第86話  チャンバラごっこ

 ぽーん!

 聞きなれたインフォメーションチャイム。スクロール魔法さんから何か言いたいときの合図である。エマージェンシーマークは出ていないので緊急性は低そうだ。


 以前にも全く同じ書き出しを見た気がする。確かその後、妹に関するいろんな情報が溢れかえってえらい目に遭ったような……


「スクロール魔法さん、どうかしましたか?」

 とりあえずスクロール魔法さん担当のしおりんが対応する。

『沢井響が……』

 しおりんがチラっとコトカナに視線を送り、肩をすぼめた。

『Non-Mass魔法を発動した』

 ちょっと待てぇぃっ! 地球は? 残ってる? 規模は?

『エネルギー化した質量は20mg程度』

 良かった、形は残ってる筈だ。

「えーと、こちらからはNon-Mass魔法とか送ってないよね?」

 カナが一応確認する。

『していない。自力でたどり着いた』

「はぁ、さすが沢井家の妹ちゃんですねぇ……」

 しおりんが感心したように言った。

「あんなの、コトがいないと辿り着けないと思ってましたよ」

「あたしもビックリだわ」

 カナも追従する。

「えーと、あちらとの時系列はわかんないけど、響は幾つでそれ作ったの?」

『十歳である』

「小学生かぁ……やるなぁ」

 コトに遅れること五年ぐらいか? しかしあの子には前世の経験とかない訳だし、コトよりやばいかもしれない。

『もう一つ』

 またかよ! 毎回毎回おかわり多すぎなんだよ。

『響が独自魔法を編み出した』

 なにそれすごい!

『光の剣である』

「それってビームなサーベルとか、ライトなセイバーとかのあれ」

『イエス』

「そ、ソースプリーズ!」

 コトが慌ててスクリーンを呼び出し、サンドラが慌てず騒がず香茶を用意する。

「え、力場の閉塞どうやってんの……あれ?このあたりの処理がさっぱりわかんない、何これ」

 カナもしおりんも腰を落ち着け、スクリーンを広げた。

 ソースも何も言語化されてる訳ではないので、マイクロマシンさんの挙動を逆にたどってアセンブルしなおしていく。


「ああ? なんでこの再帰処理がこっちに落ち着くのよ……あ、これがあるからこっちのここが落ち着くのか……」

「場の素粒子がてんでバラバラに動いてるのかと思いきや……制御されてるねぇ」

「やっぱエネルギーの担保が確実にあるってのは凄いけどさ、これめっちゃ危険な武器じゃない?」

「いや、実は理にかなってる気がしてきたわ。このボソン移動が全部反射するから、切り結んでもちゃんと弾けるよ? これ、同じ光の剣同士ならチャンバラできるよ?」

「ベースになってるのが、ただのファイヤーボールだってのが納得いかないわ」


 もう、三人ともひっちゃかめっちゃかである。通信教育で少しプログラムの基礎ぐらいは教えた方が良いかもしれない。

「いや、それならあっちの世界の方が良い教材揃ってんでしょ」

 そりゃそうだ。


 という訳で、動作の仕組みぐらいまではなんとか理解した三人、その無駄のない素晴らしい造りに感嘆した。

「いや、これはマジもんの天才なのかもしれん」

 実は『ここにばーっと光伸ばして、届いたとこからバーンと元に戻して、で、周りとズバーッと入り込んで……』とか作られたことを知ったらどう思うだろうか……


 基本原理と動作がわかったところで、練兵場へ。

 巻藁切ってみましょう。


 剣と言えばこの人、カナです。

「光よ!」

 ぶぉん! 光の剣が手の中から伸びてくる。音までライトなセーバーっぽい。

 手元から撃ち出されたプラズマビームが、その先の次元断層を通り再び手元に現れる、一種の瞬間移動をしている。次元断層は常にビームの先端部にあり、振り回してもズレることはない。

