第9話「廃村に潜む闇」

「ふぃ〜……」


UMA退治の後、ルークは額に溜まった汗を腕で拭い、街の入口をくぐり抜けた。

煌々と太陽が輝いている。

体力と気力を奪うには十分だった。


「昼だな。

そろそろ宿で昼食にしよう」


「うん、そうしようか」


反対に、イングラムは清々しいほどの表情で街を見渡している。


ここは、ソルヴィア領国内にある

小さな町。

交易が盛んであり、冒険者たちも多く訪れる中間拠点的立ち位置だ。

ここから更に西に進めば、ファクシーへとたどり着く。

が、しかし彼らも人間だ。適度な休息を取らなければ倒れてしまう。


「お、ルーク。

あそこはどうだ」


イングラムは指を指す。

その先には一際大きな看板が立っていて

ヒレステーキ専門店、と書かれていた。


「おぉ〜!ヒレステーキじゃないか!

食べたかったんだよね!」


「俺もちょうど精の付くものが食べたかったところだ。よし、早速向かおうか」


ルークはこくりと頷いて

二人で専門店の方向へと進んで行く。


「うん……?

臨時休業だってぇ!?」


店の扉の前に大きく堂々と置かれた

看板には、大きく【臨時休業】とだけ

書かれていた。


「それだけじゃわからないよなぁ……」


困ったように頭を掻き分けるルークは

諦めたのか、深々と溜息をついた。


「仕方がない、どこか軽い朝食でも

食べられるところにしようか」


そこで運良くヒレステーキが食べられるのであれば、ルークも渋々納得するはずだ。

イングラムは「行こう」と友の前を歩き始める。


「ううむ、まあ仕方がないか」


ルークもそそくさと付いていく。


◇◇◇


「で、ここしかなかったわけだが……」


あれからこの街を散策していたのだが、どこもかしくも臨時休業だったことが

災いして時刻は朝食どころか昼食前になってしまっていた。

藁にもすがる思いで歩いているといかにも怪しげなカフェが開店しているのが見えたので、ここにした。


町の外れにあるせいか、陽の光が当たっていない。

外観はところどころ錆て朽ちていて

看板の文字も劣化の影響が薄くなって

読みにくい。

辛うじてカフェの一言が読める程度だ。


「本当に入るの?」


「うむ、ここしかないだろう

街の人達に聞いてもどこも開いていない

そうだからな」


「そうか、そうだよねぇ……

でもなんか嫌な予感がするんだよ〜」


ルークは店の入り口から2、3歩離れて

そう言った。


「なに、幽霊が出るわけでもないだろう。

出たら出たでどうにかする。俺に任せておけ」


イングラムは恐怖体験やら幽霊やらに

やたらと耐性がある。というかむしろ本人が見たいまである。しかし表情に出すと周りの人間に引かれるので出すことはない。


「お邪魔しまーす」


コンコンとノックをする。

すると、扉の向こうから返答のノックが返ってきた。


「?????」


「何かのいたずらじゃないだろうね……」


呆れたようにルークがそう呟く、と──


「い〜らっしゃ〜い」


ルークの真後ろで、地獄の底から発せられたようなしがれた老女の声が聞こえた。


「うわぁ!?」


「お」


驚愕して飛び退くルークの傍で

内心ワクワクしているイングラムは

その老人の前に立った。


「あの、ここは貴女のお店ですか?」


「うむ、数百年ぶりの客じゃて」


黄ばんだ黒いロープに身を包み

中腰で怪しげな杖を支えにしている老婆は

呵々と嗤う。


「ここの定番はなんです?」


「うむ、まあ中に入れ。

メニュー表を渡すからの、ほれそこの灰色の髪のあんちゃん、お前さんもこっちじゃ」


鞘に手をかけているルークは

警戒を怠っていない。


「何も悪いことはせん、いや、まずは

謝罪じゃな。驚かせて悪かった」


「……」


悪気はないと判断したのだろう。

ルークは鞘から手を離した。


「ルーク、警戒し過ぎだ」


「イングラムくん、君もしかして楽しんでる?」


「え?い、いや……そんことは、ないぞ」


「楽しんでるんだな……」


引かれてしまった。


「呵々、お主ら面白いの!

久しぶりじゃよ、こんなに和気藹々としたのは」


嬉しそうに老婆は笑うと、そのか細い手で

自身の店の扉を開けた。


凄まじい冷気が二人の頬を撫で消えた。


「う……寒い」


「ほう、これはこれは……」


中はとても寒く、まるで冷凍室ではないかと錯覚してしまうほどで、両腕で身体を押さえてガタガタしているルークと、興味深そうに店内を見渡すイングラム。二人は老婆からしてみればとても対照的だ。


「お主ら、食事の前に頼み事をしても良いかの?」


「ほう、ホラー案件ですか?

