第16話「剣と剣」
時を同じくして、ルークは大剣使いのブルッグと睨み合っていた。最速の剣の元、一撃必殺を狙うか、それとも相手の疲弊を狙うか風の戦士は思考する。
「どうした!?かかってこねえのか!?
お仲間はフィルを倒したみてえだが、俺はそう簡単にはやられねえぞ!」
人間ならば両腕で持ち上げることすら難しいであろうその大剣を赤いブルッグは軽々と片手で持ち上げ、刃を向けて挑発する。
「ふぅ……」
左足を僅かに後ろへと引いて、左手で鞘を持ちながら、右手で剣をすぐに抜くことができるように構える。
「ほぉ?おかしな構えだがそれで俺を倒せるってかぁ!?」
荒々しくも単純な振り下ろしがルークの頭部に迫りくる。それを目に見えぬほど速い居合い斬りで対抗する。
「うおっ!?なんだぁ、抜いたのか!?
今、その鞘から剣を抜いたってのか!?」
ブルッグの目には捉えられなかったようだ。彼はその勢いに押されて、僅かよろめきながら眉を細める。
ルークはその間も、先程と同じ居合いの
要領でただその場で一撃が振り下ろされるのを待つ。カウンター型で攻めるようだ。
「へへへ!やるじゃねえか人の子ぉ!」
豪快に笑いながら、大剣を地面に押しつけて、再び肩に自分の武器を乗せた。
(さて、さっさと終わらせないと)
大気中の風のマナと自分の中の風のマナを共鳴させる。振り下ろされる際に発生する僅かな風圧を利用して、ルークはそれを自分のものにした。風を纏わせた居合い。
金属を容易く貫通するほどの高密度に圧縮された風が、剣とともに鎧を切り裂く。
「んぬぅっ!?」
大柄のエルフの身を守る鎧は
まるで紙を切るかのように容易く切れた。
そして、ズン、と重々しい音とともに鎧は地面に落ち、四方に斬り落とされた。
「へ、へへへ……てめぇ、やってくれやがったな人の子ぉ……!!!」
「なにっ──!?」
その言葉を発した直後、ルークの眼前には
歪んだ笑みを浮かべたブルッグがいた。
巨体には見合わない俊敏な動きでルークの
首を掴んで持ち上げた。
「へへへっ!つっかまーえた!」
大木にも思えるその大きな腕、そしてその指に、ブルックは力を込める。
「ぐっ……おぁ」
「てめえの脚が早えのは認めてやる。けどな、お前油断しすぎなんだよ。お友達が勝ったからってテメエも勝てるなんて思い上がりもいいとこだぜぇ!?なぁ!?」
彼の視界は地面に吸い寄せられる。
ブルッグはルークを掴んだまま、彼の顔を地面に叩きつけ、そのまま自身の足で踏みつけるとマラソンランナーのように走り出した。
「ほらほらほらぁ!反撃してみろってんだよぉ!風の剣士さんよぉ!」
まるで巨大な蛇が穴を掘って移動している様を彷彿とさせるそれは、筆舌に尽くし難い光景であった。
「ははははぁ!」
100メートルほど走った後、ブルッグは
声をあげながら散々引き摺り回したルークを大木へ向かって槍投げの要領で投げ飛ばす。
「うぉらぁ!死に晒せぇや!」
垂直にに飛んでいくルーク。
が、しかし————
直撃すれば木が粉微塵になるはずだったその末路は、起こることはなかった。
「俺を投げたのが失敗だったなブルッグ。いや、そもそも地面に叩きつけた時点で失敗だったんだ。」
ルークの声がブルッグの真後ろでそう告げる。思わず振り向いて、エルフの大剣使いは困惑し、驚愕した。
「はぁん!?お前、なんで……」
顔を掴まれたまま引きずられ
顔面が悲惨なことになっているはずのルークの顔は、戦いを始めた時と全く変わっていなかった。それどころか、最初に首根っこを掴んだところ以外は傷一つ付いていない。
「あんたが勢いよく叩きつける時に生まれた風圧を利用させてもらった。既に顔に集中していたから、無意識に風が守ってくれたんだ。そして、投げ飛ばした瞬間の勢いも、残念だが利用させてもらったよ」
つまり振り下ろした際に生じた風と、投げ飛ばした際に生じた風は彼の“風を自分の支配下に置ける体質”が幸いして彼のクッションになったということだ。
「出鱈目すぎるぜ、マナ使い!」
「そっちのその怪力と敏捷性も出鱈目だと思うけどなぁ……」
いちち、と首元を優しくさすりながら
呆れた表情でブルッグを見据える。
ブルッグはスクルドのすぐ側でイングラムと出会う前のルークの記録も見ていた。彼の使う深緑の風と、美しく振るわれる剣。そしてゴリラックマとのマナの入れ替えも……全て、把握していたはずだった。なのに————
「やっぱりあれか、『人は成長する』ってやつか?映像だけじゃわからねえこともあるもんだねぇ!」
最も得意とする垂直振り。全てを切断しながら、全てを砕くこともできるブルッグの数千年かけて積み上げてきた技術の賜物である。それを、眼前の人間に対して繰り出した。
「来い!」
ルークが叫ぶと、遠くに離れた彼の剣は
その通りに彼の眼前に飛んできて、その垂直振りが直撃する寸前に、剣にマナを注ぎ込んだ。そしてルークは柄を強く握り込んで、溜めに溜めたそのマナを一気に解放する。
「なにい!?」
爆発的な質量の風のマナは、ブルック自慢の破壊力を相殺した。
「ええぃ!ならば!」
脇がガラ空きだ、と言わんばかりに
高速の膝蹴りがルークの身体に直撃する。
しかしそれを、目にも止まらぬ速度の剣捌きで防いでみせる。
「へ、へへへ……へへへへへ!!!
