金の盾と青い牢獄 第1巻 β版

村岡真介

第1巻 怪物編

 金の盾と青い牢獄


 はじめに


ある日突然城の地下から怪物が出現する。怪物は次々に街を蹂躙し破壊の限りを尽くす。怪物に父を殺された少年サキヤは助け出した奴隷の少女ミールと、ジャン、バームという軍人と怪物を追い旅に出る。一方同じく姉と祖母を殺されたカルムもまた復讐の誓いを立てる。その事変をきっかけにオーキメント共和国とドーネリア王国が戦争に突入する。軍内の権力争い、その陰で暗躍する者たち……すべての人々を巻き込んだ一連の出来事に大陸が鳴動する!



 目次


怪物

もう一人の復讐者

旅の朝

宣戦布告

ニカラベの洞窟

王の狂気

教会での惨劇

ジャンの秘策

復活

怪物の最後





   怪物




 ここはオーキメント共和国。大陸の最も東に位置する、カリムド正教を崇拝する原理主義国家である。

 辺境の地アルデオ島にあるカジマル城で、兵士二人が砲台で見張りをしていた。

「うぅ、寒い寒い」

 兵士の一人がテントの中に入ってきた。そこにはもう一人の兵士が、毛布にくるまって暖をとっている。

「それ見つかったら曹長にどやされるぞ」

「そうでもしなきゃ凍死しちまうよ!」

 同僚の兵士が叫ぶ。

「うぼー!」

 砲台の裏手にある地下室に通じる円形の空気孔から、なにやら叫び声のような音が小さく聞こえてくる。

「まただ。何なんだろうな、あれ」

「さあ、知らねぇ。猛獣でも飼ってるんじゃねーの?」


 口にバスケットの持ち手を咥えてトントントンと砲台へのはしごを登って来る若者がいた。はしごのてっぺんまで来るとすぐさまテントの中に入っていった。

「はい父ちゃん、晩ごはん」

「おーサキヤ、待っていたんだ」

 バスケットの中には、大量のサンドイッチが詰め込まれていた。

「ほらサキヤ、一つ食っていけ」

「いいの?じゃあこれ」

 サキヤは玉子と、ベーコンとレタスが一緒に挟まれているやつを手に取った。そして無心にかぶりつく。

「あーそれおれが一番狙っていたやつなのに!」

 三人で笑いあう。

 父はにこにこしながらサキヤの食べる様子を見ていた。


 ここは城の地下実験場。男の死体が運ばれてきた。研究員たちが左足と思われる所に死体を寝かせ、黒いローブを被った魔導師が長い呪文を詠唱すると、死体はどろりと左足に取り込まれ、一体化していく。

「いぎゃうわー!」

 苦しみの絶叫。

 その左足の持ち主は、体長二十メートルはあろうかという、全て死体からできている人型の怪物であった。あともう二体の死体で出来上がるはずだったのだ。

 しかしここにきて暴れかたがひどくなってきた。鉄のチェーンを両手、両足に巻かれ、身動きができないはずなのに、力いっぱいにまずは右手を思いきり引っ張ると、なんとチェーンをミシミシと引きちぎってしまった。

 次は左手、次は右足、最後の左足は筋力が足らなかったのか無理やり引っ張ると、足首から下がもげてしまった。

「麻酔だ!麻酔を持ってくるんだ!」

 研究員たちが右往左往するなか、自由を得た怪物は、のっそりと立ち上がり明かりが入ってくる空気孔に向かっていく。足首から先がない片足を引きずりながら。

 研究員たちが特大の注射器を持ってきた。しかし怪物が振り返って、その注射器をぶん!と払いのける。

 ガシャンと横の壁に吹っ飛ぶ注射器。麻酔は全て流れてしまった。

 空気孔に飛び移る怪物。身をずりながら上へ上へと進んでいく。出口にある鉄柵を拳で殴りつけ、体をよじり出す。

「うばうわー!!」

 晴れて自由を手に入れた嬉しさか、怪物はひときわ大きな声で咆哮する。


 驚いたのはサキヤたちであった。テントを出て怪物を見ると、頭には巨大な右目とアンバランスな小さな左目。鼻はただれ穴が一つで口は耳元まで裂けている。その顔を見て仰天する。

「ヤバい。砲台が届かない!」

 後ろから出てきたので前を向いている砲台を回転できないのだ。

 ズシン、ズシンとこちらに近寄ってくる怪物。手を上げるとサキヤの父をぶんと横に払った。

「ぎはあ!」

 父は砲台の縁に頭をぶつけた。

「父ちゃーん!」

 サキヤが駆け寄ると父は震える手でサキヤを抱き、「母ちゃんを守っ」

 ガクンと崩れ落ちた。

「ちきしょー!」。絶叫するサキヤ。

 振り返るころには怪物は砲台から軽々とジャンプし、着地すると町の方へ向かって歩き始めた。

 相方の兵士が大砲をぶっ飛ばすも、怪物の体に命中し爆発してもびくともしない。

 サキヤははしごを降り、怪物を追う。復讐心と父を失った悲しみとがないまぜになって泣きながら走って行く。

 怪物は、目に入る建物を見境なく潰して回る。ある家屋は踏みにじられ次は両手で壊され。

 サキヤは怪物に追い付いた。しかしサキヤにはどうしようもない。

 しばらく歩きながら追っていると、この寒空の中、チェーンで門につながれた十六歳くらいの少女に怪物が迫る! あきらかな殺意を持った憎しみのまなこで、その拳を上げた。

 拳が、少女に振り降ろされる。サキヤが走る!ギリギリのところで少女の腰を抱え、その拳からひっくり返りながら逃れると、怪物の拳は、なんと少女をつなぎ止めていたチェーンをぶち切ってしまった。

 少女の手をとりサキヤは路地裏に入る。怪物はまたズシン、ズシンと去って行く。

 破壊の限りをつくされ、町は逃げ惑う人々でパニックになっていた。

 怪物は西へ西へと向かう。空が暗くなってきた。家屋から火が出て燃え広がり、町中が火に包まれる事態となった。

 それを怪物は振り返って見ながら

「ぎゃぎゃんばー!」

 と喜びのような大きな声を上げるのだった。


「おれはサキヤ。君は?」

 大通りを覗き見ながらサキヤが少女に聞く。

「わ、私はミール」

「なんでこの寒い中、門なんかに繋がれてたんだ」

「私は奴隷なの。あの縫製工場でお針子をしていたの。でも仕事でミスをしてしまって」

 サキヤはニコリとしながら言う。

「じゃあ今日で奴隷もおしまいだ。君をつないでいた鎖が切れたんだから。これからうちに行こう!その手枷をノコギリで切り取ってやる」

「うん」

 少女が初めて笑った。

 阿鼻叫喚の叫び声をあげながら逃げ惑う人々。怪物は砂浜に出ると、人々が見まもるなか、ザブンと海に入っていった。大陸を目指して。


 サキヤの後を鎖を引きずりながらついていくミール。

「ちょっとここで待ってて」

 サキヤは家の中に入っていく。

 父の死を母に告げると、母は脱兎のごとく玄関を出て、城へ向かった。泣き叫びながら。

 サキヤは倉庫からノコギリを持ち出してミールを中に入れる。薪ストーブをガンガンに燃やし、椅子を持ってくるとミールを座らせる。

「鉄でできてる手枷か。切れればいいんだが」

 ズリっと挽いてみる。キズが入る。

「うん、時間をかければなんとか切れるだろう」

 サキヤはミールに笑顔をみせる。その顔にほっとするミール。

 サキヤはガリガリノコギリを挽く。安堵とストーブのぬくもりで眠くなるミール。

「いつから奴隷になったんだ?」

「十歳のときから。お父さんが大きな借金をして」

「ろくな親じゃねーな。あ、ごめん」

「いいのよ。わたしもそう思っているから」

 会話はそれだけでまた黙々と手枷を切るサキヤ。

 三時間ほど寝ただろうか。見ると左手の方は切れていた。

「今度は右だ」

 手枷をどかせ、右側を切り始める。

「寝ていたらいい」

「うん」

 実直なサキヤに心引かれるミール。じっとその手を見つめる。

 しかし睡魔には勝てない。ずっとうとうとしていると。

「やった!」

 ミールは飛び起きる。両手の手枷が取れていた。思わず二人は抱き合って喜ぶ。

「これで君は自由だ!」

「うん!」


 昨日の怪物騒ぎの調査のため、軍の先見隊の一団が燃えてしまった町を見て回っていた。

「ひでーな、こりゃ」

 隊長のジャンが、相方のバームに言う。

「ほんとだな、怪物一匹でここまでやられるとは」

 バームがうなる。

 町は見る影もないほど焼け落ち、辺りは焦げた匂いで被われていた。

 食料調達のため、町の食料品店をのぞくと、二人の少年と少女が火事から逃れたパンに食らいついていた。

「お邪魔するよ」

 ジャンがノックをしながら入ると、サキヤが場所を譲る。

 皆がそれぞれパンだの缶詰めだのを物色し始める。

「お前らはどういう関係なんだ。兄妹か?」

「違います。怪物に襲われそうになったこの子を助けてあげたんです」

「怪物を見たのか」

 ジャンが問う。

「はい、カジマル城の空気孔から出て来たところから見ています!」

 バームが割り込んでくる。

「そりゃ聞き捨てならんな。怪物は城から出て来たんだな。うーむ」

 パンをあらかた食い終えたジャンがサキヤに言う。

「小僧、お前も一緒にこい!事情がよく分かっているようだ。名前は?」

「サキヤです。サキヤ・クロード。この子はミール。行き場のない子です。連れていってもいいですか」

「おー、構わんぞ。かわいい子じゃねーか。惚れたな、お主」

「そ、そんなんじゃないですよ!」

「冗談だよ、冗談。よし、俺とバームは、本部に帰って報告をする。あとの三人はカジマル城へ行って聞き込みだ。解散!」

 ジャンとバームの後を付いていくサキヤとミール。これがとてつもない旅になるとはまだ知るよしもなかった。




   もうひとりの復讐者




 サキヤらは海を渡り、大陸の先端にあるボートランド州の砦に到着した。砦の中では大勢の兵士たちが忙しそうに行ったり来たりしている。ジャンによれば、これからアルデオ島の瓦礫の撤去作業と、死者、行方不明者数の確認などで大忙しになるとのことだ。

(母ちゃんも早くこっちに避難してくれよ)

