第52話  激怒した美少女は世界を滅ぼす……?

 コトは激怒していた。それはそれは激怒していた。前の人生から数えても、これほど怒ったことはなかったかもしれない。


 神が過労で倒れる。


 あってはならない事態だ。そんな事態を引き起こした国に、軍部に、国王に対して激怒した。

 まず、国王を呼び出した。


 そう、国内の最高権力者。不可侵の絶対王者、この国の国王を、東宮へと呼び出して説教したのだ。

 わずか十二歳の子供を過労死させるのかと。それも国宝並みの貴重な技術と能力を持った子供を使い潰すのかと。

 そんな国はいらない。今すぐわたしが国を崩壊させてやると。

 国が滅ぶところを、特等席で見てるが良い……と、首都上空に、直径3kmの火の球を浮かべたところでカナに止められた。


 カナは焦った。

 あの火の球、Non-Massだった。あの規模を発射されると、おそらく国ではなくて、世界が破滅する。エターナルフォースブリザードである。

 いくら怒り狂っていたとしても、あれはダメだ。


 そして、王都中の人が目撃してしまったことも問題である。

 誰がやったのかはわからないはずだ。

 しかし、あれができそうな人……と考えると、おそらく三人に絞られてしまうだろう。それは事実上の特定である。

 そして、腰を抜かしている国王。国王は誰が何をしようとしたのか、わかっている。そして、恐らく今まで彼が想定していた三人娘の能力を、数段上回る魔法であったに違いない。

 あの魔法が、Non-Massではない一般のファイヤーボールだとしても、王都一都市を消し去るぐらいは容易だろう。

 一人の人間が持てる戦力としては過剰過ぎる。しかも、おそらくそれができる人間が三人いる……


 国王は絶望していた。自分の判断ミスにより国が滅ぶかもしれない。この国の六千万人の国民に何と詫びれば良いのか。

 温暖で平和な田園風景、周囲を海に囲まれ、豊富な海産物。山間部には温泉が湧き、野山を魔物化していない野生生物が駆け巡る。国民は明るく陽気で、楽天的な愛すべきもの達だ。

 それを、ちょっと国益に目が眩んだ瞬間に失う。国民の生命ごと失う。そんなことはあってはならなかった。


 カナがコトを止め、しおりんが王を守りに入った。ここで王が傷付けば、守るべきコトが追われることになってしまうかもしれない。なので今は王を護る。たとえ、一時的にコトの心象が悪くなっても仕方がない。


「大変申し訳なかった。ここに正式に謝罪した上で、ケイが回復次第ケイにも謝罪させてもらう。また、これからはケイに無理な仕事が回らない様、対策を考える。だから、国民には手を出さないでくれ……」

 良き国王なのである。

 コトが暴走した時、彼女達三人を処分することすら考えたのだ。愛する孫娘達を……


 しかし、それは物理的にどうやっても無理だと判断され、即時却下されたが。


 国王直属の近衛騎士団、国内最強の騎士団が『全員で一斉に襲いかかっても、三人のうちの一人にすら絶対に勝てません。手加減されまくった上で全員一瞬で無力化されます』

 と言い切る。


 曲がりなりにも軍である北部国境方面群を相手にしても

『全軍で来てくれれば一瞬で終わって楽なのに』

 と言い切る。


 よく考えたら、いや、よく考えなくても、今までだって充分おかしかったのだ。

 その危険な危険な三人娘の中核、コト。そのコトの行動を支配する、ケイ。

 今回は、本当に起こしてはいけない事態を引き起こした。これは国と軍部の責任であろう。


 先ほどの火の球の言い訳はどうするか。あれを見た人はこの世の終わりだと思っているに違いない。


「はぁ、軍の新型兵器の実験とでも、しておくしかないか……」


「もしもお兄ちゃんが回復しなかったら、先ほどの、撃ちますからね。国民を人質にするのは卑怯だと思いますので、何かあったらあれを帝国の首都に撃ち込みます。おそらく、帝国ごとなくなりますけどね」

 そう言って、コトが窓辺に近寄る。

「わたしはお兄ちゃんに付き添います。各部門への通達はお早めに」

 冷たい声で言い放ち、窓を開けると……身体を宙に浮かべた。

「カナ、迷惑かけてごめんね。ちょっとロマーノいってくるわ」

 そう告げると、そのまま空へと飛び立っていった。


「あー、ありゃ怒りで我を忘れてるわねぇ。目が赤くなってないのが不思議なレベルだわ」

 飛び去るコトを見つめながらカナが呟いた。

「蟲の王様ですか」

 しおりんが王のそばを離れ、カナに近寄る。

「まぁ、今回はおじいさまを助けましたけど、わたしたちも心情はコトと変わりませんからね」

 しおりんが国王の目を見て言った。


 (この娘たちと事を構えるとか、帝国との戦争が些事に思えるわぃ)