喜んで」


「いや勝手に決めるなよ」


老婆の言葉を待つ前にルークが

制するように言う。


「いや、ホラー案件ではないぞ。

普通の依頼じゃ、普通の」


「えぇ……そうですかぁ」


明らかに落胆しているイングラム

そして今度は内心ホッとしているルークが

老婆に言葉をかけた。


「どのような依頼なんです?」


「うむ、この街より少し西にある

廃村の村に行ってきて欲しいのじゃよ」


「ほぉ、廃村……?」


廃村という言葉に両耳が反応し

イングラムは先程と同じ調子に戻った。

彼はすこぶるな廃墟マニアで、小さい頃は

幼馴染みの女の子とともに色々な場所を練り歩いたらしい。


「そうじゃ、そこで奇妙な噂を聴いてのぅ。合成獣を作っている怪しげな集団の出入りが見られたんじゃよ。お主ら、合成獣は知っておるかの?」


「えぇ、キメラですね。

複数の動物の特徴を併せ持つ、存在してはいけない禁忌の生物です」


イングラムはその手の話に詳しい。

本で得た知識だが、実際に相手にしたわけではない。


「俺たちにそいつの退治を?」


「可能であれば、な」


イングラムとルークは目を合わせ

お互いに口角を僅かにあげた。


「その依頼、私たちが受けましょう」


「困ってる人は見過ごせないんでね」


二人の眼差しに老婆は思わず目を細め、凝視した。

しかしすぐにひょうひょうとした態度に戻り

改めて二人に依頼する。


「では、頼むぞ戦士達よ。

依頼の報酬はあとで別の者が渡す。

楽しみにしておれ」


呵々と笑い、老婆は青い炎に身を包んで

煙のようにふわりと消え去った。


「うわっ、心臓に悪いなぁもう」


「どういう原理なのか知りたいな……」


対照的な感想を述べる二人。

ピロリン、とイングラムの電子媒体が起動し

廃村までの道を指し示しはじめた。


「よし、では早速向かおうルーク。

腹が減ってはいるがまだ持つぞ俺は」


「ねぇ、なんで電子媒体が勝手に起動したの……?」


そういえば何もいじってないのに

電子媒体は勝手に起動した。

そして行ったことのない場所への道標も

勝手に表示されていた。


「……さあな?」


片方の口端を釣り上げて、にやりとした笑みを浮かべて返事をする。

本当はガッツポーズをして叫びたいところだがきっとそんなことをしたら「ドン引きです……」と言われてしまうので言わないイングラムなのであった。





辺り一面、土気色の地面ばかり。

雨が降っていないのだろうか、地面の所々は干上がって、おまけに亀裂までもが入っている。そして未だに効力の衰えぬ太陽は

ふたりと戦士の体力を着々と奪う、そのはずだった。


「ルーク、助かったぞ」


「うん、ここに風が吹いてて本当に運が良かったよ」


ルーク・アーノルドの身体に流れる魔力液

その適性は風属性である。

彼の周辺に風がほんの僅かでも吹いているのであれば自分の中のマナと共鳴させて

対象化したものを何重にも屈折化させることができる。現に今、二人に直射しているはずの太陽は彼のその特性により日光とその反射範囲を屈折させ、通常気温に保たせているのだ。

つまり、ほどよく温かいという状態にある。


「熱中症?日射病だっけか?