 サキヤは空に願った。

「サキヤ、こっちだ」

 ジャンが砦の奥へ手招きをしている。サキヤは小走りでジャンの方に向かう。

「これから聞き取りがある。見たことをありのままに話すんだぞ」

「うん」

 サキヤは狭い部屋へ入れられた。

 小さなテーブルに向かい合った椅子が二つ。サキヤは片方の椅子のそばに立つ。

 年配の軍人がにこにこしながら表れた。

「君がサキヤ・クロード君だね」

 握手を求めてきたので応じる。

「その椅子に座りたまえ」

「同席させてもらう」

 ジャンが部屋に入ってきた。心強い。聞き取り官は露骨に嫌な顔をしたが、ジャンのほうが階級は上なんだろうか、何も言わない。

 聞き取りが始まった。


「まず、怪物を最初に見た場所は」

「カジマル城の地下へつながる空気孔です。テントを出た時には腰のあたりまで出ていました。そして大声で叫んだんです。『うばうわー!』とか、なにか、そんな」

「顔は見たのかね」

「はい、右目が異様にでかく、最初は一つ目かと思いました。横に付け足しのような小さな左目がありました。鼻の穴は一つで、口が耳元まで裂けていました。人間の顔じゃないです」

「ふーむ」

 聞き取り官は、眉を険しく寄せる。

「その怪物に父、ピアネ・クロードを殺され、怪物は地面に飛び降りました。同僚のサクベットさんが大砲を撃ちあてましたが怪物には全く通用せず、町を目指して歩き始めました。僕は階段を降り怪物の後を走っていくと、いま連れてきている女の子をその拳で殴り殺そうとしていたので、僕が救いだし路地裏に隠れました。すると怪物は町を破壊し始め、至るところから火の手が上がり始め。あとは見た通りの有り様です。僕が見て体験したのは以上です」

 サキヤは一気に吐き出した。

「うーむ」

 聞き取り官は、ペンを揺らしながら考え込んでいる。

「怪物は、城の裏から表れたと、そうだね、サキヤ君」

「はぁ?」

「だから城の裏から表れたと、君は確かにそう言ったね」

「ち、違いますよ。城の中から表れたんですよ。僕はこの目でしっかりと見たんだ!」

「それじゃあ困るんだよ、クロード君。君は歳はいくつかね」

「歳なんか関係ないでしょう!」

「だから歳は!」

 いきなり尊大にあごをあげ、大声になる聞き取り官。

「十八ですけど」

「だろう、もう成人じゃないか。大人の事情ってものを少しは察したまえ」

「フェアじゃないぞルーラ軍曹」

 ジャンが低い声で割って入ってくれた。

「しかし、ベルト中尉」

「大人の事情ってなんですか」

 サキヤが問う。

「ちょっと考えたら分かるだろ?この国の城から出てきた怪物が、この国の人々を殺し、町を蹂躙し、挙げ句の果てに大火で一つの町をケシ炭にした。これが世間に知れたら大変なことになる。早くいえば軍は何をしてたんだっていうことになるんだよ!」

 今度はルーラ軍曹が吐き出した。

 ジャンが結論をくだす。

「その事情も分かっている。しかし報告書には、サキヤが言った通りに書くんだ。そして極秘扱いにし早馬ですぐに大統領官邸に送り届けるんだ。分かったな」

「まあ、中尉がそう言うんならそうしときますが」

 少しむくれてルーラ軍曹は、書類になにやら書き始めた。

 外に出たサキヤはジャンに、腹がへったと伝える。

「もうそんな時間か。彼女と一緒に食堂にいけばいい」

「っから彼女じゃないですってば!」

 サキヤが殴る真似をするので、ジャンもボクシングポーズで返し、二人で笑い合う。

 尋問が終わった。


「カルムお前逆立ちできるか?」

 友達が逆立ちを披露する。

「俺が運動神経鈍いの、知ってるだろ!」

 カルムと呼ばれた十九歳の少年は、友達の足をつかみ、右に左にゆらした。

「やっやめろ、やめろー!」

 友達はぶっ倒れてしまった。そして笑う。

 怪物は想像以上の早さで大統領府へ迫りつつあった。

 街道沿いの町を容赦なく破壊していく。そしてついに大統領府へと歩を進めた。

 友達が噂話としてカルムに言う。

「いまなんだか大きな怪物がこの町に近づいているんだってさ」

「そんなバカ話信じないよ」

「いや大人たちが真剣に話しているのを聞いたんだ。間違いないよ」

「怪物ねぇ。デカいのか」

「二十メートル はあるって話だ。とんでもない大きさだそうだ」

 そこへ東の方角からなにやら建物を破壊する音が微かに響き始める。音の震源地はカルムの家の方角だ。

「俺、帰るわ」

 カルムは商店街を走り抜ける。そこで怪物と遭遇した。

 その異様な顔と姿にカルムは度肝を抜かれ絶句する。いままさに一つの家を踏みつけている最中だったのだ。

 カルムはうちに帰ると仰天した。うちの家が瓦礫の山と化していたのである。

「姉ちゃん!ばあちゃん!」

 リビングをのぞくと天井が壊され足の踏み場もない。カルムは必死になって土塀や天井のカスやらを手でのけていく。

(どうか、買い物にでも行っててくれ!)

 そう心の中で念じながら。

 ある程度掘ったところで足が出てきた。

(嘘だろ)

 カルムは必死に掘り進める。ばあちゃんが出てきた。もちろん息はしていない。

「ばあちゃん!ばあちゃん!」

 ぐらぐら揺らしてもどうにもならない。しかし、悲嘆に暮れている場合ではない。更に掘り進めると見慣れたオレンジ色のワンピース。

「姉ちゃーん!」

 姉が変わり果てた姿で出てきた。悲しいのに泣けない。現実感がないのだ。

「うわー!」

 カルムは床を殴りまくった。両親は既に亡くなり家族はこの二人だけだったのだ。

「復讐してやる。絶対に復讐してやるぞ!」

 カルムは裏庭に穴を二人分掘った。途中で雨が降り始めたが、そんなことはどうでもよかった。

 穴に二人の遺体を安置する。そして土をかけてゆく。気を張っていたのが緩んだのか、涙が溢れ出てきた。土をかけている間、大声で泣きわめいた。

 ポツンと一人台所でパンをかじりながら復讐の手立てを考えていた。剣などは通じないだろう。魔法だ。魔法使いになってやる。それこそ大陸一の。

 ばあちゃんや姉ちゃんのバッグから金を取り出し、旧市街地の方へ歩き出した。


 ここは大統領官邸。カルマン大統領が自室でタバコを吸っていた。横にはウイスキーのグラス。

 しかし、ここオーキメント共和国では厳格なカリムド正教が国教であり、その十三戒の中には酒とタバコは死にあたいする罪として、聖書に記載されているのである。

 いまでこそ戒めを破ったものは終身刑で許されるようになったが、その昔は頻繁に死刑が執り行われていたものだ。

「大統領、早馬で届きました」

 カルマンが書類に目を通す。怪物の詳細について書かれてある。

「今さら遅いわ!」

 もうすでに町は蹂躙され、ところどころから火の手が上がり明日の朝には変わり果てた全貌があらわになるのであろう。軍の半分をアルデオ島に回したのが運のつき。全軍を首都防衛に充てるべきであった。

「お気に召しましたかな?そのウイスキーは」

 闇の商人ヒームスが、新着のウイスキーを届けにきていたのだ。

「旨いぞ、このウイスキーは。次からこれを持ってきてくれ」

「ははー!」

 ヒームス、魔導師でもある。ここオーキメントと敵の隣国ドーネリア王国を行き来して財を成している。しかしただの闇の商人ではない、その真の狙いとは。




   旅の朝




「ファラウェイ様、ちょっとお耳を」

 ここはオーキメントの大統領官邸。ヒームスが大統領の近衛兵ファラウェイを暗がりに連れていく。

 このファラウェイという男、もともとは大陸の西に位置するアセンボルトという国の出身である。幼い頃父母と一緒に戦乱が続くアセンボルトを捨て、ここオーキメントに流れつき難民となったのだ。以来小さなころから剣を父から指南され、この道で食べていけるほどにまで上達した。その腕を見込まれ大統領の近衛兵に抜擢された。

 が、父が捕まった。タバコを吸っているところを見つかったのである。「俺はカリムド正教の信者ではない!」といくら叫んでも、原理主義者の裁判官にそんな抗弁は通じない。終身刑となり、二度と戻ることはなかった。

 ヒームスはそんな男に耳うちする。

「カルマン大統領は酒もタバコもやっております。鉄槌を下されるのがよろしいかと」

「なんだってー!?」

 ファラウェイは激怒し、即刻剣で叩き殺しに行こうとしたが、踏みとどまった。単に殺せばこちらの身が危ない。軍のトップと手を結ぼうと考えたのだ。

(時を待とう)

 ファラウェイはまずは耐えた。


 ボートランド州の砦で休養すること二日間。じっくりと休養も取り、英気が戻ったサキヤ。

「サキヤ、これから怪物退治にむかう。付いてくるか」

 ジャンの誘いにサキヤは

「もちろん行きます! 父の仇を討ちに」

「よし。じゃあ出発だ!それとサキヤ、これからは仲間となる。ため口でいい。俺はジャン・ベルト、もう一人のデカブツはバーム・ドリアーナ。ジャンとバームでいい。改めてよろしくな」

「分かった。ジャンとバームだね。こちらこそよろしく!」

 ジャンは軍剣を腰に差している。

「俺の武器はないの?」

「そう言うと思って用意したよ。短剣だ。扱いやすい」

 長さはおよそ三十センチほど。扱い易いがいまいち迫力に欠ける。

「大丈夫かな、こんなに短くて」

 ジャンが笑いながら言う。

「その代わりいいものがある所へ連れて行ってやる。『金の盾』が安置されている洞窟だ」

「なんだいそれ?」

「文字通り金色に光る小型の盾だ。これが強力でな、あらゆる魔法を防ぎ、剣で攻められてもびくともしない、最強の盾だ。まずはこれを手に入れる」

「へー」

「へーって、理解してないだろ!すんげー盾なんだぞ。神が作ったとも言われているシロモノだ。ここから西にあるドワイト山脈のワルム山の中腹にニカラベの洞窟ってー所の奥に安置されているらしい」

「ちょ、ちょっといっぺんに名前が出てきて覚えきれないよ」

 ジャンが笑う。

「はっは、『ニカラベの洞窟』だけ覚えておけばいい。あとは俺たちがそこまで案内してやるから」

「分かった。ニカラベの洞窟だね」

「それとサキヤ、その洞窟には『三つの試練』があるとされている。第一の試練は真っ暗闇の中、百の矢が前方から飛んで来るという。お前はそれをかわしまくらなきゃいけない。出来るかな~?」

