オマケつきの恋

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オマケつきの恋

「あの、つきあってくださいっっていうのは急なので、とりあえず、結婚してください!」

 一瞬、間があいた。

 そのわずかな時間に自分の言葉を頭の中で反芻して間違いに気が付く。

「あ、違」

「よろこんでー」

 否定し、言いなおそうと慌てて口を開いたところにかぶせるように、どこぞの居酒屋の店員のような答えが返ってきた。

 なんでだ。



 正しくは「とりあえず知り合いとか友達からでも」と言うつもりだった。

 そして間違わなかったとしても、どん引きされかねない告白だった。

 こちらが一方的に知っているだけで、認識されてもいない良い歳した大人が、出合頭に学生みたいな告白なんて。

 我ながらどうかしていると思う。

 告白でもしなければ、知ってもらうことはできないだろうと考えたこともあったけれど、現実的には厳しいだろうとも思っていた。

 それが、だ。

 ちょうど駅を出たところで偶然会ってしまい、勢い余って盛大に言い間違えた告白をしてしまうという大失態。

 平謝りで、言い訳しないといけないはずなのに目の前には「よろこんでー」の返事の後もニコニコ顔の彼女。

 うん。かわいい。

 でも、知ってる彼女とちょっとイメージが違うというか。

 いや、直接言葉を交わしたのは初めてだから言い切れないけれど。

「えぇと、ところで、あなたは何さん?」

 無邪気な笑顔で首を傾げる。

「あ、宮崎祥太です」

 慌てて名乗り、ついでに会社の名刺も差し出す。わずかでも不審者感を拭いたい。

 今のところ警戒されてなさそうだけど。一応。

「祥太くんね。よろしく。私は椿木紗矢です。ごめんね、名刺は持ち歩いてなくて……ここで立ち話もなんだし、そこらでお茶でもしよっか?」

 こちらの手首をつかみ「行こ」と引っ張る。

 なんか、どうしてこんな都合のいい展開なんだ。夢でも見てるのか?

 もしくは何かの罠か。あーなんか、これっぽい気がしてきた。

 それでもくいくいと引っ張る椿木さんには抗えず、駅前のカフェに入り、二人席に対面で座る。

 とりあえず、あとから屈強な男が来て脅されるとかいう展開はなさそうか?

 注文したコーヒーが届き、それを一口飲んだ椿木さんはこちらをまっすぐに見てにっこり笑う。

「さっきはプロポーズをありがとう。祥太くんとは初対面な気がするんだけど、どこで見初めてくれたん?」

 プロポーズは言い間違いです、と口をはさむ隙もなく……見初めてって、言うの?

 ここで? 本人目の前にして?



 彼女は勤め先近くのドラッグストアの店員だった。

 とはいっても、それはあとから気づいたことで、彼女をきちんと識別したのは通勤の電車内だった。

 その日は、朝一に現場へ直行して、いつもよりも遅い時間帯の電車に乗っていた。

 おかげで、混んではいるものの通勤ラッシュほどのすし詰め状態ではなく、周囲に余裕があった。

「偶然だね。元気だった?」

 多少の話し声はあるものの内容までは把握できないようなざわめきの中、急にクリアな声が聞こえてきて思わず顔を向けた。

 そこには彼女と、少し困ったような顔をした大学生らしき女の子。

「同じ電車だったんだね。今度一緒にごはんでも行こうよ」

 女の子の困惑に気づいていないのか彼女は親しげに続ける。

 人違いして話しかけているのかと思ったのだ、その時は。

 煩かったのか、女の子の後ろに貼りつくように立っていたスーツ姿の男が彼女を一瞥して場所を移動していった。

 その背後を静かに見送って彼女は女の子に何かを告げたようだたけれど、声までは聞こえなかった。

 ほっとしたように小さく笑って頭を下げた女の子をそのままに、彼女は停まった電車から降りていく。

 そこはちょうど会社の最寄り駅で慌ててそのあとに続いた。

 改札の少し先、往来の邪魔にならない場所で彼女は深々と息をついていた。

「後で気が付いたんですけど、あれ痴漢かなんかだったのかなって」

 知り合いのふりをして撃退するというのをどこかで読んだ記憶がある。

 だからわざと少し大きめな声で、声をかけていたのではないかと。

 あの男は煩かったからではなく、邪魔されて退散したのだろう。

「……あぁ、そういうこともあったかなぁ?」

 とぼけたよう視線を逸らす椿木さんに続ける。

「そのあと、よく行くドラッグストアの人だって気が付いたんです」

 ドラッグストアでの椿木さんはどちらかというと、淡々、てきぱきと仕事をこなしていて、お客さんへの応対も丁寧だけど愛想はない感じで。

 だから今日、ここにいる椿木さんとはずいぶん雰囲気が違う気がするけれど。

「そっかぁ。それでお付き合いすっ飛ばして結婚の申し込みしてくれたんだぁ」

 にこにこ、というよりはにまにまと椿木さんは笑う。

「い、や。えぇと。それは、間違いで。友人というか、知人からというか」

「やだぁ。間違いとか、ショックぅ。だましたの……あ。まずい。ごめんね、あとは本人と話してよ」

 突然話を切り上げ、ひらひらと手を振る。

 ん? なんだ? 本人と?

