第2話 「ウルガル山」

イングラムは電子媒体を山頂方面に向け情報を入手する。


カメラ機能が山の全容を捉えると画面に簡潔ではあるが情報が表示された。




『ウルガル山 標高1500メートル


任務目標地点で間違いありません』




「ありがとう、ここがそうなのか」




城門を抜け5キロほど南方に歩いた先にあるこの山が、王命を受けた魔物が潜むと言われているウルガル山である。


登山具を活用しなくても登山することができる山で、頂上には特殊な魔術がかけられており、酸欠になることも高山病になることもないという健康を促進するにはお誂え向きの山である。




「周囲に怪しい魔力反応はないな。」




敵の気配は今のところ感じ取れないが


本当はすぐ近くにいるのかもしれない。


もしもの可能性を考慮し、イングラムは


山の入り口まで歩いて行く。




やがてイングラムは辿り着き、周囲を見渡していると、近くに何かが建てられていたような跡があった。そして、イングラムはそっと手をかざすと、微量の魔力反応を感じ取った。ルード宰相が言っていた看板を壊した犯人の仕業だろう。無理やり引き剥がされたみたいに、大きな凹凸ができている。




「魔力の測定さえできれば、いつ頃行われたかわかるんだがな」




イングラムはその痕跡の前で膝を折り


改めて手をかざす。


すると、仄かに痕が光り、山の奥へと続く道に今の今まで見えなかった複数の足跡が淡い光を放射しながら出現した。




「隠蔽の魔術か……」




一般市民であれば気付かない、しかし駆け出しの魔術師であれば感知できるほどの低級魔術だ。中級、上級のものがあるとは聞いたことがないが、存在すると見越して動くのが得策だろう。


イングラムは足跡を辿りながら山道を歩き始める。




◇◇◇




山を歩いて5分経ち、3つの分かれ道に立った。立ち止まって、考察する。




「……………」




足跡は3つの道に続いている。


しかし、どの道も同時に行くことはできない。ならば別の方法で同時進行させればいい。そう考えたイングラムは懐に手を入れて粘土細工のようなものを2つ取り出した。これまでの道中、ゴブリンやスライムといったモンスターたちは現れることはなかった。見たものはカラスやウサギ、リスなど、比較的多く見れる小動物たちだった。




周囲を見渡して、茶色の鳥類種の羽が落ちているのを見つけた。


イングラムはそれを2つに折ると、粘土細工に練り込み、そこに自身の魔力をちょっぴり注いでやる。




ぽい、とそこら辺に転がすと、粘土細工はみるみる形を変えていき、茶色と白の入り混じった羽毛を持つモリフクロウの姿へと変わった。




片手の人差し指を前に出すと、本物みたいに二羽とも両翼を羽ばたかせて指先に止まる。




「質量、質感……


共に及第点といったところか」




重さや形は生物図鑑を読み漁り、事前知識も相待って事細かく理解できていた。


群れの中に紛れ込ませても、よほどの勘のいいフクロウでなければ見破ることはできないだろう。


さすがに生物もどきなので鳴くことも求愛行動を起こすこともないから、同族には奇異な目で見られるかもしれないが




イングラムは使い魔たちの目と耳を


自身の電子媒体とリンクさせると、左右の道へ飛ばした。モリフクロウの生態情報をインプットさせているので、その通りに二羽とも羽ばたいて森の中へと姿を隠した。やがて姿が見えなくなるのを確認し、イングラムも真正面に続く道へと立ち歩き始めたのだった。




◇◇◇




耳小骨が振動する。


フクロウに扮した使い魔たちがなんらかの情報を入手したという合図だ。


草木に身を隠して電子媒体を起動すると


空中にホログラフ化されて浮き出した映像が2つの画面に分かれて投映される。


どちらも魔物の手下らしきゴブリンたちが


石斧やら石弓などを手にして周囲を巡回している。それらの奥には洞窟らしき入り口があった。




ステルス機能を使って潜入させようか。


だがあの使い魔は創り出して僅かな時間とはいえイングラムの匂いが付いている。


先程外へ飛ばしたとはいえ、例え視覚できなくとも、嗅覚で位置を把握されて破壊される可能性がある。耐久性に念を置いておかなかったことを自嘲した。




(しかし、このままというわけにもいくまい。調べられるだけ調べてみるか)




電子媒体を起動させて、ステルス機能のあるアイコンをタップする。


すると、使い魔たちが周囲に溶け込んだという合図が振動で伝わってくる。


攻撃を受ける前に中に入り、その正体だけでも確認する。報告材料の一つにもなるし


念の為に、途中で破壊されても映像が記録されるように設定もしておく。




「さて、行くか」




イングラムは万全を期して電子媒体の電源をオフにし、画面をフリックして消した。




◇◇◇




真っ直ぐに道を歩いていると、何かの気配を感じ取った。


すぐさま近くの草木に姿を隠す。


前方の方から、無数の人影が現れて


何か話をしている。




「して、魔物の様子は?」




しがれた老人のような声は、そう言った。


確証はないが、どこからから連れてきたものらしい。




「は、山頂に我が物顔で君臨し農民たちを奴隷の如く扱い、惨殺しております。」




「そうか、よろしい。


そのままあの国の民を連れ去り


国王に痛い目を見せてやらねばな」




呵々と笑いながら、道を歩いていく。


その時、ザッと後ろの草陰が揺れた。




「撃て!」




脅威排除すべしという考えは間違いではない。今まさに部下たちによって、火の魔法が唱えられる。彼らの腕の前には小さな魔法陣が浮かび、そこから火炎が放たれる。




「ははは、例え野兎だろうと鳥だろうと


脅かすものは殺めねばなぁっ!?」




轟々と燃える草陰を見て満足気に歪んだ笑みを浮かべる老人は、その脅かしたモノの正体を確かめようと———




「うわぁ!」




刹那、一閃が走った。


部下たちはたちまち、地に伏した。




「危なかったな、危うく森に火が燃え移るところだったが———」




「な、にぃ!?


