第4話 プロローグ 軍評定 補完

 東西の戦い方については、粗方、それぞれの将とすり合わせは済んだ。特に相手の傭兵については、一連の戦で鍵となるため他より多く時間が使われた。

 その後ファトストは、拒馬の配置の仕方や、長・短に弓兵を分け戦の要となる中央の将校に戦い方を説明している。

「ライロス、力の強いやつを何人かファトストに貸してやれ」

 レンゼストは側近であるライロスに声を掛ける。

「ただし、拒馬を運ぶだけだ。大切な我の兵を、王は使いたくないだろうからな」

 暇を持て余した御仁が、王に戯れ始める。

「レンゼストよ、それはどういう意味だ?」

 王はそれに応える。

「ご想像にお任せします」

「意趣返しと取ってもいいのだな」

「我からは何も言いますまい。ただ我は、『女神トゥテクレ』の名の下に彼女に運を任せるだけです」

 二人の会話を聞いていたファトストの顔が曇る。

「ほぉ、その文言。これは狩だというのか。その心意気を高く評して、王の狩りを宣言しよう」

 その場に居た全ての将校が、レンゼストに目を向ける。口には出さないが、余計なことをと、それぞれの目が物語っている。

「おやめください。この程度の戦には勿体無いものです」 

「急に慌ててどうした? それは発起人としての気負いか謙遜か。どちらにしても、らしくないではないか」

 王は挑発するようにレンゼストを見る。

「正直にお話ししますが、肉は我慢できます。しかし、酒はお許し下さい。この戦に対して、そこまで気を注げません」

「肉ならば王の狩りにおいても、種類によって許されるが、酒はいついかなる時でも駄目だ。我慢してくれ」

「せめて、器で一杯だけの酒をお許し下さい」

「それを許すと思うのか? それならば、此度はどれほど大きな器を用意するつもりだ?」

「杯よりも小さき器です」

 レンゼストは言葉を詰まらせながら答える。

「それぐらいでは満足しないのではないか? それなら気にせずに飲むがいい。前と同じく、勝てば良いのだ。それなら何も問題はない」

「それならば我に陣頭指揮をお命じください」

「レンゼストは過ぎた話を穿り返す将ではないことを知っている」

 次の言葉が出てこないレンゼストは、ここで諦める。

 王はその姿を見て、笑みを浮かべる。

「それにだが、何か悪いことが起きたり負け戦となったら、狩の発起人が禁を犯したからだと、陰口を囁かれるだけだ。唯、それだけのことだ。そんなことでは、レンゼストの美髯は汚れぬままであろう?」

 レンゼストは体を揺らす。大きく息を吸い込むが、喉元まできた言葉を飲み込み、鼻から息を抜く。

「王よ」

 ファトストが間に入る。

「何だ?」

「一つお願いがあります」

「狩りは取り下げぬぞ」

「心得ております。この度の戦は、獲物を神に捧げる神聖なものではなく、愚かな侵略者を打ち砕くものです。王の狩りにおいても、『ディトゥイル』が適切だと思います」

「そうかもしれぬな、それではそのようにしよう」

「お聞き入れくださり、感謝いたします」

 肉は食べられることとなったため、将校の雰囲気はだいぶ和らぐ。

「それならば、ここで負けたら塩漬け肉すら次はいつ食べられるか分からんぞと兵達を脅し、今ある肉を平らげてくれ」

 王は気前良く言う。

 酒は禁じられたとしても、兵にとっては後のことを気にせず肉を食べ、体を休められるとなったら喜ばしいことである。今まで節制していた分、これにより士気が上がるのは確実となる。

「賢明な判断です。ただ一つ、今後は容易くそのような宣言は致しませぬよう、心にお留めください」

 後続が追いつく可能性が高いため食糧の補充は可能だが、兵站を確保できていない状況には変わりがない。それとなくファトストは王を諌める。

「分かっている」

 血気盛んな若者は聞き慣れたことのように、耳の辺りを指で掻く。

「王よ」

「何だ?」

 王はレンゼストに目を向ける。

「我からも一つ」

「申せ」

 王は頷く。

「ならば我は酒を断ち、許された肉を食らい、気を溜めます。その代わり、つまらない戦いをしたら容赦しませんぞ」

「狩に参加したくて堪らなくしてやるから、心配するな」王は笑う。「これで勝ちは揺るぎないものになったな」

 将校の顔を見渡した後、再び王は笑う。

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