第250話 金獅子騎士団ディラス団長
ウロナ村の南西にある草原に石造りの砦があった。
その砦の中央にある塔の上に三十代半ばのひげを生やした男が立っていた。
背は百七十五センチで、洋なしのような体格をしている。髪と瞳は茶色で黄金色の鎧を身につけていた。
背後にいた茶髪の女騎士が男に歩み寄る。
「ディラス団長、西の森より、サダル国の軍が現れました。数は約一万!」
「…………ほぅ。素直にきたか」
男――ディラス団長は鼻の下に伸びたひげに触れる。
「第七師団か?」
「いいえ。第四師団のようです。現在、草原の端で横陣を敷いています」
「切り札の第七師団は温存か。ならば、こちらも騎士団ではなく、兵士を使う。夜蜘蛛の陣を使うぞ」
「あの陣を使うのですか?」
「そうだ。お前が指揮を取れ。カリーナ千人長」
「私が…………ですか?」
女騎士――カリーナ千人長が、まぶたをぱちぱちと動かす。
「しかし、私はディラス団長の護衛が仕事で…………」
「護衛は他の千人長にやらせる。夜蜘蛛の陣の指揮は俺とお前しか使えんからな」
「…………わかりました。サダル国の先陣は、私が全滅させましょう」
カリーナ千人長は、ぴんと背筋を伸ばした。
◇
数時間後、サダル国の兵士たちは、砦の前に布陣したヨム国の軍隊に攻撃を仕掛けた。
尖った角のような陣形――一角鳥の陣で、クモの足のように広がった陣に突っ込んでいく。
「こっちも動くぞ」
陣の中央にいたカリーナ千人長が指示すると、陣が生き物のように動いた。突っ込んできたサダル国の兵士たちを左右から攻撃する。
一角鳥の陣が崩れ、サダル国の兵士たちが次々と倒れる。
「くそっ! 何だ、この陣は? 一角鳥の陣で突き破れん」
「見たことのない陣だぞ。まるで巨大なクモのようだ」
「落ち着け! 中央の陣に指揮官がいる。奴を倒せば陣は崩れる。攻め続けろ!」
サダル国の兵士たちは、雄叫びをあげて、中央の陣に向かって突撃する。
その動きに対応して、カリーナ千人長が右手を上げた。
中央の陣を守るように横陣が築かれた。
「さあ、どんどん攻めてこい」
カリーナ千人長は口角を吊り上げる。
「全ての攻めを受け止めて、先陣を全滅させてやる!」
◇
後方の砦にいたディラス団長に、伝令兵から新たな情報が伝えられた。
「その情報…………間違いないな?」
ディラス団長は若い伝令兵に顔を寄せた。
「は、はいっ! サダル国の第七師団は南から回り込んで、直接、ウロナ村を狙っているようです」
「ふん。さすが、ナグチ将軍だな。ここを俺が指揮していると知って、一気にウロナ村を落とそうと考えたか」
「しかし、ウロナ村は赤鷲騎士団のガーグ団長が守っています。兵士の数も多いですし、無謀な策では?」
「普通ならな。だが、第七師団はナグチ将軍が、直接鍛えた部隊だ」
ディラス団長はひげに触れながら考え込む。
「…………これは好機だな」
「好機とは?」
「ナグチ将軍を殺すチャンスってことだ」
唇を歪めるようにして、ディラス団長は笑った。
「ウロナ村を直接攻めるのなら、指揮しているのはナグチ将軍だろう。ならば、赤鷲騎士団と戦っている最中に、背後から俺たちが襲い掛かる。一万の騎士団でな」
「主力の騎士団全てでですか?」
若い伝令兵が驚きの声をあげる。
「しかし、それでは砦の守りが…………」
「安心しろ。砦はカリーナ千人長が守ってくれる。あいつが守ると決めたら、二倍の兵力差があっても、砦は落ちん。この程度の攻めならな」
そう言って、ディラス団長は笑みの形をした唇を舐めた。
◇
ディラス団長は夜蜘蛛の陣の後方に、予備兵で横陣を作った。
さらに砦の裏門から、主力の金獅子騎士団一万を森の中に移動させる。
「遠話の呪文で、赤鷲騎士団のガーグ団長から連絡が入った」
ディラス団長は、配下の千人長たちの前で口を開く。
「第七師団は、ウロナ村の手前で、赤鷲騎士団と交戦に入った。戦況は互角。こちらが情報を伝えていたので、奇襲はできなかったようだ」
千人長たちは真剣な顔でうなずく。
「いいか。狙うのはナグチ将軍の首だ。後方の陣にナグチ将軍はいるだろうから、そこに百矢の陣で突っ込む。奴を殺せば、この戦争は我らの勝利で終わりだ」
ディラス団長は千人長たちを見回す。
「ここからは時間との勝負だ。一気に森を移動するぞ!」
「おおーっ!」
周囲にいた騎士たちが気合の声をあげた。
◇
森の中を移動していたディラス団長に若い伝令兵が走り寄った。
「ディラス団長、第七師団に動きがありました」
「どうした?」
「第七師団は赤鷲騎士団との戦闘を止め、東に移動しています」
「ちっ! こちらの動きに気づいたか。赤鷲騎士団は追走してるのか?」
「いいえ。第七師団の召喚師が召喚したドラゴンに足止めを食らっているようです」
「ならば、我らだけで追うぞ。東には銀狼騎士団が守る砦がある。どっちにしても、挟み撃ちにできる」
ディラス団長は第七師団がいるであろう東に視線を向ける。
「絶対に逃がさんぞ。ナグチ将軍っ!」
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