第156話 ウロナ村の戦い10
彼方とレーネと風子は月明かりが射し込む森の中を走っていた。
先頭にいるレーネが慣れた様子で野草が生い茂る斜面を駆け下りる。
「…………彼方、右の月桜の木の陰に見張りのゴブリンが二匹いる」
「風子…………ここから狙える?」
彼方は隣にいる風子に声をかけた。
「もちろんなの」
風子は弓に二本の矢をつがえ、一秒も経たずに放った。二本の矢は孤を描いて、木の陰にいたゴブリン二匹を射貫く。
正確にノドを貫かれたゴブリンは声を出すこともなく、地面に倒れた。
「さすが、弱者即死の効果がある矢だね」
彼方は頬を緩めて、風子の頭に触れた。
◇
十分後、彼方は苔の生えた木の陰から、そっと顔を出した。
数十メートル先にダークエルフに囲まれたネフュータスの姿を発見した。
「どう? いい位置でしょ」
彼方の隣に体を寄せていたレーネが親指を立てる。
「うん。ばっちりだよ」
彼方はネフュータスに視線を向けたまま、首を縦に動かす。
ネフュータスはダークエルフのリーダーらしき男と会話をしている。どうやら、彼方たちに気づいていないようだ。
――横陣を敷いてるモンスターたちは、ティアナールさんの部隊とユリエスさんに集中してて、こっちを警戒してない。周囲のダークエルフをなんとかすればネフュータスを狙えるか。
その時、モンスターの横陣の左側で爆発音が響いた。オレンジ色の光が輝き、数十体のモンスターが吹き飛ばされる。
煙をかき分けて、笑みを浮かべたユリエスが現れた。
「とっておきの呪文だったが、仕方ないな。まあ、お前は剣で倒すとするか」
ユリエスは黄白色に輝くロングソードの先端をネフュータスに向ける。
「そいつはSランクのユリエスだっ!」
ダークエルフのリーダーが叫んだ。
「そいつをネフュータス様に近づけるな!」
五人のダークエルフが一斉にユリウスに攻撃を仕掛ける。
「俺の邪魔をするなっ!」
ユリエスは炎の呪文を放ちながら、ダークエルフと戦い始めた。二人のダークエルフがユリエスに斬られるが、その間に横陣の中央にいたモンスターたちが、新たな横陣を作る。
「ちっ! モンスターのくせに軍隊っぽい動きをするじゃないかっ!」
ユリエスは舌打ちをして、ロングソードの柄を強く握り締める。
「レーネ、風子! 僕が突っ込むから、サポート頼むよ」
彼方は木の陰から飛び出し、ネフュータスに向かって走る。
ダークエルフのリーダーが彼方に気づいた。
「ひ、氷室彼方だ!」
ネフュータスの周りにいたダークエルフたちの目が大きく開く。
「奴を全員で仕留めろ!」
八人のダークエルフたちがネフュータスを守るように陣形を組む。
――僕のことを知ってたか。なら…………。
その時、ネフュータスの後方の茂みから、巨大な剣を持った銀髪の男が現れた。男の背丈は百八十センチで右頬に十字の傷があった。
「ウッ、ウル団長だ!」
どこからか騎士の声が聞こえた。
男――銀狼騎士団のウル団長は白い歯を見せて、ネフュータスに近づく。
「お前がネフュータスか。やっと会えたな」
「ちっ…………」
ネフュータスは剥き出しの歯を鳴らして後ずさりする。
ダークエルフのリーダーがロングソードを握り締め、ウル団長に襲い掛かった。
「おっ! 勇気あるな。だが…………」
ウル団長はぐっと腰を落とし、銀色に輝く大剣を真横に振った。
ダークエルフのリーダーはロングソードで攻撃を受けようとする。そのロングソードが折れ、ダークエルフのリーダーの体が胸元から斬れた。
「がぁっ…………」
ダークエルフは驚愕の表情を浮かべたまま、地面に倒れた。
「くそっ! 大剣の男を止めろ!」
ダークエルフたちがウル団長のもとに駆け寄ろうとした時――。
――そうはさせないよ。
彼方の周囲に三百枚のカードが浮かび上がった。
彼方は素早く一枚のカードを選択する。
◇◇◇
【呪文カード:黒水晶の壁】
【レア度:★★★★(4) 指定の空間に物理攻撃を防御する広範囲の壁を三十秒間作る。再使用時間:5日】
◇◇◇
黒く輝く壁がダークエルフたちとネフュータスの間に出現した。
その壁がダークエルフたちの行く手をさえぎる。
――この状況なら、ネフュータスはウル団長にまかせればいい。
彼方は動揺しているダークエルフに攻撃を仕掛けた。一気に懐に飛び込み、聖水の短剣を斜め下から振り上げる。
伸びた水色の刃がダークエルフの胸を斬った。
彼方は動きを止めることなく、左にいる別のダークエルフに駆け寄る。
ダークエルフはロングソードで彼方の攻撃を受けようとする。
その瞬間、聖水の短剣の軌道が急角度に変化した。ロングソードの刃を避けて、ダークエルフの腹部を斬った。
「ゴオッ…………」
ダークエルフの膝が地面につき、前のめりに倒れた。
彼方の瞳に、黒水晶の壁を回り込もうとしているダークエルフの姿が映った。
そのダークエルフにレーネのナイフと風子の矢が突き刺さった。
――ナイスサポートだよ。レーネ、風子!
彼方は限界まで手を伸ばして聖水の短剣を振った。水色の刃が二メートル以上伸び、ダークエルフの首を飛ばす。
――残り五人!
彼方はくるりと体を回転させて、迫ってくる五人のダークエルフに視線を向けた。
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