第60話  レシプロエンジン

「蒸気自動車を作りたい」

 

 ある日、ケイが相談してきた。

 ケイからの相談を受けると暴走する奴が一人いるが、この程度なら実害がない……ぐらいの暴走なので放置されてる。


「まぁ、確かに蒸気ベースになるけど、魔法使うとどちらかと言うと、レシプロエンジンになりそうかな」

 カナが早速図面を引き始めて……

「クランク、削れる気がしねぇ……」

 いきなり行き詰まった。

 

「まずは単気筒シングル二気筒ツインでやるにしても、カンウターウエイト残して削るの、大変そう……」

 二十世紀の初期の頃のように砂型使って鋳物でベースを作るにしても、精度出すのが大変そう。

 

 ましてや鍛造とか……

 

「職人さんへの負担が大きすぎるよねぇ。魔法で何とか? 芯出しの精度なんかには直接使えそうかな。削り出し工程は旋盤さんに頑張ってもらって、磨きは土魔法と風魔法で精密磨きできるように……削り過ぎ対策かぁ。こりゃ、作業員に女性配置して、魔法覚えてもらうのが必要かしら……」


 それ以外にもアルミが無いからピストン素材どうするかとか、オイルシールなどのゴム部品の問題とか出てくるわ出てくるわ。

「タービンとはまた違った難しさで溢れてるわね……」

 ちょっと楽しそうである。


 そんな所にしおりんがやってきた。

「ねぇねぇ、見て見て。今陛下と宝物庫で遊んでいたら……」

 

 ま た お ま え か っ !

 

「こんなの見つけちゃったの」

 それは……手で強く触ると変形し、手で引っ張ると伸び縮みする蛇型のフィギュアだった。

「これって……」

「ゴムだよね?」

「うん、ゴムっぽい!」

 すぐさま魔力を通そうとするが

「あれ? 魔力弾かれる?」

「わたしもやってみたけど、全然通らないね。魔力」

「ゴムじゃ無いのかな? おじいちゃんは何か知ってた?」

「子供の頃に遊んだ記憶はあるけど、よく知らないらしいの」

「うーん、古いのかな。あと古いこと知っていそうなのは……」

「「バイオレッタ先生!」」

 揃った。


「で、わたくしに見てほしいと?」

「はい、国王陛下もご存知ないようでしたので」

「あー、これか、はいはい。これ、海の向こうの大陸から輸入されてる品なのよ。作り方は残念ながら知らないけど、百年ぐらい前に随分流行ってね。まだ持ってる人いたのね」


 手がかりが見つかった!

 バイオレッタにお礼を言うが早いかダッシュで国王執務室へと向かう。

「カナです。陛下に面会お願いします」

「しおりんです以下略」

 いや、略すな! リアルで以下略言う人にまともな人はいないぞ! あ、まともじゃなかったわ。

 

「しばしお待ちを」

 近衛がひとり室内に入り、国王に確認を取る。

「お会いになるそうです。どうぞ」

 こうして、執務中の陛下に直談判し、ゴム調査隊を送ることを確約させた。

 軍用装備に必須と言えば否応はない。ただ指示に従ってもらうだけである。


 エンジン本体の素材だが、ピストンは燃焼室温度がガソリンエンジンと比べたら圧倒的に低くなるために、マグネシウムでまず試してみることになった。

 チタンは桁違いに熱伝導率が低いため、この手の排熱もしなければならない部位には向いていないのだ。


         ♦︎


 ゴムの調査が終わるまでは、従来型の革製オイルシールで試作を続けた。

 

『オイル漏れはオイルが入ってる証拠』


 ……イギリス車とかイタリア車とかフランス車とかアメリカ車とかカワサキ車とかでよく言われているが、漏れないにこしたことはない。というか、やっぱり漏れまくったら困るのだ。

 漏れちゃうから油圧が上げられない。油圧が上げられないから潤滑に失敗して壊れる。

 試作エンジン一号二号はあっという間に壊れた。金属同士がぶつかりあっての抱きつき現象である。

 

「タービンに比べて摺動部が多すぎるのよ……」

 しかし、車には水タービンは使いづらい。頑張って作りましょう。


         ♦︎

 

 しばらくロマーノの家に通い込んで飛行学校の講師をしていたコトが戻ってきた。


 困ったときのコト頼み。神様仏様コト様。

「お兄ちゃんと並べられちゃった」(照れ)

 間に仏様入ってますがよろしいですか?


