第3話 プロローグ 軍評定 下
「拒馬か」
レンゼストの言葉にファトストは頷く。
「これを、間隔を空けて並べていきます」
拒馬の形状は単純で、先を尖らせた棒を対角線状に交差させ、必要に応じて連ねていくだけだ。そのため、決められた寸法というものはない。戦で良く使用されるというものではなく、立ち入り禁止や境界を知らせるものとして、大小様々なものが街の至る所で見られる。
「それを除去するまで敵兵は足踏となる。時間を稼げるのは理解したが、設置可能か?」
「可能です。外と内に二重に築きますが、時間のかかる内側の防御柵は、兵の背に隠れながら作り始めることで時間を短縮し、完成したらそこまで引いて戦います。外側の柵は弓の射程距離のやや内側に設置しますが、拒馬を使うため可能だと思います」
「完成したものを隊の中程まで運び、それを運び出すだけなら時間は十分あるな」
「相手はこちらが何を設置しているか分かっても、突撃はできません。頼りの騎兵は交戦中です。残された手は、いつも通りに着実に進軍することだけです。そんなことをしているうちに、こちらは畑に固定し終えているでしょう」
「悲しいかな、あいつらはどの獣にも例えられない、変わった性質を持っているな」
ファトストは一度頷いてから、敵の中央を拒馬の近くまで進める。
「途中、弓兵にて相手の行軍を抑えます」
「それぐらいなら、止まることなく詰めてくると思うぞ」
「狙うのはあくまでも、敵陣の後方にいる者達です。ここでは敵を止めることを考えていません」
「全くお前は、相手の嫌がることを好んでするやつだ」レンゼストの顔が綻ぶ。「熟練の兵や指揮兵を減らせば、それだけ乱れやすくなるためか」
「はい」
ある程度の歩兵と長弓兵をその場に残し、自軍を手前にある柵の内側に移動させる。
「一つ聞く。帝国兵を止める時には、堀や塀を使用してきた。そんな簡単なもので相手は止まるのか?」
「それは私も気になります」
興味津々といったファトストの一言に、レンゼストは思わず笑ってしまう。
「お前は良い性格をしておる。もうよい、隊列は崩せるのだな」
「必ず崩れます」
レンゼストは盤上を見つめる。
「その様を遠くから眺めてみたいものだ」
「きっと、とても良い景色だと思われます。ぜひ、隊の後方からお眺め下さい」
「お主は敵が襲いかかってくる景色も、中々なものだと知っているな。後ろにばかりいないで、昔みたいにたまには見にくれば良い」
「ご一緒できればいつでもお供します」
レンゼストはお荷物を抱えるのが嫌なようで、何度か手を振り不用なことを伝える。
「しかし、常に他国を侵略する愚か者の集まりのくせに、戦い方は至って真面目。理解に苦しむ」
「初戦から手の内を全てこちらに晒してくれていますので、気立についても申し分ございません。色々と試させていただき、今後に役立てたいと思います」
「確かにそうじゃ」
レンゼストは立ち上がって、自分の駒を手に取る。ファトストは静かに、王の駒の近くに手を近付ける。
レンゼストは口惜しそうに、駒を持ち直す。
「その他にも、歩兵と弓兵とで拒馬を取り除こうとしてくる相手の軽装歩兵を妨害しつつ、枯れ草に火をつけさせ煙幕を張ります。諸々のこちらの動きを隠してくれるだけでなく、相手の弓兵の腕からして、これぐらいで的を外してくれるでしょう」
「狙わずして射られた矢に、当たる当たらないは運次第というわけか」レンゼストは髭を撫でる。「どうせなら、その枯れ草に何か仕掛けろ」
「それならば、火に燃えると酷い痒みを引き起こす汁を出す木が、この辺りにはあるそうです。それが足に刺さるようにして、適当に仕掛けておきます」
「ちょうど良いな」
レンゼストが「クククッ」と、笑うのを見て、ファトストは呆れる。
「なぜいつも、敵味方など関係ない策を望まれるのですか?」
「笑い話のためだ。酒の肴は、数が多い方が良い」
「どうぞ、ご自分の足元には、十分お気を付け下さい」
レンゼストは「減らず口を」と、鼻で笑い、「それだけ馬鹿にされて時間を稼がれるのだ、帝国兵どもは怒り狂うだろうな。それで、どちらで決めるつもりだ」と、東西の駒を見る。
「東です」
盤上の東側には騎兵が多く配置されている。ファトストはそれらを縦に長くして、敵騎兵の前に並べる。
「川沿いのため平地が多いですが、畑と川までの距離はそれほど離れてはいません。広く展開できないので、決着まで多少の時間がかかるのが予想されます」
続いてファトストは、反対に位置する西側の駒を手に取る。
「こちら側は、多少強引でも攻めていただきます。一部隊、山沿いを駆け上がりますので、早急に決着を付けて下さい。ここでの戦いが後々効いてきます」
進められた駒と連動して、西側の将に気が入る。自軍の騎兵を進め終えると、敵騎兵を盤上から退かす。
「その後、騎兵は帝国兵と傭兵の継ぎ目に向かって下さい。他の兵はそのまま押し上げます」
空いた隙間に騎兵を斜駆けで配置する。
「西側の傭兵を全て敗走させられれば良いのですが、その前に敵の重装歩兵がくるでしょう」
傭兵を取り除き、重装歩兵を代わりに置く。
「重装歩兵の登場にて、戦局が変わったことを装います。ただ単に押し返されるのではなく、戦線が薄く広がるように後退してください。より多くの重装歩兵を、西側に集めるようにお願いします」
全体的に敵の重装歩兵を西側に動かして、帝国軍有利の状況を作る。
次にファトストは、東側の敵騎兵を盤上から退かす。
「西側の働きによって重装歩兵からの脅威が無くなったと感じたら、敵騎兵を撃退し中央の挟撃に入ってください」
前の駒を挟撃に向かわせ、後ろの駒をその横に並べていく。
「前が空いて馬が気持ちよさそうだな」
「はい。先ほどまで前が詰まって走れなかったため、さぞ嬉しかろうと思います」
川沿いを走れば敵本陣へと続く道が現れる。
「あとは戦の流れでどうとでもできるな」
「はい。東から中央を制し、西の戦況を逆転したら、中央を押し上げます。レンゼスト様が後ろで待機してくださるだけで、兵には安心感が生まれます。今は、いち早く屈強な兵を育て上げることが大切です。ご理解ください」
それを聞いたレンゼストは髭を撫でる。
「理解した、策を認めよう。しかし、本格的に重装歩兵が参戦してきたら我が相手をする」
ファトストは安堵の表情を浮かべる。
「その点について危惧していました。寛大な対応を感謝します」
「何、たまには休めこの年寄りと、若と小僧に忠告されたのでな。楽をさせてもらおう」
レンゼストは手に持った駒を前に出す。ファトストはそれを受け取る。
王の駒の後ろに自分の駒が置れた瞬間に、レンゼストは「ほぉ」と、一言だけ声を漏らす。
確かにすっきりとした良い陣形だと、素直に感じられた。
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