが、その試合を見てる間は、それだけに熱中出来て、辛い事だったり悲しい事も全部忘れられたんだよ。その後、何度も見に行く内に、気付けば賭博の沼に
「そういう些細なきっかけで、人はギャンブル狂になってしまうのか……。しかし、あの警備長にそんな優しい一面があったとはな」
確かに、トーマスの言う通り、警備長の優しい一面は想像出来そうに無い。
だが、ゲータさんが寮で話していた事が事実であるならば、フェイさんが警備長に借りがあるって話も、貴重なストレス解消の場を教えたって事で、納得出来る気がする。
「でも、意外でした。フェイさんにも悩み事とかあるんですね」
「そりゃあ、俺も人間だからな。まあ、半分くらいはあいつのせいだけどな」
フェイさんが指差す先には、何処かで買ってきたパンを頬張りながら、嬉しそうに路地を歩くアーチの姿があった。
「あ、アーチ! お前っ! さっきはよくもやってくれたな!」
俺は、メタルリザードの尻尾の件を思い出し、問い詰める。
「あっ! カーマとトーマスじゃん! ついでにフェイも良いとこにいた!」
「それはこっちの台詞だコソ泥女。さっさと俺達の尻尾を返してくれ」
「お金でしょ? あたしも渡そうと思ってあんた達探してたのよ。はい、これあんたの分」
そういうと、アーチは俺に五万ロームを差し出した。
「どうしたんだお前!? 頭でも打ったのか?」
「失礼ね、あたしはあの店に怪しい噂があるから確かめに行きたかっただけなのよ。はい、これトーマスの分ね」
「……ふん、まあ受け取ってやるが、感謝はしないぞ」
「一々、めんどくさいなお前」
何だかんだトーマスも嬉しそうに、俺と同額の分け前を貰っていた。
「で、実際行ってみて、ビックリクラフトはどうだった?」
「うーん、まだ、はっきりとは断言出来ないけど、かなり怪しいね」
「そうか、だったら早いとこ証拠掴んでこい」
「はいはい、分かったって」
フェイさんとアーチが小声でよく分からない事を喋ってるが、別にほかっておこう。
取り敢えず俺は、アーチの気まぐれに感謝しつつ、この貴重な臨時収入を使って速やかに借金を返済する事にしよう。
その為には、この二人とは、あまり関わらない方が身のためだ。
「でもさー、よかったじゃんカーマ!」
「何がだよ!」
「えーだって、あんたさ、あたしのおかげで借金返せそうじゃない?」
「確かに感謝はしてるが、借金する羽目になったのはお前のせいだろ」
「えー、そうだったっけ?」
「何だお前、新人の癖に早々に借金なんてしてたのか」
すると、フェイさんが、俺の借金事情に首を突っ込んで来た。
「そーそー、でもこれで完済出来そうだし、助かったじゃん! フェイにバレなくて」
「……バ、バカ! アーチお前!」
「あ、やべー。ミスった!」
「……ん? 何が俺にバレなくて良かったって?」
「い、いやー……特に何でもありません。あははははは、アーチの言い間違いでは?」
「……カーマお前、もしかしてだとは思うが、今日の郵便で俺宛に届いていた、アルアルファイナンスからの手紙と関係あったりしねえよな?」
ま、まずい、このままでは完全にバレてしまう。
何とか逃げ道を見つけなくては。
「いえ、そのー……」
「まあいい。どの道、寮に戻ればはっきりする事だ」
フェイさんが、結論を後回しにしようとしたその時だった。
何故か、トーマスが、フェイさんの前でしゃがみ込む。
「フェイ様、進言致します!」
「どうしたトーマス、かしこまって?」
「容疑者、カーマ・インディーは、既にフェイさんの部屋に無断で侵入し、証拠となる、その手紙を燃やしています」
トーマス! 裏切ったな、貴様ー!
「なんだと!? お前、正直に言ってみろ! 今なら氷浸けは勘弁してやる」
「すみません! 私がやりました! ちょっとした出来心だったんです!!」
「そうかそうか、自首してくれてありがとう。具現出力、【
何時ぞや、直撃した時よりも、数倍はでかい殺意の籠った氷塊が、頭上から迫りくる。
「ちょっと待って下さい! この大きさは駄目ですって! 俺、ほんとに死んじゃいますよ!」
「そうか、それならまた、新しい求人を募集しないといけないな」
「フェイ様、次は幼い女の子を募集しましょう!」
「そうねーあたしも女の子の後輩の方が欲しいわ」
「うわあああああああーー許してーフェイさーん! トーマス! アーチ! お前らは死んでも絶対ゆるさねえぞー!ーーぎゃあああああああああああああ!!!」
「よし、ゴミ掃除は終わりだ。帰るぞ」
「フェイ様、お供致します」
「帰ろ帰ろー」
この日、俺は、上司からの信頼と同僚からの友情を失った。
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