 ポクポクポク、チーン

「2サイクルにしちゃいな。邪魔なオイルは燃やしちゃえ♡」

 おおう、面倒なバルブ駆動系とかざっくり無くしちゃうかぁ。で、クランクは最近精度の上がってきたボールベアリングで支えると。

 カナの目からポロポロと鱗が落ちた。


 もういっそ、オートバイ並みのクランクケースを作ってしまえと、トランスミッション一体型のクランクケースを作り、試作三号のレシプロエンジンが出来上がった。

 

 シリンダー容量450c.c.を二気筒並列に並べ、2ストローク1サイクルで動作する。

 ピストンの圧縮上死点前にインジェクタから水を吹き込み、魔法加熱で水蒸気爆発を起こさせて動作する。

 実は、吸入空気の酸素に頼らない分、吹き込む水の量次第でいくらでもパワーをあげられるのだが、エンジン壊れちゃうので限界はそれほど高くない。


 それでも、ちゃんと回るエンジンが出来あがった。

 車体側は、まずは簡単なオートバイから試作を行う。

 

 チェーンは難しかった。大量の細かい部品を正確に作るのは大変なのである。

 蒸気式プレス機作っといてよかった。


 実は意外なことに王室預かりの四人は、全員オートバイに乗れる。

 

 コトも普通二輪免許を持っているのだ。

「お兄ちゃんも取った免許、わくわく」

 が動機だっただけだが。もっとも、カナがオートバイを持っていたのでペーパー免許というわけでもない。

 

 カナは剣道場に通うのに、普通に一台持っていた。最初は大型のスクーターだったのだが

『トランクに防具一式が入らない』

 という理由で、何故か普通のマニュアルオートバイに乗り換えた。タンデムシートに防具一式縛り付けて、竹刀を襷掛けして通っていた。

 

 ケイはあれだ。ただ単にエンジン付きの乗り物に慣れたかっただけだ。将来飛行機に乗るために。

 

 そしてしおりんは

「東富士の草むらの中を小銃担いで偵察用オートバイで走り回らされたものです……」

 と遠い目をした。

 M-MOS 、陸上自衛隊の自動二輪操縦特技資格も持っているらしい。


 そうこうしているうちに、無事に試作オートバイが完成した。

 ちなみに、ケイとカナは「バイク」と呼ぶが、コトとしおりんは「オートバイ」と言う。

「ばいくって、bicycleの略だよね?」

 と、頑なにオートバイ呼びを続けるコトと、「偵察用オートバイ」と言う名で教育させられたしおりんであった。


「でだ、いつもいつも兄が試運転するじゃない?たまにはうちらがやっても良いよね」

 と、出しゃばってきたカナだったが……

「お、おっきすぎた……」

 泣きながら帰った。

 流石にこの年代の三年間の身長差は大きい。

 ケイの身長は155cmを超えており、140cmのコトカナや、それより小さいしおりんと比べると二回り以上大きく見える。


 ただ、前世と同じ成長曲線の場合、あと五年で抜かれる…………悲しい。


 と言っても、鉄シリンダーに鉄ヘッド、鉄クランクケース。誰もこんな重たい二輪に乗ったことはなかった。

 フェンダーやメーターケースが無駄にカーボンだったりするあたりが、涙を誘う。


 結局、ケイが乗り、大人の人に車体を支えてもらってる状態からスタートする。

 うまい湿式クラッチを作れなかったために乾式単板クラッチを採用。ブレーキは油圧回路がまだ無理なのでワイヤー式のドラムブレーキだ。サスペンションもオイルシールが無いのでフリクションダンパー、タイヤは飛行機と同じ方式のジェルタイヤ革巻き仕様である。


 いつも通り魔石に魔力を流し、エンジン内部の熱を上げる。

 初期回転は人力だ。デコンプレバーを下げてからキックペダルを踏み下げた。

 機械式水インジェクタが水を吹き出し、初爆が起きる。

 バルっバルっと動き出したところでデコンプを戻すとすぐに回転が安定した。

 

 ゴンっ、シフトペダルを蹴り下げ、一速に入れる。クラッチをそっと放していくと、割とあっさりと走り出した。

「おおっ!」

 誰よりも反応したのは護衛の王女近衛の面々であった。


 ケイは加速しながらシフトペダルを掻き上げる。これは前進四速の変速機を積んでいる。今の技術ではかなり欲張ったつもりである。

 

 ばるるるる、ばるるるる。

 2サイクルエンジンらしい盛り上がりは無いが、不満なく加速していく。この調子ならすぐに時速100kmぐらい出そうだが、そうなるとブレーキ、サスペンション、タイヤの性能が恐ろしくて仕方がない。

 

 そんな高速を目指すよりも、単気筒エンジンに変更して軽く作った方が、よほど優れた性能になりそうだ。これはすぐにでもやり直そう。

 そう思いつつ戻ろうとターン……ずるっ!