 ジャンが脅す。

「そんな無茶な。真っ暗闇の中だなんて。いいよ松明を持っていくから」

「それがだな、松明は洞窟に入るとすぐに消えるんだそうな。残念でした」

 サキヤは頭を抱える。

「うわー無理だよー。で、第二の試練は?」

「情報はそこまでだ。なぜならほぼ全ての挑戦者が第一の試練で矢をいっぱいに浴びて、ほうほうのていで戻ってくるからだ。第二の試練を知る者はおそらく誰もいまい」

 ジャンがなぜかニヤニヤしながらサキヤの尻を叩く。

「じゃあ、もうそんな盾いらないよ」

「あの怪物と闘うんだろ?ではその盾がないと。殴り付けられたらおしまいだぞ」

「それはそうだけれども」

 そこへバームが旅支度をし軍槍を持ち、ミールとともに表れた。ミールもなぜか軍服になっている。

「よくそんなちいちゃな軍服あったな」

「女子隊員のものよ。似合っているかしら」

 ミールがもじもじいうと、ジャンがサキヤより先に声をかける。

「キマッてるぜ、ミール!」

「なんでジャンが言うんだよ!」

 笑いながら軽くどつきあう二人。

 そこへバームが、

「まず目指すはニカラベの洞窟だな」

「そうよ。どうせサキヤが矢が突き刺さった状態で入り口に逃げてくると思うから、ヒーラーを一人雇わなけりゃなんねーな」

「ヒールの魔法くらい俺が使えるぞ」

 意外なことをバームが言う。

「あぁそうだった。おまえ、ラミル流、あぁ言いにくいな。その、魔法剣士だったな」

「おうよ。どんなケガでも治せるぞ!」

 勝ち誇ったような笑顔を見せるバーム。これで一つのチームとなった。

 四人が円陣を組み、手を合わせる。

「ではニカラベの洞窟までしまって行くぞー!」

「おー!」

 晴れがましくスタートした四人。しかし隣国ドーネリアでは不吉なことが起きようとしていた。


「おう姫よ。マールよ!私たちをおいて行かないでおくれ」

 こちらはオーキメント共和国の西の隣国ドーネリア王国、野心家のフィリッツ・エレニア王が君臨する国である。この国もカリムド教を国教としている。しかし今のフィリッツの代になると、聖書に書かれてある十三戒の一つ、酒とタバコを禁ずる戒を事実上解放したのである。

 激怒したのはオーキメント側である。ドーネリアを「腐った国」と忌避し、みずからのカリムド教を「カリムド正教」と名を改めた。

 いらい、徐々に徐々に国交がなくなっていき、互いを仮想敵と見なすようになっていた。

 そこの第二王女マールが死の淵にいる。

 ガクリ

「マール!マール!」

 医者が心音や、脈、息などを調べている。

「お亡くなりになりました」

「マーーール!!」


 町をさすらうカルム。崩れ落ちずに残っていた食堂に立ち寄る。

 カウンターにすわると「パンとチーズとステーキ、それとトマトジュースを」

 注文の品が次々とカルムの前に置かれていく。まずトマトジュースだ。ごくごく飲んで一息つく。

 死んだような目をして食事を取っていく。食い終わるとまたトマトジュースのおかわりをたのむ。

 すると旅の冒険者が隣に座る。

「にいちゃん、浮かねえ顔してんな。あれか、身内が怪物に殺られたのかい?」

 カルムは無視してチーズを食べる。

「怪物に復讐するには剣じゃ駄目だな。体の内部を、爆発させなきゃな。それが出来るのは唯一メールド流だけだ。俺は自分を回復しながら闘うんでラミル流なんだよ。攻撃に特化した魔導師になるなら断然メールド流だな」

 カルムはその話に食いついた。

「そのメールド流とやらは何処に行けば教えてくれるんだ!」

 突然カルムが大声を出したので辺りはしーんとなった。

「それはステーキをおごってもらわなくちゃな」

 カルムはステーキを注文する。

「これでいいだろう。どこだ?」

「もう一つだな」


「人の足元を見やがって」

 もう一皿がカウンターにコトリと置かれる。

 冒険者はニヤリとする。

「ノリヤード・ストリートを右に入ると、大きなもみの木がある家があって、そこに婆さんが一人で住んでいる。その婆さんこそメールド流では三本の指に入ると言われている『キリウム』っていう術者だ。だが滅多なことでは弟子をとらないらしい。俺が知っているのはここまでだ」

 話しながらステーキをうまそうに食らう。

 カルムは勘定を済ますと、大通りへ走る。

 ノリヤード・ストリートには友達の家があるので何度か足を運んだこともある場所だ。土地勘もある。

 ノリヤード・ストリートについた。右へ曲がり、大きなもみの木を探す。

(でも、もみの木がある家なんてあったっけ?)

 何度も往復したが、それらしき家は見つからない。

「騙された。くそ!」

 カルムは夜の街の中、大声で叫んだ。




   宣戦布告




 カルムは怒り心頭に達し夜の路地を行ったり来たりしていた。

 こんこん

「痛い!」

 カルムは周りを見回す。しかし誰もいない。

 こんこん

 まただ。しかし夜の闇が広がっているだけ。

 こん!

「いたっ!」

 今度は、少し強くたたかれた。

「誰だ!」

「そんなことでは一人前の魔導師にはなれぬぞ!」

 カルムは真後ろを振り向いた。そこには杖を持った老婆がいた。この人がキリウムのようだと喜んだが仰天した。老婆は一メートルほど宙に浮いていたからである。

 大きなギョロりとした両のまなこと対称的な小さな口。濃いグレーのローブをきた老婆。まさに魔法使いである。

「あなたがキリウム様ですね」

「いかにもワシがキリウムじゃ。お主はカルムだな。ああ、答えんでもよい。心などお見通しじゃ。弟子入りしたいのであろう。まずは家に入って話を聞こう」

「家がありませんよ」

 キリウムが杖を一振りすると、空間が切れ大きなもみの木の生えた家が表れた。情報は間違っていなかったのだ。

 キリウムの後に続き門をくぐり小さな庭に入った。そこには洒落たテーブルセットと、なにやら小さな窯が。

「ウオンティア!」

 すると網に乗ったピザが空中に表れた。キリウムはそれをピザ窯に入れ、「フレア!」と唱え薪に火をつけ、楽しげに椅子に座る。

「いきなりできたてのピザを出すのも妙味がない。焼けるのを待つのがいいのじゃ。お主もそこに座らんかい」

 カルムは小さな椅子に腰掛ける。

「で、入門の動機はやっぱりあれか。怪物騒ぎか」

「はい。祖母と姉を怪物に殺されました。復讐しようと誓い、町をさ迷っていると、メールド流がいいと勧められ、こうして弟子入りにうかがった次第。いくら払えば魔法を教えてもらえますか?今手持ちは十万ガネル(一ガネル≒一円)しかないのですが」

「あーもう金などいらんわ。欲しい物は魔法で出すからな。欲っするは寿命よ。お主の寿命十年分をさしだすのじゃ。どうじゃ、その勇気はあるか?」

 カルムは身を乗り出す。

「もとより死を覚悟した身。十年などやすいもの!」

 キリウムはしばらくカルムの様子を見ていたがやがて口を開いた。

「その言葉本気と見た。弟子入りを許そう」

「ほ、本当ですか!」

 キリウムはピザ窯に行くとピザを出し、テーブルに乗せた。

「ま、これでも食いながら話そうぞ」

「はい!」

 キリウムが「セカーレ」と唱え、杖をピザの上で振るときれいに八等分に切れ目が入った。

 キリウムはその一つを取り、旨そうに食い始める。

(寿命は取られたがいい婆さんみたいでよかった)

 カルムがほっとすると、

「婆さんじゃない!師匠と呼べ」

 と、突っ込みを入れるのだった。


「ドーネリアに攻めこめー!」

「ドーネリアをぶっ潰せー!」

 大統領官邸は、群衆に囲まれていた。あの怪物はドーネリアの生物兵器だという噂が、枯れ草が燃え広がるが如く大衆に伝わったからである。

 それを見ているカルマン大統領。本当は怪物を作るように指示を出したのは彼なのだ。複雑な顔をし、ファラウェイを呼ぶとこう告げる。

「ドーネリアに攻め込む。ガジェルに伝えよ。それから下々には、軍を出すと触れて回れ」

「は!」

(大統領令を出した時がお前の最後よ)

 ファラウェイは胸を弾ませながら階下へ下っていった。


「と言う訳で酒もタバコもやっております。言っていることと、やっていることが正反対。これは鉄槌を下すべきかと」

 ここはガジェル将軍の邸宅。ファラウェイが、カルマンの意向を伝えに来たのである。

「で、お前がカルマンを討つと」

「父の仇にて。そういうわけで、私があの男を殺せばあなたが次期大統領です。悪くない話と思いますが」

「軍を出すと触れ回り戒厳令をしき、治安維持のため、あくまでも民衆を守るために大統領制から軍制に移行すると。よきことではないか」

「では、その方向でよろしゅうございますね。ガジェル将軍」

 ガジェルは部下を呼び、軍の集結を宣言する。

「これで軍が動きだす。この大統領令が、あの男の最後の仕事だ」

 ガジェルは、ファラウェイの耳もとで呟く。

「ミスをするなよ」

「は!」

 ファラウェイは立ち上がると一礼をし、ガジェルと目を合わせニヤリと互いに笑い、邸宅を出た。


 ウーーーッ

 真夜中の町に響きわたるサイレンの音。

「戒厳令だ!」

「軍が出るぞ!みんな家に帰るんだ!」

 この町の裏山の訓練場に、軍が集結していく。

 その規模二万人。西側の州も合わせて行くと四万人の大部隊となる。

 早速斥候が西側の州に散らばり開戦を知らせに行く。一気にあわただしくなった。


 ファラウェイが官邸に戻る。

「大統領令をガジェル将軍に伝えてまいりました」

「ご苦労」

「大統領」

 カルマン大統領は酔っ払ったままファラウェイの方を向く。

 ファラウェイは問う。

「酔ってますね。しかもタバコがこんなに……」

 月明かりの中、ファラウェイは問答無用で大統領を剣で突き通す。

「ぎゃー!な、なにを血迷っている!」

「俺の親父はなあ、カリムド正教の信者でもないのにタバコを吸っただけで終身刑になってなあ、三年前に死んだんだと。父の仇だ。思い知るがいい!」

「見逃してくれ、金なら」

「欲しいのはお前の命だけよ!地獄の苦しみを味わわせてやる。フレア!」

 ゴーッと炎がカルマンを覆う。

「ぐぎゃー苦しい!」

 ひくひくと痙攣 どたりと死んでしまった。

 父の仇を取ったファラウェイ。はぁ、はぁと肩で息をしている。

 その時!

