第216話 天界のドラゴンvs第九師団

「弓兵と魔道師部隊は散開して白いドラゴンの頭部を狙え!」


 ギジェル千人長は側にいた女の副官に声をかける。


「横陣の指揮はお前にまかせる。頼んだぞ」


 そう言って、数十メートル先にいたティルキルに走り寄る。


「ティルキル様っ! あのドラゴンを」

「わかってる」

 ティルキルは胸元から細長い半透明の円筒を取り出した。中には七色の粉が入っている。

 その円筒を片手で割ると、七色の粉がティルキルの体を包んだ。


「氷室彼方か。二体も強力なモンスターを召喚するとはやるじゃないか。だが、俺はSランクの魔法戦士だぜ」


 笑みの形をした唇が呪文を詠唱する。

 数十秒後、ティルキルの右手が赤く輝き、左手が青く輝いた。


「俺しか使えない特別な高位呪文だ! くらえっ!」


 ティルキルは両手を斜め上に突き出した。赤と青の光が天界のドラゴンの頭上で重なり、紫色の雨が降り注いだ。

 白く輝く鱗が焼けただれ、灰色の煙が立ちのぼる。


「ゴォオオオオ!」


 天界のドラゴンは穴だらけになった四枚の羽を動かして、怒りの咆哮をあげる。


 その姿を見て、ティルキルが感嘆の声を漏らした。


「ほーっ、この呪文をくらって、まだ、戦意を失わないか。たいしたもんだ」


「感謝します。ティルキル様」


 ギジェル千人長はティルキルに礼を言い、周囲の騎士たちを見回す。


「白いドラゴンはダメージを負ってる。一気に攻めろ!」


「おおおおーっ!」


 兵士たちが気合の声をあげて、天界のドラゴンに攻撃を仕掛けた。

 無数の矢が紫色の変色した鱗に突き刺さり、槍を持った兵士が天界のドラゴンの後ろ脚を突き刺す。


「俺もイクぜ!」


 イゴールが歓喜の笑みを浮かべて走り出した。


 ◇


「ギュアアアア!」


 天界のドラゴンは断末魔の叫び声をあげて、地面に横倒しになった。無数の矢が突き刺さった体がカードの形に戻り、一瞬で消える。


「やっ…………やった。ドラゴンを倒したぞーっ!」


 兵士の一人が叫ぶと、他の兵士たちも次々と声をあげる。


「おおおおーっ! 俺たちがドラゴンを倒したんだ!」

「ざまぁみろ! これが第九師団の本気だ!」


 後方で指揮をしていたギジュル千人長が額に浮かんでいた汗を拭って、深く息を吐いた。


 ――ちっ、損害は三割ってところか。


 ――だが、これで氷室彼方も終わりだ。どうやら、ヨム国の軍隊は近くにいないようだしな。


「イリナ百人長っ! 城門からキルハ城に攻め込め!」

「了解しました!」


 茶髪の女兵士が部下を引き連れ、斜面を駆け上がっていく。


「横陣も前進だ。森にいる予備兵にも連絡しろ!」


 周囲にいた兵士たちが慌ただしく動き出す。


 既に太陽は沈んでいて、空には星が瞬いていた。東に浮かんだ巨大な月が勝利を確信した兵士たちの顔を照らす。


 ◇


 数十分後、イリナ百人長の部下である若い兵士がギジェル千人長に駆け寄った。


「ほっ、報告します! キルハ城に敵の姿はありません!」


「敵がいない? 一人もか?」


 ギジェル千人長の質問に若い兵士がうなずく。


「…………少なくとも、召喚師の氷室彼方はいるはずだ。捜せっ!」

「はっ、はい!」


 若い兵士は慌ててキルハ城に戻っていく。


 隣にいたティルキルが口を開いた。


「氷室彼方はゴーレムとドラゴンを時間稼ぎに使ったようだな」

「ええ。どうやら、ヨム国の軍隊はいなかったようです」


 ギジェル千人長は片方の眉を吊り上げる。


「それがわかっていれば、もっと攻め方を変えることもできたのですが…………」

「仕方ない。敵の動きが全てわかるわけないしな」


 ティルキルは青紫色の瞳でキルハ城を見る。


「ただ、氷室彼方はここで殺しておいたほうがいい。魔力を回復されて、またドラゴンを召喚されたら面倒だからな」

「わかっております。情報よりも氷室彼方は危険な人物だと認識しました。ですが、サポートのない召喚師なら、危険度は大きく下がりますから」

