第91話 四天王ネフュータス
ネフュータスは滑るように床を移動して、キメラの死体の前に立った。
「…………このキメラを殺せる冒険者がいたのか?」
「それ以外に考えられレヌ」
骸骨のような顔と胸元にある小さな顔が会話を始めた。
「蜘蛛がキメラを殺せるはずがないカラナ」
「いわゆるSランクレベルの冒険者がいたということか?」
「結果から判断すれバナ。ゴミが何百人集まっても、キメラは殺セヌ」
胸元の小さな顔がバーゼルに視線を向ける。
「バーゼル、冒険者の中にSランクがイタカ?」
「い、いえ。そんな者はおりません」
バーゼルは額の汗を拭いながら、小さな顔の質問に答える。
「Aランクは?」
「全て、Dランク以下です」
「では、その中に自分の力を隠していた冒険者がいたのダロウ」
「待て…………」
ネフュータスは骨と皮だけの手でバーゼルの肩を掴んだ。
「冒険者の中に、氷室彼方という名前の人間はいるか?」
「氷室彼方?」
バーゼルは首をかしげる。
「います!」
バーゼルの隣にいた女が口を動かした。
「冒険者ギルドから受け取ったリストに、その名前がありました」
「本当かっ?」
「はい。変わった名前だから、覚えてたんです」
「…………そうか」
ネフュータスの声が低くなった。
「あの冒険者たちの中にいたのか。氷室彼方が…………」
「これで、キメラを殺した人間がわかったナ」
小さな顔が、ぼそりとつぶやく。
「ザルドゥ様を殺した氷室彼方なら、キメラも殺せるダロウ」
「そうだな」
ネフュータスの上の顔がうなずく。
「それで、どうスル?」
「今さら、ザルドゥ様の仇を取っても、意味はない。だが、氷室彼方は殺しておくべきだろう。ヨムの国攻略の障害になるかもしれぬしな」
「同意スル。それに、我が軍団の戦力強化を邪魔した報いも受けてもらわネバ」
「では…………アレを使うか」
「いいダロウ。上手くいけば、楽に殺セル」
小さな顔が、ぽかんと口を開けているバーゼルを見つめる。
「…………バーゼル。お前たちにも役に立ってモラウ」
「はっ、はい。私は何をすればよろしいので?」
ネフュータスは細く尖った指先を動かす。空中に直径十メートル程の魔法陣が描かれた。
その魔法陣から黒い霧が染み出し、白い骨だけのドラゴンが姿を現した。
ドラゴンの体は多くの人の骨が組み合わさってできていた。肋骨や大腿骨、尾骨には無数の頭蓋骨がはめ込まれている。
ドラゴンは数百本の尖った歯をカチカチと鳴らして、バーゼルたちを見回す。
「お前たちは、ボーンドラゴンの体の一部になってもらう」
「…………は?」
バーゼルはネフュータスの言葉が理解できなかった。
首をかしげて、ネフュータスに歩み寄る。
「それは、どういう意味でしょうか?」
「お前たちの骨を全てモラウ」
小さな顔が甲高い声で言った。
「ボーンドラゴンの体を作るためには、生きてイル者から骨を取り出さなければならないノダ。転がってイル死体は使エヌ」
「…………そっ、そんなっ!」
バーゼルの顔が蒼白になった。
「わ、私たちはネフュータス様のために、ずっと働いてきました」
「ああ、感謝している」
ネフュータスの上の顔が言った。
「最後まで、役に立ってくれるしな」
「あ…………」
「安心しろ。お前たちが死ぬことはない」
「死ぬことは…………ない?」
「そうだ。ボーンドラゴンの一部として、何百年も生きることができるのだ」
その時、ボーンドラゴンが咆哮をあげた。
同時に、肋骨、大腿骨、尾骨にはめ込まれていた無数の頭蓋骨が大きく口を開いて、うめくような声をあげる。
「オオーッ…………オオウーッ…………オーッ…………」
暗く悲しげな声が最下層に響き渡る。
「この通り、ボーンドラゴンの一部になっても、意識は残っておる。安心しろ」
「ひ、ひっ!」
バーゼルの部下たちが、恐怖に顔を歪めて、階段に向かって走り出す。
「無駄だ…………」
ネフュータスは細い手を階段に向ける。
手のひらから赤黒い光球が放たれた。
光球が階段の上部に当たると同時に爆発音がして、階段が破壊された。
破片が床に落ち、周囲に埃が舞う。
「これで、もう、逃げられない」
「待ってください!」
バーゼルがネフュータスの紫色のローブを掴む。
「助けてください。わし…………私は…………」
「怖がらなくていい」
ネフュータスがバーゼルの肩に触れると、その体が硬直した。
「これで、もう痛みは感じない」
「あ…………ああ…………」
「では、骨を取り出すとするか」
ネフュータスは強張った表情を浮かべたバーゼルの顔に手を伸ばした。
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