 めっちゃビビった。何このタイヤ、全然食わない。当たり前なのかもしれないが、ほんとにズルズルである。今まで、良くこんなタイヤで飛行機飛ばしてたな? レベルで食わない。

 ここからはビビりながらの徐行運転で戻った。こんな重たいもの、ひっくり返したくない……


 出発地点に戻った。車両の状況をカナに伝えているところに、近衛の騎士が近づいてきた。それはもう良い笑顔で近づいてきた。

 

「ケイさま、ぜひわたくし共にもご伝授くださいませ。いえ、試作なのはわかっておりますが、この鉄の騎馬の勢いといったらもう……」

 とりあえず、操作方法だけ教えて、怪我するな死ぬなと命令してから乗らせた。

 最初はおっかなびっくり動かしていた騎士たちであったが、訓練を続ければもっとスムーズに乗れるようになるだろう。

 良いオートバイが出来たら、機械化騎馬部隊を作っても良いかもしれない。


 第一回の試運転の結果、この二気筒エンジンは四輪用に流用することになった。

 二輪には新たに単気筒エンジンを開発する。目標は、軽整備だけで国境まで走りきれることとしよう。

 計画通りに完成すれば、一日に100km進出することも可能であろう。馬の三倍近い速度だ。

 偵察でも防衛でも、素速い展開ができることはものすごいアドバンテージである。


 そのためには、タイヤとブレーキとサスペンションをもっと高性能にしないと危なくてしかたないが。

 つまり誰か、ゴムを恵んでください……


 翌月、調査隊が戻ってきた。白い樹液を固めたもの、その樹液を出す木、そしてその種を手に入れてきた。


「ゴムだよ。これ、ゴムの木だよっ!」

 カナが興奮している。

「良かった。これでお兄ちゃんが安心して飛べるようになるかな……」


 といっても、この辺りはゴムの木を育てるにはちょっと寒い。

 やはり原料として輸入することになるであろう。

 となると、貿易船を出すことに……

 

「船舶用のタービンエンジン作るぞっ!」

 まぁ、そうなりますね。

 と言っても、こんなの実はすぐに出来てしまう。だって海の上だもの。お水、使いたい放題。冷却、し放題。


 ただ、魔石の管理のために女性を乗せないとならないのが気になる。

 どう頑張ってもこの世界、男尊女卑から逃れられないでいるのだ。

 だから、海の上に少数の女性が乗り込むのは、主に女性の安全のためによろしくない感じがする。

 どうしてもと言うなら、それこそ女性騎士ごと乗ってもらって、守り抜くぐらいしないと危ないかもしれない。

 

 本当は、船乗りは男の仕事という意識を改めさせ、男女の区別なく……としたいところだが、体力の差、体格の差はどうにもならない。

 

「まぁ、最低でもステータスオープン魔法と攻撃魔法は覚えてもらってからかなぁ。せめて遠隔イグナイトだけでも」

 ただ、やりすぎると今度は女性犯罪者を取り締まれる男性がいなくなるので、それも困る。

「難しいなぁ。魔力の補充だけできれば、男性だけでも問題ないんだけどさぁ」


 そう、魔力の補充。もっとぶっちゃければマイクロマシンの補充だけできれば良いのだ。


「魔物から奪うわけにもいかんだろうし。あとマイクロマシン濃度の高い場所ってどこだろう」

「ダンジョンとか?」

「それだっ!」


 以前チャレンジして失敗したダンジョン攻略。正直、失敗原因は『過保護』が理由な気がする。


「こっそり行っちゃう?」

「ここから200kmぐらいだっけ?、片道二時間、往復四時間、プラス滞在時間で見に行くぐらいは出来ちゃうかな?」

「じゃさ、一度入口だけ見に行ってみない?」

「朝から出かけて夕方帰るなら、大丈夫だよね。足手まといがいなければさ」

 護衛の皆さま、足手まとい扱いです。

 まぁ、戦力が違いすぎるから仕方ないんですけどね。

 

 せめて女性だけならまだ戦えるんですが、男性騎士は本当に脆弱なので……本人たちの前では言いませんけど、今度陛下には奏上する予定です。


 2ストエンジンではあるが、ついにレシプロエンジンが完成した。

 良質なゴムが手に入れば、4ストエンジンも可能だろうが、今の所必要性を感じていない。

 なんせ魔導エンジンはクリーンなのだ。

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