第323話 リフトン伯爵

 キルハ城の一階にある客室で、ティアナールの父――リフトン伯爵は音を立てずにイスに腰をかけた。


 リフトン伯爵は見た目は二十代後半で、長い金髪に緑色の瞳、すらりとした体型をしていた。耳はぴんと尖っていて、唇は薄い。


 ――種族がエルフだから、年齢がわかりにくい。だけど、顔立ちはなんとなくティアナールさんに似てる。


 彼方は長いテーブル越しにリフトン伯爵を観察する。


 ――たしか、リフトン家は武門貴族って、アルベールさんが言ってたな。この人も…………筋肉のつき方や歩き方が王宮で見た貴族たちとは違う。


 彼方の隣に立っていたティアナールが唇を開いた。


「ち、父上。どうして、ここに?」

「父親が娘に会いにきてはいかんのか?」


 リフトン伯爵は金色の眉をわずかに動かす。


「い、いえ。そのようなことは…………」

「…………まあ、それは口実だがな」


 リフトン伯爵は視線を彼方に向ける。


「一度、自分の目で確かめておきたくてな。魔神ザルドゥを倒した英雄を」


 緑色の瞳に彼方の姿が映る。


「…………ふむ。目に知性を感じる。戦いだけの男ではないか。これなら、何の問題ない」

「問題ないって何がでしょうか?」

「娘の婿としてだよ」

「むっ、婿っ?」


 彼方は驚きの声をあげた。


「何を驚いてる? 娘と君は懇意にしていると聞いていたが」

「あ、いや。ティアナールさんは大切な友人で信頼できる仲間ですが、結婚とか、そんな関係じゃなくて」

「そんな関係ではない?」


 リフトン伯爵の眉間に深いしわができた。


「…………ほぅ。氷室男爵は武門貴族の娘程度では妻にすることはできないと?」

「いっ、いや、そんなことではなくて」

「では、外見が気に入らないか? 私の娘は美しくないと思ってるんだな」

「違います!」


 彼方はイスから立ち上がって、ぶんぶんと首を左右に振った。


「ティアナールさんはきれいで魅力的な女性だと思います。外見だけじゃなくて、正義感があって優しくて尊敬できる人物です」

「なのに妻にする気はないと?」

「…………結婚なんて考えたことがなくて」


「父上っ!」


 顔を真っ赤にしたティアナールが閉じていた口を開いた。


「彼方…………氷室男爵のいた異界の国は婚期が遅いらしいのです。男は三十近くで結婚するとか」

「ほう。ちゃんと調べているではないか」


 リフトン伯爵の口角がわずかに吊り上がる。


「あ…………いや、結婚の話は偶然聞いただけで…………」


 ティアナールの頬がぴくぴくと動いた。


「とっ、とにかく、私たちは結婚など、まだ早くて」

「んっ? お前は氷室男爵と結婚したくはないのか?」

「あ…………いや…………わっ、私は…………」


 ティアナールの額から汗が噴き出す。


「ひ…………氷室男爵はヨム国の英雄であり、人格的にも素晴らしい人物です。彼の側にいると、私の心が温かくなり、きっと妻になれば幸せなのではないかと思うこともあり、氷室男爵は英雄なのです」

「お前は何を言ってる?」


 リフトン伯爵は呆れた顔でティアナールを見る。


「まあいい。お前の気持ちはわかった。で、氷室男爵」

「は…………はい」

「君のことは調べさせてもらった。娘以外に複数の女がいるな」

「おっ、女?」


 彼方はまぶたをぱちぱちと動かす。


「隠す必要はない。異界人の女に獣人ハーフ、有翼人にダークエルフもいると聞いている。英雄色を好むと言うが、なかなかどうして」

「あ…………あのぉ…………」

「安心しろ。私も男だ。娘だけを妻にしろ、などとは言わん。魔神ザルドゥを倒した男に女が群がってくるのは仕方のないことだからな」

「は…………はぁ」


 何と答えていいのかわからずに、彼方はあいまいな返事をした。


「まあ、婚儀の日取りを決めるのは、もう少し後でいいだろう。まずは目先の問題をなんとかしなければな」

「目先の問題?」

「ああ。王都で氷室男爵を排除しようとする動きがあるのだ。一部の貴族たちの間でな」


 その言葉に彼方の表情が引き締まった。

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