あなたを探して、ついでに邪神を倒す

深海アオイ

第1話 「王命」


騎士は、夢の中にいた。

グレースケールに包まれた世界ではあったが

ただ一つ、色彩のある男がいた。

視界に収めるだけで、妙な安心感が湧いてくる。その男は笑みを向けると


「イングラム、安心しろ。

俺は必ず帰ってくる」


そう紡いだ。

彼はその憧れの男の言葉を素直に聞き入れ

頷く事で受け入れる。

それを見た男は安心したらしい、背を向けて扉に歩いていく。ガチャリと、憧れの男はドアノブに手をかけて扉を開ける。

その瞬間、視界はとてつもない光に包まれ、意識はその世界から切り離された。


「━━━━━」


見ていた夢の内容の割にはぐっすりと休めていたようだ。騎士は重い瞼を何度も瞬きさせてぼやける視界をゆっくりと鮮明にさせていく。


〈イングラム殿、これから謁見の場で会議だというのに随分いい夢を見られていたようですね〉


イングラムの瞳が正常になり始めた頃合いを見計らったかのように、兵士がため息混じりに話しかけていた。

おはようの挨拶もないのか、と内心悪態を

吐きながらその映像を見据える。

この兵士、実際にその場に居るわけではない。

電子媒体による通信機能で発見するホログラフィックから音声を発しているのだ。


「あぁ、悪いな。

今からそちらに向かうからもう切るぞ」


まだ何か言い足りないであろう兵士は言葉を紡ぎかけたが、イングラムはホログラフィックを指でフリックする。

すると、映像が乱れて、音声がノイズ混じりに途切れて消えた。


「やれやれ、また何の進展もなく

終わるのだろうが、無碍にはできんか」


横たわっていたベッドから身体を起こして

顔を洗面台の水で洗い、鏡を見つめる。


アップバングの柔らかな黄色の髪に

深い翡翠色の双眸が美しい。

程よく鍛え上げられた肉体は屈強な鎧のようで

力を入れずとも隆々とした筋肉がその存在感を主張している。


イングラムは側に置いてある黒紫色の鎧を身につける。ドアノブに手をかけて、イングラムは

城下町へと歩き出した。


◇◇◇


緑の木の葉が舞い爽やかな空気が風と共に身体を吹き抜けた。中世ヨーロッパを彷彿とさせる街並みが今日も賑わいを感じさせる。


ここは、王国ソルヴィア。

全ての種族が平穏に健やかに過ごせるようにと現国王であるソルヴィア王が改名した国である。その名の通り、この国には人間の様でありながら動物の身体的特徴を持つ亜人に、二足歩行で歩く獣人、そして人間が至る所で活動している。


「相変わらず賑やかだな、この国は」


とある事情でここへ在住して2年、イングラムはぽつりとそう呟いた。

周囲を見渡しながら目的地である城へ向かっていると、大通りの端の方で3人の白い鎧を着た兵士達が、貧民街の少女を人気の少ない路地裏へ無理やり引っ張って連れて行こうとしている光景が見えた。

それは見過ごせない。

イングラムは人混みをかき分けて、中太りの兵士の肩を掴んだ。


「なんだお前———」


「“お前”とは随分偉く出たな。」


取り巻きの細身の兵士達がひぃっ、と声を上げる。

本来いないはずの騎士がやってくるとは

誰も思っていなかったのだろう。

中太りのリーダー気質の騎士はまずいといった表情で狼狽えている。


「その手を離せ、職務中だろう?

それともなんだ、お前たちは迷子のボランティアでもやってるのか?」


兵士の1人が微かに震えて、腰を抜かし尻餅をつきながら、慌てふためいてその場から一目散に逃げていく。


「全く………」


小さく溜息を吐く、後頭部を掻き回しながら

連れ去られそうだった少女へと視線を向ける。

髪を引っ張られたのだろうか、痛そうな表情を浮かべながらも、その少女はイングラムへと身体を向き直す。


「あの、ありがとうございます!

騎士様!」


その小さな体から溢れんばかりの声で

お礼の言を述べる。


「元気そうで何よりだ。

1人で帰れるか?」


腰を落とし、片膝をついて少女に視線を合わせ、不安を拭うように頭を優しく撫でる。

きっと怖い思いをしただろうと、安心させるように


「うん!」


少女はイングラムが撫で終えたらことを確認すると、踵を返して走り去っていった。

きちんと姿が見えなくなるまで見送ると

本来の目的地であったソルヴィア城へと向かっていった。


◇◇◇


「よくぞ来た!イングラム・ハーウェイ!

