第103話 ミュリック

「ど、奴隷?」


 ミュリックが色を失った唇を動かす。


「うん。この世界には、そういう制度が残ってるみたいだね」


 彼方は魔法のポーチに手を入れて、金色の首輪を取り出した。金色の首輪には、びっしりと翻訳されない文字が刻み込まれていた。


「この首輪は特別製で高かったんだ。君からもらった金貨五枚じゃ足りなくて、残りはつけにしてもらったよ。普通はつけなんて無理みたいだけど、魔法のアイテム屋の店主が僕を買ってくれてるので、なんとかなってさ」

「…………特別製って何?」

「人だけでなく、モンスターも制御できる首輪らしいよ」


 生きている短剣の刃で、彼方は金色の首輪を軽く叩く。

 甲高い金属音が馬車の中に響いた。


「契約をするには、奴隷の意思が重要だってさ。自らの意思で、首輪をはめないといけないとか」

「そんなこと、私がすると思うの?」


 ミュリックが彼方を睨みつける。


「この私が下等な人間の奴隷になるなんて、ありえない」

「それは、ここで死ぬほうがいいってことかな?」

「え…………?」


 ミュリックがぱちぱちとまぶたを動かす。


「私を殺す気なの?」

「文句は言えないだろ? 君のほうが先に僕を殺そうとしたんだし」


 彼方はラグの実のお茶が入った木のコップをちらりと見る。


「それに、ここで君を逃がしたら、また、僕の命を狙ってくるよね?」

「…………それは」


 ミュリックの目が泳ぐ。


「…………わかった。もう、あなたを狙わないから」

「ウソだね」


 彼方はミュリックの目を見て断言した。


「この場さえ乗り切ればなんとかなるって考えてるのがわかるよ」

「そんなこと…………思ってないし」

「無駄だよ。君の反応はわかりやすい。今だって、ウソがばれないように、僕から視線を微妙にそらしてる」

「うっ…………」


 ミュリックの頬がぴくぴくと痙攣した。


「それで、君を使って僕を殺そうとしたのは誰かな?」

「…………」

「あ、ネフュータスか」

「どっ、どうしてわかったの?」

「鎌をかけただけさ。一番、可能性が高そうだったし」


 彼方はテーブルに身を乗り出し、ミュリックに顔を近づける。


「で、どうする? 僕の奴隷になるぐらいなら死ぬって言うのなら、ここで殺すけど」

「それは…………」

「別に悩む必要はないと思うけどな。君にとっては、主人が変わるだけだろ?」

「主人?」

「そう。ネフュータスに仕えるか、僕に仕えるか。それだけだよ」

「ネフュータス様より、人間のあなたを選べって言いたいの?」

「何か問題あるかな」

「あるに決まってるでしょ!」


 ミュリックはピンク色の眉を吊り上げる。


「ネフュータス様はね、とんでもない魔力を持ってるの。Sランクの冒険者だって、何人も殺されてる。それに十万体のモンスターを率いてるんだから」

「でも、ザルドゥより弱いんだろ?」

「当たり前でしょ。ザルドゥ様は別格の存在だし」

「そのザルドゥを倒したのが僕だけど」

「あ…………」


 ミュリックは、ぱかりと口を開ける。


「…………い、いや、だけど、お前は人間で」

「種族は関係ないだろ。強いか弱いかが重要なんだから」

「ネフュータス様より、強いって言いたいの?」

「断言はできないけどね」


 彼方は左手で金色の首輪を手に取り、ミュリックに差し出す。


「そろそろ決めてもらえるかな? この場で死ぬか、僕の奴隷になるかをさ。ちなみに、死ぬほうを選んだら、この短剣を使うことになるから、すごく痛いと思うよ」

「うっ…………」


 ミュリックの額から冷たい汗が流れ落ちた。


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