15話 氷の華
1
「死合……殺し合うって事!?だめだよ、あなたがレイ様を殺したらあなたの願いももう叶わないよ!?」
ツバキは死合うと言ったシーニャに驚いたように声を挙げる。
一方で、レイは理解していた。
「いや。君からすれば、将来僕が王にならないとこの約束は果たされない。その申し出も妥当だろう。
じゃあ条件は、僕は死んだら負け。君はそうだね、手足のいずれかを落とされたなら負けでどうだろうか。僕の目標は君を殺す事ではないからね。」
「それは、私に絶対に勝てる自信があるからでしょうか。」
シーニャは訝し気にレイに聞く。レイがシーニャに比べ格上であるからと安易な条件を突き付けているのかどうか。
「いいや、そんなつもりはない。少なくとも僕の通常の氷魔法は君の風魔法には敵わないだろう。
だが、ここで死んでしまう。一人目の臣下の懇願すらも叶えられない王道なら潰えてしまえばいい。」
そうだ。レイはメイド達三人を娶るが、その為に悪辣な奸計は用いないと決めている。
あくまでも王道を往く。ただでさえ女の身で女を、それも三人を正妻とするのだから、誰もに認められる為には清廉たる王になる必要がある。
むくれるツバキにレイは言葉を投げかけた。
「だから行かせてほしいな、ツバキ。」
「……そんなこと言われたら、止めらんないよ。」
「ありがとう。立会人を頼むよ。」
それを聞いたシーニャは嬉しそうな表情で急かす様に言う。
「決まりですね。さあ。さあ!」
やはり、恐らくは戦わねば満足しないだろう。
ここで拒否してしまえば納得できずに終わる。ガス抜きはしてやらねばならないし、そして何より。
(僕自身の実力を、彼女に証明しないときっと彼女の心は付いてこない。)
シーニャは聡い。これからこうと決めたなら、きっと形式上は部下のままであるだろう。だが、それでは足りぬのだ。彼女に、心からレイを信頼して貰わねばならない。
そして同時に、シーニャには『レイならば王となる』と安心を与えたい。この実力を以てそれを見栄や虚偽でないと見せねばならないのだ。
彼女は金にも名誉にも興味が無いのならば、この戦いは必然であるだろう。
レイは腰のレイピアを抜き、両手に持って構える。
シーニャは詠唱を始め、俄かに風が吹き乱れる。
「それじゃあ、はじめ。」
柔らかなツバキの声を皮切りに、月明かりの下で決闘が始まる。
烈氷の剣姫と鎌鼬。共に、経緯こそ違えど二つ名で呼ばれていた。
2
最初に仕掛けたのはシーニャだった。
風を巻き起こし、真空の刃を以てレイの鎧を纏っておらず、レイピアを握る右手を狙う。いずれもぐにゃぐにゃとした不規則な軌道に見えて、その実ただ真っ直ぐにレイを狙いすました動きだ。
「やはり、まずはそこだよね!」
風圧の刃は的確に弱所を狙い続けるだけで威力自体はさしたものではない。その初速を活かす為にはやはり先制が望ましいのは分かっていた。
魔力が込められた攻撃なら魔法は掻き消える。筋力強化を右手にかけ、素早く二度薙ぎ払うことで風を打ち消す。
レイピアから逃れ、咄嗟にシーニャは後方へと下がり、飛ぶ。
「じゃあ次は……」
攻勢に移ろうとしたレイだったが、その手を続ける事はない。
なんと、打ち消した筈の刃が再びまたレイの腕を狙っている!
「なっ!?」
またも筋力強化をかけて斬り払い掻き消す。間違いなく斬りつけたのに何故残っていたのか。
その種はすぐに分かった。
「な、嘘でしょ……。」
風の裏にはまた風がある。風が多段で襲い掛かってくる。
さらにはシーニャは遠隔に居るというのに、まだ続けて攻撃を繰り返している。
確かに風魔法は大気を動かすだけで、他の魔法に比べれば楽なものだろう。だが遠くから真空刃を生成し、連続攻撃にするなど聞いた事が無い。
咄嗟にまた筋力強化の斬撃で掻き消すが、攻撃はまだ続く。
問題は、その弱所狙いがどこからでも起こせるという事だろう。オールレンジで攻撃を加え続けるのならば攻勢に転ずる暇がない。
(マルアードが、ああも一方的に成すがままだったのはこういう事か!)
レイは半身、左手左脚に着けていた鎧に助けられた。これがある事でシーニャの狙いは胴から右手に絞られている。
マルアードを始め今回の捜索の一行は、動きやすいように殆どの者が革鎧を装着していた。これでは、シーニャの真空刃の多段攻撃を躱す事が出来ない。
(まずは、一旦距離を取る!)
「おや、さっき使ったアレですか。」
その場で咄嗟に氷壁を作り、身を隠す。
これで真空刃は襲ってこれない……はずだった。なんと次の瞬間に、真空刃は動きを変え背中に回ってくる!