其方の来城を心待ちにしていたぞ!」


城内は宝石により作られた装飾品で

彩られている。

中央の玉座に座っていた国王が

待っていましたと言わんばかりに立ち上がり

両手を広げて歓迎の言葉を口にする。


この王こそ、ソルヴィア王国第10代目国王

ソルヴィア5世。

厳かな雰囲気と柔軟な思想を持つこの国王は

祖父の代から続く貧富差別、亜人、獣人の

迫害を国から無くすために

日夜人々の意を聞き、理解し、実行する

仁君と呼ばれるにふさわしい人物である。


「陛下、送れてしまい申し訳ありません。

イングラム・ハーウェイ。ただいま馳せ参じました」


腰を下ろして深々と頭を垂れる。

周囲の貴族たちのわざとらしいざわめきが

煩わしくあるが、これは毎度のことだ。今更気にすることもない。イングラムは頭を

上げ、遅れた理由を述べようと口を開こうとした。すると


「はっ、インペリアルガードの1人ともあろうお方が御遅刻とは、随分怠けていらっしゃいますな?」


業火絢爛な衣装を身に纏った貴族が1人前に乗り出し嫌味を吐き捨てた。

そうだそうだと言わんばかりに、他の重臣

たちも首を縦に振り、嫌味の視線を向けてくる。


「やめぬかお前たち。

イングラムは連日の討伐任務で疲弊していたのだ。多少の遅刻は目を瞑るべきであろう」


「しかし———!」


「くどいぞ!」


王の威厳ある一言は、貴族達を黙らせる。

先の貴族は奥歯を必死に噛み締めながら、元の位置に渋々と戻った。


「イングラム、此度は急な招集にも関わらず

来てくれたことにまずは感謝する。

さて、さっそくだが遅延した理由を述べてはもらえぬか?」


「は———」


イングラムは跪き、頭を垂れたまま

先の貴族騎士の犯そうとした行動を報告する。それと同時に、貴族たちが心なしか

愕いているような気がした。


「ふむ、その貴族騎士たちには

重い罰を与えることとする。

警備兵、捕らえてくるように!」


「「御意」」


イングラムは、立ち上がって重臣の隣に並んだ。嫌悪感丸出しの雰囲気を躱しながら

真っ直ぐに王を見据える。


「うむ、皆揃ったな。

では、宰相ルード、今日の課題を」


王の言葉を受けた

宰相ルードは玉座より一歩前に出て

言葉を紡ぎだした。


「先月、このソルヴィア周辺で

怪しい謎の集団が報告されています。

捜索隊が探っていますが、未だ目処はだっておりませぬ。

それから———」


一呼吸置き、周囲に目配りして

ルードは再び口を開いた。


「我が王国と南方の小国の間位置する

ウルガル山の頂上にて、多数の死体が発見されました。その被害者の多くは、我が国の民たちのものでした。実に、由々しき自体であります」


「なに……?

あそこは魔物が住み着いた故に入山を

禁止したはずではないか!」


王は怒号と共に声を荒げた。

それを、ルードは冷静に制する。


「何者かにより看板が外されていたのです。

痕跡からは、魔術行使による魔力の残滓が確認されました。おそらく、犯人は魔術師でしょうな」


「ルード宰相、その魔物が範囲魔法を使い

国民たちを洗脳、誘拐している可能性も

あります。一度部隊を編成し、山頂へ

向かうというのは」


イングラムの言をルード宰相は苦虫を噛み潰した様な表情で下目に見る。

快く思っていない、そんな空気が彼からだけでなく、周囲の重臣たちからも滲み出ていた。王もその空気を渋々感じとっているらしく、表情は曇ったままだ。


「確かに貴殿の言う通りだ。

しかし、あなたは我が国のインペリアルガード。その称号の持ち主がそう易々と行動出来るとでも??」


屈強で褐色肌の貴族が、口角を上げながら

横目で異を唱える。

そう、彼ら貴族はインペリアルガードであるイングラムのこれ以上の活躍を望ましく思っていないのだ。王お気に入りの騎士。それも状況をより一層悪化させているのも要因の一つである。


「では、貴公はこのままこの件をむざむざ見放せと?出来かねますな、国の土台は民あればこそ成り立つもの、彼らが国から

消えてしまってはこの国は滅亡しかねません」


それは西暦史書でも明らかだ。

東方の島国や、西の大国でも民を見下した挙句、国が滅び、新たな国が成り立ったという循環を過去幾度となく繰り返している。

それは貴族とて知らぬ事実ではなかった。


「イングラム、勝算はあるのか?」


表情を依然変えぬまま、ソルヴィア王は

問う。それに対して、イングラムは言葉を交えぬまま、王に対し力強く頷く。


「うむ、お前は我が国のインペリアルガードだ。本来であれば私の護衛を頼むところではあるが———」


「王よ、ならばなぜ———!」


青髭を生やした貴族が納得できない、という焦燥感を孕んだ表情で主君の言葉を遮る。


「お前たちはかつて、満身創痍だったイングラムに一撃で倒されたではないか」


「ぐ、ぬぬ……!」


王から出た言葉は重臣達には無慈悲に

槍の様に深々と突き刺さった。

青髭の男は、当時のことを思い出して

顔を青くする。


「イングラムと実力が同等、或いはそれ以上であるならば赴かせてもよいと考えていたがな、現状ではそれは愚策としか言えぬ。それに、被害は最小限に抑えたい」


「王よ、もうよろしいでしょう。

ハーウェイ卿、では支度が出来次第ウルガル山に向かっていただきたい。

もし魔物がいるのであれば、あとはわかりますね?」


宰相ルードの意図をイングラムは言葉を待たずして汲んだ。騎士はゆっくりと立ち上がって


「王よ、どうかご命令を」


ふっ、とソルヴィア王は口角を僅かに上げ

誰にも聞こえぬ程度の吐息を吐き出した。

そして、最も信を置く騎士に対して命を告げる。


「では、我が国最強の騎士、イングラム・

ハーウェイよ。直ちにウルガル山へ向かい

原因を究明、可能であれば魔物を討伐し、その首を我が下へ献上せよ!」


「承知いたしました」


右手の握り拳を胸に当てて、騎士は承諾の

意を示し背を向けて王城を後にした。

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