 もっとも、光速の剣戟とかしたらアウトだろうが、人間には無理だ。

 刀身の長さは任意でいける。

 重さはほぼないので、振り切った勢いで叩きのめすとかは無理そうだ。


「じゃ、切ります。はっ!」

 スッパリ切れた。切断面は焦げるというより、皮一枚だけ炭化した感じか。

 続いて木人を切る。

「ほっ!」

 結果は一緒だ。皮一枚炭化した木が、転げ落ちた。

 あたるくんの鎧バージョンを出してきた。

「せっ!」

 スッパリ。

 チタンの盾を出してきた。

「やっ!」

 カララン……真っ二つだ。

 続いて、コトも発動させ、そっと切り結ぶ。

 バヂバヂバヂっ

 弾かれた。

 通り抜けるようなことはない。


「コイツはやばいかもしれんない……刃の向きとか考えなくていいから、剣道っぽい動きが出来るわ」

 カナがなんか楽しそうだ。


 ただ、気軽にチャンバラはできない。そこらの真剣とか目じゃない危険な代物で有る。

 どの方向からでも触れることができないのは、なかなか恐ろしい。手を添えることすらできないのだ。

 ただ、接近戦では絶大な威力を発揮するだろう。切り札として持っておくのはアリな気がする。


「うん、すごいわ。うちの妹」

 妹自慢を始めた。

「でも、Non-Massはダメだねぇ。どうしよう。代わりの魔法送る?」

「チャージは危ないから、粒子ビームかレールガン?」

「自衛隊でも研究してるらしいし、最初の新型魔法はレールガンにしとくか〜」


 人の家の家庭の事情だ。しおりんはできるだけ我関せずを貫いていく。

 まさか、この瞬間に元の職場でめちゃくちゃ恨まれてるとか知らないし。

 いや、しおりん大人気なのよ? お局様になってからも人気だったのよ? でもね、それとこれとは違うのだ。

 元の職場の人だって、歩く戦略兵器とか取り扱いたくなかったろう。


「スクロール魔法さん、響にレールガン教えたいんだけどさ、送れるかな?」

「送ることは可能」

「よし、やろう。マニュアルはしっかりしたの作ってさ」

 カナがやる気満々であった。


 元々末っ子だったカナ。弟妹の事が大好きなのだ。

 あまり出てきていないがルイージ以外の弟妹たちも、甘やかしまくっている。

 そして、当然まだ会ったことのない響もその対象で有る。

 ただ、こちらの弟妹と違ってしてあげられることがあまり無いのだ。その分、できることがあった時の盛り上がり方がちょっと激しくなりがちで……


「ああ、やっぱりビームもあった方がいいかなぁ。光の剣と基本原理一緒だから馴染みやすそうだし……だったらチャージ砲有ってもいいよね。たいして変わんないし……」

 六千八百万年前に向かって色々投げちゃいけないもの投げてない? 大丈夫?


 このまま、カナに流されてセットで送ることになってしまった攻撃魔法。果たして二十一世紀ではどう使われるのか。


          ♦︎


「目からビーム! ぐぁぁああっ! 目がっ、目がぁっ!」

 響は感覚派過ぎてちょっと残念なところがあった。

『目からビームって、かっこよくね?』

 学校で言われた一言を真に受けて、試した結果が先ほどのアレだ。

 実は、フラッシュバン軽減魔法はまだ送られてきていなかった。

 目の機能はマイクロマシンさんが回復してくれたが、あんな辛い魔法の使い方は止めよう……と決心した瞬間でもあった。


 普通に手の軸線上から放出すればいいのだ。普通に。


 今日も東富士に来ていた。

 今日は前回と違い、響が実験したいがための東富士の利用だ。

 これだけの巨大な施設をわがままだけで貸してくれるわけもなく、データ取りの人たちがゾロゾロと集まっている。

 今日は新魔法の試射なので、危険性も不明なのだ。みんな良く来るよなぁ? とか思ったりもする。


 新しくメニューに加わったのは先ほどの粒子ビーム、自衛隊でも研究を続けているレールガン、そして『とっても危ないから、背後が空になるようにして練習すること! 貫通力注意!』の記載があるチャージ砲の三つだ。

 粒子ビームは今撃ったが、とっても眩しいことがわかった。あと、戦車砲用の的には、綺麗に丸い穴が空いていたらしい。

 次の実験の前に、総員が退避してくる。前回の爆発みたいなのがあったら困るし。


「じゃ、続いてレールガン行きます。ただ、大きい弾は『できれば海行って使え』って書いてあるので、小さい弾使いますね」

 弾は導体なら大体なんでもいいよ……とのことだったので、いくつか用意してもらってあった。

 パチンコ玉、タングステン製の錘や鉛玉、直径2.4cm重さ2gの銅板など、身近にありそうなものを中心に集めた。

 「じゃ、このパチンコの玉から飛ばしますね」

 パチンコ玉が響の前に浮き上がる。後方にいる学者さんたちから『ほぅ』とか『おおぅ』とかの声が上がった。

「行きます」

 バァン!