 ガジェル将軍つきの憲兵が、十人ほどかけ上がってきた。

「な、なんだお前ら!」

「ガジェル将軍が、貴様を処罰しろとの命令だ。覚悟しろ」

「な、なんだってー!汚いぞ。ガジェルのやつー!」

 ファラウェイ、腕はたつとはいえ、しょせん十人に取り囲まれては敵わない。次々と斬りつけられていく。

「末代まで、祟ってやる」

 首を跳ねられ、絶命した。


 ガジェル将軍が軍の前に出て演説をする。

「カルマン大統領がこの騒ぎに巻き込まれ暗殺された」

 一同がどよめく。

「しかしその犯人は、すぐに殺されたそうだ。よってこれからは大統領制から軍制へ変わる。治安維持の為だ。民衆を守るには、これしかない。その辺りの事情を汲み取るように」

 ざわざわする兵士たち。しかし士気は落ちない。

「これから憎っくきドーネリアとの果たし合いだ。皆、全力で戦おうぞ!」

「おー!」

 と叫び声が唸りをあげる。進軍が始まった。


 こちらはサキヤら一行。山の近くの城に宿をもとめてやって来た。

「我々は、あの怪物を退治するように大統領から差し向けられた魔導師の一団にございます。よければ一宿一飯、お願い申し上げます」

 ジャンが嘘八百をならべたてる。

 城の主、メヒーノ大官が面倒くさそうにジャンに答える。

「分かった、分かった。よきにはからえ。おーいだれか!」

 従者がやって来て片膝をつく。

「この者たちに食事と、客室を貸してやれ。これでよいな」

「は!この恩義一生忘れませぬ!」

 あやうくこの寒空の中の野宿だけは避けられた。

 部屋に入りベランダから外を見ると、あわただしく軍人たちが大統領府の方向に向かって移動している。声をかけると、

「ついにドーネリアとの戦争が始まったんだ!それで皆召集され、あわてて集まっているところさ」

 バームが驚く。

「ドーネリアと戦争だってー!?」

「戦争?どういう経緯か、まったく見えないな」

 サキヤが心配そうにジャンに問う。

「じゃあドーネリアには渡れない可能性が」

「そうだな。なきにしもあらずだ。いいか、人に聞かれたらさっきの通り怪物退治の魔導師の一団ということにするぞ!」

「おお!」

「ここからは厄介な旅になりそうだ」

「刺激的でいいんじゃない?」

 と、サキヤが楽観的なことを言う。

「そうだな。そういう考え方もありだな」

 ジャンが眉を寄せながら笑った。


 ガジェル将軍が文を早馬に渡す。それは大統領印も押された、正式な宣戦布告書だった。




   ニカラベの洞窟




「あぁ、マール、マールよ!」

 王女マールの死に、悲嘆にくれるドーネリアのエレニア王。椅子に座っているのは闇の商人ヒームスである。

「酒を飲んでも悲しみは消えん」

 待ってましたとばかりにヒームスが切り出す。

「そういう時のためのよいお薬があるのです。試してみますか?」

「もらおう。今はなんにでもすがりたい気分だ」

 ヒームスはかばんの中から、茶色の小瓶に入った薬を取り出した。

「これをお飲み下さい。『ウーラ』と申します」

 エレニア王は一気に飲んだ。次第に多幸感に包まれ、ベッドにどたりと倒れ込んだ。

「あぁ、これはいい。これはいい。酒よりもいい」

「実は王様のお耳に入れたき話がございましてな」

「なんだ」

「オーキメント側には祈祷を専門とする魔導師がいると聞いたことがこざいます。呪術です。呪い殺すのです。私が思うにマール姫はその魔導師にやられたのではないかと……」

 がばっと起き上がるエレニア王

「な、なんだと!」

 そこに早馬の使者が。

「このような文を預かってまいりました」

 文を読むエレニア王。怒りで肩が震え始める。

「こ、これは、宣戦布告書!」

 ふらつく足どりで椅子に座る。

「総大将のドラドを呼べ!緊急軍議を催す!」

 ヒームスはニコニコしながら小瓶を三本取り出す。

「ではここにもう三本おいておきますね。それでは私はこれにて」

 ヒームスはかばんを手に取ると、王の間から立ち去った。

 階段を降りる途中でヒームスはニヤリとする。

「ウーラ」とは実はかなり強い麻薬で、ラミル流の魔導師にしか錬成できない秘薬なのだ。

 出入りをしているのを人に見られないように、ヒームスはスティックを取り出し、それを頭のうえで丸く振り消えてしまった。


 一方オーキメント側の工兵隊員たちは国境沿いに長い塹壕を掘っている。

「分かんねぇもんだな戦争なんて。宣戦布告したんだからドーネリアの首都ガレリアを、手薄なうちに速攻で攻め落としゃーいいものを」

「そりゃ俺たち下っぱが考えることじゃねーよ」

「そりゃそうだけどよ。なんか納得いかねーんだよな」

 この時代銃はない。弓矢で戦う世界である。しかし大砲はある。原理が非常に簡単だからだ。

 この塹壕作戦を指揮しているのは若い中将コークスである。彼は敵の中に物凄い威力のある爆発の魔法「クレピタス」の術者がいるという情報を握っていたのだ。一度の魔法で、ゆうに百人は殺せるほどの。そこで塹壕作戦が取り上げられた次第。

 その情報をもたらしたのはヒームスである。コウモリのように敵に味方に翻り人を陥れるのが生き甲斐の、最もたちの悪い魔導師である。

 もとはといえばあの怪物を生み出すように大統領に進言し、それを作れる魔導師を紹介したのもヒームスであった。ドーネリアの首都ガレリアを、廃墟とするための生物兵器として。だが実際はオーキメントの大統領府の市街地の半分を廃墟にし、どこかへ消えてしまった。あの大統領の複雑な顔には、そんな背景があった。

 この男、底が知れない。


「やっと着いたぞ。ここがニカラベの洞窟だ。サキヤ」

 ジャンとバームは軍人なので鍛えているからいい。しかしサキヤとミールは山道でヘトヘトだ。

 標高千メートルほどはあるだろうか。その中腹に大きく空いた洞窟の入口があった。

 サキヤたちは洞窟の入口に入った。

「さてここからはサキヤ一人の挑戦だ。頑張ってくるんだぞ」

「サキヤ、一発食らったくらいで戻ってくるんじゃないぞ。十発くらい食らったら治してやる」

 バームが脅してくる。

「サキヤ。死なないで」

 ミールが恐ろしいことを言う。

 突入前からブルーな気分になるサキヤ。しかし「ふん!」と己を奮い立たせ、洞窟の中に入って行く。

 歩いて十歩ほどでもう暗くなってきた。ジリジリと、慎重に前に進む。その時「ヒュン」と顔の横をなにかが通り過ぎた。

(来た!)

 またヒュンと矢が飛んできた。しかし不思議なことに白い線となって見えている。矢はそれほどのスピードもなく、軌道が見える。

「これならいける!」

 少しずつ進んではヒュン、一歩進んではヒュン。これの繰り返し。サキヤは気付いた。普通に歩いては駄目なんだ。矢が二本、三本と飛んでくる。それでパニックになる。一歩づつ進めば一本づつ飛んでくる。しかも不思議なことに軌道が見えて。これなら楽勝だ。サキヤは気が楽になり、ようやく余裕が出てきた。

 しばらくすると矢の攻撃が止まった。ついに第一の試練を突破したのだ。サキヤは飛び上がった。

 するとまた不思議なことに、地面に白い筋が伸びている。

「これをたどればいいのか。なんだか、導かれているような」

 足元がびちゃびちゃになってきた。しかもぬるい。微かに硫黄の匂いが。

「温泉か?」

 更に前に出ると白い筋は鎖の根本を照らす。真っ暗の中、こわごわ手を下に伸ばしてみる。

「熱っ!」

 これは熱い。五十度はあるのではないだろうか。

 しかし、死にはしないはずだ。金の盾を用いて闘った記録はいくらでもある。つまりそいつらは皆この温泉の試練をくぐり抜けたはずだからだ。

 鎖をつかみ、意を決して温泉に飛び込んだ。とにかく熱い。その一言だ。しかも対岸が見えない。これほどの恐怖はない。

 サキヤは必死に鎖を手繰りよせ、対岸をめざす。気絶しそうになった、その時!

 ゴン!

 膝に岩が当たった。対岸だ。温泉から体を引っ張り出すサキヤ。

「終わったー!」

 ごろんと横になり体温を冷ます。これで第二の試練は突破した。

 しばらくしてまた歩きだす。先に進むにつれ辺りが明るくなってきた。

(第三の試練か)

 さらに先に進むサキヤ。すると、ついに見つけた!まごうことなき金の盾である!盾が金色なのではなく、盾がみずから金色に光っているのだ。

「さわるでない!」

 どこからか響く高い老人の声。周りを見ても誰もいない。

 すると、金の盾からなにかが飛び出てきた。

 見ると十センチほどの小人。黄色のパジャマに赤い三角帽子。完全にピエロである。サキヤは笑ってしまった。

「なにがおかしい!ワシは盾の精、ピリア。最後の試練じゃ。ワシと勝負して、お主が勝てば第三の試練を突破したと認めよう」

 サキヤがこれは楽勝だと思いきや。

 ゴォーーー!

 凄まじいフレアの炎がサキヤに襲いかかる。横っ飛びに炎をかわす。驚くサキヤ。小人だと思って舐めていた。

「次は氷じゃ!」

 ブワーーー!っと今度は冷気だ。右に飛び、金の盾を手にする。軽い。そして小さい。こんな盾で大丈夫か?と思いながらも盾を前に出し、構える。

「さわるなと申したのに!つぎはこれじゃ!」

 サキヤの前で大爆発がおきる。しかし盾が爆風さえはねかえして、ピリアに当たるとピリアがコロコロ転がる。

「三つともかわしたぜ。ピリア」

「呼び捨てにするとはけしからーん!うーん、まぁよい。負けを認めよう。金の盾を持って行くがいい。ただし乱暴に扱うでないぞ。なにしろ神の作りし盾じゃからの。常に敬うように。ワシが中で常時見張っているのを忘れるでないぞ!」

 ピリアはトコトコ歩きピョンと飛び、また金の盾の中へ入っていった。

 帰り道は楽だった。なにしろ盾が松明がわりに辺りを照らすからだ。


「遅いなサキヤ、もう死んじゃったんじゃねーだろうな」

「不吉なことを言わないでください!」

「怒るなよミール。冗談だよ。冗談。はっは」

 ジャンが笑う。

「それほどの深い洞窟ではないと聞いたことがある。それで一時間以上とは」

「サキヤはいま戦っているんです。祈りましょう」

 するとどうであろう、洞窟の奥から光が!

