第106話 Sランク冒険者ユリエス

「よぉ、元気でやってたか? 我が娘よ」


 男――ユリエスは白い歯を見せて、ユリナを抱き締める。


「父上もお元気そうで何よりです。ドラゴンゾンビ退治の仕事は終わったのですか?」

「…………まあな。そっちは銀狼騎士団の奴らが手伝ってくれたから、楽に倒せたが」

「んっ? 何か他に問題が?」

「ああ。ガリアの森でいろいろとな」


 ユリエスはオレンジ色の太い眉を眉間に寄せる。


「その件は国王に報告しておいた。と、それより、こいつらは新入りか?」


 ユリエスの視線が彼方、カール、ダニエルに向けられる。


「カールとダニエルは一ヶ月前に入学した生徒です。彼方は学校の雑用をしてもらうために短期間ですが雇った冒険者ですね」

「おーっ、そうか」


 ユリエスは彼方をちらりと見た後、カールとダニエルに歩み寄った。

 そして、二人の肩をぽんぽんと叩く。


「未来の魔法戦士か。うちの娘の訓練は厳しいが頑張れよ!」

「は、はいっ!」


 カールとダニエルが背筋をぴんと伸ばして返事をする。


「お会いできて光栄です。ユリエス様は俺の憧れの存在です!」


 カールが尊敬の眼差しでユリエスを見つめる。


「そんなに緊張するな。Sランクといっても、普通の人間だ。あ、いや、少しエルフの血も入ってるか」


 ユリエスは壁に掛けられていた訓練用のロングソードを手に取る。


「…………そうそう、ユリナ。魔法医は、まだ学校に残ってるか?」

「あ…………はい。訓練でケガをした生徒の治療をやってますから」

「…………そうか」


 突然、ユリエスが動いた。

 ぐっと体を低くして、彼方に近づき、アグの樹液に包まれたロングソードを斜め下から振り上げる。


 彼方はその動きを予想していた。

 ネーデの腕輪を装備してないことを後悔しながら、腰に提げた短剣を引き抜き、ロングソードの攻撃を受ける。


 彼方の短剣が飛ばされ、木の壁に突き刺さる。


 彼方は呆然と立っていたダニエルの背後に回り込み、腰に提げていた短剣を引き抜く。


「ごめん、借りるよ」


 そう言って、彼方は短剣を構える。


「僕はここの生徒じゃないんですけど…………」

「ああ、わかってるさ」


 ユリエスは笑みを浮かべたまま、彼方に突っ込んでくる。ロングソードを振り上げると同時に右足で彼方の胴体を蹴ろうとする。


 彼方は肘でユリエスの蹴りを防御し、ロングソードの刃を短剣で受け流す。


 さらにユリエスの攻撃は続いた。

 右足を前に出し、鋭い突きを放つ。


 その突きを彼方は上半身をそらしてかわし、追撃をさせないように短剣を斜めに振り下ろした。


 ユリエスは一瞬だけ足を止めた後、左手を前に出す。


 ――呪文を撃つ気か!


 彼方は右に移動すると見せかけて、素早く反転して左に逃げた。

 そのフェイントにユリエスは引っかからず、呪文ではなくロングソードで攻撃を続ける。


 ――呪文を使う気はなさそうだな。


 彼方はユリエスの意図を読み、唇を強く結ぶ。


 ――これは本気の攻撃じゃない。僕の力を見るのが目的か。なら、わざと負ける手もあるけど…………。


 その時、彼方とユリエスの間に、ユリナが割って入った。


「父上っ! 何をやってるんですか?」


 その隙に、彼方はユリエスから距離を取る。


「…………いやぁ、すまんすまん」


 ユリエスが頭をかいて、豪快に笑い出した。


「彼方…………だったかな。お前は強いな。最初の攻撃で終わらせるつもりだったんだが」


「いえ。呪文を使われてたら、とっくにやられてました」


 彼方はユリエスから視線を外さずに言った。


「どうして、僕を試したんですか?」

「決まってるだろ。お前が強いからだ」


 きっぱりとユリエスが答えた。


「お前は異界人か?」

「…………はい。五十日程前に、この世界に転移してきたんです」

「そうか。異界人の中には、たまに特別な力を持ってる者がいるからな」

「父上」


 ユリナが不思議そうな顔で彼方を見る。


「彼方が特別な力を持ってると言うのですか?」

「そうだろ?」


 ユリエスが彼方に問いかける。


「…………はい」


 彼方はこくりとうなずく。


「どうして、わかったんですか?」

「強い奴は気配や仕草でわかるのさ。それにお前の戦い方は何か切り札を持ってる動きだった。遠距離から俺を狙える何かがな」


 ユリエスは鋭い視線を彼方に向ける。


「で、その切り札で、俺に勝てると思うか?」

「…………それは、わかりません」


 彼方は言葉を濁した。


「わからないか。Sランクの冒険者相手に、その答えとはな」

「ち、父上…………」


 ユリナが掠れた声を出した。


「彼方はそんなに強いのですか?」

「ああ。俺の見立てでは、お前より彼方のほうが強いぞ」

「はっ…………はぁっ?」

 切れ長のユリナの目が大きく開いた。

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