レイの背中に食い込み、鮮血が迸る。
(咄嗟に方向を変える事すら可能なのか!?)
魔法を行使するには、魔力を介して万物へと『命令』する。その命令を、術式だとか構成式だとか呼んでいる。
つまりは本来、魔法を発してからもう下っている命令を変えるなど不可能であるはずだ。
(本当に、惜しい天才だ……!!)
続けて真空刃は襲い来る。地面を凍らせ、滑り込むようにして移動して回避する。
だが、真空刃はその回避した先に追尾してくるのだ。
(どういう事だ、完全に僕を狙い続けている!)
シーニャの方に向き直ると、シーニャ本体も乱気流を纏わせてこちらへ突貫してくる。
真空刃とシーニャ。同時にこれらを相手どらねばならない。
「くっ!」
レイが対応を選んだのはシーニャ本体であった。敏捷強化を右手にかけ、シーニャにレイピアを振り下ろす。しかし、その攻撃は容易にふわりと横に逸れて躱された。
左手のガントレットで真空刃を防ごうとするが、失敗した。ガントレットを避け、脇腹にすぱりと一撃が入る。
「ああっ!」
思わずツバキが叫ぶが、その傷口から血が出る事はない。
傷口を凍らせた。傷そのものを治せずとも、これで出血は抑えられる。
シーニャへ向けて氷の刃を生成して飛ばす。防がれる事は分かっていたが、その動きを見たかったのだ。
「ふふ。」
シーニャはふわりと浮き上がり、氷の刃を躱した後になんと空中で受け止め、ぐぐぐと方向を変える。
「な。」
風により、氷の刃は逆にこちらに向けて射出される。
氷の壁を生成し、どうにか受け止める。
「はっ、はっ、はっ……嘘だろう……どうなっている?」
氷の刃を受け止めるのは分かる。分かるが、それ以上は理解できない。
自らの手から離れて尚命令出来る等、それは『放出』の領域を超えている。
いや、と思案する。
シーニャという少女の天才性と、その性質たる風魔法について。
「まさか、大気を伝ってさらに構成式をその都度書き換えているのか!?」
「正解です。流石ですね。獣を狩る中で、これが一番良かったんですよ。」
流石、と言われても嬉しくない。なんだそれは。
とんでもない技術革新を一人で行っている。1700年の歴史において聞いた事のない技術だ。しかも、それら全てを独学で起こしたという。
先程の通り、命令は構成式として出力する。空中•地面に浮かび上がる魔法陣は魔力の指向性を定めた構築式そのものだ。
つまりシーニャは、その都度必要な構成式を瞬時に判断・計算し、その命令で必要なものに適宜上書きする。
常人なら真似すれば脳が焼けるのは違いない。それを平然と行い、なんなら自身の周囲の風の制御は尚平行して行っているのだ。
そして、さらにこの発想へ至るのもまた凄まじい。
これが可能であるのは、彼女が大気を操作する風魔法だからだ。もしも炎・氷・土であればこうはいかなかった。
大気を伝い構築式そのものを伝播させ、遠隔による魔法の作動を可能としている。
彼女がもしも公表するつもりがあれば、もう入学直後のこの時点ですら彼女は名だたる大魔法使いの一人として歴史に名を刻む事すら出来てしまうだろう。
「……強い、本当に強いよ。放出魔法だけでここまでになるか。」
目の前に居る少女は紛れもない狂人であると共に、紛れもない天才だ。
剣はメリアスが、魔法はシーニャが。
腑抜けた天才には努力すれば超えられても、努力を怠らない天才にどうすれば一矢報いる事が出来るのか。
絶望的な力の差にあって、未だ尚レイの目に曇りは無かった。
紛れもない天才であるシーニャは独学で魔法を勉強してきた。勝機があるとすればそこしかない。
「シーニャ。君はこの魔法は知らない筈だ。」
きらりと双眸とメッシュが青く光る。
それに警戒して、シーニャはふわりと浮き上がって宙返りの要領で距離を取った。
『あの魔法』。
シーニャは自身が知らない魔法がある事を認識していた。
レイが第二試験で使った超広域凍結。ラミュマの土人形操作。いずれも、本来ただの魔法にしては威力・効果が絶大すぎる。
「これはその人の心の在り方・情景。それらが反映される。
其の人間の成長でのみ強化され、心の鑑写しであるのだから他者には使う事は出来ない。」
鎧の無かった右手右足にも、左側のガントレット・グリーブと同じ形の鎧が生成されていく。
レイの胸には、V字状のプレートアーマーが生成される。
背の大気が凍り付いていき、氷の塊が次第に出来上がる。その背の氷塊はまるで4枚の花弁のような形をしていた。
「極閃魔法。あらゆる魔法の中で、騎士・魔法使いの秘奥とされるものだ。それを使える人間は、髪の中にその属性のメッシュが混じる。」
氷気を纏いながらレイは言い放つ。
「氷棺華フルード。僕の
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