「ただいま」

「やったなサキヤ!お前は勇者だ!」

「無事だったか。ほっとしたぞ」

「死ななかったねー。よかった!」

 サキヤに飛びつくミール。

「よし、早く降りて山小屋に避難だ。寒い。とにかく寒い」

「武勇伝は、後でたっぷり聞いてやる。下山だ!」

 四人は山小屋に向かうのだった。




   王の狂気




 ドーネリアの主だった軍将が王の城の会議室に続々と集結していく。王はまだ出てこない。ざわつく面々。

 実はまだウーラに酔っているのだ。しかし王としての威厳を保たなければならない。ふるふらではあるが、従者に肩を貸してもらい階下へ降りていく。

 会議室にエレニア王が表れた。やっとの思いで王の座につくと「これより軍議を行う」とろれつが回らないしゃべり方で議論を始める宣言をする。

 皆は酒に酔っているだけだと思っている。定例の会議なら笑い話だが、今日は宣戦布告を吟味する会議だ。少しだけのひんしゅくを買う。

 見かねた総大将ドラドが進行を務める。

「集まってもらったのは他でもない。このたびオーキメントから宣戦布告を受けた。もう戦争は始まっているのだ。一刻の猶予もない。戦略、並びにそれに伴う戦術の吟味を行う。これはという戦略を持つ者はいるか。いるなら挙手をしてもらいたい」

 その言葉を受けてナラニ中将が手を挙げる。

「もう、いつもの訓練通りでいいのではないでしょうか、なまじ戦略を変えると兵が戸惑います。戦術のみ現地の状況を見て変えていくのが本筋かと」

「もっともだ。他には」

 タミル中将が手を挙げる。

「タミル」

「今度の戦争には『あのお方』はご参加いただけるのでしょうか?それによって戦術も大きく変わってくると思うのですが」

「『あのお方』のご意向はまだ聞いてはおらん。確かにご参加下さるのなら、こちらが断然有利になる。さっそく文を書き、早馬にてご意向をお尋ねしよう。他には?」

 もう挙手する者もいなくなった。

「それでは戦略面ではいつもの作戦通り。戦術面ではげん……」

「あぁ。マール!」

 エレニアが突然叫ぶ。ドラドが苦い顔をする。

「戦術は現地の状況で決める。これで構わんな」

 皆が一斉に挙手をする。これにて作戦会議は終わりだ。

 会議室を続々と出ていく面々、しまらない王に皆が苦い顔をしている。

 別室でタミル中将が「あのお方」に文を書く。それを早馬に持たせ、出立させる。

「これでよし」

 タミルは満足げに馬を見送るのであった。


「あれはもうだめだ。少なくとも今度の戦争ではもう使いものにならん」

 ドラドが仲間の将校らを連れて、いつもの飲み屋でエレニアに対しての愚痴を言う。

「それは最愛の娘が亡くなって、まだ一週間立たない間に宣戦布告。気持ちは痛いほど分かりますが、自分が将校に召集をかけておいてあの体たらくじゃねぇ」

 タミル中将がウイスキーをなめながら同調する。

 ナラニ中将は、王の味方をする。

「しかし自分は我が子を失い一週間も経たないうちに宣戦布告などされると、同じように酒におぼれる気がしますが」

「立場をわきまえろと言っておるのだ。仮にも一国の王だぞ。それをいつまでもメソメソと!」

「しかり、しかり」

 タミルがゴマをする。

 この日はそこでお流れとなった。

 次の朝、エレニア王はやっと素面に戻った。しかし悲しみは消えない。ヒームスが置いていった「ウーラ」に手を伸ばそうとしたとき、

「ナラニ中将が至急お目通りを願いたいと申しておりますが」

「構わん、通せ」

「は!」

 しばらくしてナラニが表れた。

「王様におかせられましては……」

「挨拶はよい。それよりこんなに早くからなに用だ」

 実はかくかくしかじか、ナラニは昨日の飲み屋での一件を忠実に進言する。

「忠誠心の欠片もあの二人にはございません」

 と、最後にそう言ってしめた。

 激怒するエレニア。ウーラを一気に飲むとしばらく動かない。

「王様、王様?」

 エレニアの目が充血していき真っ赤になる。

「あの二人をぶち殺す!」

 エレニアは、ウーラのききめか、極論に走る。

 ナラニは禁固一年くらいかと思っていたので、逆に驚いた。

 しかし心の中ではほくそ笑んでいた。これで大将の座が開く。当然中将の自分がくり上がり、大将となる。

 出世は時間の問題だ。

「ナラニよ、よくぞ教えてくれた!二人とも八つ裂きにしてやるわ!娘を思う父の心が分からず、それを笑うとは。許せん!」

 エレニアは、しだいに狂気に支配されていく。

「ニユードル川の河川敷で、刑を執り行う。今日、今すぐにだ。二人を磔にせよ!城の近衛兵二十人もいれば足りるであろう?お前の才覚で見事ことを成し遂げてみせよ!うまく運べばお前は大将だ。いいな」

「ははー。有り難きお言葉。見事成し遂げてみせまする!」

「とにかく俺の悪口を言うやつは皆殺しだ!わかったかー!」

 エレニアは、人が変わったかのように気を吐くのであった。


「まずは『ウォンティア』じゃ。欲しい物を自在に出す魔法じゃ。どの魔法使いでも流派を問わず覚えるやつじゃ。ただし金や金銀宝石など、資産になる物を出せば二度と魔法が使えなくなる。気をつけろよ。頭の中に欲しい物を思い浮かべて『ウォンティア』と唱えるだけじゃ。まずワシがやって見せてやる」

 キリウムが、目をつぶり「ウォンティア!」と叫ぶ。するとケーキがひとかけ落ちてきた。

「どうじゃ、簡単じゃろう。女の子は、いくつになってもケーキが好きでのう」

(お、女の子)

 カルムもまねをし目をつぶり、フライドチキンを思い描く。

「ウォンティア!」

 するとフライドチキンが現出する。カルムが手でつかむと「熱っ!」っと、地面にほおり投げた。

「ほほ、皿の上に乗せたものをイメージするとか温かい温度を思うとか、少しは工夫をせんか」

「ごもっとも」

 キリウムは捨てたフライドチキンを拾うと、ぽいと空中にほおり投げ、杖をくるんと回し消し去った。

「しかし見事なもんじゃ、一発で出来るとは。なかなかの才覚の持ち主のようじゃな。つぎは服を出してみい」

「服を?」

「あの大騒ぎをした怪物を倒しに旅に出るんであろう。旅には着替えがいるじゃろう?風呂に入るたびに洗濯なぞわずらわしかろう。古い服はそこに捨てて新しい服を出せばよい」

「なるほど」

 カルムは再度構える。

「ウォンティア!」

 上空にフワリとシャツが出た。それをつかむカルム。

「これで手ぶらで旅にいけますね」

「そういうことじゃ。さて、お主はあの怪物を倒しに行くのであろう? それには『クレピタス』しかない。フレアの炎とグレイスの氷の相反するエネルギーを融合させて大爆発を起こす魔法よ」

「おっしゃる通りです。私にその『クレピタス』を伝授して下さい!」

 キリウムは杖の先っぽを、カルムの鼻先につき出す。

「あせるでない。まずは『フレア』と『グレイス』を覚えなければ、『クレピタス』は使えん。千里の道も一歩からじゃ。分かったな」

 カルムが訴える。

「時間がないんです。怪物が何処にいるかも分からないし」

「どれ、水晶で見てやろう」

 二人は、家の中に入っていった。


「狂ったかーーー!エレニアー!酒場の戯れ言で死罪とは!」

 河川敷で磔にされ、総大将ドラドが吠える。

 タミル中将の方は取り押さえられた時に激しく抵抗したため、すでに体中いくつもの刀傷をおい、ぐったりしている。

「くそー!縛を解けー!解かんかー!」

 ふらふらとエレニア王はドラドに近付く。

「遺言はそれでいいのか?」

 血走った目をドラドの鼻先にむけて、エレニアがつぶやく。

「俺の五人の男児が、いつかお前を殺すであろう」

「もう捕まえてあるわ」

「な、なんだとう!」

「上から順に処刑してやる。あの世で仲睦まじく暮らすがいい」

「ま、待ってくれ、エレニア王よ!そ、それだけは、それだけはご勘弁を!」

 エレニアは冷たく兵士に告げる。

「やれ」

「は!」

 ズン!

「ぐはぁ!」

 槍が腹に突き刺さる。

「心臓は突かんぞ。徹底的になぶり殺してやる!」

「エレニアーーー! グフッ!」

「地獄で幸せにな」

 エレニア王は、ウーラをまた一瓶飲み干すのであった。




   教会での惨劇




 サキヤらは山を降りて南の街道を西へと進んでいる。街道沿いの小さな町の食料品店の前で、ピリアが飛び出し盾の上に座る。

「唐辛子を一つ買ってきてくれ。いま鍋をつくっておるのよ」

 それを見たジャンが驚いて顔を近づける。

「なんだその小さなピエロは?」

「ピエロではない!無礼者。ワシゃ盾の精じゃ」

 バームとミールも顔を近づけて凝視している。

「何をじろじろ見ておるのじゃ!」

「小人だよな」

 と、ジャン。

「小人だ」

 と、バーム。

「早く唐辛子を買ってこんかー!」

 ジャンがサキヤに聞く。

「こんなのがついてきたのか?」

「ま、まあ。第三の試練の話をしただろう。あの小人だ。唐辛子、唐辛子うるさいから買ってやってくれ。ジャン」

 ジャンが金を取り出すと、ミールが店に入っていく。

「はいこれ、唐辛子」

「ほらよ」

 サキヤが一本渡すと、ピリアはそれを引ったくるように取り上げ、盾の中にスッと消えた。

「ふ、妙な盾だな」

 バームが笑う。

「完璧なモノなんかそうそうないってことだ」

 ジャンがしたり顔で言う。

 街道は、メイン街道と合流する。いつもは人や荷馬車で賑わう通りも、人気が全くない。

「そうだった戦争中だったんだ。忘れてた」

 ジャンが門番に言う。

「俺たちは特殊な任務についている一団だ。門を開けよ」

「し、しかし」

「上官の命令だ!」

 門番は、ジャンの制服のバッジを見て上官だと認識したようだ。

「は!門を開けろー!」

 四人は門をくぐりドーネリア側に入った。

 しばらく丘を歩いていると、国境沿いに塹壕を掘っているではないか。

 そこの工兵に尋ねる。

「なんだその塹壕は」

「は!敵を迎え撃つためのものであります!」

 ジャンはあごをさする。

「妙だな」

 バームが尋ねる。

「何が」

「塹壕にしては長い。まるで国境線全てをふさぐように」

「大砲台をこれ以上進めさせない為じゃないのか」

「そうか!冴えてるなお前」

 ジャンがバームの肩を殴る。

「進むぞ。ただし軍服はここで脱いでいこう」

「了解」

 ふたりは上着を脱いだ。

「寒い!」

「死ぬよりましだ」

 四人はまた街道を歩き始めた。


「フレア!」

 だめだ。

「フレアー!」

 力んでもだめ。

「おー、おー、行き詰まっておるのー」

 キリウムがピザをモグモグ食べながら見ている。

 狙いは細い木の枝の先端に付けられた紙切れ。これを燃やせというのだ。

「なにかコツを教えて下さいよ~」

「じゃから言うておろうが。全ての魔法はイメージの強さで魔法も強くなる。火が燃えさかる様をイメージするのじゃ。こういうふうに。フレア!」

 カルムの尻に火がつく。

「あちっ!」

「いまじゃ!呪文を唱えよ!」

「フレア!」

 ボウッ!

