第5話 エルフの女騎士
牢屋を抜け出した彼方は魅夜を連れて、薄暗い鍾乳洞を歩き出した。周囲にモンスターの気配はなく、壁に掛けられた光る石の入ったカンテラがぼんやりと周囲を照らしている。
視線を右に向けると、錠前のついた格子が見えた。どうやら、そこも牢屋のようだ。
彼方は格子に近づき、すき間から中を覗く。
牢屋の奥に少女が倒れていた。歳は十七歳ぐらいで、淡い金色の髪は腰の近くまで届いていた。肌は透き通るように白く、銀色の鎧をつけていた。
彼方は少女の耳が尖っていることに気づいた。
「もしかして…………エルフ?」
彼方のつぶやきが聞こえたのか、閉じていた少女のまぶたが開いた。
彼方と背後にいる魅夜を見て、緑色の瞳が丸くなる。
「おっ、お前、人間か?」
少女は両手と両膝を動かして、格子に近づいた。
「どうやって、牢屋から出られたんだ? いっ、いや、そんなことはいい。私もここから出してくれ!」
少女はふらつきながら立ち上がり、両手で格子を掴む。
「私はヨム国の白龍騎士団、百人長のティアナールだ。お前は?」
「僕は、彼方。氷室彼方です」
「かな…………た? どこの国の者だ?」
「日本です」
「にほん? そんな国の名前は知らないぞ。別の大陸の者なのか?」
「いいえ。僕は別の世界からここに来たばかりなんです」
「別の世界? 異界人ってことか?」
ティアナールの言葉に彼方はうなずく。
「…………そうか。だから、変わった服装をしてるんだな。あ、いや、今はそんなことを話している場合じゃない。その錠前を壊せるか?」
「魅夜、できる?」
「もちろんです」
魅夜はナイフを取り出し、錠前に叩きつけた。金属音がして、錠前の一部が壊れる。
「このナイフは頑丈な鉄製の鎧も貫きますから」
「ありがとう」
彼方は錠前を外して、格子の扉を開く。
ティアナールは牢屋から出て、彼方の手をぎゅっと握る。
「感謝するぞ、彼方。これで、なんとか逃げられるかもしれない」
「僕の目的も同じです。協力できますよね?」
「当然だ。いっしょにこの窮地を乗り切ろう!」
ティアナールの言葉に、彼方は強くうなずく。
――これで脱出できる確率が少しだけど上がった。女騎士ってことは、戦闘力があるってことだろうし。言葉や仕草からも僕に敵意を持ってないことがわかる。
「ティアナールさんは、どうして、こんなところにいたんですか?」
「ガリアの森にモンスターが集まっていてな。その偵察中に捕まって…………」
悔しそうな顔をして、ティアナールはこぶしを震わせる。
「モンスターの中に、魔神ザルドゥの配下の四天王がいたのだ。あいつさえいなければ、逃げられたのに…………。と、この世界に来たばかりの異界人なら、ザルドゥを知らないか」
「いえ。ザルドゥとは遭いました」
「…………そうか。あの化け物と遭ったんだな」
ティアナールの声が重くなった。
「あれはジウス大陸を支配しようとする邪悪な魔神だ。強大な魔力を持っていて、多くのモンスターを配下にしている」
「ザルドゥが、この世界で一番強いんですか?」
「…………そうだな。個体としての強さも数千年生きている古代龍以上だ。ザルドゥを倒そうと、万単位の討伐隊が何度もこのダンジョンに侵入したが、誰も奴を倒せなかった。光の勇者ルーシャンも大魔道師ガルウスも…………」
「誰も…………か」
彼方のノドがうねるように動く。
「のっけからラスボスと遭遇なんて、ゲームじゃ、絶対にありえない展開だな」
「ラスボス?」
「あ、僕の世界のゲーム用語です。そんなことより、ティアナールさん、武器は持ってませんよね?」
「あ、ああ。武器は取られてしまった。高価なマジックソードだったんだが」
「じゃあ、ちょっと待っててください」
彼方は頭の中で、カードリストを思い浮かべる。
一瞬で、彼方を囲むように三百枚のカードが現れる。彼方は視線を動かして、カードをチェックする。
「何をしてるんだ?」
ティアナールが不思議そうな顔をして、首をかしげる。
ティアナールには、宙に浮かんでいるカードが見えていないようだ。
「ちょっとした魔法のようなものです」
「彼方は魔法が使えるのか?」
「この世界の魔法とは違うみたいですけど」
そう答えながら、彼方は右下にあるカードに指を押しつけた。
カードが輝き、剣が具現化した。刃は銀色で柄の部分に緑色の宝石が埋め込まれている。
◇◇◇
【アイテムカード:ウインドソード】
【レア度:★★(2) 風の属性を持つ剣。装備した者の攻撃力をあげる。具現化時間:2日。再使用時間:10日】
◇◇◇
彼方はウインドソードをティアナールに差し出した。