 周囲を見渡しても、誰か来たわけではなさそうだ。

 改めて正面を見ると、見慣れた愛想少なめの椿木さんと目が合う。

「あの。どちらさまですか?」



  ※


 いつから、なんて憶えてもいない。多分、物心つく頃にはいたのではないかと思う。

 本人曰く、守護霊。名前はリカコ。

 自分の別人格や、イマジナリーフレンドではないと信じているが実際のところはわからない。

 いままでリカコ以外の守護霊や幽霊なんかは見たことがないので断言はできない。

 とりあえず、うるさいくらいににぎやかなリカコは今では一番近しい友人のような存在になっている。

「リカコ、お願いがあるんだけど」

 誰もいない更衣室で、小声で呼びかける。

『なぁにぃ』

 頭の中に直接届く返事。

「ちょっと限界。代わりに帰って」

 本人や子供の体調不良による欠勤者が重なったせいで、ここ数日、休みなし、勤務時間は開店から閉店まで。休憩もろくに取れず、という日々だった。

 明日は休みだと己に言い聞かせ、どうにか閉店までこぎつけたものの、気が抜けた。もう一歩も歩きたくないし、眠い。

『良いけどさぁ。そんな限界まで働くの、やめぇよ』

 あきれたような声。

 リカコは私が許可すれば憑依できるので、帰宅まで身体をまかせ、眠ることにする。

「わかってるんだけどねぇ……ごめん。おやすみ」

 まぶたが下りる。

 頭の奥の方で小さな光が明滅する。入れ替わりの合図のようなそれを確認したところで意識は遠のいた。



 リカコの話している声が聞こえてきて、意識が浮上し始める。

 ちかちかと光が瞬く。

 あぁ、そうだ。家に帰る気力がなかったから、リカコに身体を明け渡してたんだった。

 ということは家に着いたのか? でもわざわざ起こさなくても、寝支度までして寝かせてくれればいいのに……。

 うん? どこだここ。カフェ?

 正面には同年代と思しき、スーツの男。見覚えはない。

「あの。どちらさまですか?」

 状況が読めず、思わず尋ねる。

 キャッチセールスか何かか? でもリカコがそんなものに引っかかるだろうか?

 守護霊と自称するだけあって、人を見る目にも長けているし、紗矢の身体を預かっている状態で害になる人間に近づくとは思えない。

「椿木さん? あの、大丈夫ですか?」

 いぶかしげな声。表情を見ると心配してくれているようだ。

 名前を知っているということは、リカコが名乗ったのか?