「ああ。召喚師そのものを狙えばいい。氷室彼方は、ほどほどに白兵戦も得意なようだが、数で攻めれば、どうにもならん。まっ、イゴールでもいいがな」


 城門からキルハ城に入っていくイゴールを後ろ姿を見て、ティルキルは唇の両端を吊り上げた。


 ◇


 城門から裏庭に入ったイゴールは、太い首を動かして、周囲を見回した。


「敵はいねぇみたいだな」

「今、召喚師の氷室彼方を捜しております」


 イリナ百人長がイゴールのつぶやきに答えた。


 数人の兵士がイリナ百人長に駆け寄った。


「イリナ百人長っ、やはり、城の中に氷室彼方はいません」

「間違いないのか?」

「はっ、裏門からカカドワ山に逃げたのではないかと」

「…………ちっ! タキア十人長の部隊に追わせろ。今ならば、氷室彼方は召喚呪文を使えないはずだ」

「わかりました」


 兵士が走り去ると同時に、ギジェル千人長とティルキルが数百人の兵士と裏庭に入ってきた。


 イリナ百人長が片膝をついて、頭を下げる。


「すみません。氷室彼方は、まだ見つかっておりません。裏門からカカドワ山に逃げた可能性があります」

「…………そうか」


 ギジェル千人長は古い城を見上げる。


「城を捨てる選択をしたな。恥より命を選ぶか」

「まっ、そうだろうさ」


 ティルキルが肩をすくめる。


「氷室彼方は最近貴族になった異界人だからな。城や領地に執着がないんだろう」

「キルハ城を奪えたことで、我らの勝利は確定しております。ですが…………」

「ああ。氷室彼方を殺さないと、完全なる勝利にはならない」

「ならば、すぐに追っ手を…………」


 その時、キルハ城の裏手の崖から岩が崩れるような音がした。


「んっ? 何だ?」


 ギジェル千人長が視線を夜空に向ける。


 そこには巨大な飛行船が浮かんでいた。


「な、なっ!?」


 ギジェル千人長の目が大きく開いた。


 全長二十メートル以上の飛行船は、ゆっくりと城の上を旋回しながら、上昇していく。


「空を飛ぶ船…………?」

「ネーデの飛行船か!」


 ティルキルが詠唱しようとした呪文を途中で止めた。


「ちっ…………離れすぎてるか」

「くそっ! あの船の中に氷室彼方がいるのかっ!」

「だろうな。上手く逃げられたか」


 ティルキルは指輪をはめた両手を強く握り締める。


「まさか、ネーデの飛行船を隠し持っていたとはな。最初から逃げる気だったか」


「イリナ百人長っ!」


 ギジェル千人長が茶髪の女騎士を呼んだ。


「すぐに追撃の部隊を編成しろ! あの船が魔力で動いているのなら、ずっと飛び続けることはできない」

「了解しました。足の速い者を集めて…………」


 突然、七色の光がサダル国の兵士たちを照らした。


◇◇◇

【アイテムカード:重魔光爆弾】

【レア度:★★★★★★★★(8) 半径五十メートル以内に多大なダメージを与える光属性の爆弾。遠距離から起動することができる。具現化時間:10時間。再使用時間:20日】

◇◇◇


 耳をつんざくような爆発音がして、キルハ城が爆発した。石の壁が崩れ、呆然と立っていた兵士たちの体が潰される。


 白い煙が充満した裏庭で、ギジェル千人長が頭を押さえて立ち上がった。額から血が流れ落ち、ぽたりと足元に落ちる。


「…………な、何が起こった?」

「わっ、わかりません」


 白い粉に覆われたイリナ百人長が答える。


「くっ! とにかく、損害を確認しろ!」


 口から唾を吐き、ギジェル千人長は倒れて動かない無数の兵士たちを見回す。


 ――火薬…………いや、火薬の爆発ではない。何かの呪文なのか。だが、氷室彼方は飛行船の中にいるのでは? いや、それ以前に、召喚師がこれだけの高位呪文を使えるのか?




 ティルキルは遠ざかっていく飛行船を見ながら、奥歯を強く噛み合わせた。


 ――やってくれたな、氷室彼方。お前が、ここまでの強者とは予想外だった。だが、お前の能力はわかった。次は確実に殺す。俺とイゴールとメルーサでな。

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