第5話 とあるエピソード 評議
次の戦は焦る必要はない。
主だった将は野営地にて王の元に集まり、今後の戦について評議が行われた。
「このまま砦を囲み、一気に攻め立てれば宜しいのでは?」
レンゼストの意見に数名が頷く。しかし王と、その傍らで己の存在を消している者は、頷く事はしない。
王が頷かないのは分かる。皆の意見を聞き入れ、諸々を勘案しなければいけないからだ。
「お主が頷きさえすれば、事が進むというのに」
レンゼストは不服そうに髭を撫でると、己の視線に気が付きながらも視線を合わせようとしない、ファトストに向かって聞こえる様に独り言を呟く。
それでも尚、ファトストは朧げに視線を地に落としている。
「またあれこれと良からぬ事を考えおってからに。戦に勝ったというのに、辛気臭いやつは嫌じゃのう」
話を振られたライロスは、無言のまま苦笑いを浮かべる。
王の御前ということもあって言葉を控えるライロスが面白くないのか、レンゼストは「ふん」と鼻を鳴らす。
するとそこへ、馬の蹄音が聞こえてくる。
爪音は陣幕の入り口付近で止み「ブルル」との鳴き声と、馬が体を振る音と共に「よく頑張ったな」との声が聞こえる。
「やっと戻って来たか」
リュゼーの言葉にレンゼストの顔が綻ぶ。
兜を脱ぎながら陣幕内に入って来た男に「道草でも食っておったのか?」とレンゼストは笑い掛ける。
「レン爺、その言い草だと俺の帰りを待ち侘びてたみたいですね」
「おいチェロス、王の御前だぞ。慎まぬか!」
チェロスはリュゼーに向かって軽く舌を出す。リュゼーは「いつまでも子供の様なことをしおって」と呆れ、王に向かって「私の不徳の致すところ。お許し下さい」と頭を下げる。
王は口元を緩ませる。
「よいよい、我が主はそんな些細な事など気にはせん」
レンゼストの言葉に、ライロスは再び苦笑いを浮かべる。
「それよりどうだ?」
「出来る限りの敗走兵を、砦の中に送り込んでおきましたよ」
レンゼストは「そうか」と手を叩く。
「帝国兵って分かるやつには弓を射掛けて戦力は削いでおきましたので、お望み通り砦の戦力増強にはさせませんでしたよ。傭兵の影響力を強めるおまけ付きでね」
傭兵と帝国兵とを人望で繋いでいた指揮兵が、敗走中に戦線離脱したと報告が入っている。その他にも、戦闘中に良い動きをしていた部隊の指揮官数名がこの戦から姿を消した。
「予定通りで問題ありません」
チェロスはファトストに向かって頭を下げる。
これにて手筈は整った。
チェロスはリュゼーの横に腰掛ける。従者から差し出された杯の水で喉を潤しながら、鼻を高くして横目でリュゼーを見る。
「痛っ。まったく、素直に褒めることはできないのかよ」
「お前は褒められる以上に粗相が多い」
チェロスは水差しを手に取り、杯に水を注ぎ入れる。
「さあ、どうする?」
二人のやりとりを楽しそうに見ていたレンゼストが、急かす様に声を上げる。
王はファトストを見る。
それを受けてファトストは一歩前に出る。
「当初の予定通り砦の近くに陣を敷き、相手に圧力を掛けることで内乱を引き起こさせます。この策で重要なのは、こちらの損害を最小に抑えて、後々の戦を運びやすくする様に事を進めることです」
王の前に置かれている付近図を指差す。
「先ずはこちらに陣を引き、敵に見える所で攻城兵器を組み立てていきます。心理的影響を強めるために投石機は組み上がり次第、順次投入していきます」
「砦の包囲は如何程にする?」
力攻めとなった場合、先陣を任されるリュートが質問する。
「兵糧攻めは考えていませんが、厳しくしたいと考えています。砦より兵の逃走が多くなればその分の動揺は大きくなりますが、帝国兵の割合を大きくしたくありません。しっかりと蓋をお願いします」
「揺さぶりはどうする?」
頭の中に何やら作戦があるのか、リュゼーが問いかける。
「初期段階では考えていません。場合により離間や砦内へ侵入し流源の類を仕掛けていきますが、逃走兵が砦内へ流入した現在の様子が把握できていないので、分かり次第の対応に成らざるをえません。最も、早い段階で仕掛ければ仕掛けるほど、こちらの思惑通りに事が進むのは明白でしょう」
チェロスが口元を拭きながら手を挙げる。
「必要だったら一部隊分の帝国兵の鎧、綺麗なの見繕って揃えてますんで言ってください」
ファトストの表情が変わる。
「そういうことは早く言え」
リュゼーはチェロスを軽く窘める。
「兄貴だってそれぐらいのことは俺がしてくるって分かってて、こういった話をしてるんだろ?」
「利いた風な口をきくな」
チェロスは小さく「いてっ」と声を上げて、「兄貴の褒め方は歪んでんだよ」と頭を触る。
ファトストはリュゼーに視線を送る。
その視線を受けて直ぐに立ち上がり、王に頭を下げたあとにリュゼーは陣幕から出ていく。チェロスも立ち上がって頭を下げると、「人使いが荒いんだよ」と嬉しそうに後を着いて行った。
「小賢しいことを」
レンゼストは嬉しそうに鼻で笑う。
「策は変更となりました」
ファトストは、地図上に置かれている駒の位置を直す。
「変更とは妙なことを言うのだな」
レンゼストは駒を動かすファトストに視線を向ける。
「その駒の位置だと「こうなったら良い」と独り言の様に言いながら、この評議の前にぶつぶつと話をしていた策ではないか。お主はこれを変更と思っているのか?」
ファトストはそれに答えずに駒を並べ終える。
「それでは策を示します」
「その必要はあるか?」
言葉を遮る様にして、レンゼストは周りにいる者の顔を見渡す。殆どの者が必要ないと首を横に振る。
「評定にて決まった策よりも、今から説明しようとしている策の方を熱心に説明していたではないか。心配性のお主が確定の様に話していれば、誰しもがこの策になるのだという察しはつく。今から同じことを聞かされるのならば必要ない、全くの無駄じゃ。それどころか、我は当初の策などすっかり忘れてしまったわ」
豪快に笑うと王の顔を見る。
王は肘掛けに頬杖をついたまま首を縦に動かし、父ほど歳の離れた、少年の様な顔をするレンゼストからの申し出を認める。
「皆の者、王より許しが出た」
従者により水差しがさげられ、酒瓶が用意される。
陣幕内にいる全ての者が杯を手にする。
「戦場に散った者たちのために、今宵は皆で掲げようぞ」
レンゼストは注がれた一気に酒を飲み干し、空になった杯を天に掲げた。
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