 嘘偽りない国王の思いである。実際に、この三人がその気になれば、帝国は今日中にでも白旗をあげるであろう。

 ただし、王国が世界の極悪人になってしまうが。

 

(しかし、飛べるんだ。そっかぁ、飛べるのかぁ。そうだよねぇ、コトだもんなぁ。こいつら、飛行機いらないじゃん、ねぇ)

 ちょっと現実逃避入っているが、それでも国王、再起動をかけると執務室へと急いだ。

 久しぶりに異世界転移対策委員会を開かねばなるまい。


         ♦︎


 ロマーノ家に着いたコトは、高度を落とし、資材置き場へと降り立った。すぐさま玄関に飛んで行きノッカーを叩く。


 カンカン。カンカン。


 すぐに家令のバスガスが扉を開けてくれた。リンダの父親である。

「バスガスさん、ありがとう。あのお兄ちゃんは?」

「ぼっちゃまは自室でお休みでございます」

「無事なのね。えっと、寄らせてもらっても?」

「奥様に確認をとっていただいてからでしたら」

「わかったわ。セレナさまはどちらに?」

「今は厨房でぼっちゃまのお食事作成の指揮をとっております」

「じゃ、寄らせてもらうわね」

 

 勝手知ったるお兄ちゃんち。コトは走って厨房へ向かい、ドアをノックした。

 返事を待ち扉を開ける。中にはセレナさまとリーノさん、そして料理人が三人。

「セレナさまおはようございます。あの……」

「あー、コトちゃんいらっしゃーい。ケイはお部屋にいるわよ。リンダとポーリーが付いてるから大丈夫だけど、寄ってみてもらえるかな?」

「ありがとうございます。すぐ行ってみます」

 

 ふたたびパタパタと走り、二階のケイの部屋の前で息を整えてから、ノック。コンコン

「はーい」

 ポーリーの声がして、人が近づく気配。そして扉が開いた。

「あら、コトさま。いらっしゃいませ。こちら、ベッドの方へ」

 リンダがすぐに声をかけてくれた。

「お兄ちゃんの様子は?」

「ずっと眠り続けてる感じですね」

 コトはベッドに近寄り、ベッドに眠るお兄ちゃんの髪を撫でる。

 

「ちょっと、魔法で探ってみるわね」

 そう言うと、スクロール魔法さんの超センスをお兄ちゃんの体内に広げながら、お兄ちゃんの身体の確認を行なっていく。

『スクロール魔法さん、お兄ちゃんを助けて……』

 祈りながら見て回る。明らかにおかしなところは見つからないものの、男性の体内なんてそうそうしっかり観察もしたことない。何となく自分の体と違うあたりがそうなのかな?と思いつつ、異常か正常かわからないところは『良きにはからえ』を発動していく。

 

 あんまり深く潜り過ぎると、お兄ちゃんの意識まで触れてしまうので程々に……


「ふぅ……」

「どうでした?」

 心配そうに見守るリンダ。

 ポーリーも目を伏せている。

「大丈夫。間も無く目を覚ますと思うわ。あとはゆっくり休んでもらって……リンダさん、ポーリーさん、どうか、お兄ちゃんをよろしくお願いします。お兄ちゃん、頼まれると嫌って言えないわけじゃないのに、ズルズルと手伝っちゃう人だから……」

 リンダもポーリーも苦笑している。心当たりがあるのだろう。

 

「はぁ、顔見たら安心しちゃった……あとでカナとしおりん連れて、また来るね」

 二人に見送られながら玄関まで出たところで思い出した。

「あ、急いで飛んできたから護衛も足もなかった……まいっか、飛んで帰ります。じゃ、またあとで」

 ふわっと浮き上がり、腰のところで軽く手を振った。そのまま向きを変え、王宮へ向かって飛んでいく。

 後に残されたリンダとポーリーは目が点になっている。

 

「あー、うん、知ってた」

「コトさまですもんね。何があっても驚きませんよね」

 いや、二人ともめちゃくちゃ驚いてるだろ!