「これ、使えますか?」
「おいっ! どこから剣を出した?」
ティアナールが驚きの声をあげた。
「さっきまで、何も持ってなかったはずだぞ!」
「カードの中の剣を具現化したんです」
「カードの中?」
「ええ。といっても、僕にしか見えないカードですけど」
「…………意味がわからないのだが」
「まあ、僕の能力の説明よりも、今はその剣が使えるかどうかです」
「あ、ああ。たしかにそうだな」
ティアナールはウインドソードを受け取り、軽く振り回した。ひゅんひゅんと空気を切り裂く音が聞こえてくる。
「…………軽い。こんなに軽いロングソードがあるのか」
「風の属性を持つ剣だからかもしれません」
「風か…………」
「どうですか?」
「どうもこうも、これは、私が使っていたマジックソードよりも上位の武器だぞ」
ティアナールはウインドソードを格子に向かって振り下ろす。金属音がして、鉄製の格子が斜めに斬れた。
「…………なんて斬れ味だ」
掠れた声がティアナールの口から漏れる。
「鉄の格子が紙のように斬れるではないか」
「ちゃんと使えるみたいですね」
彼方は満足げにうなずく。
――カードのクリーチャー以外でも、アイテムカードの武器が使えるみたいだ。ってことは、僕も装備できるはず。
彼方は、宙に浮かんでいるカードに視線を移す。
――僕自身は普通の人間で、剣なんて扱ったこともない。となると、攻撃より防御を重視したほうがいいな。僕が死ねば、魅夜も消滅してしまうんだし、ティアナールさんに渡した剣も消えるんだろう。まずは自分が死なないことだ。
彼方の指先が一枚のカードに触れる。
◇◇◇
【アイテムカード:機械仕掛けの短剣】
【レア度:★★★★(4) 装備すると、スピードと防御力が上がる。具現化時間:2日。再使用時間:10日】
◇◇◇
カードが輝き、刃渡り二十センチ程の短剣が具現化された。
刃は厚みがあり、透明のガラスのような素材でできていた。刃の中には数千個の歯車が重なりあって、カチカチと動いている。
彼方は宙に浮かんでいる機械仕掛けの短剣を右手で掴んだ。
その瞬間、脳内に電気が流れたような衝撃を感じた。
「つぅ…………」
彼方は顔を歪めながら、手にした機械仕掛けの短剣を見つめる。
――今ので、僕のスピードと防御力が上がったのかな。ゲームの中では、クリーチャーが強化されて倒されにくくなる効果だったけど。
ティアナールが彼方に声をかける。
「美しい細工物のショートソードだが、戦闘に使えるのか?」
「ゲームの中では、なかなか強い武器なんですよ」
「…………まあ、無手で戦うよりはマシだろうが」
「ご安心ください」
魅夜が閉じていた唇を開く。
「彼方様は、私がお守りしますから」
「そうだ。お前は、彼方の…………メイドでいいのか?」
ティアナールの質問に、魅夜は首を左右に振る。
「私は召喚カードのクリーチャーです」
「召喚? それは、彼方に召喚されたってことか?」
「そう思っていただいてかまいません」
ティアナールの金色の眉が眉間に寄った。
「しかし、お前は生きた人間に見えるぞ。召喚された生物とは違う意思を感じる」
「私自身もよくわかっていません。でも、彼方様こそが、私が仕えるべき唯一の存在なのは間違いのない事実です」
魅夜はうっとりした瞳で彼方を見つめる。
「だから、彼方様と協力しているあなたも守ってあげます」
「…………ほう。白龍騎士団、百人長の私を守るか。それはたのもしいな」
ティアナールは、ふっと笑う。
「まあ、お前たちに助けられたのは事実だし、期待してるぞ」
「ティアナールさん」
彼方がティアナールに声をかけた。
「出口がどこにあるかわかりますか?」
「ある程度ならな。ここは最下層の牢屋があるエリアだ。上の階層がザルドゥがいる玉座の間がある」
「当然、出口はその上ですよね?」
「ああ。地上まで十階層以上あるはずだ。そして、ザルドゥの配下のモンスターたちが数万匹はこのダンジョンの中にいると考えておいたほうがいい」
「数万匹か…………」
荒れた波のように彼方のノドが動く。
「とにかく、牢屋から抜け出したことがばれないうちに、少しでも上の階層に行くしかないな。私が前衛をやるから、二人は後衛を頼む」
「前衛のほうが危険じゃないんですか?」
「だから、私がやるんだ。お前たちは魔法がメインのようだしな。後衛で私を支援してくれ」
「わかりました。よろしくお願いします」
彼方はティアナールに向かって、深く頭を下げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます