第2話 プロローグ 下

「ならば何をご心配されておる」

「いや、王のいる位置が気になりまして」

「位置、とな?先陣とはいえ戦の場からは離れており、危険という風には思えんがのう」

「相手も必死に戦っております。負け戦となったとしたら、どうされますか?」

「より多くの相手の兵を道連れに。だな」

「間を置かぬところが、貴方らしい。しかし、一人すら倒すのが難しい一兵卒だとしたらどうでしょう。どうやったら、一人だけでも敵を倒せるか考え、その中で何人かは、たとえ一人だとしても相手に有効な手はどれかを考えるものが出てくるか分かりません。それを極限まで突き詰めると、誰にいきつきますでしょうか」

 王を心配する言葉を言いながら、刻一刻と動く戦場をくまなく観察しているファトストにレンゼストは苦笑いを浮かべる。

「その性分だからこそ助けられた場面も多々あるが、考えるのが仕事というのは難儀じゃのお」

 以前、心配性の軍師はそれを自分の性分だと語った。

 そのファトストから生み出される計らいにより、助けられたことは数知れず。だからこそ目の前の敵に集中することができ、託された策に対して全力をもって遂行することができる。

 レンゼストの皮肉の中には敬意も込められている。

「喋り辛いからとあんなに嫌っておった兜も、お主の言い付け通り最近ではしっかりと被っておられる。王には慢心もぬかりもないようにみられる。相手の刃は届かぬのでは?」

「相手には届く武器がないとお思いですか?」

 投げかけられた言葉に、レンゼストは瞳だけを横にずらす。

「それは帝国が新たに開発したという、最新の弓の事か?」

 顔つきが変わったレンゼストは、身体ごとファトストの方を向く。「ここに配備されていると?」

 その問いにファトストは、「それはないでしょう」と首を振る。

「この状況で使われていないところをみると、その可能性は低いと思われます。それに最新とはいっても弓は弓。他の弓同様に、遠距離になればなるほどその危険性は減ります。あの場所ならばそれほど危険はないと思われます。しかし、距離の問題がでてくるとなると、我が軍にはマイナスになってしまいませんか?」

 言葉の意味を読み取ったレンゼストは、王の近くで戦っている西側の兵と離れた兵を見比べる。

「我が部隊は王が前線で指揮をとると見違えるように変わる。同じ先陣内であってもあの違い。確かに難しい問題じゃな」

「近衛兵の目もあるなかで、なによりあの王です。たとえ距離が近くとも、矢に気が付けば避けられるはずです。しかし、今のように兵を鼓舞している最中でも身の危険に気が付くことができるか、そこが心配するところであります」

「矢の威力だけならず、毒の危険性もあると」

 自分の名を汚す事を厭わずに手段を選ばぬ相手ならば、その他の危険も尽きることはない。

「兵器は常に変化しています。相手の武器により、こちらの戦術も変えなければなりません。難しい問題に答えが出ず、先ほどより苦しんでいます」

「この戦の勝ち方を考えつつ、我が軍の未来についても考えておられる。つくづく軍師様というものは難儀ですな。お主のように成れるとも思わんが、成ろうとも思わん。やはり我はお主の策にのって剣を振るい、弓を射る方が性に合っておる」

「いやいやこちらとしては、戦況に合わせて策を組み立て直す将軍に感服しております」

「ははは。お主に言われると少々むず痒い気がするわい」

 レンゼストは、横に立つ兵から兜を受け取る。「さて、もうそろそろこの戦も終わりでしょうな。指揮は我が変わり、王は安全な所まで引いていただくとしましょう」

「大変でしょうが、よろしくお願い致します」

「なに、「軍師殿が小言を言いたいらしい」と言えば、諦めて直ぐにでもこの場へ来ましょうぞ」

 レンゼストは笑いながらその場を後にする。近くに寄ってきた各部隊長に指示を出し、兜を身につけ先陣へ向かうため手綱を握った。

 遠くなるレンゼストの背中を見ていたファトストだったが、西側に僅かだが変化が起きる。それに合わせるように自分の隊に準備をさせ、伝令も新たに呼び寄せた。


 思惑通り、王は前線より離れることは無かった。

 レンゼストがこちらに向かっているのに気が付いた王は、ここが好機とみてそのままレンゼストを主戦場である中央に向かわせた。

 中央の憂いが無くなった王は、懐刀のレーゼンとライマルを手足のように使い、助攻から挟撃、救援をこなし早々に西側の決着をつける。

 東側では、馬上から地に伏せる敵将を見下ろすリュートが、己の武を示すように赤く染まった矛で天を衝く。その光景を目の当たりにした帝国側の兵は恐れ慄き、王国兵の喚声により散り散りに敗走を始める。

 野戦では入り乱れる人により視界は遮られ、敵を前にして剣を振るう兵達には戦の状況は分からない。湧き上がる声は敵のものなのか味方のものなのか、こちらは勝っているのか負けているのか分からぬ状態で必死に戦っている。

 しかし、気というものは伝搬する。

 東西から湧き上がったものが中央に伝わると、勝利を掴むために戦う者によりそれはどんどんと濃縮されていく。その気はレンゼストの登場により王国兵側で爆発が起こる。そして、勢いのまま敵を怒涛の如く飲み込んでいく。

 こうなっては両の翼を折られた帝国軍に為す術は残されていない。あっという間に、鯨波をあげて襲いかかる王国兵に本陣付近まで押し込まれる。

 レーゼンとライマルは王の元を離れ、中央の動きに合わせ器用に隊列を変えながら、互いに競うように帝国兵を屠る。

 リュートは錐のように隊列を組んだ騎馬隊の先頭で声を荒げながら、無秩序に敗走を続ける敵兵の中を火球のように一直線に駆け抜けて本陣に喰らいつく。

 リュゼー隊により退路遮断の報を受けたファトストは、敵本陣の軍旗が揺れるのを目にすると静かに目を閉じる。

 一瞬だけ時が止まったかのような静寂が訪れた後、この戦で一番の鬨の声が上がる中、リュートの矛が再び天に聳え立つ。

 縦横無尽に戦場を動き回ったレンゼストは戦の終わりを感じると、軍全体の中ほどまで引いた王の元に赴き、馬上にて言葉を交わすと小競り合いが続いている箇所の平定に向かった。

 王はその場にとどまり戦場を見渡す。

「どうだ?」

 王は自分に近付いてきたファトストへ声をかける。判断に迷う時には必ずといっていいほど近くにいるこの男に対して、王は絶大な信頼を置いている。

「頃合いかと」

 問われた臣下は恭しく頭を下げたのち、王と目を合わせる。

「よし、キーヨ勝鬨だ」

「はっ。皆の者よく聞けー」

 発せられたキーヨ・クリンスターの叫び声により、戦場にいる兵は戦の終結を知る。

 王国の兵はあちこちで声を上げ、投降に促されて戦意を失った敵の兵は武器を手から離す。

 本陣のあった場所に留まり将と運命を共にすることを決めた帝国兵は、力尽きるまで剣を離すことは無かった。

 その様を見終えた王は剣を収める。兜に手をかけると、「それは後ほどで」とファトストに声をかけられる。

 王は何も答えずにファトストの方を見る。

「ここは未だ戦場。あなた様がおられなくなったら、この軍は崩壊致します。もうしばらく我慢なされますように」

 師の言葉に兜から手を離し、王は今一度戦場を見渡した。

 その姿にファトストは、先代のクリスト王の姿を重ねる。

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