第6話 ティアナールの実力

 彼方たちは、周囲を警戒しながら薄暗い通路を進んだ。左右にある牢屋に人の姿はなく、人間の骨が無数に転がっている。

 

 彼方は唇を真一文字に結び、機械仕掛けの短剣を握り締めた。


 ――ここは平和な日本じゃない。熊やライオンよりも危険なモンスターがうろついてる迷宮なんだ。運よくカードの能力が使えるようになったけど、油断はできない。僕自身が強いわけじゃないんだから。


 短剣を掴んだ手に汗が滲む。


 ――始めたばかりのゲームをやってるみたいだな。カードマスター・ファンタジーのようにモンスターのデーターがわかれば楽なんだけど。


「止まれ!」


 前にいたティアナールが緊張した声を出した。

 彼方はティアナールの尖った耳に口を寄せる。


「どうしたんですか?」

「この先の扉の奥から音がした。多分、牢屋の門番がいるんだろう」

「門番ってことは、その先に出口があるんですよね?」

「そうなるな。なんとか、戦わずに上の階層に行ければいいんだが…………」


 その時、分厚い木の扉がギギギと軋む音を立てて開いた。

 彼方の瞳に、雄牛のような頭部を持つモンスターが現れた。背丈は二メートル以上あり、がっちりとした体格をしている。肌は青黒く、太い首に無数の鍵がつけられた鎖をぶら下げていた。


 モンスターは鋭い視線で周囲を見回しながら、彼方たちに近づいてくる。

 ティアナールが肘で彼方の脇腹を軽く突く。


「他のモンスターを呼ばせるわけにはいかない。一気に倒すぞ」


 ティアナールはウインドソードを握り締め、素早くモンスターに走り寄る。

 すぐにモンスターがティアナールに気づいた。


「おっ、お前、どうやって!」


 モンスターは驚いた顔で、腰に提げていた剣を抜き、近づいてくるティアナールに向かって振り下ろした。その攻撃を転がりながらティアナールは避けた。そのまま、上半身を捻るようにしてウインドソードを振った。青黒いモンスターの腹部がすぱっと斬れる。


「ぐあああああっ!」


 モンスターは苦悶の表情を浮かべながら、剣を振り回す。その攻撃をウインドソードで丁寧に受け、一瞬の隙をついて、モンスターの左胸を突く。

 モンスターはがくりと両ひざをついて、前のめりに倒れた。


「…………ふぅ」


 ティアナールはふっと息を吐いて、倒れたモンスターを見下ろす。


「上手く速攻で倒せたな」

「強いんですね」


 彼方は目を丸くして、ティアナールに歩み寄る。


「エルフって、僕のいた世界では、魔法と弓矢で戦うイメージが強いんですが」

「ほう。彼方のいた世界にもエルフがいるのか?」

「いや、本物はいないです。架空の物語で登場する生き物ですね。何百歳も生きて、森の中に棲む」

「たしかにそんなエルフもいるが、私は王都で暮らしているのだ。魔法は不得手だが、この通り、剣術には自信があるぞ」

 

 そう言って、ティアナールは唇の端を吊り上げる。


 ――たしかに騎士団の百人長ってことなら、百人の部下の隊長ってことだろうから、戦闘力は高いんだろうな。魅夜も強いと思ったけど、ティアナールさんもすごい。こんな大きなモンスターをあっという間に倒すなんて。


「ありがとうございます。ティアナールさん」


 彼方はティアナールに礼を言った。


「僕たちが手伝う必要もなかったですね」

「いや、半分はこの剣のおかげだ」

 

 ティアナールは持っているウインドソードに視線を向ける。


「あのタイプのモンスターの皮膚は硬いはずだが、バターのように斬れたぞ。それに刃に血のりもつかない。素晴らしい剣だ…………」

「そんなにいい剣なんですか?」

「もちろんだ。もし、ここから逃げ出すことができたら、私に売ってもらいたい。金貨五十枚…………いや、六十枚出すぞ」

「それは無理なんです。この剣は二日間しか使えないので」

「二日?」

「ええ。だからこそ、強い武器なのかもしれません」

「…………そうか」


 悲しそうな顔で、ティアナールはウインドソードを見つめる。


「残念だ。家宝にしたかったのだが…………」


 その時、奥の扉から、緑色の肌をしたモンスターが五匹現れた。背丈は百二十センチ前後、上半身は裸で、腰に動物の毛皮を巻いている。


「ゴブリンだ!」


 真っ赤に輝くモンスターの目を見て、ティアナールの表情が引き締まる。


「こいつらは、ただのゴブリンじゃない。ザルドゥが魔力で強化している。注意しろ!」

「ギュアアッ!」


 耳障りな鳴き声をあげて、ゴブリンたちが襲い掛かってきた。

 二匹がティアナールに。別の二匹が魅夜に。

 そして、残りの一匹が彼方に向かって曲刀を振り下ろした。

 

 彼方は機械仕掛けの短剣で攻撃を受ける。金属音がして手に衝撃が伝わった。唇を強く噛み締め、ゆっくりと後ずさりする。


 ――落ち着け。ゴブリンの攻撃を見極めるんだ。人間とは違うし、見たことのない生き物だけど、僕ならやれる。


 彼方が戦闘に慣れていないと思ったのか、ゴブリンは黒ずんだ歯を見せて笑った。


「ギュ…………カカッ」


ゴブリンは低い体勢から、曲刀を真横に振った。その攻撃を彼方は右足を引いて避ける。

 

 ――攻撃は…………速くない。いや、機械仕掛けの短剣の効果で僕のスピードがあがっているのか。これなら、集中すれば避けられる。

 

 彼方は短剣を胸元で構えて、目の前にいるゴブリンを観察する。


 ――ゲームの世界じゃ、ゴブリンは雑魚キャラだけど、そんな不確定な情報は捨てるべきだ。力は人間の男より強そうだし、何より、僕を殺そうとしている。


 深く息を吸い込んで、彼方はじりじりと壁に体を寄せる。


 ――こいつの武器は曲刀で身長は僕より五十センチ低い。魔法は…………使えないか、使う気がないようだ。


 ちらりと視線を動かすと、ティアナールと魅夜は一匹ずつゴブリンを倒していた。


 ――よし! あの二人のほうがゴブリンよりも強い。それなら、僕は時間を稼げばいいだけだ。


 彼方はゴブリンの連続攻撃を機械仕掛けの短剣で丁寧に受け止める。防御に徹して、攻撃をしてこない彼方にゴブリンはいらだちの表情を浮かべた。曲刀をぶんぶんと振り回すが、その攻撃が彼方には遅く感じた。


「ギュアアアアッ!」


 ゴブリンは怒りの声をあげて、曲刀を振り上げる。

 その瞬間、ゴブリンの体が炎に包まれた。

 彼方は背後から魅夜が炎の魔法を使ったことに気づく。

 一瞬で命を奪われたのか、ゴブリンがその場に倒れた。


「ご無事ですか? 彼方様」


 魅夜が彼方に駆け寄る。


「うん。機械仕掛けの短剣の能力が発動してるみたいだ。モンスターの動きが鈍くみえたよ」


 そう答えて、彼方は視線をティアナールに向ける。ティアナールも残ったゴブリンを危なげなく倒したようだ。


「彼方、早くここから離れるぞ!」


 ティアナールが鋭い声で言った。


「私たちが逃げ出したのがバレたのかもしれない。急げ!」


 彼方たちは、木の扉の奥にある階段に向かって走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る