 紙が燃え尽きた。

「やった!酷い教えられかただったけど。見てましたか。師匠?」

「見とったわい。つかんだな。ここに百枚の紙がある。今日中にこれを全て燃やすのじゃ」

 絶句するカルム。

「死ぬ~」

 カルムの特訓は続く。


 サキヤたちは少し大きな町に着いた。ジャンとバームが早速服屋に入りジャンパーを買っている。

「ふー、これで助かったぜ」

 お揃いの革ジャンだ。

 しばらく歩くと公園があった。女が犬の散歩をしている。呑気なモノだ。戦争が始まったというのに。

 公園の横には教会があった。信者たちが集まっている。もとはといえば同じカリムド教。信心深いバームを筆頭に四人は中に入っていく。

 讃美歌が歌われている最中だった。讃美歌も同じだ。なぜ分裂してしまったんだろう。それまで二つの国は兄弟国と呼ばれるほど仲がよかったのに。

 一人の男が出て来て皆に告げる。

「今日は、喜ばしいことにリーガル教皇様がこの辺境の教会に足を運ばれております。それでは皆さん拍手をもってお出迎え下さい」

 大きな拍手の中、しずしずとリーガル教皇が進み出る。そして神の愛について語り始める。

 ガシャーン!

 この時を待っていたかのように、横のステンドグラスを破り、男が入ってきた。男は一直線に教皇の後ろにまわり、その首を短剣で引き切る。リーガル教皇の首から鮮血が吹き出す!

 その間わずか五秒。皆、呆気にとられ、なにが起きたか理解出来ないでいた。

「キャー!」

 その悲鳴で皆が我にかえる。男は乱暴にリーガル教皇を投げ捨て、また入ってきた出口へむかう。

 そこへ咄嗟にジャンが刀を抜き、男に迫る。バームも槍で男に近づく。

 ジャンとバームが、一斉に男に牙をむくと、男は、「スクートゥム!」と唱え、二人の攻撃を弾く。

「なぜだ!」

 ジャンが吠えると、男は不敵な笑みを浮かべ

「リーガルは悪魔に乗っ取られていた。だから成敗した。それだけのことよ」

「なにー!」

 ジャンが驚いている間に男は去って行った。

「教皇が、悪魔に」

 それを見ていた神父が近寄ってきて言った。

「いまのやり取りは他言無用ですぞ」

 そう言って裏に消えて行った。

「なんだったんだ」

 不可解なことが多すぎて、混乱する四人。とりあえず教会を出て、話を整理する。

「リーガル教皇が本当に悪魔に取りつかれていたとする。するとあの男は正義の者ではないか?」

「でもそんな情報、どこで手にいれたんだか分からないし、そもそも俺たちが考えることじゃないんじゃないか」

 バームの指摘にジャンが答える。

「それもそうだな。本来の仕事に戻ろう」

 公園に戻り、犬の散歩をしているマダムに聞く。

「怪物?あぁ南の街道を通っていったらしいわよ」

 意外だった。おそらく北の街道を進みドーネリアの首都ガレリアを目指すと思っていたからだ。南の街道の先には何があるのか。とにかく追うしかない。

 マダムに礼をし、さらに進むと三叉路になっている。交通の要衝の町なのだ。言われた通り南に進むと雨が降り始めた。商店の軒先に入り雨宿りだ。

「こりゃ本降りになるな」

「あぁ、薄暗くなってきやがった」

 サキヤがミールの心配をする。

「濡れなかったかい?」

「これくらい平気よ」

「お熱いねぇ」

 ジャンがからかうとサキヤが肩にパンチだ。

「いてっ。それにしても止みそうにないなこりゃ。今日はこの町で泊まっていくか。休暇も兼ねて」

「賛成ー!ずっと歩きっぱなしだからね」

「よし、それじゃあ宿をこの店のあるじに聞こう」

 四人は商店に入っていった。


 軍制になったオーキメント。ガジェル将軍が実質的な支配者になった。

 ガジェルは最近おかしな噂を聞いた。カルマン大統領を暗殺した真の黒幕は、自分だというのだ。半分は当たっているだけに、気になる。そこで右腕のノーム大将を自分の邸宅に呼び出し動向を聞こうと思った次第。

「久しぶりだな、お前がこの家に来るのも」

「そうですね。半年ぶりくらいですか」

 ガジェルは昼から取って置きのウイスキーをとりだして、ノームにウインクをする。

「内緒だぞ、ふふふ」

 ウイスキーグラスに半分ぐらい入れ、ノームに渡すと、自分もグラスにウイスキーを注ぎ、まずは乾杯だ。ノームは戸惑いながらも初めての酒を口にする。

「子供たちは元気にしてるか」

「はい、でも思春期っていうんですか。あまり相手にしてくれません」

「わっはっは、親の方も皆通過する定めのようなもんよ。うちの息子もグレてだなー。大変じゃったわい。仕官学校にぶちこんだら、急に大人しくなったがな。はっは。それより今日の用向きはのう、最近おかしな噂を聞きつけてな、あのカルマン大統領の暗殺の黒幕はわしというのだ。なんでも大統領がいなくなれば一番得をするものが犯人なんじゃと、わっはっは」

「ははは、皆推理小説の読みすぎですな。まず第一に疑われるのが一番得をする人間、しかし世の中はそんなに単純ではありませんからな」

 ガジェルは空になったノームのグラスに、またウイスキーを注ぐ。

「そうであろう、そうであろう。世の中はもっと複雑じゃ。わしが暗殺の一報を聞きつけて兵を差し向けたのは、犯人憎しからじゃ。人は忠義の心を忘れちゃいかん」

「ほんにほんに、特に軍人は、ですな」

(これで妙な噂は消えるじゃろう)

 ガジェルは安堵し、またウイスキーをあおった。




   ジャンの秘策




 雨が激しく降っている。ジャンは宿屋の場所を聞くと、南の街道の先には何があるのか尋ねてみる。

 買った小振りのリンゴをみんなに配り、一口かじるとそこの親父さんが言う。

「まあ何があるって。うーん、強いて言えばカリムド教の総本部くらいなものでしょうか」

「カリムド教の?」

「はい、あとはその近くの宿場町。あとは」

「なんだ」

「はい、あとは森が延々と、そこを過ぎれば港町がゴールでございます」

「なるほど、ありがとう」

 ジャンが三人が座っているテーブルに戻る。

「どう思う?」

「カリムド教の総本部か」

 バームが唸る。

「あの怪物とカリムド教、関係あるのかなぁ」

 とサキヤ。

 ジャンが真面目な顔をしながら推測する。

「怪物と、カリムド教と、教皇様を殺した男。この三角形、特に男が言った教皇様が悪魔に取りつかれていると言うのが本当なら、あの怪物はやはり悪魔が作りしもの、そんな気がしてならない。するとカリムド教そのものが、悪魔の巣窟」

「待てよ、話が飛躍しすぎだ」

「まあ聞けよ。そう考えると怪物は、なんの為に歩き続けているのかが説明できる。怪物はあてどなく移動をしているんじゃない。帰っているんだよ。多分。何の目的かは知らないが。う~ん、帰巣本能とでもいうのかな。でないと、ドーネリアの首都ガレリアに向かわなかった意味が分からない。怪物が生物兵器として作られたのは間違いない。サキヤは見たんだろう?城から出て来たところを。だとしたらやはりガレリアに向かうはずだ。何らかの意図があるはずなんだ。怪物には」

 バームが返す。

「犬が家に帰ってくるみたいにか?」

「近い気がする。怪物の行動を聞いて回ったかぎり、それこそ犬並の知性しかないと感じるんだ。確信がある。俺たち先見隊は探偵業みたいなもんだ。長年のカンだよ」

「まあジャンが言うと妙に説得力があるが。少なくともカリムド教の総本部だけは、悪魔に支配されているとみて行動すれば間違いなさそうだな」

「そうだな。細心の注意を払っていこう」

「了解」

「了解」

 サキヤも真似をする。

「ところでサキヤ。その金の盾が防御に使えるのはいいとして、攻撃方法はあれか?あの小人頼みか。その短剣じゃあどうにもならないのは分かるよな」

「う~ん、やっぱりそうだな。ピリアに頑張ってもらわなくちゃな。それしか考えようがない」

 するとピリアが表れ、盾の上に腰かける。

「ワシゃそんなこと知らんぞ」

 ジャンが笑う。

「じゃあ何のために付いてきてるんだよ」

「言うたろうが。盾の見張りじゃ!なんでも思い通りになると思うなよ。べっ」

 そういうとまた盾の中に消えた。

「あらら」

「あてにならない頑固爺だな」

 サキヤが、頭を抱える。

「う~ん。どうにか説得するよ。カリムドの本部に着くまでに。小人といっても魔力は凄いんだ」

「頑張って」

 ミールが励ます。

 ジャンが提案する。

「もしその、ピリアだっけか。その爺が本気で拒否した場合、取って置きの方法がある。今から軍に文を書く。この手でうまくいくはずだ」

「どうするんだ」

 バームが聞いても

「内緒」

 としか答えない。

 バームがジャンの脇をくすぐる。

「うひひひ、やめろ! 言う、言うったら!」

「仲いいな……」

「ごほん!」ジャンが真面目な顔に戻り、秘策を披露する。

「実はな、大統領府の旧市街にキリウムってメールド流の達人の魔法使いの婆さんが住んでいる。依頼すれば魔法陣ですぐに来てくれるんだと。噂では城を一つ爆破したこともあるらしい。報酬はかなり高いだろうがな、事情を説明すれば軍が払ってくれるだろう。どうだ、いい案だろう」

