第101話 新たな依頼

「あなたは…………誰ですか?」

「私はケンラ村で薬師をしているミームと申します」


 女――ミームは彼方をじっと見つめる。


「…………あなたが氷室彼方さんですか?」


 彼方がうなずくと、ミームの表情がぱっと明るくなった。


「よかった。この店に彼方さんがよくいるって情報は間違ってなかったんですね」

「そんな情報、どこで聞いたんですか?」

「西地区の広場にいる老人の情報屋からです。小さな情報を小銭で売ってるみたいですね。と、そんなことより、彼方さんに聞きたいことがあるんです」

「聞きたいことって?」

「今日、Bランクの試験官に模擬戦で勝ったのは彼方さんですよね?」

「…………ええ」


 数秒間の沈黙の後、彼方は首を縦に動かした。


「まぐれ勝ちってやつですよ。試験官は油断もしてたし」

「冒険者ギルドにいた人たちも、そう言ってました。でも、私は違う気がするんです」

「どうして、そう思うんです?」

「私、その試験官を見たんです。呆然とした顔で、ふらふらと一階の廊下を歩いてました。あれは心が折れた人の顔です。まぐれで負けて悔しがってる様子もありませんでしたし」


 ミームは木製のテーブルに両手をつけて、ぐっと彼方に顔を近づける。


「だから、彼方さんはBランク以上の冒険者だと、私は確信してるんです」

「…………僕に何か頼み事があるんですね?」

「はい。実は…………」


「おいっ!」とポタンがミームに声をかけた。


「話すのは構わないが、せめて、飲み物ぐらい注文してくれ。こっちは商売でやってるんでな」

「あっ、すみません。じゃあ、赤ワインをお願いします」


 ミームがポタンに向かって、深々と頭を下げた。


 ◇


 テーブルを挟んで、彼方の前のイスに座ったミームは、真剣な表情で話を始めた。


「私の住んでいるケンラ村は、ここから北東の位置にあります。村人は近くの森で狩猟や木こりをやって暮らしてるんです。私も森に生えてる薬草を使って回復薬を作ってました。その森に危険なモンスターの集団が現れるようになったんです」

「モンスターの集団って、何匹ぐらいですか?」

「…………五体ぐらいだと思います。リーダーは人の言葉が理解できる上位のモンスターで…………魔法も使えるようです」

「魔法も…………」

「あ、でも、強くはないんです」

「強くない?」


 彼方が首をかしげた。


「どうして、強くないってわかるんですか?」

「…………実は、前にCランクの冒険者のパーティーにモンスター退治を依頼したんです。でも、その時は、モンスターが隠れて出てこなかったんです。で、村から冒険者がいなくなったら、また、現れて…………」


 テーブルの上に置かれたぶどう酒を、ミームは一口飲んだ。


「もし、強いモンスターなら、冒険者と戦うことを選ぶでしょう。でも、彼らはそれをしなかった」

「だから、Fランクの僕に仕事を依頼したいんですね?」

「その通りです。モンスターを倒すまで村に滞在してもらうとなると、相当お金がかかります。Cランク以上の冒険者なら、一日金貨一枚は支払わなければなりません。数日で終わるならいいのですが、何十日もとなると厳しくて」


 ミームは胸元から、小さな革袋を取り出し、テーブルの上に置いた。

「この中に金貨が五枚入ってます。これで…………十五日、村に滞在していただけませんか? そして、その間にモンスターを退治してもらいたいんです」

「十五日以内か…………」

「多分、彼方さん一人なら、モンスターも油断すると思うんです。彼方さんは魔力もないみたいなので」

「…………なるほど」


 彼方は腕を組んで考え込む。


 ――金貨五枚ってことは、約五十万円ってところか。


「もちろん、早くモンスターを倒していただいても、そのお金は全額支払います」

「ケンラ村までの距離はどのぐらいですか?」

「東門の前に馬車を用意しますので、一日で到着すると思います」

「一日か…………」

「お願いします!」


 ミームは瞳を潤ませて、イスから立ち上がる。


「危険な仕事ですし、報酬もすごく多いわけではありません。でも、先払いでお金は渡しますし、冒険者ギルドを通さない仕事だから、手数料が取られることもないんです。どうか、私たちの村を助けてください!」


 十数秒悩んで、彼方は口を開く。


「…………わかりました。明日の午後に東門の前で待ち合わせしましょう」

「ありがとうございます! 彼方さん」


 ミームは彼方に歩み寄り、その手をぎゅっと握り締めた。

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