 並の銃声より大きな音と共に、白い稲妻のような光が700m先のターゲットまで伸びた。

 辺りには鉄イオンとオゾンのにおいが漂う。

「つ、次、タングステン行きます」

 響は『タングステン』とふだの付いた籠から、釣具屋で仕入れたタングステン製の錘を一つ取り出した。

 先ほどのパチンコ球よりずいぶん小さいのに数段重く感じられる。

「行きます、えいっ」

 バァン!

 やはり白い光が伸びていくが、先ほどより細く、暗い。そして、臭いはオゾンだけのようだ。

「あー、響さん、鉛は危ないかもしれないからキャンセルしましょう。思ったより過激でした」

 いつものおじさんが、今日は白衣を着ている。

 (正直あまり似合ってないな……)

 響が失礼なことを考えている。


「鉛が飛び散ると体に悪いからね、そっちの十え……銅の円盤をやってみよう」

 銅だって良くはないが鉛よりはマシかなと、撃ってもらう。

 バァン!

「おー、綺麗な緑の線だねー」

 炎色反応を起こしたらしい。SFっぽい緑色のビームが飛んでいった。


 最後の一つ、チャージ砲という魔法。背後を空に…空に向けて打てば良いのか? しかし、それならターゲットはどうしよう。

 教育支援施設隊からトラッククレーンを借りてきた。

 貫通力注意と言うぐらいだから、貫通力を測りたい。今日は安全を最優先で、戦車の前面鋼板をいくつか組み合わせたターゲットを用意した。

 見た目はフタ抱えぐらいの大きさの立方体だが、中には斜めに防御板がいくつも入っている。傾斜装甲は正義なのだ。


「行きまーす、えいっ!」

 ピチュンッ

 直径1mmにも満たないようなエネルギーの奔流。

 効率優先のためクオークとして増幅チャージを繰り返したエネルギーの流れは、解放される時には絡み合い、陽子と中性子へと姿を変える。

 この時、大きな力同士の相互作用でエネルギーが質量に変換されていく。

 ほぼ光速で撃ち出されたエネルギーが、速度そのままにして六十倍も重くなるのだ。何そのチート兵器。


 前面に存在する大気は全て電子を剥ぎ取られ、原子核を叩き壊されていく。大半は前方へと吹き飛ばされるのだが、一部漏れ出した素粒子も存在する訳で……


 ピーピーピーピー


  そこら中で警報が鳴り始めた。この音は線量計サーベイメータだ。

 響から一番近い車両に備え付けられたメータの数値を読み取る。今の一瞬に8mSvを超える放射線量を観測していた。

 ここに集まっている人間は、念の為に積算線量バッジを持たされている。

 帰ったら全員の分を回収して検査に回さないとならない。

 

 まだ、この『チャージ砲』という魔法がどんな作用を持つのかすらわからないが、周囲の人間にとってとても危険なことだけはわかった。

 とりあえずテストは中止だ。

 現場にあるサーベイメータの数値を確認していき、ミリ以上の数値を出した五台の配置を確認する。

 一番大きいのはトラッククレーンに積んでおいたものだ。となるとターゲットに当たった時が一番激しい放射線を出したのか? また検証したいが、準備を入念にしなければ危険だろう。十分な厚みの遮蔽物で人間は守れるかもしれないが、発動者本人をどう守るか……


「今日はもうおしまいですか?」

 響がおじさんに聞きにきた。こうしていると、本当に可愛いただの小学生なんだが、歩く戦略兵器、一声で戦艦だって叩き潰せるだろう。

「ああ、ちょっと安全対策をもう少し練ってからまたやろうね。今日は一度帰ろう」


 こうして、今日の試験は終わった。


 後日、個人に付けられていたガラスバッジを確認したところ、みな多かれ少なかれ被曝していたことが判明した。

 ただ一人、響を除いて。

 響のガラスバッジは、腹部も胸部も頭部も、ほぼ自然被曝のみのカウントになっていた。

「また謎増やしやがって……」

 響対策の研究室皆の総意である。


 宙に釣られていたターゲットの確認もできた。

 傾斜装甲? 鋼鉄? 複合材? 何それおいしいの? とりあえず穴あけとくね〜

 そんな感じで、ドリルで開けたよりもまっすぐな穴が一本、貫通していた。

 入り口よりも出口が若干大きいが、これは叩き出された装甲板の分子が、後方に広がりながら穴を削り取っていった痕だと推測されている。

 この辺も追試を行いたいところだが、演習場を一日抑えるのはなかなか大変なのだ。

 次回は海自にでも協力してもらって、海上テストでも行うか……

 海の上なら、背後に何もない状況の的を用意するのは難しくない。


 沢井家が静かに過ごせるようになる日は、まだまだ遠そうである。 

 

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