 バームが膝を打つ。

「そりゃあいい。聞いたかサキヤ。その頑固爺の説得も必要ない」

「はいっ!」

「雨もやんだようだ。文具店にたちより、それから宿屋に向かおう」

「よっしゃ、今日は一日休憩だな」

「行くぞ」

 四人は店を出た。


「フレア!」

 紙がボウッと燃える。

「グレイス!」

 冷気で紙が粉々になる。

「よし、フレアもグレイスも覚えたの。今日の授業はここまでじゃ!」

「クレピタスは」

「もう寝る時間じゃぞ」

「私はまだ眠くありませんが」

「魔力切れが近い。休むのも大切な修行じゃ」

「分かりました。お師匠様がそう言うんなら」

 カルムはしぶしぶ承知する。そして弟子用の部屋に入りベッドに倒れ込む。

「ウォンティア!」

 パサリと紙袋に入った菓子を出すと、それをポリポリ食べながらここにいたるまでを回想する。祖母と姉を亡くしたことを思い出すと、また涙が出て来て仕方がない。ばあちゃんは優しかった。姉ちゃんは明るかった。それだけが頭の中をぐるぐると回る。

 菓子を一つほおり投げ、「クレピタス!」と唱えるも、何も起きない。

 カルムは焦っていた。他の誰かにあの怪物を倒されるのでは気が済まない。あくまでこの手で倒したいのだ。

 そういうしているうちに自然に眠りについた。

 次の日、本格的に「クレピタス」の特訓が始まった。

 キリウムがカルムに告げる。

「まずはワシのをよく見ておれ!」

 カルムが真剣に横で見ている。

「クレピタス!」

 パンッ!

「どうじゃ、見えたか?」

「なにやら渦を巻いていたような」

 カルムがまゆを寄せてつぶやく。

「ほう、目がいいな。それこそ極意よ。炎と冷気を同時に噴射し、それを渦状に走らせ焦点で融合させて爆発させる。やってみい」

「はいっ!」

 理屈は分かった。実際に出来るかどうかは分からない。しかしやるしかない。

 カルムは構える。

「クレピタス!」

 しかし、炎だけ出た。

「ホッホッ最初はそんなもんよ」

 今度は冷気を意識する。

「クレピタス!」

 案の定、冷気だけだ。

 キリウムが窯にピザを入れながら言う。

「クレピタスはな、半分の者は出来ん。一年かけてようやく出来るようになる者もおる。言わば天性の才覚が必要な術よ。お主の才覚はどうかな?」

「て、天性の才覚」

 カルムは弱気になる。この魔法は難しい。フレアもグレイスも案外容易く出来たので舐めていたのだ。自らを戒めるカルム。

「クレピタス!」

「クレピタス!」

 出来ない。しかしその時閃いた!

(手を出す時に手を回転させればいいんじゃないか)

 今度は手を回しながら「クレピタス!」と唱える。

 爆発はしなかったが渦を巻いて出た。

「ほう、そこに気づいたか。あとは焦点を定め融合するのじゃ」

(やはりワシがみこんだ通り、並の小僧ではないな)

 特訓は最終局面に入った。


 朝になり、エレニアが目覚めた。朝からウーラを一瓶あける。体は衰弱し食欲もなく、物をあまり食べなくなった。しかしウーラを飲めば、そんな倦怠感から解放される。

「兵を集めよ!」

 エレニアは侍従長に命令する。

 城に兵が続々と集まってきた。その数一万。

 エレニアがベランダから吠える。

「戦だー!これより戦を始めよ!オーキメントを征服し、大統領の首を取ってこい!」

「大統領は、暗殺されたとか」

「なにー!そんなことなどどうでもよいわー!とにかくオーキメントを火の海にしろー!」

「おぉー!!」

 雄叫びがあがる。これでよしとエレニアは自室に下がる。

 大将になったナラニが補うように言う。

「皆に伝える。戦はいつもの訓練通り。まず歩兵が進み、矢で前線を突破する。揉み合いになると思うが一人でも多くの敵兵を倒すのだ。向こうは四万、こちらは三万。数では負けているが、こちらには五十台もの大砲隊がいる。ひるむでないぞ!」

「おぉー!」

 まだ兵員宿舎で寝ていた兵士も叩き起こされ、ドーネリア側の進軍が始まった。


 戦争が始まろうとしている。




   復活




 ドーネリア軍が国境近くの最前線にまで迫る。放っていた先発隊が血相を変えて戻ってきた。

「ナラニ大将、大変です。向こうは国境線沿いに塹壕を掘って待ち構えています。大砲台が前に進めません!」

「なんだとー!」

「どうするよ」

 ナラニ大将の友人のモントアール中将が、ナラニの方へ顔を向ける。

「とにかくまずは矢の撃ちあいだ。それで前線を突破するしかないな。各陣営の大佐に伝えよ!予定通りに矢をもって前線で撃ちあえと」

「は!」

 大佐級に伝令が行き渡る。それを受けて歩兵が矢を撃ち始める。しかし、向こうも塹壕の中から矢を放ってくる。歩兵が一人、また一人と倒れていく。

(あのお方さえ来てくれればいいのだが)

「あのお方」とは音信不通である。次第に矢の攻防が激しくなる。

 ナラニは後方にテントを張ると、長期戦に備える。

 そして目まぐるしく戦術を考えていた。


 カリムド教総本部までは、歩きで三日の距離だそうだ。サキヤたちは十分に英気を養い、また歩き出した。

 ジャンがサキヤを呼んで耳打ちをする。

「サキヤ、男と男の話だ」

「ん、な、なに?」

「ミールのことだよ。告白してやれよ。向こうはお前にべた惚れだぞ」

 そう言い、にやつきながら肘鉄を食らわす。

「う~ん」

「お前も可愛いと思ってんだろ?なら男が告白してやんなきゃ」

「告白なんかしたことないし」

「あーもう、勇気のないやつだなあ。俺がこんなことを言うのもだな、後五日でお前が怪物と闘うからだよ。未練は絶ちきって臨まなきゃならない。勝負に集中するためでもあるんだ」

「う~ん。分かった」

 サキヤは後ろから着いてくる、ミールのところに行く。

「ミール、ちょっといいかな」

「なになにサキヤ」

「俺はミールのことが好きだ。闘いの前にこれだけは伝えておかないとと思ってさ。最悪死ぬかもしれないし」

「死なないで!」

 ミールが、サキヤに抱きつく。

 ジャンとバームが止まり、二人を見ている。

「私もサキヤのことを愛してる。だから」

「絶対に死なない。約束するよ。さあ、顔を上げて」

 ミールが泣きながら上を向くと、サキヤはその唇にキスをする。

(お。やるなサキヤ)

 ジャンが笑う。

 一行はまたゆるやかに歩き始めた。


「クレピタス!」

 パーン!

「やった!できたぞ。見ました?お師匠様!」

「なんと!たった二日で!」

 カルムは自分の手を見つめている。

「よし、これから『無限の部屋』に入る」

「無限の部屋?」

「着いてくれば分かるわ」

 キリウムはまた杖を振り空間を切り裂くと、その中に入っていく。カルムもあわてて後を追う。

 そこには正に無限の空間が広がっていた。

「さて、ここで力をセーブせずに思い切りやってみよ」

「は、はい!」

 カルムが構える。ここでなら思い切り力を解放できる。まずはイメージを浮かべる。

「クレピタス!」

 特大の炎と冷気が、渦を巻く。そして一点に収斂し、大爆発を起こす。

 ドカーン!

「なんと、ここまでとは。お主はもののけの類いか!」

 カルムも自らの魔力に驚いている。

「修行は終わりじゃ、カルムよ。あとは移動の魔方陣を教えてやる。これで怪物退治も出来ようぞ」

「はいっ!」

 庭に戻ると、門に取り付けてあるポストがガタガタ騒いでいる。

「なんじゃ?」

 そこには一通の文が。


 サキヤらはカリムド教の総本部に到着した。そこで見たのは、めちゃくちゃに壊された礼拝堂と、やはりいた。怪物だ。しかしおかしなことに怪物は総本部の頑丈そうな建物の壁を叩きまくっているのだ。

「こ、これは一体どうしたことだ」

 ドーン、ドーン、ドーン

「うばー!」

 その叫び声は泣いているように思えた。

 ドーン、ドーン

「どうするよ」

「一旦宿を取ろう」

 カリムド教の城下町。聖地巡礼の信者のために、そこそこ発展した町がある。そこの宿屋にとりあえず入った。

 部屋は狭く、シングルベッドが二つ並んだごく普通の二人部屋。これを二部屋。もちろんジャンとバームが一部屋、サキヤとミールが一緒の部屋だ。

 なぜかサキヤが落ち着かない。いつもこの部屋割りなのに。かなりミールを意識している。

 ジャンが笑いながらサキヤにヘッドロックをかけ、すみに行くと、

「やっちゃえよ」

 などとのたまう。悪魔だこの男。


 ここはカリムド教の総本部の深奥の一室。傍らに死んでしまった教皇の亡骸。そして並んで、裸の若い男。生きているけど意識がない、いまの言葉で言うところの脳死している男が、魔導の力により生きながらえている。

 荘厳な雰囲気の中、周りを八人の魔導師が取り囲み、なにやら長い呪文を詠唱している。

「ううっ、うーん」

 なんと脳死しているはずの男の目が開いたではないか。

 そしてゆっくりと起き上がり横の老いさらばえた亡骸を見、その後自分の手の表と裏を交互に見つめている。

 呪文が止まり、魔導師たちは出ていった。

 ニムズ小将が近付き男に声をかける。

「お目覚めですか、教皇様」

「んん。かなり若いな。手を見れば分かる」

「取っておきの身体をご用意致しました。二十歳と聞きおよんでおります。鏡でございます」

 教皇と呼ばれた若い男は、鏡を手に取ると顔を見つめる。

「ふ、これは男前じゃな」

 復活したのだ。教皇は。その取りついた悪魔の力により、魂を若い男と入れ替えたのだ。

「ニムズよ、戦争はどうなっておる」

「言葉遣いが。少し気をつけたほうがよろしいかと」

「わはは、そうじゃな。もとい、そうだな。戦争はどうなっているんだ」

「膠着しているようでございます」

「まず、ヒームスにオーキメントの大統領に働きかけ魔導師を送り怪物をつくらせる。斥候を使いドーネリアの生物兵器だと吹聴させ、戦争気運をあおる。誤算は怪物の出現が一日早かったことと、マール姫の死が、一日遅かったことだ。それでドーネリアの戦争準備が二日も遅くなり、オーキメントがすぐに反撃準備が出来たことだ」