         ♦︎


 夢の中でケイはもがいていた。なかなか飛べなかったストレス。開発が進んだ喜び。国に協力することで開発が進み人員が増えるが、時間がなくなるジレンマ。

 

 そんな時、暖かい力が降り注いだ。身体の力が抜けてゆく。奥底の方で何かが変わる気配。力が溢れ出る。今ならどんなアクロバットにだって耐えられる気がする。

 

 沈み込んでいた意識が浮上していく。何か暖かい光の中に……

「おはよ」

「ケイくんっ!」

「ケイさまっ!」

「ごめん、俺、寝てた?」

「操縦技術の基礎講座の最中に倒れたの、みんなの前で」

「皆さん、本当に心配して……わたし、奥様に伝えてきます!」

 ポーリーが廊下に飛び出していった。リンダは涙を流しながらケイくんケイくんと繰り返している。

 

「あー、リンダ、またそのまま寝落ちするのかい?」

 八年近くも前の話を思い出した。屋根から飛び降りて意識を失ったケイに、しがみついたまま泣き疲れて寝てしまったあの日。

 

「あー、あれから、もうすぐ八年も経つのか」

「あの時も本当に本当に怖かったんだから。もうケイくんに会えないんじゃないかって、怖くて怖くて仕方なかったんだから」

「あははは、ごめんね、リンダ。どこにも行かないよ。俺は」

「嘘つき」

「嘘じゃないって。本当だから」

「そんなこと言って、すぐにビューンって飛んでくんでしょ? 知ってるよ?」

「今の所、飛んでってもちゃんと戻ってきてるだろ」

 あくまで『今の所は』な気もする。

 

「あ、飛んでくで思い出したわ。さっきまでコトさまがお見えになってたんだけどね」

「あ、コト来てくれたんだ」

「その後、空飛んでお帰りになったわ」

「……はい?」

「空飛んでお帰りになったわ」

「ごめん、ワンモア」

「空、飛んでった。魔法だと思う」

「………………聞いてないぞー! あとで来たら問い詰めたる!」

「あんまりひどいことはしないでね? コトさま、本当に心配されてたの」

「うん、それは良くわかるけど、空飛ぶのは別腹ね。何それ羨ましい。俺も飛びたいっ!」

 そうだよねぇ、ケイは飛びたいよねぇ。

「飛行魔法あったら、飛行機のトラブルにめっちゃ強そうじゃない?」

 あ、あくまで主体は飛行機なのね。


 夕方、今度は護衛も引き連れて、三人娘、プラス国王王妃両陛下までやってきた。

 ロマーノ家はセレナ以外大パニック。しかしケイがベッドから出ることはセレナが許さなかった。

 そのため、国王陛下を立たせたまま寝ながら相手をすると言う、何とも不敬な状況が生まれる。

 更に陛下が頭を下げると言う、配下には絶対見せられないシーンまで発生した。


「と言うわけで、今、娘たちが効率的に学習できるテキストを作成しておる。これからは教壇に立つのは最小限で済む様手配する。それと、人数を絞った上で教師役を務める優秀な人員も用意しよう。一人に負担が集中しない体制を作り上げるので、しばらく療養していて欲しい」

 国側の対策案が出てきた。コトも納得できる案であったので、何も言わない。わざわざ何か言って安心させてやるほど優しい娘ではなかった。


「じゃ、しばらく自由に飛んで……」

「はーい、ケイくん一週間は飛行停止処分ね」

 セレナストップがかかる。

「なぜにっ!」

「心身共に正常じゃないと安全運行は望めないんでしょ? あなたがいつも言ってることよ?」

 

 ど正論であった。

 

「じ、じゃあ、せめて誰かの操縦に乗せて……」

「ボンバー・ジャックですら、離着陸は任せてもらえてないでしょうが」

 そういえばそうだった。B.J.もまだ、サポート付きでしか離着陸はしていないのだ。

 

「コト! コト! 飛んでたんでしょ? その魔法教えてっ!」

「いや、流石に男性には難しいんじゃないかと……いくら神であっても……」

「天は我を見放した〜」

「良いから寝てなさいっ!」

「あ、コトに抱き抱えて飛んでもらえれば……」

「まだ、そこまでの熟練度はないかな……」


 こうして、ケイの過労による国の一大事は、表面的には落ち着いたかの様に見えた。


 しかし、あの火球は大きすぎた。

 直径3kmの球体が、高度5,000m付近に浮いていたのだ。

 天候が晴れていたことも災いした。

 条件次第では300km先からでも見えてしまう。

 実際に、馬車で七日離れた街からも確認できたらしい。

『軍の新兵器』

 こんな驚異的な新兵器、周辺諸国にとっては恐怖でしかない。

 これをどう外交に落としていくか……パトリシアはしばらく国へ帰れないかもしれない。護衛兼随伴要員には王太子のローランド。逆ではないのだ。主体がパトリシアである。


「はぁ、頭痛い……」

 国王の苦悩は続く。

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