第85話 最下層の戦い3
グレイブの巨体がぐらりと傾き、槍を突き刺したまま、音を立てて倒れた。
彼方は、モーラ、ウード、タートスの動きを警戒しながら、一歩ずつ階段を下りる。
そして、ゆっくりとミケに歩み寄った。
「ミケ、大丈夫?」
「…………あ、彼方……にゃあ」
ミケが弱々しい笑みを見せた。
「ミケは……平気にゃ。まだ、戦える……にゃ」
「うん。頑張ったんだね。さすがリーダーだ」
彼方は意識を集中させて、カードを使用する。
◇◇◇
【呪文カード:リカバリー】
【レア度:★★★(3) 効果:対象の体力、ケガを回復させる。再使用時間:3日】
◇◇◇
彼方の右手が白く輝き出す。その手をミケにかざすと彼女の体にできていたあざが、すっと消えた。
「にゃあ…………痛くなくなったにゃ」
ミケはまぶたをぱちぱちと動かして上半身を起こした。
「ミケはここで休んでて」
そう言って、彼方は立ち上がる。
「魅夜、ミケを守ってくれるかな」
「かしこまりました」
魅夜はミケの前に立って、漆黒のナイフを構える。
彼方の瞳に倒れているザックとムルが映った。
――ザックさん、ムルさん、助けることができなくて、すみません。
両手のこぶしが小刻みに震え、手のひらに爪が食い込む。
「…………レーネ、ピュート、君たちも下がってていいよ。残りの三人は僕がやるから」
その言葉を聞いて、ウードの眉がぴくりと動いた。
「ちっ! 不意打ちで一人倒したぐらいで、調子に乗りやがって」
「…………ウード」
彼方は暗い声を出す。
「君は間違った選択をした」
「間違った選択?」
「イリュートたちの仲間になったことだよ」
「正しい選択だろ」
ウードはちらりと魅夜を見る。
「…………お前が召喚呪文を使えるのは、ウソじゃなかったようだな。弱そうなメイドだが」
「多分、君より強いと思うよ」
「ふんっ、はったりは止めろ。魔力がでかくねぇと、強い奴は召喚できねぇんだよ」
右手に持った短剣で、ウードは自分の太股を二度叩く。
「タートスっ! お前は手を出すなよ。Fランクの雑魚ごとき、俺だけで十分だ」
「…………ああ。わかってる」
タートスが一歩下がった。
「じゃあ、始めるか」
ウードはゆっくりと左に移動する。
その動きに注意しながら、彼方はカードを選択する。
◇◇◇
【アイテムカード:深淵の剣】
【レア度:★★★★★(5) 闇属性の剣。装備した者の攻撃力を上げ、呪文の効果を打ち消す効果がある。具現化時間:3時間。再使用時間:7日】
◇◇◇
漆黒の剣が具現化される。
彼方が手にした深淵の剣を見て、ウードの目が大きく開く。
「剣の具現化だと? そんなこともできるのか?」
「驚くのは、まだ早いよ」
彼方は剣を両手で握り、足を軽く開く。
「ウード、あなたは強い」
「…………何だ、突然」
ウードが首をかしげた。
「まさか、褒めたから見逃してくれって言うんじゃないよな」
「そんな気はないよ。素直にすごいと思っただけさ。僕が手強いと感じてるのに、わざと油断した言動を取ってるところがね」
「…………わけがわからねぇな」
「こういうことだよっ!」
彼方はウードに背を向けて、背後で斧を構えていたタートスに駆け寄った。
「ぐっ、貴様っ!」
タートスが慌てて斧を振り上げる。
しかし、その斧を振り下ろす前に、彼方の深淵の剣がタートスの胸当てに突き刺さった。
「あ…………が…………」
タートスは驚愕の表情を浮かべたまま、ぐらりと仰向けに倒れた。
「どっ、どういうつもりだ?」
ウードの声が上擦った。
「俺とお前の勝負だろうがっ!」
「そんな約束をした覚えはないし、あなただって、それを守る気はなかったじゃないか」
彼方は、じっとウードを見つめる。
「さっき、短剣で自分の腰を二回叩いたよね。あれはタートスへの合図だ。僕が油断したら、背後から襲えってところかな」
その言葉に、ウードの顔が歪む。
「…………どうして気づいた? あれは、俺たちだけしか知らない合図だぞ」
「腰の叩き方は違和感があったし、一瞬だけど、視線がタートスに向いた。タートスが合図に気づいたかどうか知りたかったんだろ?」
彼方は淡々と言葉を続ける。
「それに君が左に動いて、僕の背後にタートスがいる状況を作り出そうとしてた動きもわざとらしかったよ」
「…………てめぇ」
ウードの声が微かに震えた。
突然、モーラが動いた。彼女の上空に五本の炎の矢が出現し、彼方に向かって放たれる。
彼方は深淵の剣を斜めに振る。
深淵の剣の効果で炎の矢が全て消滅した。
今度はモーラの目が見開かれた。
「呪文が斬れる剣? そんなものを持ってたの?」
「…………まあね」
彼方はウードを警戒しつつ、モーラに近づく。
モーラは後ずさりしながら、舌打ちをする。
「Fランクのあなたがここまで強いとは思わなかったわ。予想外ね。でも、あなたは死ぬことになる」
「僕が死ぬ?」
「そうよ。仮に私たちを殺せたとしても、こっちにはイリュートがいるの。あなたが強くても、イリュートにはかなわない。だから、あなたの死は確定してるの」
「イリュートは死にましたよ」
「…………え?」
モーラはぽかんと口を開けた。
「今、何て言ったの?」
「イリュートは死んだって言ったんです」
「はぁ? どうして、イリュートが死ぬの?」
「僕が殺したからですよ」
数秒間、モーラは沈黙した。
「…………そんなこと、あるわけないでしょ。イリュートはBランクの魔法戦士なのよ」
「そうですね。銀色のプレートを持ってたから、わかってますよ」
彼方は魔法のポーチから銀色のプレートを取り出した。
「冒険者ギルドへの報告もあるし、一応、死体から回収しておきました。イリュートのプレートをね」
「あ…………」
銀色に輝くプレートを見て、モーラの顔が蒼白になった。
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