「えっ、では姫の死は」

「ヒームスが薬を届けていたらしいなあ。はっはっは」

「お、恐ろしい人だ。あなたというお方は」

「いまさら何を言う。お前も同じ穴のムジナだぞ」

「はは!」

 リーガルが「うーん」と体を伸ばす。

「ともあれ、非常に気分がいい。生き返ったようだ。どれ、女あさりでもしてくるか。わっはっは」

 リーガルは立ち上がり出口へ歩いていった。


 四人が旅を振り返ってペチャクチャ話していると、部屋のわきがなにやら不思議な丸い模様を描きながら光り始める。

 それを凝視していると、うっすらと男の影が。

 若い男が表れた。片膝をつき礼をする。

「こんばんは、私はカルムと申す術者にございます。この度我が師、キリウムの命を受け参上した次第。よろしくお願いいたします」

「なんだ、何で弟子が来るんだ!キリウム本人を呼んだはずだぞ!」

「様々な事情により」

「しかもこんな若い、まだひよっこみたいなやつを。お前いくつだ」

「十九でございます」

「キリウムに弟子入りして何年になる」

「二週間ほどですが、なにか」

「二週間!だめだ。やられた。おしまいだ。早く帰ってキリウムを連れてこい!」

 ジャンがベッドにぶっ倒れる。

「師匠から文を預かっております」

 カルムがバームに文を渡す。

「なになに、ふむふむ。難しいクレピタスの魔法をわずか二日で覚えた天性の才覚の持ち主だとよ。ふむ、志願したらしい本人が」

「本当にあの怪物と渡り合えるんだろうなぁ。嘘八百だったら承知しねーぞ!」

「それより、腹が減ったので場所をお借りします。ウォンティア!」

 小さなテーブルと、椅子が出現した。

「お、やるじゃねーか」

「初歩の魔法です。ウォンティア!」

 今度は大きな皿にフライドチキンだ。

 カルムはうまそうに食べ始めた。

「なんだかマイペースな野郎だな」

「いいんじゃない?少なくともキリウムが太鼓判を押してるわけだし」

 サキヤが割って入ると、ジャンが言う。

「お前がタッグを組むんだぞ。それでいいのか」

「俺は構わない。少なくとも負けることはないんだから。金の盾がある限り」

 今度はカルムが驚いた。




   怪物の最後




 カルムがサキヤの言葉に驚いている。

「金の盾だってー!あの伝説の」

「そうだよ。おれが取ってきたんだ。三つの試練を突破して」

「さわってもいいかい」

 サキヤが金の盾を持ち、カルムに渡す。

「金色に光っている。本物のようだな。しかし聞いたことあるけど第一の試練でまず間違いなくみんなリタイアするって聞いたぞ。よく突破したな」

 サキヤがこめかみをとんとんと叩く。

「ここの問題だよ」

「へー、君は勇者だな」

「まっ、それほどでも、あるかな」

 サキヤとカルムが笑う。この二人合いそうだとジャンが認める。

「じゃあ、分かった。若い二人に任せよう。シングルの部屋を、もう1つ借りよう」

「いえ、ここでいいですよ。ちょっとどいてもらえますか」

 バームが、後ろに下がる。

「ウォンティア!」

 ベッドが、空中にバーンと表れ、ドーンと下に落ちる。

「なんだかやりたい放題だな。ははは」

 ジャンがやっと笑う。

「文にあったけど、お前志願したらしいな」

「そうです。訳がありまして」

 カルムは、祖母と姉を亡くしたことを話し始めた。

「そりゃあ辛いな、天涯孤独になったってわけだ。復讐したい気持ちも分かるよ。そういう奴は強くなる。前を向くしかないからな」

「そうですね、悲しいです。ウォンティア!」

 今度はパンとサラダだ。

「悲しい話をしているわりにはよく食うな」

「体が資本なので。余ったフライドチキン、どうです?」

「貰おう」

 バームが一つ手にとり、かぶり付く。

「まだ飯を食ってないからな。よーし、町に出よう!」

 皆は夜の町に出た。

 一つの居酒屋に入り、各々食べたいものをたのむ。

「まずは酒だ」

 ビールが運ばれてきた。

「今日は、二人の壮行会だ。じゃんじゃん飲もうぜ!」

「かんぱーい!」

 ジャンがカルムに聞く。

「魔導師が、特にメールド流の使い手が軍に入れば無敵になるんじゃないか」

「どうでしょうか。今は大砲がありますしね。敵を爆破する力は大して変わらないような気がしますが」

「ああ、そうか。なるほど」

「お師匠様が言うには、クレピタスは半分は身につけることが出来ず、もう半分は修行に一年かかるそうです。それにそもそも魔導師というものは先ほど見せたように何でも出すことが出来るので金を稼ぐ必要がないのです。規律の厳しい軍にわざわざ入ってきつい思いをするより自由人でいるほうを選ぶと思いますが」

「なるほど、なるほど。ん、いや待てバーム。お前はラミル流の魔法剣士だったよな。お前は何で軍にいるんだ?」

「ラミル流は、回復が専門だ。それに生き甲斐を感じている。それに一人で生きていくって寂しいじゃないか」

「ふっふ、お前らしいな」

「とにかく、明日はお互い頑張ろう」

 サキヤの言葉に答えるカルム。

「ああ、ベストを尽くそう」


 次の日、宿を出た四人は怪物のところに向かう。怪物はやはり総本部の壁を叩いている。

「ぼーわー」

 悲しげに、何かを訴えているかのごとく。

 遠巻きに本部の魔導師たちがそれを眺めている。

 サキヤが魔導師たちに聞いてまわる。しかしフレアもグレイスも、クレピタスでさえも全く歯が立たないとのこと。

「おれならいける!」

 サキヤが金の盾を構え、その斜め後ろにカルムが立つ。怪物がこちらに気付き拳を振り下ろしてくる。しかし金の盾がふせぎ、衝撃すら感じない。

「いまだ!」

「クレピタス!」

 炎と冷気が渦を巻き、カルムは頭部の内部を爆発させた。

 ボンッ!

 頭が膨れ上がった。

「よし!」

 とカルム。

「やったか?」

 しかしである。頭部がまた収縮していく。

「なんだとー!」

 怪物は両手で二人をつぶしにかかる。

「フレア!」

 全く効かない。

「くそ、やっぱりこれだ。クレピタス!」

 とてつもなく集中し、クレピタスを発動するも、体の内部は膨れ上がるのだが、すぐにまた収縮するのである。

「クレピタス!」

「クレピタス!」

「らちがあかないな。いったん引こう」

 サキヤが提案する。

「くそー!」

 怪物はまた壁を叩き始めた。

 それを遠巻きに眺めているリーガル。昨晩は放蕩三昧をし遅い帰着である。

(ふ、坊主どもには無理だ)

 今日は大霊祭の日。続々と信者が集まって来ている。礼拝堂が壊されたので、急遽総本部の一階の、大ホールで執り行われることになった。

 茫然と立ち尽くすカルム。ジャンが励ます。

「人生うまくいくことばかりじゃない。気にするな」

 弱々しく首を振るカルム。

「また、作戦を考えよう」

 サキヤが肩に手を置く。


「お早いお帰りで」

「皮肉を言うな。それよりもなぜあの怪物がこっちに来て壁なんぞを叩いているんだ?あやつは、首都ガレリアで大暴れする予定じゃなかったのか」

 ニムズが法衣を着る手伝いをしながら答える。

「私どもにも分かりません。ただやたら悲しげに吠えているのです。なにか意味があるのかと」

「ふーむ」

 着衣が終わったリーガルは、真剣に考え込んでいる。

「苦しいのだろう、おそらく。体も魂も。あれは百人くらいの死体の塊だ。一度死に冥府に行き、安眠しようとしていた矢先に叩き起こされあのような怪物の一部として暴れまわる苦しみ。我らの想像をはるかに超えるものだったのかもしれない。もう少し使えると思ったが、ここまでのようだな」

「倒せますか」

「俺を誰だと思っているんだ。わけはない。今日はちょうど大霊祭の日。舞台も整った。派手に倒してみせよう」

 讃美歌のなか、神父が出て来て満杯の信者に大声で伝える。

「前教皇様の死はあまりに痛ましいものでした。しかし前教皇様の遠縁に若き神父さまがいらっしゃいます。その名もペルム・リーガル様です。今日はそのペルム様に、新教皇様になっていただくハレの日にございます。では祈りましょう。メーシア」

「メーシア」

 奥からそろそろと出ていくリーガル。それを迎える信者。しかし

 ドーン、ドーン

 怪物が壁を叩く音が内部まで響いてくる。

 神父が言う。

「このような席に、不吉な!」

「よろしいではありませんか。あの怪物は死を求めています。見送ってやろうではありませんか」

 リーガルが外に出ると、皆も後に続く。怪物がこちらを向いたその時!

「クレピタス!」

 ズガーーーン !!!

 大爆発が起き、怪物は木っ端微塵になった。

 ベタベタと死体の手や足や、臓物などが降ってくる。

「キャー!」

 マダムたちはそのあまりの光景に卒倒しそうになった。

「か、怪物が、一発で」

 その光景を見ていたカルムが息を飲む。

「な、なんだよあいつ。あの帽子、おそらく新しい教皇だ。教皇ってあんなに魔力が強いのか」

 サキヤも唖然としている。

 そこへジャンとバームが。

「なんだか嫌な教皇だな。怪物退治を群衆に見せて、まるで自分の力を見せつけるショーのように。胡散臭い匂いがするぜ」

「なんでそう感じるんだ?」

「カンだよ。カン」

「カンかー、だがお前のカンはそこそこ当たるようだからな。そういうことにしておくよ」

 バームは懐が深い。

「よっしゃ、怪物の最後も見届けた。いったん軍に戻るぞ」

「了解」

 サキヤが、カルムに聞く。

「君はどうするんだい?」

「俺か、俺はまたお師匠様の所に戻り修行を続けるよ」

 ジャンが逆にサキヤに言う。

「サキヤ、お前軍に入らないか。もう成年だろう。金の盾を持ち出した者は英雄だ。軍も悪い扱いはしないだろう」

「そ、それは。考えとくよ、まずは母ちゃんを探さなきゃ」

「そうかそうか、軍はいつでも歓迎するよ」

「俺は魔方陣で帰る。ここでお別れだ」

 カルムが別れを言う。

「ああ、元気でな」

「そっちもな」

「お世話になりました」

 ジャンとバームが手を上げる。

 カルムは宿屋に入っていく。

「じゃあ俺たちも出発するか」

「了解!」

 サキヤは金の盾を持ち、ミールと手を繋ぎ歩きはじめた。




 怪物編、了





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金の盾と青い牢獄 第1巻 β版 村岡真介 @gacelous

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