ならなくて済むねぇ」


「あぁ、ルークの特性は便利でいいな」


「いやいや、イングラムくんの雷属性だって暗いところ灯せるし、静電気でビリってることもないじゃない?いいなぁ……」


そんなこんなで天気の日照りを物ともせず

二人は廃村に到着したのだった。




所々に朽ちながらも辛うじて存在感を残し続ける家々を見た。

最後の希望だったのであろう水も、この池だったところからは最早片鱗すら感じない。灼熱地獄が長い月日をかけて、この村を廃墟にしたのであろうことが伺えた。


「……それにしても、人の気配がまるでしないね」


「うむ、全くと言っていいほどないな」


周囲を警戒しつつ二人は辺りを見渡す。

廃村だから、ここに住む人達もどこかへ姿を消したのだろうか


「おっ……ルーク、あれを見ろ」


左手で人差し指を口に近づけながら、右手で捉えたものを指差す。


「……あれは、ロープを着た人間?」


「あれが例の依頼にあった集団かもしれないな」


その対象の男は、周囲を異様なほど警戒しながら、村の元中心部であったのだろう入り口に入って消えていった。


イングラムとルークは中腰になってそれを追いかける。隠密行動だ。

気配を充分に消しつつも、仲間には居場所を伝えられるようにする。


近くに来てみれば、堅牢な作りの入口が

あり、四角形の形をしていて、そこから先は階段になっているようだ。

そそそ、と二人は入り口のすぐと別れて覗き見する。中は外とは違い、まるで深淵のように暗かった。


「これはさすがに先が見えんな、だが紫電を使うわけにもいかん。

暗闇に目を慣らすしかあるまい」


「そうだね」


イングラムが先頭に立ち、暗闇で最も頼りになる足音を用いて階段を降っていく。壁に手をつけながら、ルークもイングラムに続いて階段をある程度降りていく。すると

建物が突然揺れて、小さな石やら砂やらが天井から落ちてくる。


「……」


ズン、と大きな音がしたかと思うと

太陽の明かりは完全に遮断され、本当に真っ暗になってしまった。

閉じ込められたのである。


「毒矢やら落とし穴がないだけマシか……」


さきほど別の人物がここに入っていったばかりだし、新しい罠を設置する時間があったとは考えにくい。


「ルーク、手を出してくれ」


ぽっ、とルークの両手には

あの白銀サソリのいた洞窟で使った小さな紫色の光る球体が創り出されていた。


「ありがとう」


二人はお互いの距離感をまず把握し

それから紫電で可能な限り範囲を縮小して

進むべき道を照らす。


「なにやら獣臭いな。何かいるかもしれん」


「そうだね、キメラが出てくるかもしれない。なんか研究室っぽいような、薬みたいな匂いもするし」


確かに、アスファルトを踏んでいた感覚が

いつの間にか鉄製のものへと変わっていた。

下を照らしてみると、丁寧にクリーニングされた地面になっているし、所々薬品ぽい匂いもする。

ならば匂いのする方向へ突き進めばいい。

そして注意深く足元や目の前を警戒さえすれば、たどり着くことができるはずだ。


「よし、進むぞルーク」


「了解!」


ふたりは気を引き締めながら

進んでいく。

しばらくすると、研究室の入り口らしきものが見え、そこから仄かに光が静かに漏れている。


「見つけたぞ……あれだな」


僅かな隙間を覗き見る。

均一に並べられた実験用の大きな楕円形のカプセルの中には、怪しい緑色の液体が充満しており、犬や鳥、鮫などの動物たちがぷかぷかと浮かんでいる。


そして、中央の一際大きな縦型水槽には

無数の人間が群がっている。

二人はゆっくりと聞き耳を立て始めた。




「……ふふふ、ついに完成した!

我らが禁忌生物最高傑作!

ゴリラックマ!」


「おめでとうございます!術長!」


歓喜に打ち震える術長と、それをこれでもかと称える部下たち。

その目の前にいるのは、ゴリラの肉体。

熊の如き体毛を生やし、厳しいクマの頭部を持ったキメラ生物である。

今は目を閉じて胎児寝しているようだ。


「ふふふ、これで我々は世界征服を狙うのだ!」


「ええその通りですとも!

我々の実験を止めようとした者たちも

畏怖して逃げ出しましたからな!」


ははは!と大笑いをあげて

世界を征服する人造生物を称える。


「ふむ、しかしどれほどのものなのか

気になるな……おい、ボタンを押してみろ」


「ははっ!調節は完璧でございますから

敵味方識別もきちんとできるはずでございます!」


部下の一人が浴槽の近くにあるボタンを押すと、緑色の液体は徐々に抜かれていき

完全に無くなった後にキメラ生物、ゴリラックマは目を覚ました。


「……おぉ!」


黒い肉体と真っ赤な目は

まさに強者と表現するに相応しい風貌だ。

ゴリラックマは、自分の身体を見回した後、強靭な左腕でカプセルを叩き割り、降り立った


「ひゃははははは!

さぁ!ゴリラックマよ!

外の人間どもを殺しにいくのだ!」


新しく誕生した最凶の怪物に

生みの親は嬉々として命令する。

が————


ゴリラックマは真っ先に

その赤き双眸でその親を捉えたのだった。


「なっ、なんだと!こっちじゃない!

来るなぁ!」


ブン、と風すら殴り捨てかねない音が

聞こえたその刹那、術長の首は弾け飛んで床に転がり落ちて、身体は血の池を作りながらうつ伏せに倒れた。


「ひぃっ!

逃げろ!逃げろぉー!」


我先にと研究室の入り口へと走っていく部下達も、瞬く間の内にゴリラックマの一撃のもとに斃れる。


白と灰色で構成された床一面は赤で染まってしまった。

ゴリラックマは再び、術長の首をトマトのように踏みつぶすと雄々しく吠えた。






「……外に出よう。戦うにはここじゃ狭すぎる」


ルークの提案を受け入れ、二人は紫電を頼りに出口を叩き壊して外に出た。

灼熱の太陽光が戦士たちを出迎える。


「ちっ、さっきより暑くなってないか!?」


「ごめん、戦うためにマナ温存するから

あいつ倒し終わるまで我慢して!」


イングラムが槍を、ルークが腰元の鞘に手を伸ばすと同時に、先ほどまでいた場所が

地面に吸い込まれるように消え、そこから

黒い影が跳躍して、豪快な砂塵を巻き上げて

着地した。


「————」


声を上げずに、ただただゆっくりと

全身を起き上がらせて、ゴリラックマは

両腕を後方に引いて、戦士達に吠えた。


「来るぞ!ルーク!」


戦士達もまた、全身全霊を懸けて迎撃するために各々構える。


今ここに、悲劇の生命体との戦いの火蓋が切られたのであった————

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