なら俺も本領発揮させてもらうぜ!人の子ぉ!」
ずんっ、という音を轟せて、勢いよく後退をするブルッグ。彼は不敵な笑みを浮かべてルークを指差す。
「これで、お前の敗北は必須だ!へははははは!」
「人を指を指すな、失礼だぞこの野郎!」
苛立ちを孕んだ表情と声で指摘してやる。
ルークは指を差されるのが大嫌いなのだ。
「んなこたぁどうだっていい!むぅん!」
両腕に力を込めてブルッグが吠えると
凄まじい闘気が全身から朱い色を帯びて放出し始める。すると、筋肉が肥大化して体の大きさも変化した。先程より身長が1メートルほど高くなっているし、肉体も筋骨隆々にもなっている。まるで鎧である。
「ははははは!
俺を本気にさせたからだぜぇ!」
さしずめ強化形態といったところか。
肉体が強化されたことによって先程よりも
重い攻撃が危惧される、それに敏捷性が犠牲になったとも考えられるが、ルークはそれを棄てた。戦闘とは、常に“もしも”を考慮して行わなければならない。僅かな油断と慢心が死に直結するのを、彼は知っている。
「うぉらぁ!」
そして、その“もしも”は的中した。
ブルッグは先程の細身だった形態よりも速い動きでダッシュしながらラリアットを繰り出してくる。あんなものが急所に当たってしまえば致命傷は免れないだろう。
「はっ————!」
ぶん、と剣を軽く拭うように振るう。
すると風のマナは胡散し、緑色の光の粒となって大気中に消えていった。
「あ?どういうつもりだてめぇ!」
頭に浮かんだ疑問を吐き出しながらも
走る足を止めないブルッグ。それをルークは睥睨しながら剣を鞘に納めて、両眼を閉じた。
「なめんじゃねえぇぇぇ!!!!!」
ルークは決して油断をしているわけでも
慢心に浸っているわけでもなかった。
力は彼には劣るし、戦闘経験も向こうが上であることは理解している。しかし、ブルッグの攻撃手段を見るにどうも力技が多いような気がするのだ。
(強化形態に移行する、それはすなわち
パワーと引き換えにスタミナを大幅に消費させる行為だ。ブルックの身体的負担もかなりのものになっているはず————)
顔を殴りつける際に生じる“風”を感じ取り
ルークは両眼を開いて鞘から剣を抜き、ブルッグのその身体を神速の如き勢いで両断する。しかし————
剣の鋒は、その剛腕の防御力に耐えきれず
折れてしまった。
剣先が宙を回転しながら舞い、地面に突き刺さる。
「はっ!死ねぇ!」
ルークの視線は一瞬、刃に集中していた。
そのせいでブルッグのラリアットを躱し損ねて、左腕に直撃を受けてしまった。
「ぐっ……!」
みしっ、と左腕の骨に亀裂が入るような音が頭の中で木霊する。まずいと本能で悟ったのか、ルークは跳躍して後退する。
「っ————!」
宙に対空し、着地するまでの間、左腕はただの長く重い肉塊に変化しようとしていた。その証に、左腕は脳の司令を受けることはなく、だらりと垂れ下がったままだ。
「くそっ……!」
ルークはブルックの肉体的強化、すなわち攻撃力と敏捷性を上昇させることだけを視野に入れていた。失敗したとすれば、岩の如き防御力をあの時に備えさせたという点だろう。だからルークは、風の戦士は負傷したのだ。
「スクルド様、ひとつお聞きしたいんですが、その回復球はどんなに致命傷を受けても回復するのですか?」
だからルークはたったひとつの疑念を振り払うために皇女に問う。
〈もちろん、神代の回復魔法を舐めないでちょうだい。眼球ごと取れようと下半身が両断されようとすーぐ治って生えてきちゃうんだから!〉
「──わかりました、ありがとうございます」
にやりとルークは笑ってスクルドに礼を述べた。それがわかれば充分だと、表情が物語っている。
「そうとわかれば————!」
着地した刹那、風の戦士は使い物にならなくなった自らの左腕を剣の一太刀で、躊躇うことなく斬り落とした。
