7章 魔物喚ぶもの
1話 予兆
1
何故『鎌鼬』捜索の際に学院騎士団までも駆り出されたのかが、レイは頭のどこかで引っかかっていた。
王宮騎士団は現在総勢154人。当然防衛の維持にも努めねばならないから全員を動かす事は不可能だが、この人間達が一斉に動けば鎌鼬捜索に学院を駆りだす必要はないほどの人数だろう。
加えて、そもそも鎌鼬に対し何故これほどに厳戒態勢を敷いていたのか。
攫われた貴族の娘は王侯貴族であるやんごとなき立場ではあったが、それは裏を返せば私兵を持っている家であるのだ。王宮騎士団が出ずとも、その私兵を出せばいい。客観的に見ればただ盗賊を殺したというだけなのだから、仮に指名手配等にされても国の戦力である王宮騎士団までも動かすのは、なんとも腑に落ちない。
それのいずれももう過ぎた事なのだと頭の隅に追いやっては自分の研鑽の為、学院に務めていた。だが、それだけで事態は収拾しておらず、それは単なる余波、予兆に過ぎなかったのだと、思い知る事になる。
2
レイは朝の4時に、ツバキが部屋の外から飛び込んでくる音で目が覚めた。
サリーはそれを叱る。
「こら、ツバキちゃん。レイ様がお眠りになっているのに、騒がしくしちゃ駄目よ。」
寝ぼけ目をこすりながらメリアスも起きて来た。
だが、サリーの言を差し置き、主君であるレイへの謝罪もなく、慌てた様子でツバキが言葉を続けた。
「大変なんだレイ様。砦のすぐそこに、ダンジョンが!!」
「なっ……!!?」
ダンジョン。
この世界においてのダンジョンとは、魔物の巣の事だ。
自然界の大気に存在する魔力が凝固した動的魔法石。それは魔力が込められており、その魔力の余波は、幾何学的な模様を形成しながら地上まで吹き抜ける穴を作る性質がある。
そしてその穴に魔物達は魔力の補充を求めて集う。これが魔物の巣のメカニズムである。
フーニカール王国より以北、魔物生息域。
そこにはダンジョンが数多くあるとされ、その地形はフーニカール王国側も把握していない。新たに生成されるダンジョンもある為に、全てを把握し切る事は不可能であるからだ。ただし、フーニカール王国の境界にあまりに近い場所に生まれたダンジョンにはその危険性から制圧に向かう事もある。潜り込み、動的魔法石を採掘してしまえばそこには魔物が集まらなくなる。
大侵攻でもないのに魔物の攻撃が多い場合はフーニカールより生息域へと調査隊が派遣され、そのダンジョンを捜索する。
境界へと押し寄せる魔物の数は日に日に増えていく。
対大侵攻防衛砦・ヴァルハラの僅か200オーミ(160m)の距離にダンジョンが生成された、と判明した。
「それは、いつからだい?」
「ええと、聞いたところによると二週間前から確認はされていたけど、今日から魔物の侵攻が活発になってきて怪我人も出ているんだって。攻略に向かったメンバーも帰ってきてないだとか。」
「二週間か。」
二週間前であれば、ちょうど『鎌鼬』事件はその頃に起こっていた。
そちらにかかりきりになれなかったのも、捜索の人員を割く必要があったのも、ダンジョンの確認と攻略に人員を割いていたからだ。
そこに鎌鼬はタイミング悪く出て来たのか。
これまで欠片も気づけなかった中、ツバキが掴んだ。それはつまりもう隠す必要がない、隠しきれないほどの被害が発生している。
そこまで思案を巡らせていると、不安気な顔でツバキはレイを見つめていた。
「レイ様……。」
不思議な毒や技術を持っている事といい、彼女はこのフーニカールとは違う文化様式を持っている場所であるのだろう。敢えて、それを追求はしていなかった。
だがツバキはかつて、魔物の出没する地に住んでいたと言った。ツバキは隠し事はしても嘘は吐かない。
普段は物怖じしないツバキだが、指先が僅かに震えていた。
前に魔物と遭遇したのは壁猪達だ。仲間たちの四肢と自分の目を失ったのだ。怖くない筈がない。そしてそれは、メリアスとサリーも同一である。
レイはすう、と一度息を吸い、言った。
「大丈夫だ。僕にも、やれるだけの事はやってみよう。」
そう言って、着替えて部屋を出た。
ロウェオンはこの時間に部屋に居るだろうか。居なければ部屋の番をしている従者に行先を聞こう。この状況下においては、あの兄はかけがえなく頼りになる。状況と騎士団側の作戦を把握し、レイの力をどう振るえばいいかの指標にしようと思っていたのだ。
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