第3話 流れ星になりたい

「たぶんだけど、流川さんはヤバい人だと思う」


 深夜の森の中。


 月光に照らされる湖から移動し、歩いている最中、僕は前を行く彼女へ思ったことをそのまま口にした。


 流川さんは、あははっ、と吹き出すようにして笑う。


とも、それは失礼過ぎだよー。何、いきなり。女の子に向かって『ヤバい人』だなんて」


「いや、そもそも人じゃない可能性もあるのか。こんな時間、こんな森の奥で初対面の男子を家に誘うとか、普通の女子はしない。幽霊って線が濃厚な気がする」


「うわっ、ひっどいなぁ~。今度は幽霊扱い? 私はまだ生きてるんですけど? 生身の人間で、れっきとした可愛い女の子なんですけど?」


 思わず苦々しい声を漏らしてしまった。


 流川さんは手に持っていた懐中電灯をそっと僕の方へ向ける。


 まったく警戒していなかった僕は、煌々とした光をその目に直で受けた。眩しい。


「ほら、眩しいでしょ? 眩し過ぎるでしょ? 生きてる可愛い私の姿。共も思わず目を抑えちゃうくらい」


 クスクス笑いながら言う彼女。


 僕はもう、ため息交じりで返す。


「懐中電灯じゃん……」


「何をぉ?」


 目を擦っていると、流川さんは持っていた懐中電灯を脇に挟み、空いた両手で僕の両頬を抑えてくる。


「ほらっ。見える? 私の顔。こんなに生気に満ち溢れてて可愛いんだから。そうそうないよ? レアもの美少女だよ?」


「……やっぱりヤバい」


「んなっ!? まだ言うか~!」


 抑えていた僕の頬をぐりぐりとこねくり回してくる流川さん。


 このままだと揉みくちゃにされて、顔が福笑いの失敗作みたいになりそうだ。


 ギブ。


 僕はそう言って、解放を懇願した。


 ヤバいけれど、そういう優しさみたいな心だけは持ってるらしい流川さんは、僕の頬から手を離してくれた。


 仕方ないなぁ、と渋々な様子ではあったが。


「何で僕のこと、そんな簡単に受け入れてくれるの?」


「んん?」


 唐突な質問だ。


 懐中電灯で自分の顔を照らしながら、流川さんは首を傾げた。


 少し怖い。お化け屋敷に出てくる幽霊みたい。


「僕と君はさっき出会ったばかりだし、僕なんかこんな深夜に森の中をうろついてる怪しい男でしかない。普通、警察に通報したりするもんだよね? なのに、家へ招き入れようとしてくるって、それはどう考えてもヤバい人だ」


「じゃあ、そんなヤバい人の提案に乗ってついて行く共も相当ヤバい人だよ?」


 間違いじゃない。


 客観的に見て、僕は自分を正常だと思えない。


 深夜に森の深くへ行って死のうとしている人間だ。いったいそれのどこが正常だろう。明らかに世間の唱える普通とは逸脱している。


「……まあ、否定はしないけど。だとしても、流川さんがヤバい人なのに変わりはないと思う」


「ぷっふふふ……! なんか笑えるね。そこまでヤバいヤバいって言葉にして言われるのも」


「笑ってる場合じゃないよ……。君は僕をどうするつもりなの? 家に招き入れて、包丁でメッタ刺しにでもするの?」


「さすがにしないよ、そんなこと。私、家の中にいることが多いから、色んな動画とかアニメとか映画とか、ドラマとか観たりするんだけど、血液出るの苦手なんだ」


「じゃあ、首を絞めるとか?」


「それもしない。ってか、そんなに怯えないでよ。私のこと殺人鬼か何かかと思ってない?」


「だってヤバい人だし」


 僕が言うと、流川さんはまたしても吹き出すように笑った。


 本当によく笑う人だ。


 今度はお腹を抑えて笑ってる。


「ヤバいはヤバいでも、そのヤバいって言葉の意味には時に賞賛も含まれると思うんだけどなぁ」


「褒められたい、と?」


「そういう言い方されると素直に頷けないじゃん。別に私、誰かに褒められたいとか、そういう願望は無いんだけどね?」


「じゃあ、それに似た願望はあるんだ?」


「まあ、なんとなく?」


「何? 有名人になってちやほやされたいとか?」


「あははっ。まさか。そんなものになっちゃったら、私の場合緊張して寿命縮んじゃう」


「違うんだ」


「うん。違うよ。そうじゃない」


 こほん、と彼女は軽く咳払いし、空を見上げて言った。


「私ね、流れ星になりたいの」


「……?」


「ほら、流れ星ってさ、キラキラ光ってて綺麗で、皆に願いを言ってもらえるような、そんな存在でしょ?」


「まあ、そういう風には言われてるよね。流れてる間に三回願いを言うと、そのお願い事は叶う、みたいな」


「私はそれになりたい。一瞬のうちに綺麗な姿を現して、お願い事を三回言えた数少ない人を幸せにしてあげるの」


 どこまで本気なのかはわからない。


 わからないけれど、少なくとも彼女の意思をバカにする気が一切起こらなかった。不思議なくらいに。


「確かに数は少ないだろうね。あんなの、出て来てからじゃ願い事を三回も言えない。出てくるのがわかってるくらいじゃないと無理だ」


「だね。でも、共は運がいいよ」


「……え?」


「私、一瞬よりかは長く共の傍に居られそうだから」


 それはいったいどういうことだ。


 言葉を詰まらせながらも、頭の中にはそんな言葉が浮かぶ。


 彼女は、僕がそれを言うよりも前に、続く言葉を口にした。


「言い忘れてたけどさ、私の家、この森の中にあるからすぐそこなの」


「え……」


「同居人は誰もいなくて、私一人。一人暮らし。だから、共が入っても怒る人なんて誰もいないよ」


「え……!?」


「行こう、共。今夜は二人で色々話そ。私、誰かと一緒に過ごすとか久々だから」


 いったい何から質問すればいいんだろう。


 気になることが多すぎて、それがすぐに言葉にならない。


 言葉にならないうちに、彼女は僕の手を勢いよく引っ張った。


 夜の森の中を駆ける。


 そういえば、少し前にこういった感じのタイトルの曲が流れていた。


 あの曲の結末。


 ミュージックビデオの中に登場していた男女が迎えた結末は何だっただろう。


 うろ覚えだけど、これだけは言える。


 確か、消失。


 死、あるいは消えることである、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る