左腕のあった箇所から鮮血が飛び散って、地面を赤く染める。自身の身体といえど、使い物にならなければ斬って捨てる。
そうしなくては、この戦いには勝てない。
〈そ、そんな!?〉
「なっ……!?自分の腕を……斬り落とした!?」
その光景にイングラム以外の誰もが驚愕し、動きを止めた。
「油断するなよ!」
自分の左腕だったものが地面に落ちる前に蹴り上げ、サッカーボールのようにブルックに向かって蹴り飛ばす。それは真っ直ぐに飛んでいき、瞬く間もなく接敵した。
「甘ぇよ!」
大剣を音もなく振るい、左腕を斬り伏せる音が耳に届く。ルークは嗤った。その瞬間、腕が緑色に光って膨張し、爆発四散する。
「うぉあ!?」
衝撃波に吹き飛ばされるブルッグ。
転がりながらも顔を上げたその先には
深緑の剣を持つ風の騎士迫っていた。
「風の刀身よ!」
出血する箇所から淡く緑色に光るマナが
鋒のあった剣に集約していく。
そしてそれは深緑に煌く刀身へと変わった。
「刃風!真空ノ太刀!」
神速の剣が振り下ろされ、まだ立ち上がらないブルッグの左肩へ叩き込んでいく。骨身に進撃する真空刃がキリキリと音を奏でる。
「うぉあああぁ!!!」
悲痛な叫び声が轟いた。
そして、ブルッグの左腕には大きな刀傷ができあがっていく。このままいけば、数秒立たないうちに左腕が肉塊へと変わるだろう。ブルックは自分も腕を落とすことになるのは勘弁だと、思わず降参の意を示した。
「へへへ、完敗だ……まさか自分の腕を切り捨てる人間がいるなんて思わなかったぜ」
「俺も、あんたの攻撃を右腕にも受けていたら負けていたかもしれない。いい勝負だった」
マナの消えた剣を鞘に戻して右手を差し伸べる。ブルッグは呵々と笑いながら手を掴んで立ち上がった。
〈イングラム、そしてルークの勝利。お見事ね!〉
姿の見えない皇女の拍手が戦場に響く。
そして、しばらくするとパチンと指を鳴らす音が聞こえた。
「みんな、お疲れ様!」
皇女のいる王室へと戻ってきたらしい。
彼女はすぐに手から光球を作り出し、見事な戦いを見せた戦士たちにそれを押し付けた。
「随分な無茶をしたな、ルーク」
イングラムの言葉に、ルークは
苦笑する。
「数千の人の命と、腕のどちらを取るかなんて、考えるまでもないさ。それに、あのままだったらきっと負けてたし……結果オーライってやつだよ!」
回復球を左腕のあった場所へ押しつけて
再生させる。
トカゲが新しい尻尾を生やすように、腕はぬっ、と生えてきた。
「あー、でもあれだね……生えるのはなんか変な感覚だね」
ルークは腕の感触を確かめながら
そんなことを呟く。
「斬った時の痛みが今になって襲ってきたんだろう。まあ無理もないが」
そんな会話をしていると、拍手をしながら微笑んでいるスクルドが玉座から立ち上がった。
「んー!素晴らしい!
久々に全盛期の頃を思い出すくらい胸が滾ったわ!ありがとう!」
「ど、どうも……」
アイドルの握手会を目の前にしたファンのような興奮ぶりにふたりは思わず苦笑いする。
「それで、同盟の件だけれど————」
ドュルルルルとドラムロールらしき音が皇室に響き渡り、部屋全体が暗くなり、天井からスポットライトらしき明かりがあちこち移動する。
デン!と大きな音が響き、そして大きなスポットライトが皇女を照らし出す。
そして、そのポーズは————
「結びましょう。約束だったものね」
大きな丸を両腕で作って、ふたりに同盟を結ぶ意を示した。
「ありがとうございます!」
「やったね!イングラムくん!」
二人は向かい合って、お互いの拳をガッチリと握り合った。
こうして、ソルヴィアとファクシー王国の同盟が成ったのだった。
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