 詳細を知りたいが、リカコの気配がない。

 何かやらかしたことには間違いないだろう。

 都合が悪いと、姿を消すのはいつものことだ。

「……ごめんなさい。ちょっと、疲れていて。失礼します」

 相手に口をはさむ隙を与えず、そそくさとカフェを後にした。



「リーカーコー」

 帰宅しても姿を見せなかったリカコをどうにかこうにか引っ張り出し、状況を聞き終えて、怒りが声ににじみ出る。

『やだぁ。怒らないって言ったじゃない』

 怖いと言わんばかりにわざとらしく体をくねらすが、さほど堪えた様子はない。

「なんで、そんなことしたのっ」

『紗矢ってば人付き合い悪いし、このままだとずっと独り身で寂しい人生過ごすのかと思うと心配で。親心ならぬ守護霊心』

 しんみりとして見せるが、『それに面白そうだったし』って小声で付け足したの、聞こえたから。

「そういうの余計なお世話っていうんだよ。別に一人でも楽しいし。だいたいリカコがいるし」

 取っ付きにくいタイプだというのは自覚がある。

 勤め先でも笑顔が足りないと注意されるくらいだし、言葉数も少ない。

 でも友人は少ないけれど、ゼロではないし、特に困ってもいない。

『あのね、確かに私はいつも紗矢の心を明るくする素敵でパーフェクトな守護霊様だけどね』

 そこまでは言ってない。自己肯定感高いなぁ、相変わらず。

『私がいなくなった時のこと、考えてる?』

「……リカコ、いなくなるの?」

 思ってもないことを言われて愕然とする。

 当たり前に、これからもずっと一緒だと思っていた。

 やかましくて、たまに煩わしいこともあるけれど、それでもいつだってそこにいるのが当たり前だった。

 それなのに。

『……なんて顔してるんよぉ。別に今すぐどうこうって話じゃないんから』

 あきれたような、でも優しい表情で見つめられ顔を背ける。

 きっと情けない顔をしているのだろう。

「でも、今すぐじゃなくてもいなくなるの?」

『さぁねぇ。守護霊するのは紗矢が初めてだし、ほかの守護霊に遭ったこともないし。わからないけど、その時、紗矢が一人なのは心配よねぇ』

 一人が気楽、とは言ってもあくまでもリカコがいる前提で、もしリカコがいなくなったとしたら、その時、清々と一人を楽しめるだろうか。

 職場と家との往復だけで、ろくに誰とも話さないで。

「リカコ的にはさっきの人がおススメなわけ?」

 名刺があるんだった。そうだ宮崎さん。

 穏やかそうな人だったけれど。

『安直に決めないでね。悪い子ではなさそうだなぁって思っただけよ。無理やり機会を作らないと交友関係広げないでしょ、紗矢は。祥太くんだって、お友達とか知り合いからって言ってたし』

「リカコ、過保護」

 うちの子と仲良くしてやってね、みたいなノリじゃないか、それ。

 そこまでお膳立てされないと友達を作れないと思われていたことに肩を落とす。

「……とりあえず、今日の弁明はしないといけないしね」

 名刺に記載されたメールアドレスに簡単なメールを一通送るのに、妙に時間を取られた。



「突飛で信じられないことだとは思いますが」

 仕事終わりの宮崎さんと合流し、食事をとりながら謝罪と経緯を伝えた。

 時折うなずくくらいで、余計な口を挟まずに最後まで聞いてくれた宮崎さんは最後にうなずいて、にこりと笑う。

「合点がいきました。先日お話しした椿木さんがどうにもイメージと違うなぁと思ってたんですよ。いや、僕が勝手に描いてたイメージですけど」

「……信じるんですか?」

 口調が適当に受け流すようなものではなく、しっかりと受け止めたように聞こえた。

 普通、信じないと思う。自分自身、リカコが妄想の産物じゃないなんて言いきれない。

 宮崎さんがリカコを見えているわけでもないだろう。隣にいるリカコに視線一つ向けないし。

「信じるっていうか、椿木さんは嘘をついていないんだろうなって思ったというか」

 リカコの存在を信じたというより、私にリカコが見えているということを信じたということか?

 宮崎さんは穏やかで人当たりの良さそうな雰囲気だけれど、何気に内心が読みづらいというか、食えない人かもしれない。

「とりあえず、仕切り直して良いですか?」

「はい?」

「付き合ってください、というのは急なので知り合いか、お友達からどうですか?」

 え。

 …………リカコからは聞いていた。言い間違いの件も含めて。でも、こう面と向かって言われると。

『紗矢、かお真っ赤』

 珍しく静かにしていたリカコの急な一言に焦って頬に手を当てる。あつい。

「普段淡々とした椿木さんの、咄嗟の時に人を助けることのできるところ、尊敬します。……そして予想外に、かわいい……」

『やだ、祥太くん、思ってたよりちょっと、攻める子ねぇ。ま、言いながら本人も赤くなってるあたり、かわいいけどぉ』

 宮崎さんは追い打ちのようにひどいことを言ってくるし、リカコは好き勝手言ってるし……。

 そっと宮崎さんの顔を見ると、確かに耳が少し赤い?

「だめだ。恥ずかしいこと言った。本音だけど恥ずかしい」

 ごつんと机に額をぶつけ、そのまま顔を上げない。

 ちょっと、言った本人が撃沈しないで、先に。

 こっちは、どうしたらいいの。

 帰りたい。

 しばらくするとよろよろと顔を上げる。

「……失礼しました。えぇと、で、どうですか?」

 どう、とは。

『知り合いとか、友達とかになりましょうって言ってたでしょうが』

 そうでした。

「えぇと、宮崎さんには見えてないし聞こえてないと思いますが、もれなくリカコが付いてきますよ。もちろん、今もいます」

「リカコさんがいなかったら、この間の時点で無視されて完了だったでしょう?」

 たぶん、そうだろう。見ず知らずの相手と話したりなんか、しない。

「だからリカコさんには感謝だし、一緒にいてもらって、僕のこと認めてもらえるようにないと」

 ここまで言われて、やっぱり止めておきますとは言えないだろう。

「私、あまりマメじゃないですよ、連絡とか……それでも、良ければ」

 もごもごと伝えると、宮崎さんはうれしそうに笑っていて、こちらも少しつられる。

 隣でリカコが『良くできました』みたいに保護者面してるのは、ちょっと癪にさわったけれど。



                                   【終】

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