貴様は、貴様はあのインペリアルガードの———!?」




先の声の持ち主は、やはり年老いた男性だった。そして、イングラムのことを知っているのか、無意識に後退りを始めている。




「ほう、俺を知っているのか。なら話は早い。今の話を詳しく聞かせてもらおうか?」




「う、撃て!この男を焼き殺すのだ!」




老人は部下たちに火炎魔法を撃たせた。


酸素と熱が結合して、炎としての形を帯び、それが目にも止まらぬ速さで騎士に飛んでいく。一通り訓練された兵隊も、たちまち背を向けて逃げ出すほど、それは危険な魔法なのだ。が




それを、最強の騎士は槍の一振りにて


それら全てを相殺した。




「ば、化け物……!」




老人は逃げようと背を向けて走り出そうとする。




「待て」




ぶん、と風を切る音が聞こえたかと思うと


老人は縄に縛りつけられていた。


僅かに離れていたというのに、縄を巧みに操り、あっという間に引き寄せられて


道端に正座をさせられるように組み伏せられる。




「ぐぁっ……!」




「さあ話せ、山頂には何がいる?


道中にあった2つの洞窟はなんだ?」




「ぐぬぬ……素直に吐くと思うか?


インペリアルガード!」




「きさま……まさか、ソルヴィア王国の人間かか?」




捕らえて顔をよく見てみる。


この老人は、あの豪華絢爛な服装を着た


貴族と顔が非常によく似ていた。


おまけに、マントに隠されている王国の証がきらりと反射する。




「な、なぜそれを———はっ!」




「なるほど、有益な情報感謝しよう。


で、あと二つの返答について聞いていないんだが、教えてもらえるよな?」




「くっ、言えぬ……言えるわけがあるか!


魔物のことならまだしも、洞窟のことは知らん!」




老人の頬を掴み、少し力を入れて睨みつける。どうやら本当に知らないようで


首をふるふると横に振りながら否定する。




(これ以上は時間の無駄らしい……


自分で確かめるほか無い、か)




可能であればもう少し情報を得たかったが


これ以上時間を割くことは出来ない。


こうしている間にも、奴隷とされている民の命が尽きるともしれないのだ。


イングラムはこの老人を気絶させて


倒れて気を失っている部下達と同じ木に縛り付けて先に進む。


魔力で編んだものだから早々脱出されることはない。




◇◇◇




イングラムはウルガル山の山頂へと登頂した。巨大な大木が中央にそびえ立ちその周囲で痩せこけ、虚な目をした農民達が作業を行なっている。




「ぐはははは!


人間共!働け!働け!


休む間も無く、俺のために貢ぐのだ!」




まるで神にでもなったかのようなその言い分が木の上から木霊する。すると、農民たちの体が紫色に発光し痺れるように苦しみ出した。農地に倒れた男性の露出した腕には


何かの呪文のような文字が刻まれていた。




(呪印か)




その言葉の命令通りに動かなければ


命をすり減らす危険な黒魔術の一つである。


農民たちはこれを身体のどこかに無理やり


埋め込まれて、この山に誘拐され、その上で無理やり労働を行わされているようだ。




実にくだらない、そう思いながら


イングラムは身を乗り出した。




「貴様がこの山に住む魔物か?」




「むぅ?人間……か?


いや、その服装は、騎士か!」




知能を持った怪物が断言する。


ふ、と笑ったのかと思うと


木から降りて姿を現した。




「俺はこの山を根城にした


ゴブリンの王!キングゴブリン様だ!」




緑色の肌に、頭部に生えている二本の大角


体長が2メートル近くある大男。


贅沢を堪能しているという証に、大きく膨れ上がった腹が目立つ。




「お前の後ろにいる民たちを解放しろ」




「はははぁ!やだね!」




不気味に笑いながらキングゴブリンは否定の言葉を吐き出した。ならば、こちらも容赦はすまい。イングラムは戦闘態勢を取る。




「はっ!


俺様を相手にするのはまだ早いぞ!


出でよ!我が部下たちよ!」




号令と共に、イングラムの周囲を取り囲むように20匹近くはいるだろう多くのゴブリンたちがどこからともなく現れた。




「ははは!


そいつを殺せ!ズタズタに引き裂いて


民たちの見世物にしてやるわ!」




「ケケッー!」




統率の取れた動きでゴブリンたちは


イングラムに対して距離を詰めてくる。




「なるほど、闇雲に襲うわけではないらしい。リーダーとしては妥協点だな」




ゴブリンたちを値引きするように睥睨する。彼は凄まじい戦意を放出したまま、右手を伸ばして顕現した槍を手にして構える。




「さて、掃除をするとしようか」




こうして最強の騎士とゴブリンの火蓋が切って落とされたのだった。

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