第184話 祝勝会

 二日後の夜、白龍騎士団の兵舎の前に多くの騎士たちが集まっていた。二十代、三十代の騎士が多く、貴族らしき華やかな服を着た男女もいる。


 芝生の上には長いテーブルが置かれていて、多くの料理が並べられていた。

 様々な果実に緑黄色の野菜のサラダ、黒毛牛のステーキに一角マグロの胡椒焼き、ポク芋のバター焼き、チーズシチュー…………。


 テーブルの側にはワインやエールの入った酒樽が積まれている。


「うにゃあああ!」


 ミケが鼻をひくひくと動かして、歓喜の鳴き声をあげた。


「一角マグロの胡椒焼きがあるにゃ!」

「みたいだな」


 ティアナールがミケの肩を叩いた。


「ほら、好きなだけ食べてこい」

「にゃっ! いいのかにゃ?」

「もちろんだ。料理はたっぷりあるからな」

「にゃああああ!」


 ミケはしっぽを振りながら、料理の並んだテーブルに走っていく。

 その姿を見て、彼方の頬が緩む。


「ティアナールさん、今日は誘ってくれてありがとうございました」

「いや、本当は国がやる祝勝会の主賓にお前がなってもいいんだぞ。なんせ、お前はネフュータスと二万以上のモンスターをひとりで倒したんだからな」


 ティアナールはこぶしで軽く彼方の胸を叩く。


「もし、お前が望むのなら、功績に見合った報酬を受け取れると思うが」

「…………いや、それはいいです」


 彼方は首を左右に振った。


「どうせ、信じてくれないだろうし」

「だが、今度はお前の力を証明する機会ぐらいはもらえるかもしれんぞ?」

「そうかもしれません。でも、難癖をつけられるかもしれませんし、敵を作るかもしれません」

「…………敵か」


 ティアナールは金色の眉を動かす。


「そうだな。強い力を持つお前を危険と判断する者がいるかもしれない」

「ええ。それに敵対する相手には油断してもらったほうがいいから」

「だが、お前のFランクは無茶だぞ。既にお前の実力をBランク以上と思っている者がたくさんいる」

「Fランクは僕が決めたわけじゃないから」


 彼方は苦笑する。


「次の昇級試験でランクを上げれるように努力します。せめてDランクになっておかないと、お金を貯めるのも大変だし」

「Dランクではなく、Bランクになっておけ。そうすれば国からの依頼も増えるし、一気に稼げる。せめて、そのぐらいのランクでないと逆に目立つぞ」

「でしょうね」


 彼方は寝癖のついた自身の髪の毛に触れる。


 ――ティアナールさんの言う通りだな。ネフュータスとの戦いで、だいぶ目立っちゃったし。


 ――とりあえず、次の昇級試験でEランクになっておくか。前のように相性の悪い試験官でなければ、普通に昇級できるだろう。


 その時、白龍騎士団の団長、リュークが笑顔で彼方に近づいてきた。リューク団長の背丈は百九十以上あり、髪は青く、瞳の色も青い。


「よぉ、彼方。ウロナ村で活躍したそうだな」


 リューク団長は彼方の肩をパンパンと叩く。


「軍団長とボーンドラゴンを倒したと聞いたぞ。とんでもない奴め」

「騎士団の皆さんが助けてくれたおかげです」


 彼方は笑顔で答えた。


「俺たちのおかげと言ってくれるか」


 リューク団長は白い歯を見せた。


「まあ、そのことはいい。それより、お前に聞きたいことがあるんだ」

「何でしょうか?」

「ネフュータスの軍隊が全滅したことは知ってるな?」

「…………はい。ティアナールさんに教えてもらったから」

「…………ほう。ティアナールに」


 リューク団長はちらりとティアナールを見る。


「では、お前はこの件に関わってないんだな?」

「どうして、僕が関わってると思ったんですか?」


 彼方は質問に質問で返した。


「それはお前が強いからだ」


 リューク団長は彼方をじっと見つめる。


「前に俺がお前を評価した言葉を覚えてるか?」

「はい。Bランクの冒険者レベルみたいなことを言われました」

「ああ。そして、俺はお前がザルドゥを倒したと言ったことを信じなかった。Bランクの冒険者に魔神が倒せるとは思わなかったからな」

「それが普通だと思います」

「だが、その後にザルドゥが倒された情報が入ってきた」


 リューク団長は鋭い視線を彼方に向ける。


「お前がザルドゥを倒したとは思えない。だが、お前の力はホンモノだ。Bランクどころか、Sランクに近い実力があるだろう」

「…………」

「それで…………だ」

「いや、それは結構です」

「おいっ、まだ、何も言ってないだろ!」

「模擬戦ですよね?」


 彼方の質問にリューク団長の目が丸くなる。


「どうして、俺の考えていることがわかった?」

「さっき、僕と話してる時に、一瞬視線が動きました。前に僕とアルベールさんが模擬戦をした訓練場の方向に」

「俺の視線かっ?」

「他にも表情や微妙な体の動きからもわかります」


 彼方は一歩下がって言葉を続けた。


「それにリュークさんは強いですよね? 自分の力に自信を持ってて、戦うことも嫌いではない。ネフュータスとの戦いが一区切りついて心に余裕もある」

「お前…………心が読める呪文が使えるのか?」

「いえ、そんなすごいものじゃありません。元の世界にいた頃から、相手が考えていることを読むのが得意だったんです」


 彼方はスマートフォンで遊んでいたカードゲーム『カードマスター・ファンタジー』のことを思い出す。


 ――あのゲームはスマホでの対戦だから、相手の表情や仕草は見えない。それでも、対戦中に相手のやろうとしていることは読めた。出すカードや思考時間から、相手の手札を予想するのは楽しかったし。


 ――それに比べれば、目の前に相手がいるほうが情報は百倍以上に増えるからな。


「なるほどな…………」


 リューク団長は、ふっと息を吐いた。


「お前の強さの根幹は、その読みにあるようだ」

「僕もそう思います。相手の考えが読めるおかげで、この世界でも生き残ることができました」


 ――それとカードのおかげだな。強いクリーチャーに強力な呪文、アイテムカードで具現化した武器や防具にも助けられた。


 彼方の脳裏に三百枚のカードが浮かび上がる。


「ふーむ、しかし、残念だな」


 リューク団長が不満げに腕を組んだ。


「お前と戦ってみたかったんだが」

「僕は模擬戦よりも料理を味わいたいです。どれも美味しそうだし」

「ははっ、そうだな。せっかくだから、三日分ぐらい食っていけ」

「はい。ありがとうございます」


 その時、石畳の道の前に一台の豪華な馬車が停まった。馬車の扉を従者が開くと、そこから、白いドレスを着たヨム国の王女リセラが姿を現した。

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