第327話 錬金術師リックル

 王宮の地下にある訓練施設に彼方たちは移動した。

 そこは縦横百メートルを越える空間で、白く輝く石――白輝石が埋め込まれた天井が全体を照らしていた。


 十数メートルの距離で彼方と対峙したリックルは胸元から半透明の小ビンを取り出した。

 その小ビンを割り、中に入っていた粉末を体にふりかける。

 リックルの体が淡く輝いた。


「秘薬まで使うんだ?」


 彼方の問いかけにリックルは微笑する。


「僕は錬金術師で体は鍛えてないからね。それに君が強者なのはわかってるから。あ、もちろん、君も秘薬を使っていいよ」

「…………いや。僕の使う秘薬は、この世界では手に入らないものだから」


 彼方は予想していた質問にウソで答えた。


 ――さて、どうするかな。見学者の中にも貴族に混じって魔道師や研究者がいる。僕の能力を調べるつもりなんだろうな。


 視線を動かすとゼノス王とエルフィス王子が彼方を見ながら、唇を動かしていた。


 ――あの二人に僕の能力がばれると、ヨム国の貴族にも、それが伝わるだろう。そして、他の国やカーリュス教の信者たちにも。


 彼方は親指の爪を唇に寄せる。


 ――この状況を上手く利用して、僕の限界を誤解させておきたいな。ただ、問題はリックルか。弱いとは思えないし、殺すつもりの攻撃を仕掛けてくるだろう。


「氷室男爵。リックル」


 ゴード宰相が彼方とリックルを呼んだ。


「二人とも準備はいいか?」

「あっ、待って!」


 リックルが黒い魔法のポーチから、木製の茶色の人形を取り出した。

 それを放り投げると、人形が大きくなった。背丈は百八十センチで、ひょろりとした体型で目と鼻と口のない頭部にはこぶし大の赤黒い宝石が埋め込まれている。


 彼方は一歩下がって、人形を観察した。


 ――見た目はデッサン用の木の人形みたいだな。手の指は長くて爪の先が尖ってる。表面のてかりは魔法防御用の塗料か。


 ――手足の形と関節の仕組みを見るかぎり、近接戦闘に特化した人形に見える。こいつが前衛で、リックルが後衛からサポートする戦い方かな。


 ――ただ、あの人形…………。


「先に伝えておくよ」


 リックルは木の人形の腕に触れながら、口角を上げた唇を動かした。


「この人形は特別製でね。上位モンスターを殺すために僕が作ったんだ。多くのレア素材を使ったから、この人形一つで王都に家が建つよ」

「だから、壊すなってこと?」

「いやいや。ちょっとした自慢だよ」


 リックルは肩をすくめた。


「大事なことは、この人形は相当強いってこと。手を抜いて戦おうなんて思ってたら、すぐに死んじゃうよ」

「僕が降参したら、攻撃を止めてくれるんだろ?」

「うん。でも、即死しちゃう可能性もあるからさ」

「即死か…………」


 彼方は頭をかいた。


「じゃあ、こっちも先に召喚しておこうかな」


 彼方の周囲に三百枚のカードが浮かび上がる。

 呪文を唱えるふりをして、彼方は一枚のカードを選択した。


◇◇◇

【召喚カード:両盾の守護騎士 ベルル】

【レア度:★★★(3) 属性:水 攻撃力:100 防御力:5000 体力:5000 魔力:500 能力:魔法の盾を二つ装備する護衛専門の騎士。召喚時間:1日。再使用時間:7日】

【フレーバーテキスト:要人警護なら、このベルルにおまかせあれ! でも、攻撃力は期待したらダメっすよ】

◇◇◇


 彼方の目の前に、十七歳ぐらいの水色の鎧を着た少女が姿を現した。髪はショートボブの水色で瞳は濃い青色。両手に円形の水色の盾を装備していて、腕には銀色の鎖が巻きついていた。


 少女――ベルルは片足を上げて、盾を持った両手を左右に広げる。


「お待たせしたっす。愛と正義の守護騎士ベルル! ここに参上っ!」

「へーっ…………見事な召喚呪文だね」


 リックルが紫色の瞳を丸くする。


「詠唱時間が短かったし、君の精神が消耗してる様子もない。だから、近接戦闘に強いってわけか。で、二人目は召喚しないの? 君は二人同時に召喚できるって聞いてたんだけど」

「…………それは止めておくよ」

「止めておく…………か」


 リックルは目を細めて唇を舐める。


「秘薬は使いたくないって言えばいいのに」

「二人同時に召喚するには秘薬が必要だって、思ってるんだ?」

「君の戦い方を調べれば、すぐにわかるよ。ここ一番の時にだけ、君は二人同時召喚をしている。精神の消耗がないのなら、秘薬を節約するためだと予想はつくさ」

「…………頭がいいんだね」

「そうでないと錬金術師はやれないよ」


 笑みを浮かべているリックルを見て、彼方は舌打ちをした。


 ――これでイラついているように見えるかな。この世界じゃ、強力な呪文を使う時には秘薬が必要なことが多いみたいだし、その常識を利用して、上手く騙していこう。


「では、始めるぞ」


 ゴード宰相の言葉に、彼方は腰に提げていた短剣を引き抜き、胸元で構えた。

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